今度はスカラベの餌や
「夏休みは不定期で同好会活動をする」
夏休み初日。朝突然呼びつけられた僕、橋本圭介が同好会室に向かうと香曽我部さんも待っていた。
呼び出されてから50分後に現れた代表、小比類巻君からそんな言葉があった。
「不定期というと?」
「朝、俺の気分が乗っていたら。その時は連絡する。欠席は認められない。欠席した者に関しては吊るす。この同好会室に」
小比類巻君は独裁者だった。
「先輩!つーちんが来てねッス!!」
「つーちんは実家に帰省しているので帰ってきたら吊るす」
小比類巻君の恐怖政治が始まろうとしていた。
さて、早朝5時に電話をかけてきた小比類巻君だが、呼び出されたということはなにか活動するんだろう。
「今日はなにをするんだい?」
「夏フェスに行こうと思う」
「「夏フェス?」」
「然り。夏にあるフェスティバルだ」
字面以上の情報がなかった。
夏フェスとは一般的に夏季に開催される音楽フェスティバルのことである。多数のバンドとかが集まってみんなでワイワイやるのである。すなわち、陽の者の祭典である。
「テンション上がんないッス」
「え?香曽我部さんこういうの好きそうなのに……」
「いや……みんな汗だくで密着するんスよね?嫌ッス。大体現代カルチャーと夏フェス関係あるんスか?」
そんなの今更である。
「あるぞ。夏フェスこそ現代カルチャーだ」
「まぁ……現代人の娯楽ではあるかも……」
「今年からこの近くでもやるらしい。同好会の活動レポートを書くにはうってつけなネタだろう?というわけで行くぞ。割り勘だ」
「活動費で出ないのかい!?」
「活動費は俺の食費になった」
横領だ。こんなことがまかり通るというのかい。
「で?いつあるんスか?」
「来週……か、再来週か…………もしかしたら8月半ばかも。いや、8月末という可能性も捨てきれん……9月かもしれんぞ?」
リサーチがまるで足りてない。
というわけで現代カルチャー研究同好会の夏休みの活動は夏フェスに決まった。
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学生にとって大切な夏休みになんでウチが学校に来とんのかは説明せなあかんやろな…
追試や。
けど気に病むことないで?
夏休みやけって遊んでられるんは一部だけや。大抵の、特に就職組はもう進路の為の準備に追われて学校に来とるしな?まぁうちは進学の方が多いんやけど。かくいうウチも専門学校行こ思うて…………
……いや、焦らなあかん。
追試受からな進路どころやない。てか、卒業出来へん。こんなんじゃ推薦もらえへんやろうし、受験勉強せなあかんっちゅうのに…………
ちゅうわけで崖っぷちの楠畑香菜や。
クソ暑いなか追試時間まで必死でノートに筆を走らせる。その姿は傍から見たら戦いに挑む前の兵士や。今なら分かる。硫黄島で戦うた日本兵はこないな気持ちやったんや……
問題集、1問も解けへんけど、諦める訳にはいかん。進路もやけど夏休みが追試で終わってしまう。
「……楠畑さん」
「あ?」
そんな劣勢を跳ね除けようとする兵士に空気読まんで声掛けてくる連中が居った。
進路も追試も関係なしに夏休みに登校しとる酔狂な奴らや。何故かというと、先頭の女が部活動レポート書かれたファイル持っとったから……
丸メガネの女子と、キノコ頭の男子と、出っ歯で痩せこけた男子の3人組。顔も見たことない奴らや。
「なん?ウチ今忙しいんやけど?」
「……あ、すみません。えっと……脱糞メイドの楠畑さんってあなたで間違いないですよね?」
「人違いやろ(怒)」
「……」
「……」
「……脱糞メイドの楠畑さんって…………」
「追試勉強で忙しい人を捕まえて脱糞メイドやと?世の中にはもっとけったいなメイドも居るで?それと人違いや」
「いえ……あなたです。現代カルチャー研究同好会のポスターの人ってあなたですよね?」
くそっ!あのウ○コタレいつまであのポスター使うとるんっ!!
「あなたにお願いがあります」
「断る。忙しい」
「聞いてくれたら追試対策、お手伝いします」
「部長はこう見えて学年2位の秀才なんだ」「あの学年首席浅野に次ぐ天才なんでござるよ」
「私が教えて赤点を取った生徒はいません」
「なんでも言うてや」
教室の時計をチェックしてからウチは愛想良く笑う。追試終わるんやったらスマイルくらい安いもんやで?
追試まであと30分もないけどなんとかなるんよな?ウチを脱糞呼ばわりして、ここまでさせといて間に合いませんでしたじゃ済まさんで?ワレ。
「……私達は生物部です。脱糞さんに是非、協力してもらいたいことが……」
「人の名前覚えられへん奴らに協力することはないで?」
「…………楠畑さんに是非協力してもらいたいことが……」
「なんでそない嫌そうな面やねん。嫌なん?楠畑言うの嫌なん?」
「……部室まで来てもらえますか?」
生物部っちゅう部活自体初めて聞いたし、化学準備室が部室として使われとるのも初めて聞いたし、なんなら化学準備室に入ったんが初めてや……
ウチは部活とかしとらんし旧校舎側には移動教室くらいしか来んから、新校舎と比べてどっかボロっちい旧校舎は新鮮。
化学準備室には所狭しと並んだ備品と僅かなスペースに置かれたテーブルと折りたたみ椅子。
それに薬品やらなんかの化石やらの隙間に隠れるみたいに置かれるケージ。ウチらを見つめる壁際の人体模型が不気味や。
「なんか変な匂いすんな。ここ……こないなとこでいっつも部活しとん?」
「……ここが私達の安住の地ですから」
「部長はクロロフォルムフェチなんだ」「あの匂いがたまらないでござるよね?部長」
「…………クロロフォルムは私にとってはアロマみたいなものですので」
間違って覚えとるけど?クロロホルムやけど?
「さて…本題に入りましょう。楠畑さん、こちらをご覧下さい」
部長メガネに指示されて男が持ってきたんは虫かご。
中には腐葉土が敷き詰められとって中にはコガネムシみたいのが居った。
「……?」
「スカラベ……フンコロガシです」
……せやな。いつぞや長篠がウチの弁当に混入させてきたからよー知っとる。
「スカラベについて説明は必要ですか?」
「……いや、別に」
「コガネムシの仲間で哺乳類の糞を食糧とする糞虫の一種です。名前の通り、餌となる糞を球状にして転がし持ち運ぶ習性があります」
「……うん」
「古代エジプトでは転がした糞を太陽に見立て、スカラベを太陽を運ぶもの…太陽神ケプリと同一視したんだ」「つまり神聖な存在ってことでござる。ウ○コが太陽なら君はまるで太陽みたいな女の子でござるね。素敵だよ」
「その出っ歯へし折ったろか?」
「楠畑さん、私達の夏休みの活動課題はスカラベの研究です」
「うん」
「今スカラベの食生を研究してます」
「…………」
殴る準備を整えとこか……
「糞虫の多くは草食性の哺乳類の糞を餌とします。が……その他の哺乳類の糞は餌となりうるのか……食べるのか……転がすのか!」
「……うん」
「例えば雑食の哺乳類とか……」
「……クマとか?」
「ヒトとか」
「……………………。 」
「研究テーマが『スカラベはヒトの糞を転がすのか』なのです」
「……………………………………」
「よろしくお願いします」
「何を?(怒)」
そないな話やと思ったわ。コイツらウチにここでスカラベの餌作れ言うとる。ウチが可憐な乙女っちゅうことをコイツら忘れとんのやないか?
「スカラベの餌を入手するの大変なんだよ」「ヒトのウ○コ食べるなら今後楠畑殿に頼めばいいわけでござるし…」
「今後も頼むつもりなんかい。シバくぞ」
「あなたなんでも協力するって言いましたよね?」
「……っ」
「追試何教科あるんですか?」
「…………6教科」
これでも頑張った。
「あなた追試の常連で有名ですよね?3年生の大事な時期に大変ですね。1人で何とか出来ますか?貴重な夏休み追試で潰すんですか?なんなら今後も勉強見てあげましょうか?」
コイツこない気弱そーな面しとってすんごい上から威圧的や。ムカつく。
が……
コイツの言うことも事実は事実。この調子やったら何回受けても受かる気がせぇへん。 こないなくだらん事に付き合うたせいで時間もない。
人としての尊厳か…実益か…
「ねぇー、簡単でしょ?ブリッと出すだけじゃないですか?いつもみたいに。ほら」
「…………………………」
血管が千切れそうやで。
「ホンマに追試受かるんやろうな?」
「私が教えて赤点を取った生徒はいません」
「ホンマに?」
「ホンマに」
「…………」
「ラブアンドピース」
愛も平和もないわ。
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ウチの夏休みの為にウチは3階女子トイレに走る。何故か着いてくるメガネ部長に入口の前で念を押しとかなあかん。
「脱糞はこれっきりやからな?あと、今からトイレに入るなよ?ええな?」
「はい」
「こっから先はトップシークレットや」
「何をするんですか?」
「ウ○コ」
「トップシークレットのウ○コ……」
部長を待たせてウチはトイレ最奥の個室へ……いくらウチでもそんなホイホイ何時でもクソひねり出せるわけやない。
が、ウチにはこんな時(?)頼もしいダチが居るんや。
「花子、居る?」
『お腹空いた』
お腹空いたらしいわ。けど今日は飯ちゃう。スカラベの飯や。
『なに香菜?ウ○コ?』
「ここに来る理由は大か小のどっちかやろ。頼みがあんねん」
『なにさ。あ、香菜夏休み海行くって言ってたじゃん?連れて行ってよ』
「行くかは彼氏次第や。そないな事よりウ○コしたいねん。ウチの追試がかかっとんねん」
『……?』
「大至急スカラベの餌作らなあかんねん。ちょっとウ○コひねり出してくれへん?」
このトイレの呪縛霊、花子は美少女の排泄物が三度の飯より好きというよりもはや三度の飯っちゅうイカれた幽霊や。そしてコイツは人の肛門に取り憑くことで強制的にウ○コをひねり出させる力を持っとる。稀に見る最悪な幽霊や。
『……スカラベ飼い始めたの?』
「ちゃう。ちゃうけどスカラベの飯作らなあかんねん。それが追試突破の条件なんや。頼むわ」
『……香菜、変態から脅されてる?』
変態からそないな心配されとうないわ。
『まぁいいけど……じゃ、座って』
「頼むで。1発すごいの」
『うーん、ウ○コのコンデションは何食べたかによるけど……』
--ズブッ!!
あぁっ!冷たい霊体がケツから中に……
「あ、この袋に出すから。ここ目掛けて頼むわ」
『……香菜、私が言うのもなんだけど今のあなたを見たらご両親は泣くよ?』
「顔に糞浴びたくて便器の中入って死んだ娘の両親はさぞ号泣したやろな」
無理矢理なにかが腸まで突っ込まれるみたいな感覚。直後襲い来るんは慣れ親しんだあのなんとも言えへん痛み。
腹の中引っ張られるみたいな感覚と下に降りてくる質量を感じて歯を食いしばる。ウチこないな事しとってお嫁行けんのやろか…
いや、旦那がウ○コタレ男なら行けるやろ。
「……っ!こ、これ……キツ……っ!うっ!ぐぅっ!!ちょっ!?もっとゆっくり!!」
『ああっ!この温度!湿度!やっぱり香菜の中は最高よ!!もう少しだから!はぁぁぁぁぁぁぁあっ!!』
「んんんんんんっ!!」
『産まれる!!』
「くっ……っ!!んぁぁぁっ!?」
--ブリブリブリブリッ!!ビチッ!!
……腹の中溜まっとったもん全部吐き出したらスッキリしたけど、えぐい体力削られた。
げっそりしつつほのかに温かくて臭いレジ袋を提げてトイレから出たら青ざめた顔のメガネ部長が待っとった。
「……お待ちかねのウ○コや。約束守れや」
「…………楠畑さん。なんですかさっきの嬌声は?」
「気にすんなや」
「…………楠畑さん」
「ん?」
「……ちょっと、下痢気味ですね」




