いじめっ子は死ね
--愛染高校にも春がやってきた。
白亜の城壁のようにそびえる校舎を桜の花びらが額縁みたいに縁取る。今年最上級生に上がった私達の最後の1年が始まったわけだ……
「結愛ー」
正門を通過したあたりで友人、有吉が後ろから抱きついてくるのを鬱陶しく思いつつ、今日も変わらず始まるいつもの日常に--
「しっかり歩きなさい!!この愚図!!」
「ぜぇ……ぜぇ……」
始まると思っていたいつもの日常は非常識な朝の光景にぶち破られることになる。
校舎に向かうまでの敷地内の道中、たくさんの生徒達が教室に向かう列の中を女子が進んでいく。取り巻きの男子数人を引き連れたその女は金髪に緩くウェーブをかけた、男が好きそうな容姿のギャルっぽい女だった。
が、特筆すべきはそれではない。
なんとその女子は四つん這いの男子の首に首輪をかけて、あろうことかその背に乗って歩かせているではないか。
「おらっ!遅いわよ!!あと、はぁはぁうっさい!!」
--バチィィンッ!!
しかもむち打ち付きだ。
しかもこの宇佐川結愛の目の前で……
「…………有吉、なんだあれ」
「あー、ちょっとした有名人だよ。結愛、知らない?」
知らない。あんなやつ初めて見た。
てか知ってたらあんなの生かしちゃおかない…と言いたいところだけど、生憎そういうのからは足を洗ったんだ。
ホントのいじめなら容赦しないが、もう自分から首を突っ込むのやめようと決めた。あんまり血生臭いと圭介に嫌われる。
「…とんでもないな……人の上に乗って歩かせるなんて……」
「え?結愛もよくやるよ?」
「は?ふざけんな」
有吉の鼻にフックをかましながら様子を見ていると、なんと主に1年が中心だけど、周りに居る生徒達が通過していくその女子に頭を下げてるでは無いか。
挙句に校舎の玄関を開けてもらう始末……
あんなやつ見たことないから、多分新1年生だよな……
私の力が介入しないところで更生されるのを願うが…どうも良くない予感がする。
挨拶運動で門立ちしてる教師陣を横目に私はそんな懸念を抱いていた……
*******************
「お久しぶりです、宇佐川先輩、有吉先輩」
その後輩は昼休みに突然私らの教室に現れた。その後輩との接点は過去1回きりで次があるとも思ってなかったので一瞬誰か分からなかった。
「…たまちゃん?」
「え?…あ、たまちゃんなんですか?私は……」
それはいつか、好きな男がパシられてるって相談してきた三つ編み丸メガネのたまちゃんだった。
有吉の奴はあれからも仲良くしてるらしく仲良さげな挨拶を交わしてた。
それも程々にたまちゃんは私の方に視線を向けてその曇った目で何かを訴えてくる。
……どうやら私に用があるみたいだ…
「…場所を変えるぞ、有吉……」
--女子トイレ。
一応裏番長たる私と3年女子の中心人物かつクソ性格の悪い有吉に女子トイレに連れ込まれる2年生の気弱そうな女子という構図に通りすがりの生徒や教師まで大丈夫か?と様子を伺ってる。
失礼な野次馬を覇王色で排除しつつ、私らはたまちゃんに要件を尋ねた。
「私に声掛けたってことは面倒な問題でも起きたのか?あのパシられ男と何かあったか?」
「彼のことはもういいんです…まだ……好きだけど……」
「おいやめとけって言ったよな?」
「結愛、結愛、多分その話じゃないって……たま、結愛になんの用?」
有吉に促されたたまちゃんがグッと何かをこらえるように唇を噛んだ。その表情にただならぬ雰囲気を感じ自然身構える。
しかし、その内容は私の予想の斜め上行ってた。
「宇佐川先輩…この学校を救ってください」
両手と額をトイレの床につけようとするたまちゃんを能力で止める。
「っ!?あれ…?体が……動かな…」
「やめな。トイレの床は雑菌だらけだぞ。土下座なら病院のトイレでしなさい」
「トイレじゃん、結愛」
「この学校を救うってどういうこと?聞くだけ聞いてあげるから…話な?」
私がやさ〜しくそう言ってやってたまちゃんは落ち着いたのか、事情を話し始めた。
「宇佐川先輩……芦屋桐子って子知ってますか…?」
「あ?誰よそれ」
「今度入った新1年生よ。ほら…今朝男子の上に乗っかって登校してた…」
有吉の補足で思い出す!あの天竜人気取りか!!
「……1年生は既に彼女の手中に落ちました」
次にたまちゃんが吐いたのはよく分からん一言。
「私達2年生も大半が芦屋さんの影響下にあります……2年生、3年生も彼女の支配下…いえ、奴隷に落ちるのは時間の問題だと思います。先生達は不干渉を貫いてて…もう先輩しか頼る人が居ません……」
「待て待て。どゆこと?」
一体何者なんだよ芦屋桐子。と思っていたらどうやら実態を把握してるらしい有吉が補足する。
「その芦屋って奴がこの学校を掌握しつつある。1年はほぼ全生徒奴隷化……誰もあいつに逆らえない状況なのよ」
「だから、なんでそんな事になってんのよ?」
「……結愛、京都八ツ橋連合会って覚えてる?」
「八ツ橋…………?ああ、あんたが攫われた…?」
人造人間ヘラグレースが居たヤクザだ。
…そういえばアイツらを粛清したのも事の発端はたまちゃんからの相談だった気がする……
「そう。結愛が中心組織潰しちゃったおかげでかなり弱体化したあの八ツ橋連合会…でね、八ツ橋が衰退したことにより今日本極道界では別組織が台頭してきてる……」
「なんでそんなに詳しいのよあんた…」
「それが『関西煉獄会』」
「……ほう」
「芦屋さんはその暴力団の組長の一人娘なんです…」
たまちゃんが言うにはそのヤクザ共は最近この街に進出してきたらしい。街にデカいヤクザが流れ込んできて困ってると市長の娘の有吉も言ってる。
「つまりその芦屋ってのは親父の威を借りて横暴の限りを尽くしてる…有吉みたいなやつなんだ」
「結愛!?」
「そうなんです…しかも芦屋さんには2人の取り巻きが居て……その人達も準構成員らしくて、なんか凄く強くて……」
「自分以外の力で暴虐の限りか…有吉みたいなやつだな」
「…………結愛」
たまちゃんはまた土下座しようとしてきたので、また空中で固定する。
が、それでも頑固に土下座に向かおうとする力……こいつっ!私の空間固定能力を持ってして動くだと…!?
「宇佐川先輩……このままじゃみんな奴隷にされちゃうんです…あの人を止められるとしたら先輩しかいないんです…お願いします……っ!」
彼女自身、余程毎日辛い目にあってるんだろ……必死に懇願するたまちゃんを見つめてそう思った。
「……残念だけど、私は関わらない」
「……っ!」
「結愛」
そいつはいじめっ子なんだろう。そういうことならば胸に誓った暴力の封印の禁を破ってもいいと思う。(わりと破ってはいるが)
ただ…
「たまちゃんは私のことを面倒事を力技で解決してくれる便利屋かなんかだと思ってる?」
「違……っ」
「現状その芦屋は私の学校生活には関わってきてないから、私からは何もしない。私はやりすぎるから、もう他人の面倒事には首を突っ込まないことにしたから」
「そんな……」
「都合よく何とかしてくれるって決めつけて頼るの、今後はやめてね」
「ちょっと…結愛!」
私は普通の女子高生になったんだから……
*******************
放課後帰路に着く私に隣を歩く有吉が声をかけてくる。それは案の定昼間の案件についてだった。
「結愛……ほんとにいいの?芦屋はいじめっ子よ?結愛はいじめっ子だけは許さない女だったじゃん……」
いやどの口が言うんだ。
「私は忙しいんだよ…今日もこの後デートなんだ」
「この腑抜けっ!!」
有吉に飛ぶ張り手。華麗に吹っ飛ぶ様は流石水切り用女の子。
「私に累が及ぶ事態になれば粛清する。私の平和な学校生活が無事ならどこの誰が奴隷になったって知らないよ」
「たまちゃんは私の友達なんだけど…ごふっ」
「じゃああんたが何とかしなよ。それより待ち合わせまで時間ないから馬になれ」
ちょうど四つん這いだから有吉の上に乗っかる。有吉も最近は移動手段として優秀で5駅分くらいならチャリと変わらない機動性を誇るようになってきた。
今度有吉と大阪旅行にでも行こうか……と考えていると。
「--あなたが宇佐川?」
周囲のざわめきと同時に生意気な声が飛んできた。私はトラブルですって自己紹介してるような声に無視を決めて有吉の背中を叩く。
「はよ行け」
が、珍しく反抗的な有吉はその場で振り向いたまま固まって動かない。
舌打ちしながら一体どこのどいつだと私も渋々振り向いたら……
--そこでは私の真似をして男子に跨った今朝の女……芦屋桐子が偉そうに取り巻きを連れていた。
が、有吉が固まっていたのはそれが原因ではない。
芦屋の取り巻きの1人…高校生とは思えないガタイの刺青したやたらガラの悪い男の1人が、片手で誰かをぶら下げていた。
「……たまちゃん」
「……」
そこには血まみれでぐったりしたたまちゃんの姿……
「あんた達……たまちゃんに何したのよ!」
「ちょっ!?」
勢いよく立ち上がる有吉が私を背中から放り出す。私の存在も忘れる程激昂する有吉。これがかつて私をいじめてた女だと…?
上級生、その上3年生女子のリーダー格の有吉に不遜にも芦屋は嘲笑と共にたまちゃんを一瞥する。
お前には用はないとでも言いたげな生意気な表情を貼り付けて有吉に返す。
「私の奴隷があなた達に迷惑をかけたそうだからお詫びに来たのよ」
「なんですって…?」
「あなたとは話してないんだけど……有吉美奈子。まぁいいわ。そんなにコイツが大事なら返してあげる」
芦屋の声に取り巻き……いや、たまちゃんの話によると舎弟のヤクザがたまちゃんを放り投げる。
たまちゃんに潰されながらも慌ててたまちゃんを抱き抱える有吉がわなわなと怒りに震え出す。
……マジでこれが私をいじめてた女だと…?
「宇佐川結愛」
こいつ先輩に向かって口の利き方がなってないな。
「あなたには感謝してるのよ…あなたが八ツ橋連合会を潰してくれたおかげでパパの組が一気に大きくなれたから……そこでそのご褒美として宇佐川、あんたを私の用心棒に起用してあげようかと思って……」
……こいつ何言ってんの?日本語喋れ。
「たまちゃん!たまちゃん!!何されたの!!」
「ごふっ……すみ、ません……先輩達に相談……したのが……バレて……」
今にも死にそうなたまちゃんが有吉の呼び掛けに消え入りそうな声で応える。
その虚ろな視線が今度は私に向く。
「宇佐川……先輩……」
「……」
「私の……友達も沢山……こんな目に……お願い……です……芦屋さんを……なんとか……」
「……まぁ、この奴隷、これだけおしおきされてまだ懲りないなんて……余程死にたいらしいわね……」
有吉の腕の中でぐったりと力が抜け目を閉じるたまちゃんを私は見つめていた。
「てか、聞いてます?おーい、宇佐川。芋臭い三つ編み女」
………………なるほど。
こいつはどうやら年長者を敬うということを知らないらしい。
時間は……16時半。圭介との待ち合わせは駅で17時だから、まぁ間に合うな。
……こいつら5分で殺すし。
「……私を前にシカト決め込むなんてふざけてやがるわね。折角私の舎弟にしてやろうって言ってるのに--」
「…ねぇ」
「は?なに?私の許可なく喋るんじゃ……」
スっと音もなくクソ女に近寄ると突然目の前に接近する私に芦屋がぎょっとする。
このいじめっ子は、視界に入れておくと凄く不愉快だから死んでもらうことにした。
「親の威を借りてこの学校の女王気取りか?この学校で王様したいならまず裏番長の私に断り入れろよ」
「なっ……」
「私、人を乗り物としか見てない奴大嫌いなんだよね」
「それはあんたも同--っ!?」
いじめっ子には容赦しねぇ。
渾身のフルスイングがクソ女の顔面へ--
頭蓋骨を砕いと思ったら……
私の拳を割り込んできた取り巻きの舎弟ヤクザ2人が受け止めた。
「……結愛のパンチを止めるなんて…っ!」
有吉含め野次馬達が驚愕する。恐らく、私の拳を受け止められる奴なんてそうそう居ないだろう。他ならぬ私自身少し驚いた。
「……っ!生意気な!!今この私を殴ろうとしたわね!!助!角!こんな奴叩き潰してしまいなさいっ!!」
……どうやら助と角と言うらしい。この2人。
腕や顔に刺青を入れた高校生にあるまじき容貌の準構成員2人が立ち塞がる。体感だけど、ノアくらいの戦闘力がありそうだ。
……でもね。
「……退きな」
「そうはいくか」「お嬢に何かあったらオヤジに殺されるからな…」
--私に勝ちたいなら人間くらい辞めてもらわないとな。
「……宇佐川が芦屋とやるぞ…」「やっちまえ裏番長!!」「頼む…っ!この圧政を終わらせてくれっ!!」
虐げられしいじめられっ子達の声援があがる。私はたまちゃんを抱えた有吉に指示する。
「……野次馬を遠ざけな。邪魔」
同時に快晴だった空が雲に覆われていく。私の怒気に応じるように暴風が吹きだし、雷雲が喉を鳴らす…
「……なんだ?」「空が……」
「なにしてんのあんた達!!早くやっつけないとパパに言いつけるわよ!!」
じゃじゃ馬の声に弾かれるように助と角が懐からロングナイフを抜いた。
流石に組長の娘の用心棒…無駄のない動きでヌルッと連携しながらヌルルッと距離を詰めてくる……
が、私は魔王と呼ばれた女。
今更2対1だろうが刃物だろうが、欠伸が出る。
「止まれ」
「っ!?」「ぬっ!!」
私が空間に2人を縫い付けるとそれだけで雑魚2人は身動きが取れない。
そのまま眼力でナイフをへし折ってからゆっくりと2人に近寄る。
それなりの修羅場を潜ったであろう2人だが未知の力を前に完全に怯えきっている。
……ふん。
この程度で私の居る学校の覇権を握ろうとは……
「いじめっ子は死ね」
私が手を天にかざすとそれに引き寄せられるように空から銀閃が走る。
「ぐはぁぁぁっ!!」「ぬぅわぁぁぁっ!!」
雷の一撃は動きを止められた2人にクリティカルヒット。骨が透けるほどの電撃に雑魚2人はあっという間に炭になった。
私の拳を止めたというのに……呆気なさすぎる。
「……さて」
「……っ、ちょっ……ちょっと…へ?え?ねぇ!私は煉獄会の……」
「粋がるなら自分の力で粋がれよ」
視線で捉えたクソ女を宙に浮かす。
超常的な力を前にクソ女もギャラリーもド肝を抜かれているようだが、この程度で驚いてるようではまだまだだね。
私は彼氏への怒りと愛で魔王になったんだ。
「わ、分かったわ……あんたをうちの組員にしてあげる!特別に私の第1舎弟にしてあげるから!幹部待遇よ!?どう!?」
まだ戯言をほざくクソ女を天高く持ち上げる。不可視の力に持ち上げられたクソ女は命乞いを始めた。
「あっ!あんた……っ!私に手を出したら煉獄会が黙ってないわよ!?私の下につくのの何が不満なの!?」
違った。戯言だった。
「……遺言はそれだけ?」
「ごめんなさい謝るから!!お金あげるから!!50円あげる!だから許し……許してよ!この私がこんなに謝ってるのに!!ねぇ!!はぁ!?ふざけんな!!」
「……謝る相手が違うくない?たまちゃんが許してくれたら、見逃してやる」
私の声にクソ女、みっともなくも眼下のたまちゃんに向かって声を張り上げる。
「ねぇ!ごめんて!許して!!本当はあんたのこと好きだからさ!ねぇ!友達にしてあげるから!!許すって言ってよ!!」
だが、返ってくるのは……沈黙。
そりゃそうだ。あんだけの暴行を受けてんだから。もう有吉の腕の中で意識もない。
たまちゃんに代わり有吉が中指を突き立てた。
それはたまちゃんの意思と取って間違いないはずだ……
「……だってさ」
「なんでぇ…?ふざけんな……私は--」
私は力を解除する。
そのまま重力に引っ張られるクソ女が地面に向かって降下する。
「うわぁぁぁっ!!パパに言いつけてやるぅぅ!!!!」
最後の最後まで…みっともない奴め。
--ドカーンッ!!
校舎程の高さから落下したクソ女はもはや意識がなかった。いじめっ子は見事に地面に対して犬神家して素敵なオブジェになりました。
「うぉぉぉぉおおおっ!!」「勝った……っ!」「終わるんだ…っ、あの女の支配がっ!!」
空気を揺るがす程の大歓声。
有吉の方を見たらたまちゃんを抱き抱えてグッドと親指を立てている。
……全く、人にばかり頼り都合の良い奴らだ。
「……いじめっ子は死ね」
……ただ。
私は知らなかった。
この一連の騒動が、とんでもない面倒事の引き金になることを……




