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ヤんのか?

 千夜……

 千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜。


 ちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちや。


 --この浮気者ぉぉっ!!!!


「うわぁぁぁぁああああああっ!!!!!!!!!!」

「達也!!朝からうるさいわよっ!!」



 ……何度もフラッシュバックする。あの日の光景が。

 あの時打たれた頬の痛みが、去り際空に引かれた涙の軌跡が、あの時の千夜の顔が……


 はは。

 俺は何をしてるんだ。なぁ?佐伯達也。

 なんの為に強くなるんだ?千夜を守る為ではなかったのか?千夜を傷つける全てから守る為じゃないのか?

 お前が……お前が泣かせてどうするんだ?


「お前が1番クズじゃないかぁぁぁっ!!あはははははははははははっ!!!!!!!!」

「うるさいって言ってるでしょ達也!!お父さんが話あるからちょっと降りてきなさいっ!!」

「あはははははははははははははははははははははははっ!!」

「達也っ!!(怒)」


 男の涙ほどみっともねぇものは無いぜ…なぁ?



 --憂鬱な食卓。朝の家族の団欒。ただ、今朝はやたらその空気が重たい。

 その原因はまぁ……俺だ。


 朝食の並んだテーブルに誰も手を伸ばすことはなく、親父が険しい表情で対面の俺を睨みつけている。その隣に座るお袋の構図。典型的な我が子を叱責する親のポジションである。

 ……が、残念だが対面に座るのは佐伯達也。中年の夫婦2人ではかなり頼りない。

 今、極限まで研ぎ澄まされてた俺はまさにそういう存在になりつつあった。


「達也、最近学校に通っていないらしいな?」

「……まぁ」

「部活は?」

「行ってない……」

「なんだ?どうして行かないんだ?話しなさい」

「……」

「お前がいじめられるなんてことはないだろうが……父さんにも言えないことなのか?」

「……修行」

「修行?」

「強くなる為の修行に忙しいから」

「……お前、本気で言ってるか?」「達也」

「俺は本気だ。強くなって、どうしても勝ちたい奴が居る。勉強してる暇はない」


 親父がテーブルをバンッ!!と叩く。隣でお袋がビクリッとしたが俺は眉ひとつ動かさない。動きがスローに見えすぎて今から机を叩きますと宣言されたようなものだった。


「冗談言ってないで学校に行け!!もう何日サボってるんだっ!!」

「…………親父」


 ゆらりと立ち上がる俺からは明らかに目視できる程のオーラが立ち上る。流石の我が父もこれには威圧されたようで一旦口を噤む。


「……これは俺の使命でもある」

「……」「……」


 何言ってんだこいつ?みたいな顔で夫婦顔を合わせないでくれ。


「俺は死んだんだ親父。あの日…奴と再開した日に……奴は強くなっていた。今のままじゃ俺はアイツから何も守れない。自分も……この街も……愛する人も……」

「……達也、お前ほんとに何言ってるんだ?アイツって誰だ?」


「--彼岸三途」


 その時音もなく開かれた庭へ続く引き戸から唐突にそんな声が割り込んで両親がぎょっとするが、俺の研ぎ澄まされた五感センサーを前にその隠密行動はガキの忍者ごっこ。

 最初からそこに居るのを知っていた…そして相手は知られていることを知っていた。


 故に、お互いに驚きはない。

 当たり前のように不法侵入者を視界に収める俺。

 その視線を受けて尚堂々としたままの奴--そう、そこに居たのは……


「我が兄、彼岸三途です……」

「な、なんだ君はっ!!他人の家に……っ!!」

「彼岸神楽と申します。裏口からの不法侵入、大変失礼します。佐伯達也さんに御用があります」

「そこは裏口じゃないっ!!」

「……親父」


 固定電話に向かって走ろうとする親父を俺は声だけで威圧して止める。まるで時が止まったかのように親父とお袋が固まるのは、目の前の2人の纏う常人ではない空気感を感じ取ったからなのだろう……


 それもそうだ。

 現れたこのただならぬ雰囲気の女--彼岸神楽はあの彼岸三途の妹にして、俺と五分に渡り合えるという怪物。

 最強武道一族、彼岸家の血を三途と分けた生き別れの妹だと言うのだから……


「……なぜここを?」

「匂いを辿ってきました」


 俺の問いにストーカーがゾッとする返答。やはり只者ではない。犬か。


「それで……?土足で他人の家に上がり込んで……いつかの決着でもつけに来たのか?」

「……あの勝負はあのまま続けていたなら私が勝ってたでしょうが…決着を望むならいつでも。それは別として今日は大切なお話があって来ました」

「……」

「ここではあれなので…場所を……」

「……」


「あ、あなた……」「息子が…グラップラーに……」


 *******************


 --彼氏君とさっきの子が一緒に居んのを浮気と思っちゃったみたいだね〜。元々、千夜ちゃん避けてコソコソした彼氏君が怪しいのが悪いんしょ?


 --先日のトラウマの原因。それは千夜の友人曰くこの女と一緒にいる所を見られたことによる勘違いらしい。

 本来ならばその日にでも千夜の下へ走り弁明するところだが……今はそうはいかない。


 1ヶ月千夜との接触禁止。

 それが、第2の試練だから……

 これを終えて、最後の試練を終えてようやく、俺は宇佐川師匠に稽古をつけてもらえるんだ。


 もうすぐその1ヶ月だ。

 1ヶ月過ぎたらその瞬間千夜の所へ行こう。この心の修行が俺にどういう強さをもたらしたとか…正直分からん。それくらい極限だ。

 ただ、意味もなく常に闘気は練りあがっている。


 ……さて、そんな俺は今なぜかその誤解の原因と共に街を歩く。

 一見すると高校生の男女が学校にでも向かっているように見えるだろうが……通行人は俺達の放つただならぬ濃密な『気』を感じ取り距離を取る。


 そんな通行人達の視線…あるいは最近増えた暴力団による傷害事件の影響か街中に散見するパトロール警戒中の張り紙。

 それらが否が応でも俺の闘気を上昇させた。


「闘気を抑えてください。ここで殺し合うつもりはないですよ」

「これでも抑えてる。それで……いつまで散歩するつもりだ?要件は?」

「……あなたも私も、共に彼岸三途を狙う者」


 彼岸神楽は歩調を僅かに緩めつつ俺の方に見るものを射すくめる眼光を向けて言う。


「協力しませんか?」

「…なに?」

「あなたも気づいてるはず…今の私達の力は三途に遠く及ばないと」

「……」

「お互いにお互いの牙を研ぐ。奴に勝てるレベルに達するまで…それに、あなたはどうやら三途についてなにか情報を握ってる様子…協力体制を構築出来れば私にとってありがたい--」

「断る」


 共に獲物を狙い合う仲…そんな2人が一緒に強くなろう?俺はその腑抜けた提案を却下した。

 俺の応答に帰ってきたのは侮辱を込めた笑み。


「なるほど…」

「なんだ?」

「私に勝つ自信はないから…ということですか?」

「あ?」


 瞬間周りの空気が濃度を増す。圧倒的密度の空気がビリビリと肌を突き刺し締め付ける。察した通行人達が緊急避難。


「…あなたにその気があろうがなかろうが…私が襲いかかれば否応なしです」

「俺には師匠がいるんだ。お前のくだらん稽古に付き合うつもりは無いぞ」


 悪態に返ってくるのは凶悪な笑み。

 年頃の娘がそんな顔を……なんて思いながらその次の瞬間には発射されている彼岸神楽の突進に向かって拳を被せていた。


 --後に近隣住民は語ったと言う。爆弾が爆発したのかと思ったと。

 それほどの衝撃波……半径数キロにも及ぶ激突の衝撃はこの街の平穏な朝を震撼させていた……


 *******************


 それはいつもと変わらない昼休憩の何気ない会話だった。僕--橋本圭介はその日も昼休みのよくある過ごし方として同好会室で集まったメンバーとお昼を食べていた。


「去年の夏休みの終わり頃から付き合ってまだキスも1回だと……?」


 それは何気なく僕と僕の彼女、結愛について話題が移った時のこと。

 僕が彼女とのプラトニックなお付き合いを説明すると小比類巻君が戦慄した。ちなみにようやく恋人ができて僕と彼女の話ができる小比類巻君はきっと楽しいに違いない。うん。


「えっと?今6月末で…え?10ヶ月くらい経ってね!?」

「橋本先輩ヤバいっすよ!!」


 ……なにが?


「おい橋本、てめぇなんの為に彼女作ったんだよ」

「え?」

「キスも1回って…ヤラないんスか?」


 潔癖症で通ってる香曽我部さんからなんて不潔な質問。心底疑問そうな2人と僕の隣で「ヤるとは、一体なにをでございましょう?」と純朴な妻百合さん。テーブルを半分に割ってちょうど不潔と純潔に別れた。


「いや…そういうのはまだ……」

「ヤバいッスね先輩。それ、自然消滅パターンでは?」

「ししし、自然消滅!?」

「それは…大変な事でございます」

「橋本よ。こういうのは男の方からリードしなきゃならないんだぞ」


 どうやら10ヶ月彼女との性交渉をしないと自然消滅するらしい。それはつまり逆説的に恋人とはその為に居るということ……?

 いやいや……


「まぁ…でもほら、急ぐ必要はないじゃん?ね?そういうことは結婚してからでも…僕はアイドル目指す身でもあるわけで…」

「馬鹿ッスか?先輩。ヤらないとその結婚まで行かないンすよ」

「大体アイドル目指す身が彼女なんか作るな」

「橋本先輩には婚約者が居られるのですか!?」


 ヤらないと結婚まで行けない…?


「そもそも橋本、お前童貞だろ?」

「君はどうなんだい」

「そこは彼女にあげなきゃダメだろう?いいか橋本、真面目なお付き合いをお前はしたいかもしれないが、彼女はどうなんだ?」

「……っ」

「彼女はお前に抱いて欲しいと思ってんじゃねーの?」

「口には出さなくても女ってのはそういうもんッス。男のことばかり言ってても女も結局スケベッスから。いつまでも寝てくんねー彼氏は愛想尽かされますよ?」

「お前に足りないのは一線を超える覚悟だ。」

「そうッス。女1人抱けない男は男として情けないッス。いつか捨てられるッス」


 …………っ!!

 た、確かに…結愛はそういうの、嫌いそう……

 そうか…僕は今の交際に満足していたけれど……男としてなんて不甲斐ないことを…っ!!


「なんの事なのか存じ上げませんが…頑張ってください、橋本先輩!」


 こうしちゃ居られねぇっ!!




「--と、言うわけで、今からホテルに行こうと思います」


 --ドゴォォォッ!!!!


 放課後僕の腹を直撃したのは強烈なノーインチパンチ。後方に吹き飛んで公園の植え込みに突っ込む僕。

 それを軽蔑しきった目で見下ろす結愛…


 この軽いパンチ1発で男を吹き飛ばす彼女が宇佐川結愛。僕の彼女です。


「……な、なにを……」

「いや。いいよ?」

「なにが?」

「それはいいよ?ただな?たださ?もうちょっと誘い方なかったんか?いきなり呼び出して即ホテルて…私は売春婦か?売春婦でも飯くらい連れていくぞ?」

「じゃあ……駅の立ち食いうどんを……」

「せめてサイゼリアくらい連れてけや」


 結愛に片手で引っ張り上げられる僕。いつもの三白眼が僕を至近距離から睨むけど、こっちが勇気を振り絞ったっていうのに向こうはケロッとしてた。


「じゃあ…サイゼ行く?」

「行かねぇ。お腹すいてないし。てか、ホテル行く金あるの?」

「え……?あ、あるよ、バイト代入ったし……」

「…………………………ふーん」


 ……なんか、小比類巻君達の言ってる感じと違う。

 結愛は僕と…××したいのでは?

 もしかして……乗り気じゃない?


「あの……もしかして、嫌?」

「強いて言うならムードもへったくれもなく誘っておきながら嫌?とか訊いてくるそのナヨナヨしたのは嫌」

「うぅ…ごめんよ情けない男で……」

「……ヤるならヤる。ヤらなくてもヤる」


 結局ヤるんかい!!

 その時僕は確かに見た!!僕から一瞬顔を逸らした結愛の耳がタコみたいに真っ赤になっていたのを……っ!!


 この人…発情しているっ!!


「…結愛、愛して「キモイからやめろ」


 *******************


 --古くてだだっ広い家の奥に通された僕。ささくれ立った畳が正座した足に刺さって痛い。

 古臭い木造家屋の一室には敷きっぱなしの布団やピンク色のクッションやらが乱雑に置かれ、どこかちぐはぐだがここが女の子の部屋だと言うことを認識させる。


 結局、ホテルには行かなかった。


 --今日、家誰も居ないから……


 1度は聞いてみたいそんな憧れのセリフに誘われて、僕は初めて結愛の家に招待されていたんだ。

 向かいに座る結愛。ぼちぼち衣替えでセーラー服が夏服になる。蒸し暑い熱気に晒された肌は汗が浮かび、薄い生地が張り付いて透けそうだ。


 脚を投げ出して座る結愛と正座する僕。2人の間に長い沈黙が漂った。


「…おい、なんだこれ。ヤらないの?」

「え…?」

「先シャワーか?」

「……え?」

「え?じゃねぇよ!!お、お前がリード……しろよ」


 びっくりして顔を持ち上げていた。あんまりにも似合わない結愛の弱弱しい声。向かいの結愛はもう隠すこともなく顔が真っ赤である。


 --こういうのは男の方からリードしなきゃならないんだぞ。


「わ、私は初めてだから分かんな--」


 俯いてなんかごにょごにょ言ってた結愛を押し倒してみた。ちょっと勢いが強すぎてテーブルの角に後頭部をぶつけたみたい。痛そう。


「……あ、ごめん」

「もっとスマートにできねぇのか?」


 ヤバい、キレそうだ。

 こういう時どうするのがスマートなのか考えた…考えた結果、誤魔化すように唇を寄せた。

 2回目?3回目?とにかくそれくらいぶりのキス…カチッと歯がぶつかった。何もかもスマートにはいかない。


 結愛の腕が背中に回ってシャツを握る。握力強すぎて皮膚の肉持ってかれたけど、痛みを我慢しつつ僕は手持ち無沙汰の手で髪の毛を撫でる。


 顔を離すと目の前に上気した結愛の顔があった。息苦しいキスから解放されて熱い吐息を漏らす彼女のしっとりした視線…

 僕の手は震えながら三つ編みから頬へ…そのまま首筋をなぞって胸元へ……


「……っ」


 ピクッと微かに反応した結愛の体。あんなに強いのに今はか弱い乙女だ。

 まるで手の中に脆い花を包むみたいに、僕はゆっくり丁寧にセーラー服のボタンを--



 --ボンッ!!!!!!


「っ!?」

「あぁ!?」


 その時、僕は彼女の柔肌を目にすることも手に触れる事も叶わなかった。


 突然の爆音と煙。

 あっという間に視界を奪うハプニング。鼻を突く火薬の臭い。パニックになる僕は結愛の上に被さったまま動けずに真っ白な視界を巡らせることしか出来なかった。


「--ちょっと付き合え」


 --その時、突然背後から聞こえてきたのは明らかにこの部屋に居るはずのない第三者の声だった。


「っ!?圭介!?誰だてめぇっ!!!!」


 全く前の見えない中、結愛の血相変えた声だけがけたたましく響く中、僕は鼻のすぐ傍から漂うツンとした薬品の匂いに…


 --意識を失った。

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