ただいま戻りましたでございます
皆様ごきげんよう。私、妻百合花蓮と申します。
4月から始まりました高校生活も早いものでもう夏休み。慣れない土地で右往左往しております。ですが今は新幹線に乗りまして車窓からの景色を優雅に眺めております。
あの、生まれ育った土地から遠く離れていく不安感を遡りますように懐かしい景色を眺めていましたらいつの間にか目的地に到着でございます。
新幹線から降りまして駅から1歩出ましたら肺に入ってくる空気が体に馴染みます。やはり生まれ育った土地の空気は美味しく感じます。
「お帰りなさいませ。花蓮お嬢様」
「ただいま戻りました」
お迎えに来てくださった運転手様にお辞儀で返し微笑みます。
--妻百合花蓮、京都の実家に帰省でございます。
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『お帰りなさいませ。花蓮様』
「……皆様、ただいま戻りました」
私の実家は京都の大きな山の中にございます。その山ひとつが我が妻百合流の所有地となっておりましてこの広大な敷地に構えます妻百合流総本山にて門下1万人が日々お稽古に精を出しております。
私の実家、妻百合流は日本屈指の日本舞踊の流派でございまして、私花蓮もいずれはこの妻百合流を継ぐ立場となっております。
次期家元としての立ち位置は重く、まだまだ未熟者の私にはこうした門下生様達のお出迎えなど大変恐縮でございます。
「…花蓮」
いずれは背負って立つ門下の皆様の奥からハッと目が覚めますような和服を着こなした女性がやって参ります。私はその場で膝を折って深々と頭を下げます。
「ただいま戻りました。お母様」
「いいですよ。親子ではないですか。頭をお上げなさい」
お優しいお母様のお言葉に頭を持ち上げます。久しぶりに拝見しましたお母様の変わらぬお姿とお優しい表情に張り詰めた緊張感がホッと緩みました。
「家元が奥でお待ちです。花蓮の帰りを今や遅しと待っておりますよ」
「はい。すぐにお伺い致します」
「その前に部屋に荷物を置いてきなさい」
「はい」
お持ちします、と門下生の方が私のキャリーバックと数点の荷物を持って下さいます。恐縮しつつもお願い差し上げ懐かしい実家の廊下を私の部屋へ向かって歩きます。
私の部屋はそのままで、丁寧にお掃除して頂いた状態でありました。どんなに離れていてもここに帰ってくる場所があるとその部屋を見ますと遠方での社会勉強も頑張る気概が湧いて参ります。
「花蓮様、お荷物はどちらに?」
「机のそばにお願い致します。私は家元にご挨拶に伺いますので…運んでくださってありがとうございます」
「いえいえとんでもございま--」
私のお願い差し上げた場所にキャリーバックとその他の紙袋などを運んでくださる門下生の方が突然躓かれました。
門下生の方に押される形でキャリーバックや紙袋が倒れます。紙袋の中身が床に散らばりました。
「大丈夫でございますか?」
「ああっ!申し訳ありません…っ!お荷物を倒してしまって…」
「構いませんよ。お怪我は?」
「すぐに片付けますので…………?」
紙袋からこぼれた荷物をまとめようとされた門下生の方がゼンマイが切れられたように動きを止められました。
どうなさったのでしょうか。
覗き込む私の前で門下生の方は床に落ちた私の勉強道具を凝視してらっしゃいます。
「…あの、花蓮様。こちらは…?」
「ああ…私の勉強道具のひとつでございます。本物はまだ早いからとこちら…実物に忠実な模型を頂きまして…こちらで勉強しているところでございます」
こちらはディルドと言う生物学研究に欠かせない資料だそうです。シリコン製でして柔らかくそれでいて男性器にとても忠実な作りをされております。
「お恥ずかしい話…私保健の科目が苦手でございまして…良い勉強方法はございませんかと同好会の先輩の方にお伺いしたところ、こちらで勉強するようにと……」
「べ…勉強…」
「はい。殿方の体の作りはよく分かりませんので…ですがこれ、とても勉強になります。良い教材を頂きました。こちらでも勉強しようと……」
「…ディルドで……勉強……」
「はい」
何故でしょう。門下生の方の顔が引きつっておられます。
「どうかなさいましたか?具合でも……?」
「いえ…そういう訳では……」
「荷物を落としたのは気になさらないでください。落として壊れるような物はございませんので……」
「はあ……まぁ…花蓮様もお年頃ですからね……」
「?」
教材をそっと紙袋に仕舞われた門下生の方が逃げるように部屋から退室なさいます。
……どうも次期家元という立場故か門下生の方からよそよそしい態度を取られることがままあるのですが……私の悩みでございます。
私としては普通に接して頂きたいのですが…まだ私自身の徳が足りないということでございましょうか……
精進せねばなりませんね。
荷物を置きまして家元のお部屋に参ります。
「失礼致します」
「…うむ」
厳かな雰囲気が部屋に漂っております。広い和室のお部屋の最奥に威厳に満ち溢れられた家元、私のお父様がお待ちでした。
「そんな所に居ないでこっちに来なさい」
家元に呼ばれましてお傍まで参ります。久しぶりの正座はなんだか落ち着きます。家元もお変わりないようで安心致しました。
「どうだ?学校は」
「私の見識の狭さに恥じ入るばかりでございます。私もまだまだ世間知らずでございました。世界は広いでございます」
「ふむ…通知表を見よう」
「はい」
通知表を親に見せるというのはとても緊張致しますね。ふむふむと難しいお顔をなさって紙面に目を走らせておられます。
「…流石私の娘だ。他の弟妹も見習って欲しいものだな」
「恐れ入ります」
家元からお褒めの言葉を頂きました。
通知表を仕舞われつつ「ところで」と家元が話を変えられます。どうなさったのでしょう?どこか気まずそうなお顔をされておられます。
「……門下の者にさっき聞いたのだが……」
「はい」
「その…お前の学校では保健の授業で……アダルトグッズを使うのか?」
……?
「あだるとぐっず?」
「だからその…あれだ。ボン・キホーテとかに売ってるあれだ……」
「……ぼんきほーて」
「お前の学校ではどんな授業をしてるのかね?」
「どんな……それはそれは高等な授業を……」
「聞かせてもらえるかな?」
「はい…数学の授業ではπのお勉強などを主に……」
「π?」
「はい。πというのは女性だけではなく男性にもついております」
「は?」
「人間だけではございません。全ての生き物に等しくπはついております。大変勉強になりました」
「待て。πってπだよな?」
「πでございます」
「…………π」
「その他には体育の授業ではライオンや虎、熊などと組手を……」
「待て、ライオンだと?」
「はい。学校指定のビキニアーマーを頂きまして……」
「ビキニアーマー!?」
「最近だとマウンテンゴリラと戦わせて頂きましたが、やはりお猿さんのお仲間は大変お強く…」
「ゴリラ……」
「ゴリラも人間も急所は同じだということを学びました。大変勉強になりました」
「……急所って?」
「睾丸でございます」
「睾丸…………お前、ゴリラの睾丸を触ったのかね……」
「蹴りました」
「蹴った……」
「はい」
「……他には何をさせられているんだ?」
「化学の授業では水素爆弾を制作させて頂きました」
「す、水素爆弾!?」
「水素爆弾にございます。それはそれは大変な破壊力でございました。あと、国語の授業ではドラグ・マグラを読ませて頂きまして、同級生の方々が次々に精神に--」
「分かった、もういい」
「あ、それと同好会!これがなかなかなに楽しいものでございまして、現代カルチャー研究同好会という同好会に所属させて頂いております」
「……現代カルチャー…………?」
「ええ、主にメイド喫茶とアイドルの研究を行っております」
「メイド喫茶と……アイドル?」
懐に忍ばせておりましたこちらはメイド喫茶『きゃっと♡らぶ』様から特別に頂きました猫耳カチューシャにございます。
「メイドというのはこのようにご主人様に御奉仕差し上げるお職業とのことです。にゃあ」
「…………」
「家元はご存知ですか?メイドとアイドルには通じるものがございます。メイドとアイドルは2割=で同一とされております。私の同好会に橋本先輩と仰る容姿の少し残念な殿方がおらっしゃるのですがその方がアイドルを目指し--……」
「分かった」
「それとでございまして!こちら歓迎遠足の写真にございます。よろしければ……」
こちらも高校生活の大切な思い出にございます。写真部の方に撮影して頂きました私の写真、岩肌の急斜面を転がり落ちる私でございます。
2枚目が火口に落ちかける私、そして3枚目が血だらけになりながらも生還しました私でございます。
「…………………………」
「歓迎遠足では標高3000メートルの活火山へ登頂させて頂きました。とても楽しいかったでございます」
家元、なんだかお顔が青ざめてらっしゃいますが、もしや具合でも悪いのでは…?
「……あの、家元?どうなされました?お顔色が…………」
「……愛娘が遠く離れた土地でこのような扱いを受けていた事に、父親として衝撃を受けていた」
「?」
「花蓮……」
家元が私を抱きしめられました。父上からの抱擁に戸惑う私。家元、どうなされたと言うのでしょうか?
肩に熱い感覚が…
見れば家元が私の肩に顔を埋めて涙を流しておらっしゃいます。私、何かしたでしょうか!?
「い、家元!?どうなされたのですか!?」
「………………花蓮」
あの厳格な、人に弱みなど見せられたことの無い家元が……
何事かと戸惑っていましたら家元が私の耳元で震える声を零されます。
「すまない……」
「……な、何がでございましょう?」
「お前が向こうでどれほど辛い思いをしてきたのか……父親として恥ずかしい……」
……は?
「……転校しよう。花蓮」
…………………………は?




