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トマト祭り

『皆さん、とうとうこの日がやって参りましたっ!!』


 グラウンドの演説台に上がった校長先生が開会式の挨拶をする。ジリジリと鋭い針のように天から降り注ぐ日差しはすっかり夏の様相だ。

 例年を超える記録的な真夏日、炎天下整列した全校生徒は校長先生の長話で早くも命の危機。


 さて、今日は一学期最後の日。

 そう、球技大会だ。


 例年通りならドッジボールとか野球とか…我が校にしては珍しくスタンダードな球技が選ばれる…のだが、今年は違った。


 グラウンド中央に立てられた真っ白の棒と、頂点に吊るされるハム。入学して3年目にしてとうとう球技大会までイカれてしまったらしい。

 校長先生の長話も一区切りし、半分くらいが熱中症で運ばれた辺りでようやく今回の競技が発表される。


『今年の球技大会は…トマティーナです!』

「…小比類巻君、トマティーナってなんだい?」

「説明しよう」


 --トマティーナとはっ!!

 通称トマト祭り。スペインはバレンシア州、ブニョールにて8月最後の水曜日に行われる収穫祭である。毎年数万人という人が街に集まり熟したトマトを投げ合うという熱いイベントなのだっ!!


「…球技なの?それ」

「橋本、トマトだって投げればボールだ」

「……球技?」


 トマティーナ、開催である。


 *******************


 毎年球技大会はクラス対抗の形を取っていたが今年はその球技(?)の特性上チーム分けはせず、一人ひとりが完熟トマトの如く熱くトマティーナし合うらしい。


「どうなったら勝ちなんだい?小比類巻君」

「ふん、橋本よ。この戦いは誰よりもトマトまみれになった奴の勝ちなんだよ」


 知らん。


 さて、トマティーナ本家の流れであるが…


 まずは前夜祭があり、普通のお祭りのように屋台が出たりしてみんな楽しむ。ここに狂気はない。


 そして当日、まずはパロ・ハボンという前座みたいなイベントが行われる。

 これは高さ数メートル程の木の棒に石鹸を塗りたくりそのてっぺんにハムを吊るす。

 そのハムを参加者が競って奪い合うのだ。

 そしてハムが取られればトマティーナ本番。街中にトマトを大量に積んだトラックが現れ街中にトマトが飛び交う。

 開始から1時間程で終了の合図が鳴り、街中を放水してぶつけ合って潰れたトマトを洗い流し終了。


 という流れである。


 本家を習って球技大会でもまずパロ・ハボンから始まる。


 立てられた棒の頂上に堂々鎮座する生ハム…普通に食べたい。群がる生徒達の目は野獣のそれである。


『えー、では始まる前に莉子先生からご挨拶です』

『…えー、葛城です。そうですね、まぁ怪我だけはしないよう『よーいドンっ!!』あれ?』


 校長先生の合図とともに戦いが始まる。

 ぶっちゃけトマト投げの勝ち負けが分からんのでここが1番の盛り上がりどころ。


「おぉぉぉおっ!!」「うらぁぁぁっ!!」「ちぇぇぇぇっ!!!!」「ほあちょぉおぉっ!!!?」


 威勢よく生ハム目掛け棒に飛びつく男子達。それを「男って馬鹿ねぇ」って顔で眺める女子達。


 が、そう簡単にはいかない。


「うわぁぁっ!!」「なにぃぃいっ!?」「ばっ…馬鹿なっ!!ぐはぁっ!!!!」


 木の棒には石鹸が塗りたくられている。ツルツル滑ってよじ登るのは容易ではないのだ。


「…橋本よ、あの生ハムを取ったら勇者の証。結婚指輪の代わりに使われることもあるそうだ」

宝石ジュエルミートかな?」

「取ってこい」

「君こそ楠畑さんにプロポーズしなよ。生ハムで」

「……俺は自分で食うんだよ」


 …馬鹿な連中だ。こんなもの馬鹿正直に登る必要ない。俺は悠然と落ちてくる生徒達を避けつつ棒に近寄る。

 そのままリズムを刻むように地面を蹴る。回転する俺の脚が旋風となり棒の根元をへし折った。


 必殺、カポエイラ。


「あっ!?」「あいつ棒をへし折りやがったぞ!!」「ずりいっ!!」「いやっ!!これでハムが取りやすくなった!!」


 粉砕された棒が倒れてくる。


「よしっ!橋本落ちたら拾ってこいっ!!」

「自分で行きなよ…」

「行けっつってんだろ」


 橋本を蹴飛ばす。飛ぶ圭介。ケツを粉砕される橋本少年が一直線に倒れてくる棒の頂上へ…


「I'm ham!!」

「げぼっ!?」


 そんな橋本を横から蹴っ飛ばす男…

 奴は…ボブ・ジョーダン!!お前はハムでは無いっ!!


 橋本を押しのけ最短距離で滑り込むボブがハムを手のひらで受けた。

 男共の悔しさの滲む声…女共の何見せられてんだろって顔…

 そして晩飯を失った俺……

 あと失神しリタイアした橋本……


「Let'sTOMATO」


 カッコつけてるつもりのボブ・ジョーダンがかじりついた生ハムからジャリって音がしたから多分砂がついてたんだと思うよ。


 *******************


 --私は可愛い。


 私の可憐さと言えばそれはもう…太陽が嫉妬するレベル。今日も私のあまりの美しさに嫉妬通り越してブチ切れた太陽が記録的猛暑を叩き出す。でも、私のあまりの美しさに感涙の涙が止まらないロマ・ペケソン族の人達のおかげでダムの水は今日もいっぱいです。


 太陽光発電と水力発電--1人で電力を生産する女、日比谷真紀奈。


 …球技大会。

 思えばあれが全ての始まりだった。


 1年の球技大会、ドッジボール。当日私にフラれた剛田からの粘着質な攻撃。私を守ってくれたのは他でもないむっちゃんだった。


 そう…あれが始まり。始まりにして原点。

 日比谷真紀奈、この球技大会でむっちゃんをオトしてみせるっ!!


「--ぶっ!!!?」


 と、勇んで戦いの渦中へ飛び込んだ私を襲ったのは顔面に叩きつけられるトマトの洗礼。

 この日比谷の顔にトマトを投げつけるという暴挙。一体どこのどいつが--


「--久しぶりねぇ」

「…っお前はっ!!」


 なんか宙に浮いてるこの男はっ!!


「剛田…っ剛っ!!」

「日比谷さん。元気してた?懐かしいわねぇ球技大会♡うふっ♡燃えるわぁっ♡」


 なんでコイツ浮いてるの?トマトも浮いてるよ?トマトが惑星みたいに旋回してるよ!?

 これも神の力!?


「日比谷さん。そろそろ決着着けましょうか?」

「…け、決着?」

「アタシ、校内のほとんどの男は食い尽くしたわ…残すはただ1人。分かるわね?」

「……っ!?」

「有耶無耶にしてたけどそろそろハッキリさせましょうか?アタシとあなた…どっちが睦月ちゃんに相応しいかっ!!」


 剛田の声に応じて飛び交うトマトの中、野球部が私の前に立ちはだかる。


「……っ!!」

「この子らはみーんなアタシにケツ穴掘られた男の子達。もうアタシの虜よ♡うふっ♡悪いわね…多勢に無勢でイかせて貰うわっ!!」

「上等だよ…この日比谷の顔にトマトぶつけた事、後悔させてやるっ」




 --なんかウチの知らんとこでウチの彼氏の取り合いが始まっとる。


「…睦月、アンタモテるなぁ」

「まぁ俺クラスになると男も女も--」

「アンタがはっきりせんけあんな風に周りが振り回されるんちゃうんか?」

「はっきりしてるじゃん…俺の恋人はもうお前って決まってるし」


 ………………そうやな。


「なにニヤついてんだ?キモ」

「…日比谷は?まだアンタの事好きみたいやけど?もっかいバチッて言うた方がええんちゃうん?ホテルの時みたいに…」


 突然ウチの顔面に打ち付けられるトマト。隣でアホがゲラゲラ笑っとる…


「…………ウチさぁ」

「あははっ、朱の盆みたいになってん…え?なに?」

「前から気に食わんねんっ!!!!」


 拾ったトマトで全力投球や!いつも通り頭くる彼氏の顔にトマトが張り付く。


「ウチのカレシやのに日比谷と仲良ぅすんのがっ!!」

「…そんなに仲良い?」

「付き合う前ウチの事好きやったくせに日比谷とも仲良ぅしとったとことか!?」

「突然めんどくせぇ!?」

「別にええねんけどなっ!?」


 --べチィッ!!


「…っ!?股間に…っ!?あったまきたっ!!お前覚悟しろよ!?脱糞女っ!!」

「よーし!今日はとことん言い合おうや?トマト投げ合いながら!!」


 *******************


「いやぁ…今年も盛り上がっておりますなぁ」

「いや全く!ははっ。これをやると後が大変ですが…」

「生徒が楽しいのが1番です」

「ははははっ!」


 運営テントで談笑するおっさん達。毎年恒例のような口ぶりだけどトマティーナなんていっつもしてない。

 おっさん達の声はシャットアウトして私は集中してカメラのシャッターを切る。


 写真部部長、伏見。通称たまちゃん。由来はち○まる子ちゃんのたまちゃんっぽいから。

 私達も卒業が迫ってる。ので、卒業アルバム用の写真撮影が急務だ。我が校では写真部が撮る。


 しかし……


「ベトナム…ベトナムがやって来る…」

「あっあっあっ」

「ぽーーーーーっ!!けーーーっ!!ぺーーーっ!!」


 隣で写真を撮ってる写真部の愉快な仲間達の奇声がうるさいんですけど。


「べっ!?」


 あと、飛んでくるトマトが痛いんですけど?


「この戦いを制した方がむっちゃんと結婚するっ!!」

「かかってきなさい♡泥棒猫!!」


「アンタもうちょい自分に好意抱いとる女に誠実に向き合わなアカンのとちゃう!?」

「…君のヨダレまでなら許容しよう。が、ウ○コは無理だ」

「いてまうぞおどれ!!」


「うわあぁああああっ!!!!!!!!」

「香曽我部先輩…っ!!」

「うわぁぁぁぁぎゃぁぁああああああっ!?トマト汚ぇぇぇええっ!?!?」

「…香曽我部先輩、トマトは汚くはなくございます…」


「レン!!ヤバい!!トマトに釣られてアフリカゾウのガネーシャがっ!!」「おぉいっ!?風香リード付けとけ!?」

「パオォォォンッ!!!!」


 あとみんなおかしすぎて写真撮りにくいんですけど?

 殺意と敵意剥き出しでトマトを浴びて真っ赤な生徒達はもはや殺戮の現場みたい。これ、卒業アルバムとかに載せていいのかなぁ…


「…いい写真が撮れてるじゃないか」

「あ…莉子先生」

「莉子先生アニュハセオ?」「ぁ…ぅ…」「たこたこたこたこたこたこ」


 運営テントでカメラを構える私達に寄ってきたのは養護教諭の莉子先生。みんなの良心。

 莉子先生は私達のカメラを覗き込んで撮れた写真を盗み見てる。正直躍動感ありすぎてどれも上手く撮れてないけど…

 生徒達のはしゃぎ回る姿に頬を緩めてた莉子先生はお世辞では言ってない。


「伏見君の写真はいいなぁ…先生好きだよ」

「……っ、いやぁ…万年コンクール落選ですし……」

「でも君の写真の中の生徒はいつも楽しそうだ……君の作品を見れるのも今年が最後か…」


 …莉子先生。


「ところで--」


 胸に熱いものが去来する。作品を愛してもらえてる、その実感が何より--


 --ベチッ!!


 ……ジーンっとしてたら顔にトマトが……ずり落ちるトマトの隙間からニヤニヤした莉子先生。彼女の手にもトマトが握られているんですが…………


「君達せっかくお祭りなのに写真ばかりというのもつまらんな。先生が投げてあげよう」

「え?いや……」

「遠慮するな。思い出だろう?」

「いや待っ--」

「--シュッ!!!!」


 いやなんだ今のシュッ!!!!って!割と本気--


 次の瞬間私の顔面がトマトに弾かれて飛んだ。上昇する視界は青空を仰いで…

 そして予想外のパワーは私の体を吹き飛ばしそのまま鮮やかな赤いグラウンドに落ちる。


 ……勝手にカメラを構えてる莉子先生。


 ああやだなぁ。


 きっと卒業アルバムの1ページにトマトまみれのグラウンドに仰向けになる私が載るんだろう…


 ……てか莉子先生強すぎない?

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