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…っ!!つ、強くなりてぇ…っ!!

「達也ー?もう学校の時間よ?千夜ちゃん迎えに来てるわよ!もうっ!まだ寝てるの?達也ーっ!!」


 ……強くなりてぇ。


 貝にはなりたくないが布団と一体化したい。布団になりたい。いや、もはや布団という概念になりたい。そんな多感な高校生、佐伯達也だ。


 愛する母と千夜からの呼び掛けにも応じず布団に潜る俺は一晩中噛み締めた布団から飛び出た羽毛をもしゃもしゃ貪りながら鳥インフルエンザに怯えている。

 いや違う。


 俺の枕はぐしょ濡れだった。唾ではない。涙だ。


 母と千夜に一晩泣き腫らした顔を見せる訳にはいかない……

 そう……俺は負けた。


 何を今更。佐伯達也、お前は負けっぱなしでは無いか。今まで1度でも、1等賞になったことがあったか?

 剣を極めた。

 強さを求めた。

 誰よりも強い男になりたいと思った。誰よりも強い男になって、千夜を守りたいと思った。

 だが、遥か高みなはずのその頂きに至る半ばで俺は半端な強さに有頂天になっていた…


 俺は弱い……


 ライバルだと思っていた男の圧倒的な成長に俺は自尊心をへし折られて立てないままだった。

 笑わせる…

 俺はアイツに負けっぱなしではないか。


「…………っ、強くなりてぇっ!!!!」


 悔しさを噛み砕くように枕に歯を立てたら……


「うぇっ!?げほっ!!ごほっ!!」


 羽毛でむせた。


 *******************


 この日俺は学校を休んだ。

 その足で向かった空港で俺は一日ぶりにノアと再会する。

 彼女はすっかり元気になっていた。

 突然の留学終了からの帰国だからか、友人に恵まれていたはずのノアの見送りは俺以外誰もいなかった。


「佐伯クン……来テクレタンダ」

「ああ…行ってしまうのか?」


 俺の問いに返ってきたのはひまわりのような彼女には似つかわしくない曇り顔。自嘲気味に笑う彼女は続けた。


「コノ戦イニ巻キ込マレルノガ怖イノ……」


 ノア程の実力者が恐れる力--彼岸はそれ程までに力をつけたのだ。俺は自分の非力さに対する忌々しさを噛み殺し呑み込んでから尋ねる。


「教えてくれ……ノア、この街はどうなる?」

「……煉獄会ハ報復ノ為ナラ街ヲ消シ飛バシテモ構ワナイト思ッテル。間違イナク苛烈ナ戦イニナル。相手ハアノ宇佐川先輩ダモノ…デモ、煉獄会モ手ハ抜カナイ。血デ血ヲ洗ウ抗争ニナル……」


 ……なんてこった。


「佐伯クンモ、早ク街ヲ離レタ方ガイイヨ」

「ノア、もうひとつ聞かせてくれ。お前の後釜……彼岸三途はなぜ極道者なんかに手を貸すんだ?」


 俺の問いに返ってきた答えは、俺の心を噛み砕くものだった。


「……強クナリタイカラ……ソウ言ッテタ。詳シクハ分カラナイ」


 ズタズタにされたプライドでさらに鼻をかまれた気分だった。

 あれだけ強くなっておきながら、まだ満足していない奴の強さへの渇望に俺は同じ武人として敗北感を覚えてやまない。


 俺が千夜と夢のような時を過ごしているうちにも、奴はひたすら強さを求め続けていた…

 ただ強くなる。今よりも……それだけの為に……


 彼岸も失望するはずだ。今の俺には奴と剣を交える資格すらない。


「飛行機ノ時間ダカラ、モウ行クネ?」


 そう言うとノアはキャリーバッグを転がして俺から離れる。名残惜しそうにこちらを振り返る彼女のその顔に俺はこの1年の思い出が蘇る。

 お前には沢山夢を見せてもらった……

 過去に捨ててきたはずの想いが一瞬蓋を開けて飛び出しかけるのを俺はグッと堪え、言葉にできない感謝の意を--


「ノア」

「ア、ボンジョリーヌ!迎エニ来テクレタンダネッ!!」


 ……表そうとした俺の前に現れた金髪碧眼の美男子と、その胸に飛び込むノアの幸せそうな顔に俺は唇を噛んだ……


 そういえば彼氏居たな……


 込み上げる殺意と男としての敗北感をグッと噛み殺し、辛うじて男のプライドを守った俺はそっとその場を後にする。


 --佐伯達也はクールに去るぜ…


 *******************


 色々なものがへし折れて、涙を呑みながら夕暮れ空の下向かった古い家屋…強い意志を固めた拳でその戸をノックする。


「ごめんくださいっ!!宇佐川先輩っ!!」


 --ドゴォォォッ!!


「うわぁぁっ!?誰ですか扉を壊したのはっ!?」


 玄関に飛び出してきたのは黒髪ロングの美少女だ。学生だろうがうちの制服ではない。それは千夜の高校の制服だ。

 妹……?いやそんな話は聞いたことない。それにあの凶悪な宇佐川先輩とは似ても似つかない正統派美少女だ。


 思わず新たな春に目覚めかける俺はサタンの誘惑を往復ビンタで叩き伏せ、俺は玄関先で土下座した。

 本気の土下座で玄関先の靴は軒並み塵と化す。それくらいの気合いだ。


「な、ななな、なんですか!?おじいさーーん!?」

「宇佐川先輩に会わせてくれっ!!」


 玄関先で土下座する俺の視界にちらりと映りこんだ脚には見覚えがあった。


 それはおじいちゃんを伴って現れた宇佐川先輩。


「せ、先ぱ--ぐぱぁっ!?」


 飛んできたのは舌を破壊する強烈な前蹴り。頭が吹き飛んだ。

 流石宇佐川先輩……俺はこの強さを求めていた!!


「……てめぇ。なんで家知ってんだ?てか、他人の家ぶっ壊すな」

「かっ……ごふっ!!宇佐川先輩……お願いがあって来ました」

「結愛、知り合いか?」

「おじいちゃんとお手伝いはどっか行ってて……ホント誰から聞いた?私の家」

「はぁ……はぁ……ここらのチンピラはアンタのことをなんでも知っている」

「まじかよ。私のプライバシーは?」


 いつまでも血反吐吐いて這いつくばってる場合じゃねぇ。俺は足を正して再び頭を--


「おいやめろ。お前が土下座する度家が吹き飛んでんだよ」

「くっ……頼む!!宇佐川先輩、土下座させてくれ!!」

「そういう趣味か?」

「た、頼む……っ!!俺に稽古をつけてくれっ!!宇佐川先輩っ!!!!」


 俺の言葉に宇佐川先輩は「は?」と威圧感を放ってくる。俺は宇佐川先輩の手を払い除けて頭を地面に突き刺した。俺の頭突きに刺激された地面から温泉が噴き出した。


「ぎゃあああっ!?」


 謎の美少女が間欠泉によって吹き飛んでいった。


「……強くなりてぇ…っ!!」


 俺の震える喉の絞り出した言葉に宇佐川先輩、またしても「あ?」ぶっ殺すぞとでも言わんばかりの圧力。

 この圧力……やはり彼岸に匹敵する……


「なんだよいきなり。他人の家から温泉湧き出させておいて稽古だ?」

「俺は……どうしても勝たなきゃいけない理由があるんだっ!!」

「しばらく会わないうちにジャンプ主人公になったんか?」

「強く……なりてぇ…………」

「勝手になっとけ」

「俺を強くしてくるのはアンタしか考えられねぇ」

「嫌味か?アンタ私に勝ったろ?」

「俺には分かる。アンタはさらに強くなった……」

「まぁ確かに人間は辞めたとは言われるけど……」

「それにこれはアンタにも関係ある問題なんだっ!!」


 そもそもアンタの撒いた種だろ。


「なにが?」

「俺は……この街を守らないといけねぇんだ……関西煉獄会から……」


 俺の言葉に宇佐川先輩はぴくりと眉根を跳ねさせた。ぐにゃりと空気が歪む感覚と共に激しく噴き出す温泉がピタリと止まった。

 湯気のたった虹の後ろで宇佐川先輩がゆっくり俺を立たせた。

 ただ、髪の毛掴まれてかなり強引だった。


「詳しく聞かせろ」



 --通された居間で宇佐川先輩に俺は全てを語って聞かせた。出てきたお茶になんか茶色い固形物が浮いてたがなんだろうか…?


「……つまり、私が組長の娘吹っ飛ばしたから報復に来るって?」

「そうです……それも奴らはこの街ごと吹き飛ばすつもりだ」

「なんでだよ」

「それくらい苛烈な戦いになる。宇佐川先輩、アンタの人外の力と大暴力団組織がぶつかれば千夜の住むこの街は血の池に沈むことになるだろう…」

「……お前がそこまで言うほど強いのか?そのヤクザ」


 脳裏に浮かぶのはあの男の顔……

 身震いし始める体を無理矢理黙らせて俺はグッと唇を噛んだ。滲む血の味は敗北の味がした。


「……とんでもない男が味方についてる。アンタでも…………勝てないかもしれない」

「だったら勝てる奴に稽古を頼めよ……そもそも、話は分かったけどそれでなんでアンタが強くなる必要がある訳?」

「この街を救うため」

「だからお前はいつからジャンプ主人公だ」


 宇佐川先輩の言葉に対する答えが続かない。その名を、関係を口にした瞬間敗北を認めるような気がした。

 ズタボロにされた心に微かに残った矜恃…プライド……

 が、俺はそれを噛み砕いた。


「俺のライバルがその組織に居る。いや……奴は最早俺がライバルなどと語れるレベルじゃない。俺はアイツに勝ちてぇ…だから、俺は強くならないといけないんだっ!!」


 長い沈黙。悔しさに歪んだ口がぎゅっと歯茎を噛み締め血の味が舌に滲む。たっぷり間を置いて宇佐川先輩が返した一言が--


「……いや、知り合いにヤクザってお前やばいな」


 正論だった。


「大丈夫か?今は暴力団関係者と関わりがあるってだけで社会の風当たりは厳しいぞ?なんかあったら相談くらいには乗るからな?」


 優しかった。


「じゃあ強くしてください」


 ゴンッ!!と頭を下げたら畳が爆ぜたが気にしてられない。


「……原因が私にあるのは分かった」


 コクリと頷く宇佐川先輩に俺は希望の面持ちで頭を跳ねあげる。が、返ってきたのはそんな単純な俺を失望に突き落とす一言…


「が、私はもうそういう争いごとからは距離置くって決めたから」

「なっ……何を言ってるんスか!?いじめっ子は許さない!!いじめっ子には死の鉄槌を!!それがアンタでしょ!?」

「その性根を叩き直したのがお前だろ」

「頼むっ!!アイツに勝って、千夜を守りたいんだ……っ!!」

「千夜って誰だよ」

「俺にアンタの余す限りを叩き込んでくれ!!じゃないと、100万回土下座する!!」

「おいふざけんなっ!!お前の土下座で家はもうボロボロなんだよ!!今晩公園で寝ろってのかお前!!」

「お願いしますっ!!」

「やめろォ!!これ以上家を壊すな!!暗黒空間に引きずり込まれたいかっ!?」


 ドゴォォォッ!!


「バカやめろっ!!お前の土下座土下座じゃなくて頭突きなんだって!!」


 ドゴォォォッ!!


「やめろって言ってんだろ!?」


 ドゴォォォッ!!!!


「分かった、私が悪かった。頼むからやめてくれ」


 ドゴォォォォォォォッ!!!!


「いい加減にしろよお前!!屋根が吹き飛んでるだろーがっ!!」

「君がっ!!泣くまでっ!!土下座するのをやめないっ!!」

「泣く前にお前を殺すぞ!?八つ墓村の落ち武者にするぞ!?分かった!!分かったから壁が無くなる前に私の話を聞けっ!!」


 アイアンクローを喰らいながらも土下座をやめまいと力を込める俺に宇佐川先輩が提案した。

 それは俺にとって願ってもない提案だった。


「……っ!!私はもう暴力からは距離を置いた健全な高校生活を送りたいんだ…だからその問題をお前が何とかするってんなら、お前を強くしてやってもいい……っ!」

「……っ、ほ、ホントですか!?」

「ただし、ただしだ!!くそっ!!土下座をしようとするなボルボロス野郎っ!!稽古をつけるなら私の出す条件を全てクリアしてからだっ!!」

「……条件?」

「私の出す試練をクリアできたならお前を強くしてやるって言ってんだ。分かる?」


 そんな竹取物語みたいな……俺には時間がないってのに……


 しかし、師匠からの厳しくもありがたい提案に俺は首に入れた力を緩めた。ようやくアイアンクローから解放され、潰れかけてた頭が助かる。


「……その、条件とは?」

「……三つ。私の出す条件は三つだ。それをクリアしな」


 三つと言いながら指を4本立てていたが、どうやら俺にその他の選択肢はないようだ……

 師匠の事だ。簡単な試練ではないだろう……俺は覚悟を決めた。


「よろしくお願いします」

「よし……」


 --待ってろ彼岸。俺は強くなる。お前よりもっ!!


「分かったらもう今日は帰れ。私は今から屋根の修理--」

「ありがとうございますっ!!!!」


 --ドゴォォォォォォォォォォォッ!!!!


「…………お前、死ぬか?」

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