表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
232/385

何しに来たんですか?お父さん

「むーーっちゃん!!あーそーぼー!!」


 私は可愛い。

 どれくらい可愛いかと言うと私が可愛すぎて世界が大混乱するくらい可愛い。

 第1次日比谷ショックもまだ記憶も新しい。今日も私の美しさで世界のインフラが破綻している。


 が、今日も日比谷は通常運転。


 姉さんの結婚式が終わり、姉さんの幸せな姿を目の当たりにした私の脚は今日、放課後自然とあのアパートへ向かっていた。


 むっちゃんと結婚しようと思って。

 ちゃんと婚約指輪も用意しました。はい。この日比谷、不安定な曇り空の下張り切っておめかしして挑む。

 なんだかんだ言って女子高生が1番可愛く着飾れるのは制服だよね。ちょっと早い衣替えで肌寒い中半袖にスカートも折って、日比谷気合いが入ってます。


 お母様にはああ言われたけど日比谷負けないっ!!


「むーーーっちゃんっ!!あーーーそーーーぼーーーっ!!むーーっちゃん!!」


 ……が、肝心のマイプリンスが出てこない。


 むっちゃんまだ学校から戻ってないのかな…?いや、下校するのを見届けてから来ました。

 さては私のあまりの美貌に会ってもないのに失禁した?


 大変!むっちゃんが日比谷キシーショックで死んでしまう!!


 むっちゃんの元へ駆けつけるために私は猛ダッシュで階段を…………


「なんやねんやかましいなっ!!」


 階段踏み抜く勢いで駆け上がる私の体が硬直…

 扉を蹴破って出てきたのは同じ制服を着た女子高生。私はその顔をよく知ってる。

 夜が来る度コイツの顔を思い浮かべたもの。羊の代わりに数えたもん。私の何がコイツに負けてたんだろって……


「……楠畑…さん」

「……日比谷」


 コイツは楠畑香菜……通称脱糞女。

 むっちゃんのカノジョである。


 *******************


 ……なぜ脱糞女がここに?いや、むっちゃんのカノジョだからか……


 いや、なぜ脱糞女がむっちゃんの家に?なぜ?何故?むっちゃんの家でなにしてたの?むっちゃんのお母様はこの時間はもう仕事に出てるはず……親のいない家でなにを……?


 背中にじっとり嫌な汗が滲む。まさかむっちゃんが出てこないのは……


「え?何しとん?」

「あなたが何してるの?」

「何って……睦月が来いって言うから来たんやけど……アイツ居らんねん」


 あ、むっちゃん不在なんだ。

 ……むっちゃんもお母様も居ないのになんで家に入ってるの?まさか合鍵?


 日比谷、憤死寸前である。


「で?アンタは?」

「来ちゃ悪いの?」

「いや悪いってことはないけど……」

「むっちゃんと遊ぼうと思って……」

「あ、そう。でもアイツ居らん--」

「お邪魔します」

「なんでやねん」



 懐かしいスイートホーム。むっちゃん、私と結婚したらもっといい家に住ませてあげるからね…


 いかにカノジョとはいえ脱糞女に奥さん面されたら悔しい。私は記憶を頼りに台所からコップを2個取り出してお茶を淹れる。


 どうよ?脱糞女。さながら通いつめたカレシの家のカノジョでしょ!?

 むっちゃん家マウントを見せつけるこの日比谷に脱糞女玄関先で佇み敗北を噛み締める。噛み締める味はさぞ苦かろう。


「いや……勝手に入ったらアカンやろ」

「え?脱糞…………楠畑さんも勝手にあがってるじゃん?」

「ウチは呼ばれたんやって。鍵もかかってなかったし……」


 まぁなんて不用心!……まぁ、盗られるものもないかこの家は。


「粗茶ですが……」

「それ、ウチが買ってきた茶っぱやねんけど」


 ……勢いであがったはいいものの、むっちゃんの居ない家に脱糞女と2人きり……これは一体どういう時間なのかしら?

 それにしてもこの日比谷、ボロアパートの茶の間に座っていても絵になる。私が座るだけで穴だらけのアパートの一室もさながら千利休の茶室。和服を着てくるべきだった。


 しばらく無言でお茶を飲む。

 正座してたら足が痺れてきたそんな頃、脱糞女が口を開く。


「…日比谷は睦月とたまに遊んだりするん?」


 睦月……


「うん?むっちゃんは寂しがり屋だからね。お母様も夜は居ないし、たまにこうして泊まりに来てあげてるんだっ!!」


 嘘である。日比谷は1度しか泊まったことがないのである。


 が、張った見栄も脱糞女は「ふーん」で流す。コイツ……自分のカレシの家に女が泊まってるのになんとも思わないの?


「嘘やろ?どーせ」


 コイツっ!!


「まぁ……アイツに沢山友達居るんはええことやな。あんがと。アイツと付き合うの大変やろ?」


 なんだその笑顔はっ!!お前何様!?こ、これがカノジョの余裕……!?


「…ところで、日比谷はまだ睦月が好きなん?」

「……っ!!」


 コイツ絶対性格悪いだろ……なんてやつ!!


「…………だ、だだだだだ、だとしたらなんなんですか????」


 くっ!なんてこと!!この日比谷があまりのカノジョマウントに怖気付いている!?この日比谷が!?


「言っとくけどっ!?私だって浣腸もア○ルスカトロもイケるんだからっ!!」

「しとらんわっ!!」

「うっ!嘘だっ!!歓迎遠足のお化け屋敷で浣腸されてたっ!!」

「いや……あれはプレイでもなんでもないわっ!!アイツはウチの胃腸をおもちゃにしとるだけで性癖自体はノーマルやっ!!」

「……っ!ヤ、ヤッたんだ……」

「い…っ!いやまだ…やないっ!!何言わせとんのや!!」

「おのれ……脱糞女……」

「殺すぞ?てかホンマ何しとんのやお前、もう帰れや」

「アンタの家じゃないでしょ!?」

「お前の家でもないやろっ!!」


 正妻バトルが白熱し始めたその時だった。

 女達の戦いに水を差す「ごめんくださーい」の間延びした声。倒れかけのドアをゴンゴンとノックするその音に私達の鋭い視線が向く。


 ……ここは私が出るべきだろう。むっちゃんの未来のお嫁さんとして。


「「どなたですか?」」


 おい脱糞女邪魔すんな。


 傾いたドアの隙間から顔を覗かせるその男。私達はその顔に揃って声を上げた。


「むっちゃん?」「睦月」


 むっちゃんがそこに居たから。

 いや、私には分かる。一流の小比類巻二ストたるこの日比谷、どんなに顔が似ていてもむっちゃんの声を間違えるはずもなく……


 その人はむっちゃんのそっくりさん…いやパチモンだった。


「……ん?睦月のお友達かな?」


 黒いスーツに身を包んだ長身のその人は私らを見るなりその甘いマスクを綻ばせる。顔はむっちゃんだった。


「初めまして。睦月の父です」


 ………………………………っ!?!?


 現れたのは本物の小比類巻家の…いや、空閑家の人間だった。


 *******************


 眠たげな眼にスっと通った鼻筋、人を食ったみたいな全体的なパッとせえへんアホ面。それは確かに睦月の面影を残した…というよりあのウ○コタレをそのまま大人にした感じやった。

 顔だけで血の繋がりを感じさせたわ。


 楠畑香菜に衝撃走る。


 睦月の両親は離婚した聞いとったし…しかも父親はパチプロとか聞いた気がする…

 が、今目の前に居る父親はどっからどう見ても真っ当な社会人風で、そもそも離婚後に元嫁と息子の住む家に唐突に現れる理由は?

 だってそうやろ?離婚して奴の苗字が小比類巻になったんはまだ記憶に新しい事態。

 円満に別れた言うわけでもなかったみたいやし、普通こない簡単に来れる?

 しかも睦月もお母さんも居らんしこれ完全にアポ無しやろ?


 ……そしてそこに居合わせたウチら。


 茶の間のちゃぶ台囲む3人。その3人が今や全員この家の他人いう状況……


「……いつも睦月がお世話になっております」


 2人とも不在なら、って持参した手土産(百味ビーンズ)をウチらに差し出しながらお父さんは完璧な所作でお辞儀する。

 これは応えなアカンやろな……


「初めまして……息子さんとお付き合いさせて頂いてます、楠畑です」

「初めまして元お父様、息子さんの許嫁の日比谷真紀奈です」

「……カノジョと許嫁……我が息子ながら隅に置けないな」

「こら、ええ加減なこと言うなや!」

「あなたこそ、関西弁どうしたのよ!」

「ウチはちゃんとした時には関西弁使わんねん!!元々関西人やないし!」

「……えっ!?」


 ウチが埼玉県民言うんは界隈では有名な話やけどな……


「はは……お友達かと思ったらそういう…正妻も内縁の妻も、仲がいいんだね」

「「どっちが内縁だって?」」


 キレ気味にお父さんに詰め寄る。女の圧に圧倒されるお父さんが「失礼」と、ホンマに失礼な発言を詫びた。


 ……正直このままおいとましますってしたいとこやけど、好奇心を抑えられんウチは問いかける。


「あの……睦月のお母さんとは離婚されたって聞いてますけど…今日はどういったご用で?」


 たかがカノジョが人の家庭問題に首突っ込むなや!って怒られても仕方ない問いかけ。やけど睦月そっくりなのに睦月と違って紳士的なお父さんは優しぃ笑み作ってそれに答えてくれた。


「…実は、妻とやり直したくて……今日はその話をしにね……」


 それはウチらにとっては意外過ぎる答えやった。ウチの隣で日比谷もポカンとしとる。

 息子と同世代の娘にこないな話すんのは恥ずかしいと前置きしてお父さんは語る。


「妻と別れて、生きることの厳しさ、意味を知ったんだ…今までは遊び半分でもやっていけると思ってた。でも社会はそんなに甘くなかった。だから私はやり直したんだよ。今就活中でね……遊ぶの辞めて、もう一度家族でやり直したいんだよ」


 ……つまり復縁したいと。

 お父さんの語る言葉と表情には少なくとも誠意は感じられた。こんな部外者のウチらでも感じられる誠意や。本物なんかもしれん。

 けどウチはその理由に一抹の不安を覚えた。

 睦月の両親が離婚した正確な理由は知らん。けど、この男の発言にウチは物申したい。


 ……そんな気持ちのウチがぐっとそれを呑み込んだ。いくらなんでも首突っ込みすぎや。

 そう思ったウチの隣で日比谷が言いよった。


「……それは自分一人の力じゃ生きていけないから奥さんに助けて欲しいって意味ですか?」


 流石にこの言葉にはお父さんも面食らっとった。いくらなんでも棘がありすぎる発言にウチが窘めようとするけど日比谷は止まらん。


「だったらせめてお仕事見つけて家族を養えるようになってからでは?この家を見てあなたはどう思うんですか?あなたと睦月君のお母さんが再婚して、この家は好転するんですか?睦月は楽になりますか?あなたの言ってることは1人になって生きていくのが辛いから元の家族の元に逃げようとしている……そういう風に受け取れます」


 毅然と言い放つ日比谷の言葉はウチが呑み込んだそれと概ね同じ。臆することなくそれを口にした日比谷の横顔にウチは言葉がなかった。


 出過ぎた発言やろう。高校生とはいえお父さんから見たらまだまだ子供のウチらがこないな事言ってええはずがない。生意気にも程がある。

 が、その言葉には睦月への愛みたいのが感じられた……気がした。


 カノジョやのにそれを呑み込んだウチと、それを真っ向からぶつけた日比谷……

 日比谷がこの家の事情をどれだけ知っとんのかは知らんけど、日比谷の気持ちの大きさにウチは怖気付いたんや。


「そんな人、私のお義父さんとは呼べない」


 …………いや、やっぱコイツおかしい。


 文字通り親子ほども年の離れた子からの指摘にお父さんは黙りこくってしもた。そのまま日比谷が淹れたお茶を飲み干して立ち上がる。その顔からは感情が汲み取れん。


「……すっかり長居してすまないね。また嫁と息子が居る時に出直すよ」


 お父さんは今は他人の睦月とお母さんを『嫁』と『息子』言うて静かに出ていった。

 ウチらは玄関先までそれを見送る。日比谷はあないな事言うとっても最後は深く頭を下げて見送とった。



 結局睦月は帰って来んかったけウチと日比谷は揃って家を出る。玄関に鍵しとらんけどどうせ傾いた外れかけの扉やし一緒やろ。


 駅までの道中一緒に歩く。互いに無言の気まずい時間。その中で思う。


 日比谷って変な奴やと思っとったけど……いや、睦月を好きになるなんてよっぽどの変人やろ?

 けど、今日の日比谷の態度にはちょっとだけ感心したわ。

 コイツはホンマに睦月の事が好きなんやって。しかも、フラれて尚。


 ……日比谷は可愛いし、成績もええし、普通にしとったらこれ以上ない上玉やろ。


 …ウチよりよっぽど、睦月に相応しいんちゃうか。


 なんて考えを頭を振ると一緒に蹴散らす。

 どない日比谷が魅力的でも、睦月が選んだんはウチ……睦月が告白したんはウチ。

 睦月に相応しいんはウチ……


 せやろ?あんな……女に脱糞させるような男に、こないな一途で可愛ええ女は勿体ない。

 ウチで我慢しとくべきやろ?


 無言で歩く途中、ウチは財布から店のサービス券を取り出して日比谷に差し出す。日比谷は「?」マーク浮かべて怪訝そうにしとった。


「……なに?」

「ウチの働いとる店の割引券。前来たことあったろ?今度飯でも食いに来いや…男メイドが接待するで」

「…………え?いらない」

「睦月もよく来る。もしかしたら鉢合わせるかも……」

「ありがとう」


 ……まったく現金な奴や。

 割引券ぶん取る日比谷を見ながらウチは思う。


 …………ウチを呼びつけたあの馬鹿はどこに行ったんや?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ