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羽田空港を作る 創刊

 僕の名前は橋本圭介。高校三年生。どこにでもいるしがないスター候補である。


 今、同好会が終わっての帰路の途中なんだけど僕の足は自宅ではなくある場所に向かっていた。

 本屋である。

 中3で夏目漱石の『こころ』を読破した僕はこう見えて読書家なんだけど今日は違う。今日の目的は素敵な活字の世界を求めてのものではなく……


 ディアゴスデスーネである。


 ディアゴスデスーネは説明不要の男のロマン。毎週発売されては付録の模型とその模型のオリジナルの解説冊子で男心を鷲掴みにしてくれる。

 何を隠そう橋本圭介、ディアゴスデスーネのファンである。前回の『由比ヶ浜海岸』も全巻揃えて完成させた。


 そう。

 このディアゴスデスーネ。多くの男児に購入をしり込みさせるのがその付録の模型。

 息を呑むほどの完成度を誇るものの、その完成には途方もない年月と金がかかる。なまなかな覚悟では完成させることはできないのである。


 が。

 この僕は100分の1スケールの由比ヶ浜海岸を完成させた男…今でも自宅には10メートルの由比ヶ浜海岸が置かれている。両親が泣いている。


 ならば今回も完成させられる…いや、する。断言する。なぜなら今作っている『100分の1スケール羽田空港』は今日発売の最新号で完成だから…

 ちなみに羽田空港の敷地面積は1,516ha。100分の1で151600 ㎡である。親が泣いている。


 今日まで6年…毎日毎日、小遣いやバイト代をはたいて買い続けてきた努力か今日実るんだ…

 羽田空港……カッコイイんだろうなぁ……


 ルンルンで足を運んだ僕はそのまま書店に飛び込んだ。

 が……


「あ……れ?」


 いつもならそこに平積みされているはずのディアゴスデスーネがない。一冊も……


「おばちゃんっ!今週のディアゴスデスーネは!?」

「あぁ圭介ちゃん。ごめんねぇ売り切れちゃったみたいだねぇ……そういえば今日はディアゴスデスーネ買っていくお客さん、多かったねぇ」


 う、売り切れ……?

 まさか、今週号の付録が20分の1スケールCAさんだからか?

 くそっ!!模型の女に釣られて買い漁る鬼畜共っ!!こういう奴がいるから僕みたいな正統派のファンが悔し涙を飲むことになるんだっ!!

 なぜ羽田空港が100分の1なのにCAさんが20分の1なんだとかは言ってはいけない。


「来週にはまた入ってくると思うよ?圭介ちゃん」

「…ううん。ありがとうおばちゃん」


 悔しさに歯ぎしりしながら店を出た。

 来週なんて待てない……僕の家で100分の1スケールの羽田空港がCAさんを待ってるんだから……っ!

 何としても今日完成させる。その決意を胸に僕は次の書店へと足を運んでいた。


 僕は負けない!



「売り切れみたいですねぇ」


「あー、今ちょっと在庫が……」


「ないよ」


「うちでは取り扱ってません」


「成田空港なら、あるよ?」



 ……ど、どこにもない、だと……?


 膝から崩れ落ちる僕の頭上をカッコウが飛んでいた。

 なぜ……?こんなに探してもないなんて……街中の本屋を巡ったけど、僕の求めるディアゴスデスーネは見つからなかった。


 漢、橋本圭介…1度立てた誓いは守る。

 街になければ隣町にまで行けばいい。僕はこの程度の逆境には負けない……

 そうだ……こんなことで挫ける男がアイドルなんかになれるかよっ!!


 そうと決まれば行動あるのみ。僕は自転車専用道路を走るお兄さんを呼び止める。


「そこのお兄さん!」

「はい?」

「その自転車貸してくださいっ!!」

「は?」

「お願いします!!何も言わずに貸してくださいっ!!」

「嫌ですけど……」

「この通りです!!どうしても……どうしても今日中に行かなきゃ行けないところがあるですっ!!」

「いや……そんなこと言われても。自分今、ウーパーイーツの宅配中ですし…」

「そんなの走っていけばいいじゃないですかっ!!」

「アンタがそうしろよ」

「お願いしますっ!!間に合わないんですっ!!このままじゃ……っ!」

「間に合わないって……なにに?」

「僕を待ってるんです……」

「…もしかして、病気の彼女が危篤とか……?」

「大体そんな感じですっ!!」

「……」

「お願いしますっ!!僕にはもう…時間が……っ!」


 頭を下げる僕にお兄さんはそっとロードバイクを差し出してくれた。彼の目には熱い思いが篭っている。


「……行きな」

「……っ、あ…ありがとうございますっ!!」


 お兄さん……あなたの思い、必ず無駄にはしませんからっ!!


 万感の思いで自転車に跨ってさぁ漕ぎ出そうとしたらバランスが取れなくて盛大にずっこけた。


「……」

「……」


 橋本圭介は自転車に乗れなかった。


 *******************


「兄ちゃん!病院はどっちだっ!」

「あ、そこ右でお願いします」

「任せな!彼女さんのところに必ず送り届けてやるっ!!」


 お兄さんは熱い男だった。

 お兄さんの後ろに乗せてもらい隣町まで…スマホで本屋を調べながら駆け抜ける見慣れない街の光景。

 ここまで来たんだ…あるはずだ。ディアゴスデスーネ…


「病院って言ったらこの先に大きな病院--」

「あ、ここで止めて」

「え?」


 本屋に着いた。


「おい…兄ちゃん。何してんだ?彼女が危篤なんだろ?本屋なんぞに…」

「彼女がどうしても読みたいって言う本があるんです」

「なるほど……泣かせるじゃねぇか……」


 正直ここまで来たらもうお兄さん要らない。だって隣町まで来てないなんてこと……


 ……ないっ!?

 先週号は売ってるのにっ!!


「あん?ディアゴスデスーネ?あぁ今週の分は売り切れだよ」

「……な」

「なんか今回のは凄いらしいねぇ…本物みたいなCAさんの………………」



「……おぉ兄ちゃん、急ぐぞ。早くしねぇと……」

「なかった」

「え?」

「このままじゃ病院には迎えない……」

「…………兄ちゃん」

「……次の本屋は3キロ先です」



「ああ、うちでは扱ってないですね」

「え?ディアゴスデスーネですか?いや……ちょっと品切れでして」

「ないよ」

「ディアゴスデスーネ…………うーん、多分ないんじゃないかな?うちには?ほら、うちは呪術本専門だから……」


「ディアゴスデスーネの今週号ですか?えっとですね、それでした--痛てててててっ!?何すんの!?」

「ないんでしょ?どうせ。売ってないんだろ。おい、何とか言え」

「ちょっと待って!!お客さん!!僕の鼻どうする気なの!?痛い痛い痛い!!もげるから!!痛たたた!!!!」



 --どこにも、売ってない。


 絶望に打ちひしがれる僕らを暗くなった星空が見下ろしている。

 僕の家には完成間近の羽田空港が待っているというのに……僕は約束したんだ。僕と。今日中に完成させると……

 何としても今日中に……


 しかし、ないものはない。ディアゴスデスーネ今週号の需要と供給が崩壊していた。日本から、ディアゴスデスーネが消えていた。


 橋本圭介、宗谷岬にて崩れ落ちる。

 時刻は20時……今日が終わるまで時間がなかった……


「くそっ!!」

「……おい兄ちゃん、北海道まで来ちゃったよ……こんなとこでこんなことしてていいのかい?彼女さんは……」

「何としても今日中に……」

「もう本は諦めろよ。本より愛する人が傍に居てくれた方が嬉しいんじゃないか?」

「もう時間がない……っ!」

「だから早く行けよ」

「どうしたら……」

「なぁ?ホントに彼女危篤なのか?俺、ピザ運んでる途中だったんだぞ?」


 この人うるさいなっ!!今僕が真剣に悩んでるのにっ!!


「--どうなされた旅のお方」


 その時、日本最北端の地の碑の前で絶望と敗北感に打ちひしがれる僕らの前に遊牧民みたいな格好したおばあちゃんが現れた。

 確実に迷える旅人にアドバイスをくれる……そんな顔してた。


「今日が……終わってしまう……」

「ほぅ……お主、心残りがあるのじゃな?まだ今日という日を終わらせる訳にはいかぬと……」

「僕は……どうしたらいいんだっ!!」「病院行けよ」

「それならば旅のお方……ベーカー島に向かいなさい」

「ベーカー……島?」「いやベーカー島じゃなくて病院は?」


 おばあちゃんの口から語られたのは聞きなれない地名だった。


「そこは今日が最も遅く終わる場所……場所はステーツっ!!」

「……アメリカ」「おいっ!!アメリカまで行ってる暇ないぞ!?てか、アメリカ行くまでに今日終わるぞ!?アンタ、彼女放ったらかしでアメリカまで行く気か!?こっちはピザ放ったらかしてアンタに付き合っ--」

「喝ッ!!」

「なっ!?なんだよ婆さん……」

「黙りなされ旅の供よ……この者の顔を見てみぃ」

「……っ」


 僕の頭にはもうベーカー島しか無かった。世界で最も1日が終わるのが遅い島……僕が今日中にディアゴスデスーネを手に入れるにはもう、そこに賭けるしかないんだ。

 僕の目はメガネの奥であの星空よりも輝いていたと思う。いや、燃えていた。

 お兄さんにもその熱は伝搬する。


「……アンタ、そこまで…………」

「……お主、見たところかなり鍛えこんだ脚をしておる。お主ならば海を自転車で駆け、この者をアメリカまで届けられるだろう」

「……え?」

「……往くがいい旅人よ。答えはいつも己の求める物の先にある……」


 おばあちゃんはそれだけ告げてそっと歩き出した。


「おばあちゃーん!!ご飯できてますよー!」

「わかったわい」


 晩御飯に呼ばれてた。


 …………ありがとうございます。おばあちゃん。おばあちゃんの言葉、勇気もらいました。


 立ち上がる僕は旅の相棒を見つめる。その熱い眼差しに彼も応える眼差しを返す。


「え?」


 行こう……君の自転車なら、どこまででも行ける……


「……え?」


 ありがとう。お兄さん、君と出会えて良かった。


「………………え?」




 --あれからどれくらいの時間が経ったろう。


 金波銀波の波を越え、嵐に揉まれ海流に流され、何度も何度ももうダメかと思った。

 それでもロードバイクは海の上を駆り続けた。お兄さんの脚の筋繊維が引き千切れてもそのタイヤは荒波を越えた……

 意識が朦朧として、疲労とストレスがピークに達して頭の中がぐちゃぐちゃだった。

 自分が何のために進むのかも曖昧になっていた。


 ただひとつ。確かな事はまだ今日が終わっていないということだけだった……


 そして…………



「--ここが……」

「世界一今日が終わるのが遅い場所……ベーカー島」


 僕らは辿り着いたんだ。

 時刻は23時55分……

 世界で最も今日が長く続く場所……僕らは世界で1番長い今日を走りきったんだっ!!


 北緯0度13分 西経176度31分。面積1.64k㎡。国立野生保護区にして人の居ない土地……

 ……そう、無人島。


 ………………え?


 海鳥が真っ暗な空を横切る下で僕は呆然と立ち尽くす。

 あと5分で終わりを告げる今日は無情にもその時を刻むことを止めず、定められた通りに進んでいくが、ディアゴスデスーネは僕の手には無い。


 なぜなら無人島に本屋はないから……


「……に、兄ちゃん……俺ら……ここに何しに…………」


 やめろ……


「来た……ん…………」


 やめてくれ……


 お兄さんがぶっ倒れると同時にポロリと一筋の涙が頬を伝った。

 暗い海からは波の奏でる鎮魂歌が響いてくる……


 こうして、橋本圭介の1日は終わった。

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