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雨が降るとろくなことがない

 --俺は広瀬虎太郎、しがない大学生だ。

 世の中というのはよくできている。

 悪いことがあった後はいいことが、いいことがあった後は悪いことが。そうやって波のように交互にやってくる。

 今日あった悪いこと、失恋した。好きだった人に婚約者がいた。

 今日あったいいこと。高校時代の友人が尋ねてくれた。

 今日あった悪いこと。大学で知り合った女子がお見舞いに来た。


「………………虎太郎、彼女でもできた?」


 人の目というのはあんなにひん剥かれるものか。俺は蛇に睨まれた蛙、否、メドゥーサに睨まれたペルセウスの如く硬直。ペルセウス負けてんじゃねーか。


「広瀬君……」


 失恋のショックで熱を出した俺を見舞いに来た謎の大学生、実渕さん。その彼女が愕然とした様子で俺と紬さんを交互に見つめて……


「……私以外に女が?」

「死ね。虎太郎」

「きゅっ!?」


 紬さんが持参した長ネギが俺の気道を塞ぐ。なぜだ?


「頑張れ広瀬君!!応戦だっ!!包丁を使え!!」

「学生の本分は勉強じゃないの?」

「くっ…きゅ……」


 なぜだ?



 --俺がネギに絞め落とされてから入室した2人の女子。俺の部屋に女子が2人も居る。なんてことだ。

 が、そんなことを言ってる場合ではない。


「初めまして潮田さん。広瀬君とお付き合いさせてもらってる実渕です」

「……そう」


 実渕さんの暴走が止まらない。


「潮田さんとは高校の同級生?“虎太郎”」

「……ほぅ」

「いや実渕さん。何しに来たんだい?てか、どうして俺の部屋を知ってる?」

「どうしてもこうしても毎日通ってんじゃん?」

「…………」

「近いな紬さん」

「広瀬君いつまで包丁持ってネギ巻いてるの?」

「包丁もネギも風邪にいいからね」


 斜め下から顔がひっつくレベルの至近距離で紬さんが俺を睨めつけてくる。怖い。包丁を手放してはいけない。


「…紬さん。勉強の方は捗ってるかい?」

「まぁね。勉強一筋だからね、私は」


 嘘をつけならなんだ高校時代のあの成績は。


「潮田さん、浪人生なんだっけ?」


 やたら挑発的な実渕さんの発言に紬さんのメガネが苛立たし気に動いた。


「はい」

「あ、紬さんは俺らの通ってるトコ目指してるんだよ」

「へぇ〜!すご〜いっ!!それってやっぱり広瀬君が居るから?」

「っ!!」「ん?」


 実渕さんがなんかわざとらしく驚いてみせる。それに紬さん、伸ばしていた背筋をさらにピンッと張った。

 何が楽しいのか実渕さんはそんな紬さんをニヤニヤしながら眺めていた。


「え〜そっかぁ。でも彼、もう私のカレシだしなぁ?」

「………………」

「紬さん、この人は同じ大学に通ってるだけだよ。付き合ってません」

「……だから?」


 ……まぁ、確かにだから?だね。


「虎太郎が誰とどういう仲になろうと関係ないよ。おめでとう虎太郎」

「だから違うと言っている。紬さんにしてみれば真偽はどうでもいいかもしれんけど……」

「ありがとう、前彼女さん」

「いや、俺と紬さんはそういう仲になったことはないんだよ!!実渕さん!!」

「…………私の特技は人を射る事です」

「紬さん!?」

「どんな遠くからでも頭に命中させてみせます」

「すごいね虎太郎、君の元カノ」


 どうしよう。紬さんが怒っている。なぜかは知らんがここまで怒髪天を衝く紬さんは初めてだ。もう今にも弓矢を構えそうだ。持ってないけど。


「紬さん、何そんなに怒ってんの?落ち着こう。とりあえず買ったばかりのカーペットを破くのをやめて」

「……虎太郎がこっちで1人頑張ってるのかと思ったら女遊びしててキレそうになってるだけだよ」

「ひぃ。してない……」

「嘘つけ虎太郎。毎日毎日美人店員の居るカフェに足を運びよって……私は知ってるんだぞ?」

「……ほぅ?」


 なんなんだい、もう。お見舞いに来たのではないのかい?君達。


「私も行きたいな、虎太郎。そのお店」

「やめといた方がいいよ」

「あの人、結婚するらしいね」

「言うなぁぁぁ!!ああああっ!!頭がぁぁぁっ!!」


 のたうち回る俺を愕然として見つめる紬さん。震える唇からこぼれるように問いが投げられた。


「……え?何その反応。虎太郎まさか……」

「もういいんだっ!!俺が馬鹿だった!!もうあの人のことは忘れたいんだぁぁ!!」

「………………」


 その時空気を読まない来客がチャイムを鳴らしたようだ。部屋の中にピンポーンと軽やかな音が鳴る。

 が、再び発熱してきた俺にはもうどうでもよく……


「日比谷さんかもね。広瀬君、店で倒れたっしょ?心配してお見舞「はいはいっ!!今出ますからねっ!!」


 バタバタ駆けつけた玄関を開けたその先--この世の楽園のような美しい天女……


「警察です」


 は、居なかった。


「広瀬虎太郎だな?ネット上に通り魔予告を投稿したね?ちょっと署まで来てもらうよ?」

「え?」

「着いてきなさい」

「え?」

「いいから」

「…………え?」


 *******************


「いやーごめんね潮田さん、沢山意地悪して」

「……別に」


 虎太郎が連行されてしまったので私は虎太郎宅を後にする。折角来たというのに……

 そうだ……

 わざわざ会いに来てこんな目に遭うなんてな…

 虎太郎に好きな人が他に出来てたなんて知りたくなかった。それが失恋に終わったとしても、私が彼を追いかけてる間に彼の心は他に向いていたという事実は私の胸を深く抉った。


 でも仕方ない。

 私は虎太郎の彼女じゃないんだから。

 全て、あの時入試に落ちて想いを告げられなかった私の責任。私には虎太郎を咎められる資格はない。

 もちろん、この実渕さんも……


「なんか美味しいもの食べる?あ、雨が降ると100倍美味くなるカニクリームコロッケ、食べに行こっか?」


 私はなぜか着いてきた彼女を横目で見る。

 梅雨の空気のようにじとっとした私の視線に実渕さんは決まりが悪そうに笑っていた。


「ごめんね、さっきの全部嘘だから……」

「……分かってます」


 この人が虎太郎の彼女--そんな話は信じてない。虎太郎も彼女も、お互いにこういう人は好きにならない……と思う。

 それは別にして彼女の態度は癇に障るけど。



 お詫びに奢らせてとしつこいので私達は雨の日には100倍美味しくなるというカニクリームコロッケを食べに行くことにした。


 流石は都会…ブラブラ歩いて適当な店に入っただけでオシャレなお店にあたる。こんなレベルのいい感じの店はここらにはゴロゴロ転がってるんだなって実感。

 これが今虎太郎が身を置いてる世界なのかと肌で感じていた。


「潮田さん何頼む?なんでもいいよ?私はね〜……グラタンにしようか」

「……じゃあ、ウニクリームパスタで」


 提供された料理に関しては地元の方が勝ってる気がした。あくまで、地元でよく食べるご飯屋さんとここの味の比較だけど。

 あとどういう訳かメニューにカニクリームコロッケがなかった。


「んっ…ふぅ……ほぅぅぅうっ!!ふるるるるる……やはり美味い……ひひひっ」

「実渕さんクスリとかやってます?知り合いのエナジードリンク中毒患者とそっくりですよ?」

「え?エナジードリンク中毒…?」


 狂気的な顔でグラタンを舌で転がす実渕さん。ドン引きしてたらなぜか私のウニクリームパスタが取られた。

 人の皿にフォークを伸ばすこの無礼者にいい加減血管ブチ切れそうになってたその時--


 今まで飄々とした態度を崩さなかった実渕さんが唐突に私を真正面から見据えてきた。その突然の真剣さ、突然の豹変ぶりときたら……

 やっぱりクスリやってる……


「……実はね、今日潮田さんを誘ったのは大事な話があるからなの」

「大事な話?」


 初対面なのに?

 警戒を顕にする私を前に実渕さんはテーブルに身を乗り出してこう切り出した。


「潮田さんは、広瀬君のことが好きだろう?」

「………………」

「……分かるんだよ、私には……」

「……友達としてな「異性として、付き合って、デートして、チューしてあっふんあっふん--」


 テーブルに置かれた手にフォークを突き刺したらようやく黙った。


「……っ、痛い……いや、それはいい。分かるんだよ私には。私にはね、その人の運命の人が分かるのさ」


 いや、黙らなかった。


「広瀬君と君を見て確信した。君達は結ばれる運命にある…ただし、その道のりは激しく困難で遠い……人の3倍生きないとたどり着かない程に」


 どうして初対面の変人にこんなこと言われなきゃいけないの?泣いていい?


「だからね?君らの恋が実るには誰かの手助けが必要なのさ」

「はぁ……」

「そこでこの私だっ!」


 ……そういうことですか。

 壺ですか?お守りですか?説教本ですか?いくらですか?


「なんて宗教?」

「私は信仰を選ばない。誰にでも最高のパートナーを……それが仕事だからね」

「……へぇ。結婚相談所の方?」

「まぁある意味それに近いかな。いいかい潮田さん……」


 この人はやはりクスリをやってるらしい。

 高校卒業以来久しぶりに見た、このレベルの変人は。彼女はまたおかしなことを言い出したから……


「私は天界から遣わされた恋のキューピット、天使なのさ」

「…………」

「地上の少子化を解決する為にやって来たのさ」

「………………」

「……信じてないね、その顔は…名刺」


 テーブルの上に差し出されたのは前代未聞の恋のキューピットからの名刺。


 天界人口管理局日本支部少子化対策特別室室長

 ミートソース・ブルーマウンテン・チーズカマボコ


「……」

「略してミブチです」

「…………」

「おめでとう。君と広瀬君は天界から選ばれた公認カップルです。なので、波乱万丈な君達の恋路を手伝うのが私の仕事なんだよ。理解したね?」

「いや……」

「どうしたら信じてくれるのさ」

「じゃあ私と虎太郎を今すぐひっつけてください」


 室長は大きなため息と共に分かってないなーって顔をする。正直もう帰りたくなってきた私をまだ帰してくれる気配なし。

 あぁ……やっぱり変な人ってどこにでも居るんだ……


「あのね、私らキューピットはあくまでただのお手伝い。最終的に頑張らないといけないのは君自身なんだよ?」

「はぁ……頑張ります……」

「…………ちょっとおいで」



「お客さん!お勘定!!」という店員の声を無視して店を出た私は実渕さんに引っ張られこの雨の中どこかへ向かう。

 早足でどこかへ向かう実渕さんに引っ張られて傘もろくにさせず肩がびしょびしょになったころ、私は路地裏に引っ張り込まれた。


「……な、なんですか?てか、食い逃げ……」

「いい?よく見てて」


 狭い路地裏で向かい合う私達。いい加減苛立ちをぶつけようとした私の目の前が突然光った。

 光った--と言うより、目の前に太陽でも降りてきたかのような光量……思わず閉じる私の瞼を突き刺す光は目を瞑っても容赦なく眼球を照らした。


 どれくらい経ったか……


「目を開けてご覧」


 対面からの実渕さんの声に私は恐る恐る目を開けた。

 その先の光景に私はおそらく、人生最大クラスの衝撃を受けることになる。


 そこには天使が居た。


 装いは純白の布1枚。上から被せたような白い布は体のラインを透かしつつ、まるでベールのように身を包んでる。

 さっきまで垢抜けした都会の娘だったのに、その顔立ちには面影こそあるが髪の毛は解かれ装いと共に真っ白に。快活そうだった表情には幼子のような柔らかさを備える。

 極めつけには羽。背中から翼生えてた。

 あと、地面から1メートルくらい浮いてるし、なんか雨も弾いてたし、若干体が発光してる。


「……………………」

「君が信じてくれないと話が進まないからさ。信じた?」

「……コス、プレ…………?」

「一体どうしたら信じるのさ」

「いや……え?なんで浮いてるの?」

「キューピットだからさ」


 この人……ほんとに室長?室長なの?天界人口管理局日本支部少子化対策特別室の室長なの?


「潮田紬さん、あなたは広瀬虎太郎君が好きですね?結ばれたいと思ってますね?」

「え?……あ、はい」


 思わず肯定しちゃった。

 トイレの花子さんは信じる。というか会ったことある。

 でも、恋のキューピットは……


「あなた達の恋路は困難に満ちています」

「はい……」

「なので天界から来た私が、2人が結ばれる最良の未来へあなたを導きましょう」


 ……………………………………これ、現実?


「………………………………ド○えもん」

「誰がド○えもんだ」

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