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俺は……弱いっ!!

「ちぃぃぃやぁあぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 その時俺は叫んでいた。

 あ、佐伯達也です。


 --我が最愛の人、千夜が何者かに拉致された…

 その一報は彼岸神楽からの連絡により俺の元まで駆け抜けて、その瞬間俺は咆哮していた。


『…聞けば君はあの子と恋人だというじゃありませんか……私が現場に居ながら…申し訳ない。ハイエナとの戦闘で体が鈍って……』


 そんな彼岸神楽の言い訳を電話越しに聞きながら俺は爆発しそうな体を必死に抑えていた。


 ……情けねぇ。

 俺はなんて情けねぇ……愛する女ひとり、守ることができないのか……

 己の無力感に押しつぶされそうだった。自分の弱さに絶望していた。


 --千夜との接触禁止の第2の試練の期間は終わっていた。

 が、最後に会った時、千夜から拒絶され、俺は千夜に近寄ることを躊躇っていた。


 今の俺には強くなることの方が大事だった……

 いや、それは言い訳だ……

 本当は怖かったんだ。俺が貝になりかけた時のように千夜から拒絶されることを恐れたんだ。


 情けねぇ……なんて不甲斐ねぇ……


 俺が強くなる理由はなんだ?千夜を守る為ではなかったのか?

 それをこんな……こんなっ!!


「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」

「お母さんあの人何?」「北京原人よ、見ちゃいけません」


『……犯人は分かってます。恐らく前回宇佐川結愛の彼氏を攫った奴らです。……現場にこんな置き手紙がありました……「佐伯達也、大事な女を取り返したければ1人で来い」と…』


 関西煉獄会……


『恐らく、前回連中を叩きのめした報復でしょう……』


 とうとう奴らの牙が千夜にまで……

 こうならない為に俺は強くなっていたんじゃないのか?千夜を遠ざけ……俺は何のために……っ!!


『…前回同様、第3埠頭まで1人で来いとあります。が、今回は私の責任もある。本田千夜は我が校の生徒……校内保守警備同好会としてこれを見過ごす訳には--』

「俺一人で行く」

『正気ですか?前回私達は2人がかりでも奴らに歯が立たなかった。悔しいけど……今の私達の実力では……』

「黙れっ!!!!!!」


 俺の怒号に電話の向こうで彼岸神楽が黙った。


「これは……俺がやらなきゃならないんだっ!!」


 千夜を守るのは俺の役目……もし千夜を守れないようなら……


「このままでは……俺には…アイツの隣に居る資格がない」

『……佐伯達也』

「……連中と接触すれば三途の情報もあるかもしれない…あるいは、埠頭に待ち構えているのは三途かもしれない。だが…ここは俺がやる。悪いが引っ込んでいてくれ」

『……』

「俺がやらなきゃ……いけねぇんだっ!!」


 *******************


 --彼岸神楽の情報によれば千夜を攫ったのは三途ではないらしい。

 第3埠頭に待ち構えているのはソイツの可能性が高い。が、手負いとはいえ彼岸神楽を一方的に打ち負かした猛者だ。


 前回師匠との討ち入りの時は、煉獄会のヒットマンに苦戦を強いられた。

 あの時は2人かがり、しかも師匠に助けてもらった。つまり、敵はそういうレベルなのだ…


 俺も覚悟を決める。


 猛ダッシュで自宅に戻った俺は押し入れから1本の刀を取り出す。


「ちょっと達也!?アンタ学校はどうしたのよ!?てか、なにそれ!?」

「黙っててくれ母さん……これは俺の戦いなんだ」

「なに訳分かんないこと言ってんのよ」


 佐伯家に代々伝わる伝家の宝刀…………名前は忘れた。

 壊れた掃除機の奥に突っ込まれてはいたが佐伯家が代々受け継いできた家宝だ。埃まみれだが。


 鞘から抜き放たれる白刃は長い時を経ての出番に応えるように煌めく。ひと目で至高と分かるその切れ味。


 ……ここからはもう、遊びじゃねぇ。


 分かっていたことだ。

 三途との決着…煉獄会との戦い……それは文字通り命懸けの戦い。


 俺は刀を手に家を飛び出した。

 千夜の元へ--


「ちょっと君、何持ってんのそれ!?」


 ……と思ったらお巡りさんに呼び止められた。


「なにそれ?模造刀?ちょっと見せて--」

「斬り捨て御免」


 --ズバッ!!


「痛ぇ!?」


 お巡りさんを斬った。

 その切れ味は想像通りだ。これなら戦える。


 すまないお巡りさん。だが、今は時間が無い。

 腕の産毛を切られて悶絶するお巡りさんを振り切って俺は埠頭へ走る。


 千夜は俺を呼び出す為の餌……殺されることは無いだろう。だが、冷静に務めても湧き上がる焦りと憤怒が俺の足を必要以上に駆り立てた。


 早く……速く……疾く……っ!!


 何もかもを置き去りに俺は疾走していた。叫びながら……


「千夜ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」

「お母さん、何あれ?」「しっ!あれはネアンデルタール人よ、見ちゃいけません!!」


 *******************


「……どういうことだ?」


 第3埠頭、貨物倉庫。

 関西煉獄会が汚いことをする時に使う廃倉庫だ。そこに訪れた俺は目の前の光景に苦虫を噛み潰したような顔をする。


「……彼岸か」


 椅子に拘束された少女--それは俺の同級生の本田千夜だ。一応、俺が所属している剣道部のマネージャーをしてくれている。


 意識のない少女の隣で感情のない声を向けるのは俺と同じ関西煉獄会に対宇佐川用に雇われたヒットマン--通称『人喰いサブロウ』だ。

 同じ煉獄会のヒットマンとしてはトップクラス…俺も一目置いている男だ。

 ただ、この男の人間性に関しては問題があると思っている。


 そんなヒットマンが今俺の知り合いを拉致してきていた。


「…これはなんだ?」

「聞いてないのか?彼岸三途。うちのヒットマンがやられた。宇佐川結愛に加えて佐伯達也、彼岸神楽も報復対象になった」


 --彼岸神楽。


 同じ名を持つ顔も知らぬ名前に俺の細胞がピリピリと緊張する。が、今そんなことを気にしている場合ではない。


「この女は佐伯達也の女さ。これで奴を誘い出す……この仕事は俺が請け負ってる。お前は邪魔をするなよ?」


 ……佐伯達也が、ここに…………


 沸き立つ感情をグッと堪え俺はゆっくり歩を進める。

 俺の剣気に反応した一流のヒットマンがさりげなく臨戦態勢に入る。

 ……が、遅いな。俺がその気なら瞬きの間に死んでいた。


「……なんだ」

「……お前には勝てない」


 超至近距離から言い放つ俺に奴は完全に攻撃態勢に入る。一触即発…ちょっとした刺激で攻撃が飛んでくるだろう。

 奴の間合いに入り込んだ俺が示すのは実力の差。お前など相手にならないと暗に告げる。


「……そんなに強いのか?佐伯達也は」

「……お前の仕事なら俺は手は出さない。が、これだけは忘れるな」


 瞬間爆発させる殺気に人喰いサブロウが気圧される。


「……この女に手荒な真似をしたらお前の命は無いからな?」


 *******************


 俺が目的地に到着した瞬間、錆び付いた倉庫の扉を蹴破った。

 中の埃が舞い、音を立てて鉄の扉が地面に落ちる。薄暗い中を確認もせず俺は突進した。手にした刀を抜きながら……


「千夜あぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」


 --プチュッ


 直後俺を襲ったのは目に走る激痛と片目に訪れた暗闇だ。

 目になにかかけられた--無防備な的と化していた俺はようやく迂闊さに気づき急ブレーキをかけるが、遅い。

 無鉄砲な俺に叩きつけられるのは顔面を強打する木刀の一撃だ。頭が弾けたかと思った。


「……威勢がいいな。どうだ?ブート・ジョロキア入り水鉄砲は?」

「……てめぇか」


 片目が効かない中で俺は下手人を睨みつける。その奥には千夜が居た。


「貴様……千夜を……お前は…殺すっ!!」

「お前には無理だ。俺は人喰いサブロウ。関西煉獄会に弓引いた事、後悔させてやるよ」


 なにか言っているようだが俺には聞く余裕はない。沸騰した血が脳まで回り、次の瞬間には俺の体は奴の懐に入っていた。


 --取った!!


 奴の腰あたりに確かに狙いを定め刀を振るう。が、その一閃を阻んだのはベルトのバックルから放たれる弾丸!

 紙一重で躱した先に木刀が降ってきた。木刀とは思えない一撃に頭蓋が割れて血が噴き出す。


 よろける俺に放たれる蹴り。肋骨が折れた。

 それも意に介さず本気の一閃。空気が切り裂かれるひと薙ぎは遥か後方まで切り裂くがクソ野郎はひらっと躱していく。

 ついでに手の中の暗器で俺のもう片方の目も奪っていく手際の良さだ。


 やべぇ……視界が……っ!!


 暗闇の中迫ってくる気配。がむしゃらに振り切った刀の切っ先に微かな手応え。


「うっ!?」


 当たった!?

 このチャンスを逃すわけにはいかない!!臆せず暗闇に足を踏み出した直後--


 首筋--頸動脈を正確になぞる冷たい感触。遅れてやってくるのは内側から噴き出す熱さ。


 ジョロキアにやられた片側の視界がうっすら戻る。その先では無傷のクソ野郎が立っていた。


 --千夜を盾にするようにして。


 意識のない千夜の額を流れる一筋の赤い筋…俺がさっき斬ったのは…


 下卑た笑みが千夜の後ろから覗く。その瞬間、致命的な出血によるパニックは消し飛んだ!!


「てめぇぇぇえええっ!!!!!!」


 俺の咆哮に倉庫が揺れる。常人なら鼓膜が破れててもおかしくねぇ…が、奴は気にもとめず突っ込む俺を迎え撃つ。


「隙だらけだ」


 千夜の後ろから左手が振るわれる。どこから飛んできたのかも分からねぇ手裏剣が両手足を貫く。その威力は倒れた俺を地面に縫い付けるほどだ。


 動きを封じられた俺にすかさず上から襲いかかるクソ野郎。上からの蹴りが内蔵を潰した。口から押し出された血液が飛び散る。


 ……つ、強ぇっ!!


「……終わりだな」


 千夜を放るゴミクソ野郎が懐から小太刀を抜き出す。意識が朦朧とする俺の視界に白刃が光る…


 …ち、千夜……


 --ここまでだ。


 負けと、自らの死を認識。最後に千夜だけは…と手を伸ばそうにも手裏剣に貫かれた腕は上がらない。


 眼前に切っ先が迫った。触れる前に死の冷たさを感じた。この刃が俺の肉を裂く時、俺は…………



「--おい」



 その声は決して鼓膜を揺らすような激しい声ではなかった。が、その声は静かでかつ聞くものの腹の底まで震わせる本物の強者の声--


 頼りない視界の中、その男は立っていた。


「…………彼岸……三途……」


 現れただけでその場を支配するその幽鬼のような男は、俺が食らいつこうと牙を研ぐ--そのターゲット。


「…彼岸」

「その女に手荒な真似をするなと言ったよな?」


 その圧力は静かな怒気を孕み、目の前に刃が迫った時をも上回る死を直感させた。ショック死しそうだった。

 俺を追い詰めた強者も彼岸三途のその声だけですっかり萎縮し、漏らしていた。


「……消えろ」


 それ以上言葉は不要だった。

 クソ野郎は尻尾を巻いて目にも止まらぬスピードで駆け去っていく。目の前の、あと一刺しで殺せる獲物を置いて……


 ……そして残されたのは俺と彼岸、千夜だ。


 彼岸は冷たい視線を俺に降ろす。朦朧とする意識、動かぬ肢体。それでも意地で気だけは失わなかった。


 奴は何も言わずに背を向けた。


 圧倒的弱者を前に、かける言葉もなく、路端の石ころを眺めるような態度で……



「…ち、くしょう」


 去っていく彼岸を前に俺の中にあったのは屈辱でも、助かった安堵でもなかった。



 ……すまねぇ。

 すまねぇ……三途……

 …俺は弱い。

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