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今日は人生最高の日

「--結婚します」


 地元を離れた我が姉日比谷愛梨とその婚約者、直弘さんが実家に戻ってきたのは今から少し前のこと。

 AV鑑賞に勤しんでた私は連絡もなく帰ってきた姉さんに呼び出されてリビングへ……

 久しぶりに見た姉さんはより美しさに磨きをかけて、直弘さんもなんだか頼もしそうな顔になった気がする。やはり恋は人を変える。生涯を誓う覚悟をした恋ならば尚更……


 そんな2人は私達の前でそう宣言した。

 そう、最初は父さんから猛反対されたこの2人の恋--長きに渡る同棲生活の末、ようやく実を結ぶのだ。


「直弘の仕事も落ち着いて、私も向こうでの生活に慣れてきたし……」「お父さんっ!」


 以前猛反対されただけに2人とも父さんの顔色を必死に伺ってる。

 けど私には分かる。父さんは--


「…君にお父さんなんて呼ばれる筋合いはないよ。“まだな”」

「……お父さん」

「『結婚したらお父さん』と呼びなさい……」

「長いです……『結婚したらお父さん』」

「ふふ……娘を、頼んだぞ?」


 *******************


 --両家との挨拶も終わり、入籍し、具体的な式の日程を決めて、その後の新婚旅行の日程も決めて、親族、知り合いへの式のお報せもして、なんだかんだバタバタしてたらもう6月も終わり頃…

 髪の毛がぐるぐるになる忌々しい梅雨の湿気はまだ尾を引くけれど、雨もすっかり収まってきた頃、私は東京に居た。


 --そして私は可愛い。

 大都会東京。が、煌びやかな街でも私の美しさが陰ることはない。むしろ、ここ最近さらに美しさを増したこの日比谷真紀奈、モデル業もしつつ内面磨きにも精を出した結果、もはや姉さんなど比較にもならない美しさと品格を手に入れたと思う。うん。間違いない。

 現に姉さんからのお使いでただ外を歩くだけで声をかける者が後を絶たない。

 まぁ仕方ない……

 究極の美の権化が姉の人生最大の大舞台の為に最高に着飾ってるんだから。留まることを知らない私の美貌に品と色気漂うパーティードレス……


 あぁ……なんてこと。日比谷、あなた美しすぎるわ。世界のバランスが…………


「はぁ……はぁ……ガラスに映る自分に欲情するなんて……はぁ……この私も極まってきたね……ふひひひっ」

「おいあの子大丈夫か?」「やめとけなんかおかしいぞ」


 我、正に神なり。


 *******************


 さて、結婚式となれば普段集まるのことも少ない身内が一同に会するもの。

 我が家日比谷家もそれなりに版図を広げているようで、私の知らないような親戚達がゾロゾロ集まってくる。

 そしてほとんどが美形。日比谷の美は着実に広がっているようで安心した。

 美しきを広める我が日比谷の血の使命。私はその中でも最高位に位置する正に--


「おーい、真紀奈ー」「めっちゃ久しぶりやん」


 顔面偏差値高めの控え室で満足げにしている私の後ろから2人の女の子(美少女)が寄ってくる。


 それは従姉妹の雲母きらら時雨しぐれである。お上品に着飾った2人は記憶の中にある2人とはかけ離れて美しくなっているように見えた。


「久しぶりぃっ!!え、いつ以来だっけ?」

「中学3年の時?おじいちゃんくたばった時以来じゃね?」

「ねー?私らみんなバラバラやけ中々会えんよなぁ?めっちゃ久しぶりやでホンマに」


 雲母は東京、時雨は大阪に住んでる。みんな本州に住んでるけど日本広し。簡単に会えるものでもないんだ。


 ツインテールの巻き髪の雲母は切れ目の意志の強そうな顔立ち。時雨は対称的に柔らかな印象を与える黒髪ロングの清楚系。


「え?真紀奈目ェ青いやん!いつの間に着色したん!?」


 ……ただこの時雨、私にとって最も憎たらしい女と喋り方がとっっってもよく似てる。

 ので、とりあえず張り手。


「カラコンに決まってんでしょ!?」

「ぷげっ!?」

「前してたっけ?真紀奈。あれ?モデル始めたから?」

「高校からだよ。中学は校則厳しかったもん。ホントは天然碧眼が良かったんだけど……」

「痛いわ!!なんで殴るん!?」

「カラコン付けてたら免許取れないぞ?」

「免許いらないもん」

「なんで叩いたん!?真紀奈!?」


 親族一同集まった控え室で騒がしく談笑する日比谷一族……

 雲母も時雨も、おじさんもおばさんも、なんか部屋に立ってる知らないオカマも、みんな楽しそうだ。


 私は思う。

 結婚っていいものなんだなって。

 だって呼ばれるだけでこんなにおめかしできて、懐かしい顔にも再会できて、そのみんなが嬉しそうで……


「……私が結婚する時もみんなこれくらい喜んでくれるかな?」

「は?」

「何言うてんの。真紀奈は結婚どころか彼氏も作らんのやろ?「私は世界中に美貌を届けんのが使命〜」とかなんとか言うとったやん」

「いや、好きな人がいる」


 その私の一言に控え室が突然沈黙に落ちた。ついでに誰かのグラスも落ちた。


「……っ」「なん、やて……」

「真紀奈ちゃん?それ、本当なのかい?」「お父さんとお母さんは、知ってるのか?」「一体……どこの男だい?言ってごらん!真紀奈ちゃん!」「あの真紀奈ちゃんが……?」「真紀奈姉……嘘だろ?愛梨姉だけじゃなくて、真紀奈姉も誰かのもんになるのか?」


 …………そ、そんなに?

 いやっ!!

 人間国宝候補であるこの日比谷真紀奈!!その私が己が使命をかなぐり捨てて『恋』に走る……それが何を意味するのか…私自身、軽はずみな一言を口にしてしまった。


 ごめんなさいみんな……そうだよね。だって私が個人のモノになったら、世界中の人々は一体何を拠り所に生きていけばいいの…?

 世界中の人々から生きる希望を、活力を、妄想を奪うということ……

 私が今口にしたのはそういうこと……


 戒めてきたつもり。何度も何度も考えた。

 でもこの恋は捨てられない。

 だから相応の覚悟を背負った--


「いやーっ!良かった良かった!!」「あの真紀奈ちゃんがっ!!ほーっ!!」「みんな心配してたんだよ真紀奈ちゃん!歳頃だってのに恋人の1人も作らないで……」「おめでとう、真紀奈姉」「次は真紀奈の花嫁姿かぁ……」「いやー、浮いた話のひとつもないからてっきり男嫌いなのかと……おじさん心配で心配で……」「真紀奈ちゃん可愛いもの、結婚しないと損よ!!」「結婚は女の1番の幸せだからね」


 ………………………………


「良かったじゃん真紀奈」「で?どこのどいつ?どないな奴やねん。もう付き合おとるんやろ?」

「…………」

「勿体ぶらないで早く教えてよ。自慢の彼氏」

「いや、付き合ってない」

「「「「「「「「え?」」」」」」」」

「告白したけど、フラれた」


 勝手に心配して勝手に安堵して、勝手に盛り上がった控え室がまたしても沈黙に沈む……

 いつの間にか親族から枯れた女認定されかけていた衝撃に私が震える中、私がフラれた事実に今度は身内が震える。


「…な、なんで?」

「私じゃない別の人が好きらしい。今その人と付き合ってる。関西弁の……」

「か、関西弁………………まさか、私?」

「違う」


 *******************


「姉さん?入っていい?」


 騒がしい控え室から逃げ出して私がやっ来たのは新婦の控え室。控えめな「どうぞー」の言葉に従って入室したら、そこには化粧台の前にすわる姉さんが居た。


 天使かと見紛うほど美しい姉の花嫁姿だ。

 光沢のある純白のドレスに、美しく仕上がったメイク。王道、そして唯一無二。今まで見てきたなかで最も美しい姉の姿。

 この日比谷真紀奈、世界最高の美貌を自負してはいるけれど、今日だけは姉さんに美しさでは敵わない。

 この世で最も美しい存在を目の前に私は感嘆のため息を漏らしてた。


「えへへ、どーよ真紀奈。お姉ちゃんのウェディングドレス姿は?」

「直弘さんが失神しそうだよ。姉さん」

「あはは、ありがと。でも大丈夫よ。あの人はね、私の顔に惚れたわけじゃないからね」


 愛嬌あるピースを向ける姉さん。大人の雰囲気を纏っていながらその無邪気な笑顔には昔の記憶の中の姉さんが変わらずいた。


 私は姉さんの向かいに座る。


「…今日は人生最高の日だね」

「まあね。ありがとう、真紀奈。真紀奈もいつかは着るんだよ?」

「……着れるかな?」

「ケツをぶっ叩いてくれる素敵な未来の旦那が居るじゃん?」


 姉さんの悪意ない言葉にぎゅっと胸が締め付けられた。

 私がそのドレスを着る日が来るとすれば、むっちゃんとの結婚以外ありえない。想像もつかない。

 でも、そのむっちゃんの心は遠すぎる……


 親戚達からの言葉、反応が胸にこびりついていた。そして姉さんの「あの人は私の顔に惚れたわけじゃないから」という言葉も…


「姉さん。直弘さんは姉さんのどこが好きになったのかな?」

「ん?……ん〜…………私に訊く?」


 結婚は女の1番の幸せ--

 聞いた事あるようなないようなセリフもまた私から離れない。


 私は可愛い。

 それは疑いようもない事実。自負、そして今まで幾多の男に言い寄られた経験からくる真実。

 だけど、本当の愛ってそこにない。

 むっちゃんはこんなに可愛い私を選ばない。

 直弘さんも姉さんの類まれな美貌ではなく、それ以外のモノに惹かれたというのなら…


「……あの人はね、私が日比谷真紀奈のお姉ちゃんでなくてもきっと好きになってくれた」

「……?」

「私が超絶美少女日比谷真紀奈と同じくらい美女じゃなくても、私が日比谷愛梨である限り、好きでいてくれる。可愛かろうが、可愛くなかろうが、私を私として見てくれた、そんな彼だから、お姉ちゃんは今日とっても幸せなの」

「…………」

「真紀奈、綺麗だよ。とっても可愛い、私の自慢の妹……」


 口に出さなくても私の心を汲み取るように、姉さんは私の髪をそっと撫でた。


「だから、真紀奈もそんな人を好きになりな?」

「……っ」

「真紀奈の好きな睦月君、1度しか会ったことないけど……あんまり真紀奈に興味なさそうだね」

「姉さん。この局面で喧嘩ふっかけて来るなんて……」

「だから真紀奈は彼を好きになったんじゃないかな?」


 姉さんの一言が漠然とした不安感にそっと染み込んで、溶かした。


「真紀奈大正解。絶対逃がすな♡真紀奈と睦月君の結婚式、楽しみにしてるぞ♡♡♡」


 *******************


 女の1番の幸せは結婚--

 席から眺める厳かな結婚の儀はそんな言葉を体現するみたいな光景だった。


 この世の何よりも美しい花嫁はとっても幸せそうに、最愛の人と誓いのキスを交わす…


 姉さん……

 私より先に生まれて、私より先に幸せになった姉さん……

 見てろよ。

 すぐにそっちに行くからね……



 気まぐれな梅雨前線の合間に覗く晴天の下、教会前で姉さんがブーケを投げる。


 花嫁の投げたブーケを受け取れた人は次に結婚出来るというらしい。ブーケトスには、花嫁の幸せのおすそ分けという意味がある。


 天高く舞い上がったブーケはリボンをなびかせゆっくり弧を描いて落ちていく。青空から迫る真っ白な花束は両手を広げた私の腕の中にストンと落ちた。


「あーーっ!!真紀奈っ!!」「なんでやねんっ!」

「きゃーっ、真紀奈ちゃんおめでとー!」「次が楽しみだねっ!!」


 両手に抱えたブーケと、その先で笑う姉さんの姿を交互に見て私はブーケをしっかり抱きしめた。


 姉さんから貰った幸せのバトンを……


 …………お姉ちゃん、おめでとう。

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