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ある夏の日のある2人の恋人達

「俺らって喧嘩多いよなぁ……」

「え?なん?急に……」


 全身がトマト臭い帰り道。まだまだ沈む気配もない太陽が容赦なくアスファルトを熱する。ここにトマトをぶつけたらきっとトマトも焼けるだろうなんて思いつつコンビニへ寄り道しようと足を向ける。その隣を着いてくる脱糞女こと楠畑香菜。


 カノジョとの何気ない放課後の帰り道だ。


 今日もトマティーナで壮絶なトマトのぶつけ合いを繰り広げとりあえずフ○ブリーズでも買うかとコンビニに向かいながらたった今もどっちが金を出すかで揉めた。


 何気なく思う。俺らのやり取りは喧嘩が常な気がする。


「そないな事よりほら、ジャンケン」

「じゃーんけーん…」

「「ぽんっ!」」


 ちょきとぐー、負けた。


「よっしゃ!消臭スプレーの他にアイスも買おか!!」

「……買った方か負けた方か、どっちが奢るかは決めてなかったな」

「あ?負けた方やろ」

「では勝者か敗者か…どちらが払うのかを決めるじゃんけん--」

「やかましい負け犬に決定権ないんや。アンタの奢り……」

「ふん」

「なに?」

「果たしてどちらが負け犬と言えるだろうか…?人に金銭的依存するお前……たかがフ○ブリーズとアイスを買うだけで人の財布をあてにしなければならない。金を払う俺と払われるお前……金銭的に見てどちらが弱い立場か?この場合、お前は俺に奢ってもらうという形で庇護下--」

「ほな財布の中身見せっこしよか?ウチの今の有り金4万と480円」

「…………」

「ほれ、見せてみ、経済弱者」

「……………………」

「……ふむ。なんぼ?えーっと……3000円か。アンタにしては持っとる方やんけ」


 …なんだその勝ち誇った笑みは。


「……俺より持ってるのに俺に払わせようと言うんだな?やはり器が小さい。人としての大きさで言えばお前は俺に負け--」

「なぁ、じゃんけんの勝敗の話やろ?その他の勝ちはアンタにくれてやるからはよ払う準備しろ。コンビニ着いたで?」


 ……………………


「……フ○ブリーズ吹いたってケツの臭いは誤魔化されないぞ」

「は?……え?は!?も、漏らしとらんわっ!!ウチのケツに四六時中ミソ付いとる思っとんのかっ!!いてこますぞこらぁっ!!!!」


 *******************


 コンビニ近くにちょうどいい日陰のあるバス停があったのでベンチに腰掛ける。2、3分歩いただけでアイスが溶けかけている。


「また喧嘩したな」

「ん?」

「あれ?俺…ブルーマウンテン味買ったつもりだったのに……」

「何味やったん?」

「クラムチャウダー……」

「ふーん」


 それにしても暑くなった。もう夏だ。

 明日は終業式。で、明後日から夏休みか。高校最後の夏休みだ。そして俺は就職するなら人生最後の夏休みだな……


「……脱糞女」

「ん?」

「夏休みどっか行こうか……」

「……ウチ、追試忙しいからなぁ……」


 出た。追試新記録を作った女。そうだコイツは頭が悪い。卒業できるんだろうか……?


「夏休みは追試漬けってか?」

「せやなぁ……」

「……終わったらどっか行く?」

「……行きたいなぁ」

「どこ?」

「……海」

「小比類巻君泳げないもん」

「なんやそれ。教えてやろか?」

「うーん……それは他の人と約束したからなぁ」

「え?」

「ま、行こうか…海」

「あと、花火見たいわ。ホタルイカ見れんかったしなぁ」


 花火かぁ……花火大会、やってたなぁ。


「てか、旅行行きたいわ」


 !?学生で旅行!?なんて贅沢な……コイツ学生の分際で……一体誰が金出すんだよそれ。


「旅行……」

「アンタと2人でな?熱海行かん?」

「熱海!?」

「え?なん?やなん?」

「いや……」

「金は心配すんなや」

「いや……追試のが心配ですけど?僕は」

「すぐ終わらせるわっ!!ウチはな!その気になればちゃんと勉強できる人なんや!!見とけよ!?3日で終わらせたるからな!?」

「初日に終わらせてこいよ。何教科あんの?」

「……5教科はコンプリートや」

「すげぇ……」

「そない純粋にアンタから感心される最初の事が追試って辛いわ。てか、アンタはどうなん?いくつあるん?」

「……なんで追試ある前提だよ。無いよ」


 その時脱糞女この世の終わりみたいな顔でドン引き。本来引かれるのはコイツの方である。


「アンタ頭いいんか?」

「いいか?頭いいの基準は追試あるか否かじゃねーからな?」


 まぁこの分では当分ヤツの夏休みは来るまい。それまでは暇だがら同好会でもやっておくか……



「--睦月」


 アイスの当たりが気になりすぎて頭いいキーンとさせながらも食いすすめる俺を呼んだのはどこかで聞いたことある声。

 それは記憶の奥底をなぞるように俺の頭の中に浸透していきながらその『どこか』を探し出そうとする。

 が、隣でアイスの棒を咥えた脱糞女が俺より先に答えを出した。


「……え?お父さん!?」


 ……香菜のお父さん…………では無いな。となると……


 俺が視線をあげた先、汗を滲ませたサラリーマン風の男がジャケットを腕に提げて俺を見下ろしていた。

 その顔に記憶の中にある親父の顔が重なった。


「……親父?」

「久しぶり」


 *******************


 律儀にバス停に停まったバスは2人ほどの乗客を吐き出してから乗り込む気配のない俺らを置いてバス停を通過して行った。そんな様子をぼんやり目で追いかける脱糞女の隣で俺は親父の横顔を眺めてた。


「こんなとこで会うなんて偶然だな。睦月。ホント……親子の絆を感じるよ」

「そうか?本当は偶然じゃないだろ?家近いし……この前も来たそうだな?」

「……会えなかったけど」


 親父と脱糞女の視線が一瞬絡んだ。

 脱糞女からサラッと聞いた。俺とお袋が居ない時家に来たらしい。ちなみにその時のお茶代はちゃんと脱糞女と日比谷さんから徴収済み。

 ので、親父の目的も聞いてる。


「復縁……したいんだっけ?」

「……やっぱり、虫がいい話に聞こえるか?」


 何故か負い目を感じているような様子の親父に俺は首を傾げる。すると親父はバツが悪そうに視線を泳がせた。


「お前の許嫁さんから叱られたんでな……まぁ、ご覧の通り仕事もまだないし」

「……許嫁?」「あれ許嫁ちゃいますけど?」

「でもまた来た……睦月。俺はな……」

「いいよ別に」


 何故か今更自分をよく見せようとする親父に俺は外れたアイスの棒を眺めながら返した。隣で脱糞女が目を丸くする。


「生活苦しいんだろ?言っとくけどうちも苦しい。アテにはするなよ?」

「……いや」

「パチプロやってろくな仕事もしなかった親父が今更やり直すとか今度は真面目にとか……いいよカッコつけんでも。親父がそんな真面目な人間じゃねーのは俺がよく知ってる」


 悪意を込めたつもりはなかったが、親父には随分堪えたようだ。我が子からボロくそに言われて俯いたまま拳を握りしめる親父の横顔……

 そこに様々な不安の色を見た。


 が、親父は大人だ。お袋も……そして俺は2人の息子だ。


「まぁ……いいんじゃないか?お袋が良ければ……」

「え?」


 なんでお前がびっくりする脱糞女。


「……睦月。お前はいいのか?」

「なにそれ?俺と親父が再婚する訳じゃないだろ?ところで前の女とは別れたん?」

「え?は?待って!?浮気してたんですかお父さん!?」

「……ああ、もう会ってない」

「いやいやいや……っ!睦月、アカンて」


 なんで?お前には関係ないぞ?

 そして俺にも。


「お袋もう仕事行ったと思うけど……明日の朝なら居るよ。どうせ暇だろ?来るなら言っとく」


 立ち上がった俺に続いて慌てて立ち上がり俺と親父を交互に見つめる脱糞女。これ以上の長居は無用だ。なぜなら脱糞女のアイスがあたりだから。


「……ああ、必ず行くよ」


 なんの汗か知らんけど、汗を滲ませ固く頷く親父を前に俺は「ん」とだけ返してわざとらしく隣に立つ脱糞女の肩を抱いて引き寄せた。


「じゃあ、俺らデート中なんで」

「……っ」

「……悪かったな睦月。お前も隅に置けないな。楠畑さん、何度も邪魔してすみませんでした」


 恐ろしく丁寧に頭を下げる親父の姿はまるで脱糞女にまで媚びを売ってるみたいに見えて滑稽だった。


 バス停の日陰から外に出ると、日陰の中の親父が暗く見える。

 これ以上クソ暑い外で“他人”に割く時間はないので俺はとっととアイス買ったコンビニに向かうことにした。


 *******************


「なぁ、睦月」

「ん?」

「ウチが言うのも変やけど……余計なお世話やけどさ……」


 アイスに心躍らせる俺の気持ちに水を差すのは遠慮がちに言葉を選ぶ脱糞女。こんな気を遣った態度はらしくない。ちらりと脱糞女を見ると凄く複雑そうな顔してた。

 やっぱり似合わない。


「あのお父さんだけはやめた方がええんちゃう?」

「……?」

「やっぱ……良くないで?」


 ……やれやれ。本当に余計なお世話である。コイツがそれを言うなら相手が違うだろう。


「…お袋が決めることだし」

「……うん、でもアンタだって関係ないわけやないし……」

「ないよ」

「あるやろ。仕事もないし、浮気もしとったんやろ?ええの?お母さんとあの人また会わせて……日比谷も言っとたよ」


 日比谷と口にした時、なんか脱糞女の顔が曇った。それは男には分からないような……敗北感?みたいな……

 気のせいだろうけど……


 なんか、ムカついた。

 香菜のその顔に。


「……アイス買ったの俺じゃん?」

「うん?」

「だからその当たり俺のだよね?」

「え?いや?ウチの引いた当たりやけど?」

「でも金出したの俺なんですよ?」

「いや、でもアイス選んだのウチやし?ウチの選んだアイスが当たったんやけウチのやけど?てか、今その話する?」

「逆に今なんで親父とお袋の話すんの?」


 キッパリ言う俺に脱糞女がポカンとしたあとハッとした表情をした。


 そうだろ?

 今は当たりのアイスの方が大事だよ?


「……いや!ウチのやけど!?」

「俺の買ったアイスですけど!?」

「なんやぁ!?カレシのくせにみみっちい事ばっか言うて……気前よく奢ってやたまには!」

「馬鹿!金の話に男も女もないし、そもそも奢ったし!」

「奢ったアイスが当たったんやけそれもウチのやんっ!」

「てめ……っ!俺が奢ったのは1本だけだし!?当たりのアイスまで奢ってないし!?」

「奢らんでええよ?タダやし」

「てめっ!?」

「なんやねんっ!!」


 このクソ暑い中デコを引っつけてアイス1本を本気で取り合う。


 互いの汗と制汗剤の匂いと、割と本気でアイスは渡すまいとする高校生……


「……ふっ」

「ぷッ!馬鹿……」

「ははははっ」

「あはははははっ、あほらし……っ」


 ……うん、お前はそうやって馬鹿言って笑ってな。


「半分こな?」

「え?やだ、汚い」

「お前のケツよりは……」

「しばくぞ?」


 俺ら喧嘩ばっかだな。

 喧嘩ばっかで楽しいな。

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