火蓋が切られる
--男女のまぐわい。
それは、何人も入り込むことは許されない恋人の聖域であり、そこに無断で立ち入り茶々を入れてくるような輩は殺されてもなにも文句は言えない。
うん、間違いない。
突然部屋中を満たす白い煙と爆発音に飛び起き獣のような殺気を放つ私は間違えていない。
何者かの襲撃?いつか叩き潰した暴走族?どこぞの番長?
あるいは--
私は上に乗っかってる圭介を視界の効かない中確かにその体重で確認しつつ、この前が見えない中で圭介から離れるのは得策ではないとし襲撃者への反撃は一旦待つ。
まずはこの煙を吹き飛ばす--
が……
「お前ちょっと付き合え」
あろうことか襲撃者は私ではなく圭介に牙を向いていた。
白く濁った視界の中で襲撃者は圭介の背後から口元にハンカチを押し当て一瞬で意識を奪っていた。
「っ!?圭介っ!?誰だてめぇっ!!!!」
怒号炸裂。目の前に居る襲撃者を即殺そうと決断した私は拳を握った。
その時、私の殺意に被せるように第2の爆発。今度は煙玉では無い。私の体は熱風と衝撃に大きく吹き飛ばされた。
臓腑がひねくれる衝撃、有害な爆煙による呼吸の阻害。
そこから3秒で体勢を立て直した頃には、無惨にも瓦礫と化した私の部屋は屋根も吹き飛びすっかり屋外だ。
「--ぶっ殺……」
開放的な2階から逃亡を計る襲撃者は圭介を抱き抱えたまま背を向ける。その背中に食らいつこうと跳躍する私の横っ面が弾かれた。
体ごと吹き飛ぶ横からの不意打ち。敵は1人じゃなかった。
「がっ!?」
激しく木片やらの散らばる床に叩きつけられた私の視界が揺れている。頭が揺さぶられる程の1発だ。
「…彼氏を返して欲しくば第3埠頭まで来い。関西煉獄会をナメたこと、後悔させてやる」
……っ!?
か、関西煉獄会……?
2人目の襲撃者もふざけた伝言を残してその場から消える。そしてその場に残されたのは私1人だった…
記念すべき初××を邪魔しやがって……
……つまり、敵はいじめっ子なのである。この宇佐川結愛に牙を剥く、いじめっ子だ。
*******************
--関西煉獄会。
なんか最近この街で幅を効かせている関西随一の暴力団だと。で、その組の組長の娘がうちの学校でいじめっ子してたんでシメた。
そしたら可愛い後輩が何やら煉獄会がどうだとか言い出して修行つけてくれとか言い出して、もうめんどくさいから後輩に丸投げしよっ♪って思ってたら……
とうとう連中牙を向いてきた。
関西煉獄会がこの街に牙を剥くのは全て私への報復の為……
つまり私の彼氏は私への報復の為に攫われた。
こうして私は彼氏を救う為第3埠頭まで走る羽目に……
「くそがぁぁぁっ!!いっつもこんなだなおいっ!!私だってたまには攫われる側になりてぇっ!!」
アイツ文化祭の時も変なのに連れてかれそうになってたし……てか、有吉の時もこんなことあったし…いっつも助けるの私だし!!
愚痴を叫びながらも私は冷静だ。
…明らかに罠。達也曰く私との喧嘩で街を火の海にしても構わないなんて言う連中だ。しかも、達也が言うには『私より強い奴』が居るらしいし……
さっきの襲撃者にしても、この魔人宇佐川結愛を奇襲とはいえ一方的に手玉だ。
緊張が走る。ふふ……緊張なんていつ以来か。だが行かなきゃならない。圭介が攫われた。いじめっ子は生かしちゃおかない。
この私に喧嘩を売るのがどういうことか、極道どもにしっかり理解させてやるっ!!
「……あ?」
時速380キロ程で爆走中、私の肌をピリピリと刺す緊張感が走る。同時に戦車の砲撃かってレベルの轟音と振動が広範囲に向かって飛び散っている。
思わず脚を止めてみると、それが強者達の闘気と闘いの余波である事が分かる。
このピリピリした感じ……まさか……
覚えのある感覚に私は方向を変えてそちらへダッシュ。大股8歩くらいで数キロ先に着地するとそこでは……
「おぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおっ!!!!!!!!」
「はぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあっ!!!!!!!!」
やはり、達也ともう1人知らん女が壮絶な乱打戦。互いにボロボロの血まみれになりながら吠え、本気の殺し合いをしていた。
…………
「ごふっ!?くっ……くらぁあああっ!!」
「あああああああああああっ!!」
「--やめんか」
スっと間に入って互いの拳を掴み取る。それは例えるならハリケーンの中に突っ込んで午後のティータイムを楽しむみたいな無謀であり、暴力の雨あられの中に難なく侵入した私に2人はぎょっとした。
が、達也はすぐに気づく。
「……し、師匠!?」
「……この人が…あなたの師匠……!?」
反対の女もすぐに私のただならぬ雰囲気に気づき、大きく距離を取った。
「お前ら……喧嘩なら場所を選べ。何事かと自衛隊がこっちに来てるぞ?なんの騒ぎだ?」
「いや……コイツに喧嘩吹っかけられたんで……」
「お前そんなことしてる場合なの?私の出した条件は?」
「小比類巻は倒しました」
「……ふーん……って、んな事してる場合じゃないわ。おい達也、暇ならちょっと手伝え。私の彼氏が煉獄会に攫われた」
私の言葉に達也の顔色が一変する。
「……まさか、三途……?」
「えっ!?佐伯達也!どういうことですか!?」
聞きなれない名前に今度は女が食いつく。
「とにかく助けに行くが……来るか?達也……「行きますっ!!」
達也より先に聞いてもない奴が食いついた。
「……いや、お前は別に--」
「師匠、コイツは戦力になります。役には立つでしょう」
「いや…そういう事じゃ……」
と、なにかに過剰に反応した2人はわたしを置いておいて2人だけの話をしだす。私は今、シカトという類のいじめを受けているのかもしれない。
「…いい機会だ、彼岸神楽。お前の強さを認め、教えてやるよ。三途の居場所を…」
「……っ!まさか…彼岸三途がどこに居るのかを……っ!?」
「…………アイツが今なにをしてるのか……それを--「おい、行くのか行かねぇのかはっきりしろ(怒)」
*******************
--橋本圭介救出作戦は私と達也、神楽とかいう小娘の3人で行われることになった。まぁ、これだけ居れば充分だろ。この面子なら多分国にも勝てると思う。
時速380キロで目的地まで走る道中、達也が神楽になにやら説明している。どうやら三途とかいう男が関西煉獄会に所属しているという話みたいだ。
それを聞いた神楽は愕然としていた。思わず30キロくらい減速するくらい。
「兄……三途がヤクザを……」
「ああ、俺は奴に1度会っている…間違いないはずだ。目的は、強い奴と闘うため…つよくなる為……」
今兄って言ったか?兄貴がそんな理由で極道になったら妹はどんな気持ちなんだ?
「……達也、その三途っていうのが私より強い煉獄会のバケモノか?」
「そうです……その男とアンタが本気でぶつかったなら、この街は無事じゃ済まねぇ……」
なるほど……
が、生憎その他を気にかけてる余裕はないよ。相手がそんだけ強いなら尚更な。
「……2人とも、着いたぞ」
建物の屋根を伝って爆走する私らが目的地にたどり着いた。
港中央区第3埠頭…
日の落ちた暗闇の中にひっそりと佇む埠頭の倉庫。ここから闇に混じり強烈な獣の気配。
遠くに望む黒い海原には船の光が灯り、遠くの灯台の明かりがここまでを薄ら照らしていく。暗闇の地面にシミのように落ちる自分の影を踏みながら私らは迷うことなく倉庫の立ち並ぶ区画を行く。
目の前に目的地を捉えているように、私らはその隠しきれない気配に引っ張られ進む。
最奥に鎮座する潮風にやられ錆び付いた倉庫。固く閉じられた扉の向こうからはビリビリと電気のように痺れる緊張感……
「……行くぜ。準備はいいか?」
「いつでも」「……」
臨戦態勢を整えると空気が震えた。迸る闘気が稲妻となり放出される。極限まで尖らせた私の殺気がそのまま脚にまとわりつき、強烈な一撃となって扉を蹴破った。
狭い貨物倉庫の中は明かりひとつなく、外の月明かりだけが頼りない照明として闇をかき分ける。その中に……
「……圭介っ!!」
椅子に縛られた圭介が気を失って囚われていた。
圭介の姿を見て冷静さを欠いた私は無防備にも倉庫に足を踏み入れる--
「師匠!!」
私の軽率さを咎める達也の声と共に、足元で何かが金属音と共に噛み付いてくる。
真っ暗な足下で足にかじりつくのはトラバサミ…
同時、倉庫の外から猛スピードでこちらに突っ込んでくる気配が…
私が振り向いてカウンターで迎え撃とうとした刹那、襲いかかる敵を達也が止めた。払い除けるような強烈なキックを薙ぎ、敵を大きく後退させる。
トラバサミを破壊する私の後ろで達也と神楽が構えた。
2人と向かい合うのは黒いパーカーを着込んだ若い男。チャラチャラと赤い髪のチンピラみたいな男だ。
コイツは私の顔を殴った奴だ……
「……あん?なんだ、1人じゃないのかよ。どうする?相棒」
「--命令は宇佐川を殺せ…それ以外は命じられていない。ならば、好きにするだけだ」
チャラ男に応じる声は私の正面…つまり倉庫の中から出てきた。
ひょろっとしたチャラ男とは対称的にガッチリした体格のタンクトップの大男。頭の八巻が海の男を思わせる。
コイツは圭介を連れてった奴……
肌で直感したんだろう。達也と神楽が緊張するのが伝わってくる。
そう、コイツらは強い……
「師匠……コイツらは俺が…」「いや、私ひとりで充分……」
「……2人でやれ」
2人に告げてとりあえず背中を任せる。私はたった今罠にかかった暗闇に自ら足を踏み入れた。
瞬間、背後から壮絶な戦いの音。衝撃波が地面を伝って体を振動させる。
そしてこちらも相手と私の闘気がぶつかり合い倉庫を軋ませる。
「俺は関西煉獄会の上段腹…後ろは原美。関西煉獄会のヒットマンだ。宇佐川、彼氏は返してやろう…ただし、駄賃を貰うぞ。それは--」
なんか喧嘩が始まってからグダグダ喋りだした馬鹿に私は突っ込んだ。
あっという間に懐を取った私に奴の反応は鈍い。この程度か。
本気で固めた拳を腹に叩きつける。貫通するんじゃって威力だ。もちろん手加減はしてる。が、殺すつもりで打った。
……そんな私の一撃と殺意を嘲笑うかのように上段腹は涼し気な顔で私を見下ろす。
「ふんっ!!」
「ぐげっ!?」
お返しとして返って来たのは顔面を叩く強打。踏みとどまったのに私の体は奴の間合いの外に押し出された。
瞬間、奴が踏み込んでこようとする。
その踏み込みが間合いを潰す前に私から前に出ようと……
したら、奴はそれを敏感に察知して後ろに飛び退き圭介の傍へ……
……コイツ、圭介から離れねぇ。
やりにくい。私がこんな狭いとこで本気を出したら圭介は無事じゃ済まない。コイツ、私に全力出させないつもりか?
「危ねぇ……なんか不思議な力を使うんだって?だが、本気出さなきゃ俺は倒せねぇな。今のお前のパンチ、まるで効かねぇぞ?」
「……」
安い挑発だが、奴が来ない以上突っ込むしかない。
再び私から踏み込んだ。低姿勢で一気に奴の視界から外れつつ、滑り込むように下へ--
そんな私を待ち構えていたのは顎を蹴りあげる一撃。
……っ!脳が揺れるっ!!
首根っこ引っこ抜かれるかと思った…が、この程度なら耐えられるっ!!
がら空きの横っ腹に向かって殺す気でまた拳を振り抜く--が、それを止めたのは腕に突き刺さった小太刀だった。
直後、至近距離で銃弾が頬を掠める。いつの間にか抜いた拳銃が火を吹いてやがった。
拳銃如きで私の体に傷はつかないが反射で避けてしまう。
バランスを崩した私の水月に強烈なつま先が叩きつけられ、またしても吹き飛ばされる。頭から地面に落ちた私の体がバウンドする。
「…喧嘩だぜ、宇佐川。俺はヤクザだ。チャカもドスも使う」
「……っ」
「卑怯とは言わせねぇよ?これはな……」
距離が空いたところで容赦なく降り注ぐ弾丸。横っ飛びでそれを躱す。
「殺し合いなんだよ」
躱した先、真っ暗な足下でまた何かが私に噛み付いた。トラバサミの方に誘導された!
……くそっ!コイツのペースで戦えねぇ!!
無理矢理トラバサミを引きちぎって前を向くと上段腹が突っ込んできた。銃を乱射しながら……
「おらぁぁっ!!」
私は腕に刺さった小太刀を引き抜いて一閃。が、それを紙一重で躱して奴は再び圭介の下まで下がる。
「お前は周囲の地形を消し飛ばす程の力を持っているようだが、大事な彼氏までは吹き飛ばせねぇよな!?」
「……っ!」
正確に捉えてくる弾丸に打ち付けられ血飛沫が舞う。が、意に介さず私は前進した。
「おらぁああああああっ!!!!」
「飛び蹴りか?はっ!隙だらけだっ!!」
地面を蹴って一直線に飛びかかる私に対して上段腹が再び小太刀を抜く。
……が、その備えは無駄に終わる。
なぜなら私の飛び蹴りは奴の横をすり抜けて、椅子に縛られた圭介に直撃したから……
「邪魔じゃお前ぇぇぇぇえっ!!!!!!!!」
「ほげぇぇえっ!?」
あまりの衝撃に目を覚ました圭介の断末魔と共に壁が吹き飛び圭介が倉庫の外に飛んでった。
……多分、死にゃしないだろ。
呆気に取られる上段腹。その奴に……そして後ろで達也と神楽を追い詰めるチャラ男を視界に収めて私は笑う。
--魔王、降臨。
「……これでまとめて吹っ飛ばせるな」
「っ!?」
瞬間、上段腹が拳銃を乱射しながら飛び退いた。こういう時の反応は流石に闘いのプロだ。
が、今度は触れもしない。弾丸は全て私に当たる前に空中で制止したから。
「……ば、バケモノがっ」
ヒットマンの震える声を聞きながら私は力を溜める。
私の力に応じるように周囲の空間が歪みだし、やがて地面は粘土のように、倉庫の壁は紙のように、港の海は無重力空間に投げ出されたように歪み、捻れ、撓みだす。
「……っ!?」「相棒!なんだこれ!?」
「……っ!?……っ!?」「し、師匠!?師匠、待ってくれっ!!」
……うるせぇ。時間切れだ。
私が溜めた力を解放するように両手を広げた瞬間--
凝縮されていた世界が一気に元に戻る。そのインパクトは大爆発のように周囲を巻き込んで、吹っ飛ばした。
海も、雲も、強者共も--
「ぎゃあああああっ!?」「ひぃぃいやぁああああっ!!」
「あーーーーっ!!!!」「ししょーーーっ!!」
断末魔が消えた頃、みんな星になった。
1人残された私の周りには無惨にも崩壊した港が残されるのみ……久しぶりに力を解放した私の中に充満するのは圧倒的な清々しさである。
私の宇佐川センサーが吹っ飛ばされた圭介を瓦礫から発見。情けなくメガネを割ったダメ男を担ぎ上げ、ケツを叩く。
ダメージは私の飛び蹴りと戦いの余波のみ。良し!
「結愛…………なんで僕蹴られたの……?」
「あ?お前が邪魔だからだ。全く……反対に私を守るくらいになれ」
「……いや、無理」
「じゃあ、帰って続きだ。男を見せてもらうぞ?」
「…………………………え?今日は……無理」
全く、情けない彼氏だ。




