なんでもありが喧嘩だぜ?
俺の目の前で橋本が倒れた。
突然乱入してきた謎のちょんまげ男が倒れ込んだ急患人を介抱しようとした橋本の背中を深々と突き立てた。
突き立った小太刀は刃の根元まで肉に呑み込まれ蹲った橋本の体がビクンと揺れた。かと思ったら次の瞬間には吊られた糸が切れたように頭から床に突っ込む。
--小比類巻睦月、今まで脱糞させられそうになったり拳銃で撃たれたり数多の修羅場を潜ったがこの光景には血の気が引いた。
橋本の命がゆっくりと流れ出て消えていくのが目に見えるかのようだった。
「ひぃっ!!ひぃぃいっ!?WaT!!HeyYou!?Meが何したんだYO!!」
運び込まれたドレッドヘアーが仰天して後ずさる。棒立ちで目の前の大事件を眺める俺を無視して事態は急変する。
時代錯誤なちょんまげ頭のサムライ風の男が手にした小太刀をそのままドスドスと突き進む。ちょんまげ男の視線は一直線にドレッドヘアーの男へ……
「Hey!?俺は世界一のロックミュージシャンだぜ!!誰か……誰か助け--」
泣きわめくやかましい世界一のロックミュージシャンの前に立つちょんまげが無言で刃物を振り上げる。
が、その刃が再び血を吸うことは無かった。
反射的に飛んだ俺の足刀が小太刀の切っ先を弾き飛ばしていたから。
ここでようやく物騒なサムライ野郎と目が合う。
「……何奴?」
「それはてめぇだ」
刃物を持った不審者に対して素手で止めに入る。通常の神経ならまずやらないだろうが、生憎と俺の神経は今完全にプッツンしていたのだ。
「おい……うちの橋本に何してくれてんだ?」
「……ふむ、橋本が誰かは知らぬが、主、只者では無い気迫を感じ--」
なにやらペラペラと、自分が何をしたのかも分かっていない能天気な馬鹿が舌を滑らせていたので、がら空きの頭にとりあえず蹴りを入れておく。
「……先生、橋本を…………」
「……っ、あ、ああっ!」
ここで腰を抜かしていたじいちゃん先生が橋本に駆け寄る。ドレッドヘアーも重症だが、意識もなく血を流す橋本の方が明らかに状態は悪い。
そのドレッドヘアーが地に伏すサムライを前に調子に乗った歓声をあげていた。
「HeyYou!?イッツビューティホー!!Youは世界一のロックミュージシャンであるこの俺を守る権利を--」
「黙れ」
後ろに投げたキックで男は黙った。
ドレッドヘアーが沈むのと入れ替わりで渾身の一撃を食らったサムライ野郎が何事もなかったかのように立ち上がってくる。
この男…………
「…なんだてめー。橋本になんか恨みでもあんのか?コイツは俺の飯係だぞ?」
「……なんだてめー、か。よかろう、聞かれたなら名乗らなければな。我関西煉獄会幹部、人呼んで人斬り浦島」
「うらしまだか裏の飯屋だか知らんが……」
一生懸命救急車を呼びながら救命活動をする爺さん先生の後ろで俺は跳んだ。
コイツのせいで飯代自腹だ。ケジメはつけさせてもらう。沸騰した頭のままこめかみ目掛けつま先を飛ばす。
「--死ねっ!」
……が、再び食らわす閃光の一撃は裏の飯屋にあっさり止められた。だけでは済まず蹴りを弾かれ空中でバランスを崩す俺の体に灼熱の一文字が走る。
見切られたっ!!
「……それはさっき貰ったぞ?」
「……っ痛ってぇな」
股間を銃で撃たれたことはあるが、斬られたのは初めてだ。この攻防にガクガクブルブルの爺さん先生に「さっさと処置しろ」と目配せだけして向き合う。
左方から右脇腹にかけて鮮血の太刀筋がじくじく痛む。焼けるような痛みが広範囲に伝搬していく。
召使いを刺されて思いっきり斬られた。このツケは払ってもらわなければならない。どこのどいつだか知らねぇが警察に突き出す前に叩き潰す。が同時に沸騰した脳はクールダウンしていた。
「……あ?」
肝心の裏の飯屋は俺との決着はついたとばかりにもうそっぽ向いて俺が蹴っ飛ばして夢の世界にダイブした世界一のロックミュージシャンに歩み寄っていた。
ここで怒鳴りつけて気を引くのは馬鹿のすること。
どうやら目的は世界一のロックミュージシャンらしい。背中を向ける裏の飯屋に俺はこっそり……
近ずこうとしたら思っいきり滑って転けた。
緊迫した空間で白い視線が集まる。凄く気まずい……
「……お主、まだ動くか」
「かっ…勘違いしないでよねっ!!オットセイの気持ちになりたかっただけなんだからっ!!」
「…………痛みで気でも触れたか?」
隙ありっ!!
「おりゃぁぁあっ!!死ね--」
「甘い。3度目ぞ」
クソ侍またしても俺の頭へのキックを見切り今度は触れるより先に迎撃の構えだ。体を大きくねじった俺の喉元目掛けて小太刀を突き出す。
が、甘い。カウンターはさっき貰ったんだわ。
俺の蹴りは奴にヒットせず顔面スレスレを通過する。突き出された刃は脚に振られ扇風機のように横回転する俺の体を見事に逸れていった。
そのまま反対側に転がり込んだ俺は立ち上がりざまに再度強烈な蹴りを今度は喉仏へ--
ザクッ!!
「痛った!?」
「……曲芸紛いのことをする」
不意を突いたはずの俺の蹴りは届かず足首が深々と切り裂かれてた。
……おかしい。奴の小太刀は狙いを外したままの位置…他の刃物を抜いたのは見えなかったし、今も手に持ってねぇ……
さっき斬られた時もだ。刃物なんて……
そこで気づく。そして戦慄する。
奴の左手は爪先がべっとり血に濡れてた。無論、俺の血……
「……手で切ったのかよ。トリコかお前は」
「洗練された心技体のなせる技……曲芸紛いの軽業に防ぐ術なし…ハッ!!!!」
裏の飯屋が一気に突っ込んでくる。間合いを開けようとバックステップする俺。が、普段からのいい加減さが祟って靴紐のびろーんってだらしなく垂れたとこを足で踏んずつけてしまった。
結果転ける。
ああそうか……さっき転けたのこれ…………
転けたところに小太刀が降ってくる。だるーんとしたTシャツの裾部分を巻き込む形で床に刃が突き刺さった。ゆる〜くキメただるだるファッションがまたしても仇に…
倒れ縫い付けられ散々な俺に上から容赦ない手刀足刀。無防備に腹を晒す俺がどんどん切り刻まれてていく……
「痛っ!?痛たたたたっ!?ちょっと待って!?痛いって!!おいっ!!」
「……只者ではないと思っていたがお主…大したことないな」
「てめっ……動けねぇのをいいことに調子乗りやがって……痛たたたたたっ!!あっ!ごめんなさいっ!!嘘です!!勘弁して!!俺にはまだミジンコくらい小さい妹が……っ!!」
「……殺しの場に情けなど無用」
や、やべぇ……このままじゃやられちまうっ!
……なーんてな。
コイツは勘違いをしている。
凄い武器とか、練り上げられた心技体とか、コイツは自慢げに実力を誇っているが…
「……おい」
そんなものは喧嘩に必要ないんだ。
そんなもの持っているから実力を過信して足下をすくわれる……
「むっ!?」
「調子乗んなよ?」
この時を待っていた…なんてカッコイイもんじゃない。たまたま。たまたまこのタイミングでパトカーのサイレンが聞こえてきた。
警察が来たんだろう。そしてその音に敏感に反応した。
一瞬奴の視線が俺から外れた。
俺の両手は自由だった。視線の外れた刹那、その暇はゆっくり俺に反撃の機会をくれた。
コイツは勘違いしている。
実力を過信して、相手を圧倒的力量で叩き潰す……そんなカッコよく勝つ必要はないんだ。
こっちはダチ刺されてんだ。
てめぇに1発入れる為ならケツでもイチモツでも出してやる。
というわけで俺はズボンのチャックを下ろしていた。
露出するのは以前オオムカデに噛まれた俺の愚息。モザイク必死のマグナムから放たれた“それ”は素晴らしい勢いで発射された。
それは奴の視線がこちらに戻る頃には見事に奴へ着弾していたのだ。
「っ!?ぬっ!?うぉっ!?」
チョーーーーチョロロロロ。
流石俺の息子。下から上にまるで噴水のようだ。黄金色の流水はもはや美しい。
「うわっ!?汚なっ!?お前……何考えてんだ馬鹿--」
直撃する小便に裏の飯屋の反撃が止まり奴が自ら距離を置いた。小便から逃げるように。
自らだ。死に体の獲物を前に自ら逃げたのだ。
--俺の蹴りの間合いまで。
「なにシッコくらいでよぉ!!」
「っ!?」
勝手に離れてくれたおかげで蹴りやすい位置に来てくれた。俺は仰向けのまま思いっきり脚を前に突き出した。蹴ってくださいと言わんばかりの位置にある顔面目掛けて--
流石に反応が早い。ヒットする前に奴は自らの顔面を手でガードした。
「--逃げてんだっ!!!!」
……まぁ、関係ないけどな?
俺が本気で蹴りこんだなら防御は諦めるべきだ。
結果、回避という選択を取らなかった裏の飯屋は手ごと顔面を潰され俺のつま先に吹っ飛んだ--
……気持ちいい手応えだ。
「ガハッ!?」
壁にたたきつけられ動かなくなる裏の飯屋。顔は潰れて鼻から赤い噴水、そして服は小便まみれである。実にいい眺めだ。
「…………喧嘩売る相手は選べや」
*******************
--何者かが騒ぎを起こしている。
私は私を倒した女の背中を必死に追いかけ通路を走ってた。
我が校の生徒も多数遊びに来るこの夏フェスの警備に駆り出されたのは校内保守警備同好会最高戦力、彼岸神楽……
そこで人生何度目かの敗北を喫すことになる。しかもここに煉獄会が--因縁の兄、彼岸三途の所属する組織がやって来ている……
煉獄会の名を口にしたこの謎の女……名前が長すぎて忘れた、の慌てようからして間違いない。
今のところ煉獄会のヒットマンにはぼろ負け……このままでは終われない。
このままでは彼岸三途に勝てない……
ここで彼岸三途に近づく……
長きに渡る兄妹の因縁の決着の為に……
--飛び込んだのは運営の…恐らく出演者の控え室。
その一室に迷わず飛び込むピカソみたいな名前の女を追い私も--
「……っ!!」
部屋に入ってすぐに立ち止まるピカソもどきの背中越しに部屋の中を見た私は--時が止まったように硬直した。
そこで行われた暴虐の限りは、部屋に残された血痕と破壊の跡だけで目に浮かぶように伝わってきた……
横たわる意識のない屈強な大男達は拳銃やらナイフやらで武装していながら、何者かにやられたらしい。しかも…素手だ。
そして--
この惨劇の犯人を探すのは簡単だった。いや、もはや探す必要もない。
なぜならそこに立っているから……
--背を向けたその男はまるで枯れ木のような佇まいの、幽霊のような風貌の男だった。
痩せすぎの体に生気のない肌色……しかし纏った気配はその存在感をこちらに押し付けてくる。まるで目の前に巨大な猛獣が立っているようだった……
血まみれの惨劇の中心で立つ男は腰の日本の刀を収めたまま……それはそのままこの男の力量を表している。
--私はこの男を知っている。
「…………兄貴」
「……」
零した吐息のような声と、我が兄--彼岸三途の視線が交わった。
いつぶりかに見る兄貴の面は過去の記憶のまま重なっていた。
彼岸一族……いや、世界最強の男、彼岸三途がそこに居た。
--耳をつんざく剣戟の音が響いたのは直後だった。
見ると瞬きの間に彼岸三途に襲いかかっていたピカソ女のナイフと、いつの間にか抜刀していた彼岸三途の剣が激しくぶつかっていた。
…………は、速すぎる。
「…………あなたは」
「久しいな……サンズヒガンっ!」
2人の刃が弾けて距離が空く。
油断なく構えるピカソ女を前に彼岸三途ももう一太刀を抜いて構えた。
もう……ただ構えただけで分かった。
私じゃ……勝てない…………
目の前で長年狙っていた男が別の相手と鎬を削っている……なのに私は動けなかった。
「私を覚えているか?」
「…………覚えている」
「『また戦ろう』…その約束を果たしに来た」
ピカソ女の言葉に彼岸三途の能面のような無表情が崩れ、口角が釣り上がる。
その姿は……鬼だった。
「……世界最強の傭兵、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世……嬉しいぜ。あれで決着とは思ってなかっ--」
歓喜の声をあげる彼岸三途の頬の真横を弾丸が駆け抜ける。易々と見切った彼岸三途の避けた先にピカソはもう回り込んでた。
再び2人の刃が重なる。火花が散るほどの力だった。
「……モーリーモリモリはどうした?」
「……奴ならもう死んでる頃だ。守ってた傭兵はどいつも歯ごたえがなかったし…アイツらじゃ浦島からは守りきれないだろう。だが……あなたが居たら話も違ったがな?」
彼岸三途が刃を押し返す。
両者の刃が離れたと思ったら激しい打ち合いになった。銀閃に交じり線香花火のような火花が赤い線を描く。
攻防を一体にした両者の剣戟は、目を奪う程美しく、そして目で追えない程速かった。
「……へぇ、前より強い」
「その余裕、すぐにひっぺがしてやる!」
ピカソ女のつま先が光りながら跳ね上がった。打ち合いの隙間を縫って彼岸三途の顎に向かうブーツつま先には刃が……
それを打ち合いながら噛んで止める彼岸三途。片足を取られたピカソ、バランスを崩す。その隙に彼岸三途の刃が体に向かって走る。
が、それを腕で防いだ。
「……」
「ジャパンの技術は素晴らしいな」
破れた戦闘服から覗くのはプロテクター。彼岸三途の斬撃を防いだが、それも一撃が限界。もう破壊されている。
そしてピカソが魅せる。
恐ろしい彼岸三途の噛筋力は噛み付いたナイフの先だけで跳び上がるピカソを支えてみてみせた。
噛みつかれたつま先ナイフだけを支えに跳躍したピカソはそのまま反対のつま先で彼岸三途に蹴り込む。
が、それを迎え撃つのは剣の柄尻…
つま先と剣がぶつかった瞬間、離れた私が吹き飛ぶ程の爆発が起こった。
「…爆発!?」
黒煙の中から転がりながも素早く起き上がるピカソ女。爆弾を仕込んで蹴りこんだ左足は使い物にならなくなっていたのに、隙のない構えで立ち上がる。
容赦なかった。
そこに居るだろう彼岸三途に向かって、黒煙の中銃弾を撃ち込む…撃ち込む……
「…悪いが、お前相手に手加減の余地は無い…なんでも使わせてもら--」
「構わない」
黒煙から飛び出した声に遅れ、煙のカーテンを引き裂く閃光と共に彼岸三途が飛び出した。
凄まじい爆発だった…はず。
なのに彼岸三途にはかすり傷1つついてなかった。
ホールドオープンし弾を撃ち尽くしたピカソが拳銃を放るがかすりもしない…
と思ったら今度は拳銃から火花が…
弾切れかと思われた拳銃が空中、真横で暴発。彼岸三途は超反応で弾を切り落とすけどその隙をついてピカソが切り込む。
ロングナイフの二刀流だ。
流れるような連撃は小さく鋭く彼岸三途を捕らえた…
あれだけ追い求めた兄の体に触れたのだ。
紙一重で致命傷を避けられ浅い傷がバッテンをつくる。垂れる血を意に介さず彼岸三途は笑ってた。
「…最高だ」
悪鬼の如く笑う彼岸三途が前に出ようとする。それを手数を犠牲にロングナイフで彼岸三途の足を突き刺しピカソが止めた。
彼岸三途は反応しなかった。まるでわざと刺させたみたいだった……
その上で至近距離から催涙スプレー。これも彼岸三途に命中。
足と視力を奪いやりたい放題……
に見えたが、悪鬼は笑っていた。
両手の刀を横に広げるように構えて--
「取ったっ!!」
勝利を信じて疑わないピカソ、渾身の一太刀を振り抜く。それはまるでさっきの私とピカソとの戦いの時のように--
真っ直ぐ迷うことなく彼岸三途の首元に滑り込んでいった……




