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お母様っ!!

「むーーーっちゃんっ!!」


 私は可愛い。

 特に今日の私はもうフェロモンで通りすがりの雄猫が失禁するくらい可愛い。ムンムンである。

 なぜなら今日は気合いを入れたから。

 バッチリ決めたメイクは主張し過ぎないナチュラルメイク。私の素材を120%引き出す私の手腕には我ながら惚れ惚れする。

 加えて今日の服装…

 下品すぎない露出は清楚さと色気を醸し、私の内なる魅力を120%引き出している。髪の毛も編み込んでみた。ハーフアップの髪型に琥珀色のバレッタは大人の魅力を演じ私の魅力を120%引き出している。

 つまり120の3条。今日の私は360%美しい。

 こんな私が外を歩けばそこらで失禁する者、運転中に私に魅入られ交差点に突っ込む者、ビルのガラス清掃の人がゴンドラから転落、街のインフラが魅力され停止、私に引き寄せられた隕石が墜落、紛争地域が私の魅力に魅入られ停戦。

 まさに森羅万象、全てを魅力する女。神。私は神になったんだ。


 さて…


「むっちゃん!あーそーぼっ!」


 ボロアパートの前に降り立つこの天使。今日はむっちゃんとデートしようと思い降臨したのだけれど、いくら呼べどもむっちゃんは出てこない。

 まさか私の色香にやられて部屋で死んでる……?


 一抹の不安を抱えながら呼び続けるとむっちゃんの部屋の扉が開いた。

 そこから顔を覗かせたのはいかにも寝起きな美人。私を1億とすると100くらいはある十分お美しいご尊顔が外に出てくる。

 生活感がありつつも独特の妖しい雰囲気を纏った夜の蝶。むっちゃんのお母様だ。


「あらぁ…日比谷さん?」

「おはようございますお母様。むっちゃんは……?」

「むっちゃんは今日デートに行ってるわよ?」


 憤死。


「……………………そう、ですか」


 いや予定も聞かずに押しかけた私が悪いけどさ…そりゃ。むっちゃんに彼女がいるのは知ってるけどさそりゃ…

 おのれ脱糞女。


「むっちゃんに用事?」

「いえ…ちょっと遊びに行きたいなって……」

「そう。それは悪いことしたわね。じゃあ……ちょっと待ってね?」


 と言って奥に引っ込むお母様。

 ?と様子を伺っていたら……


 夜の蝶が飛び出した。


「私がお相手するわ」

「…………………………え?」


 *******************


 むっちゃんは不在なのでお母様とデートふることに……

 なぜ?


「……あのお母様、夜お仕事だったんですよね?眠くないですか?」

「うん」


 お母さんってすごい。

 でも、なにこれ?

 はっ!!これは…お母様に私は認められているということ?そ、そういうことか……


 すれ違う男性を失禁させながら街をあてもなく歩く。隣を歩くお母様は流石むっちゃんのお母様。ただ街を行くだけで絵になる。大人の女性の余裕を感じさせる佇まい。

 これが夜の蝶の力……この日比谷の足下にも及ばないとはいえ、そこらの男なら簡単にオトせそうだ……


「実はね……日比谷さん」

「はい?」

「今日お誘いに乗ったのはね、話があるからなのよ」

「はぁ……」


 別にあなたは誘ってないです。


 ブティックのショーウィンドウを眺めるお母様は相変わらず気だるげな視線をガラスの向こうの着飾ったマネキンに向ける。そのまま上の空みたいな感じでぽつりと口にした。


「むっちゃん、結婚が決まったの」


 …………………………っ!?!?!?


「……え?は?」

「今お付き合いしてる人がいるの」

「それは……知ってるけど……は?」


 けっこん?何それ?


「むっちゃんはあの人に貰ってもらおうと思ってるのよ。将来的に……」


 あ、将来的に……?


 おのれ脱糞女っ!!もうお母様を手篭めにっ!!


「だからね?むっちゃんの大学費用はその人に出してもらおうと思ってるの」


 お母様…息子の彼女にたかる気満々……


「だからね……」

「お母様、私今モデルしてて結構収入あります」


 ツッーッとガラスを指でなぞるお母様がピクッと反応した。


「……月収100万くらいあります」

「…………」

「息子さんを養えます。小比類巻家全部、おんぶに抱っこできます」

「……………………」

「家でも建てましょうか?」


 お母様……


「…………むっちゃんはあなたのことどう思ってるのかしら……」


 お母様っ!!


「日比谷さん。お見合いとか興味ない?」

「お見合いでもがっぷりよつでも」


 お母様っ!!


「器量よし、家事よし、収入よしです」

「………………子供は何人くらい欲しいのかしら?」


 お母様っ!!!!


 *******************


 無事お母様のハートも鷲掴みにしたところで、その話は一旦置いといてデートをしよう。お母様、大好き♡

 未来のお姑さんに今のうちから好かれておくのも決して悪いことではないので、この時間はとっても有意義です。


 市の中心部、駅前--


 街の中心で心臓部。沢山の人が行き来する往来を歩く美魔女と美の女神。このただ事ならぬ事態に卒倒しまくる通行人。街の機能を尽く破壊し尽くしながら私達はウィンドショッピングを楽しむことにした。


「お母様。折角なのでなにか買っていきませんか?」

「えぇ?でも私お金ないから……」

「私が持ってるんで大丈夫です」

「そんな……悪いわ……」


 いやいや学生から息子の大学費用むしろうとするお母様が何を仰るんですか…なんて杞憂は遠慮しながらブティックに直行するお母様の後ろ姿に消し飛んだ。

 なんというか……流石むっちゃんのお母様……


「いらっしゃいませ--うっ!?」


 オシャレな高級ブランドのお店も小金持ちになったらすっかり見慣れた光景。品よく挨拶して出迎えてくれた店員さんも今日の私の可憐さに目をやられた。


「くっ…………っ!はっ!?…はぁ…はぁ…なんという美貌……まるで覇王色……」

「へぇ……私の美貌にあてられて意識を保つなんて……あなた中々やるね」


 ふん。この店は期待できそう。流石世界的高級ブランド。


「お母様、よそ行きの服なんてどうで--」

「そうねぇ……こっからここまで頂戴な」


 今日の服装もまんま夜の仕事着。オシャレなよそ行きの服でもなんて思った私は窓際1列並んだ高級アパレルを大人買い宣言するお母様に硬直。


「ありがとうございます」


 こんなリッチなお客様には中々お目にかかれまい。店員さんも深々頭を下げてくる。さながら使用人。


「日比谷さんも、なんでも買っていいからね。あ、お会計お願い」


 そして全てを託された私。


 ……………………

 お母様っ!!!!



 --秒で財布が消し飛んだ。


 お、落ち着け……この程度また仕事をしたらすぐに……


「次は……むっちゃんになにか買っていきたいわ」

「はぇ!?」

「時計とか」

「時計!?」

「靴とか」

「靴!?」

「財布とか」

「財布!?」

「車とか」

「車!?」

「飛行機とか」

「飛行機!?」


 この人まだ使わせる気!?あまりの図々しさに戦慄するこの日比谷の前でお母様、はぁ……と湿っぽいため息をひとつ。


「……私、あの子に母親らしいことなにもしてあげられてないから」

「……いや、高級品買い与える事は別に母親らしいことでは……」

「こんな機会滅多にないし」

「滅多にってか普通ないですよ?息子の同級生の奢りで服やら何やら買うこと」

「なにかしてあげたいのよ」


 それなにかしてあげたいって、してあげてるの私ですよ?

 してあげるのはいいけどむっちゃんとの縁談の話絶対約束されるんでしょうね?


「…………ちょっと銀行行ってきます」



 --失禁する銀行員から失禁しながら窓口で降ろした預金。ドンッと抱えるほどの札束はこの数ヶ月のモデル業で貯めた端金……

 いいわよ……

 これもむっちゃんの為っ!!


 そうよ。この日比谷と一緒に今後街を歩くなら高級ブランドのひとつでも身につけてもらわないと私が困るってもの!これは私への出資!

 ロレックスでもフェラガモでもエルメスでもロールスロイスでもエアフォースワンでも買ってあげるわよ!!


「お待たせしましたっ!お母様!!」

「日比谷さん、こっちこっち」


 銀行から飛び出したお母様がそのまま目的地を指さす。その先は100均だった。

 ……100均?


「お母様?こちらになんの用が……?」

「むっちゃんへのプレゼントよ」

「……100均です」

「いいじゃない」

「え?」

「え?」


 何言ってんだコイツみたいな顔で顔を傾げる。車やら自家用機やらが100均に売ってるわけないじゃん。何言ってるんですかお母様。


「あらやだ。高いもの買うなんて言ってないけど?子供には贅沢よ。100均でいいわ」

「………………」

「100均の時計と財布とリサイクルショップの靴とあとおもちゃ屋でミニカーと飛行機のプラモデル買おうと思って……」

「…………………………?」

「行くわよ」


 ……お、お母様。


「これ、ください」

「まいどありがとうございます」


 お母様。


「これ、頂戴」

「まいどあり〜」


 お母様っ。


「これ、貰いたんだけど、貰っていい?」

「いいんじゃね?」


 お母様っ!!



 --なんなら自分で買えそうな安物を買い揃えたお母様は「今日はありがとう」と夕日をバックに微笑んだ。

 私の両腕には1万円も減ってない大金の束が抱えられたままだ。


「日比谷さん」

「え?……はい」

「やっぱり息子の気持ちが1番だと思うの」

「………………は?」

「あなたが息子の事好きならそれでも構わない。力づくで奪ってみなさい?」


 まるで恋のライバルみたいなセリフだ。風になびくお母様の立ち姿は妙にカッコよく見えた……

 ただ、両手には人の財布から出してもらったアパレルの紙袋が下がってた。


「日比谷さん、愛はね…お金じゃないわよ」

「………………」

「お金で買えるものに、本当の価値はない。あの子の心は、お金では手に入らないわ」

「………………………………」

「じゃ。眠いからまたね」


 お母様はそうかっこいい事だけ言い残して颯爽と夕日に向かって歩いていった……

 そのシルエットにはパンパンのアパレルの紙袋が下がっていた……


 ……お母様っ!!!!

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