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浅野姉妹の新しい一歩

 --暗い……

 真っ暗な水面に上から光が差してる。ゆらゆらと揺らめく光の筋が透明なオーロラみたい…

 私は沈んでいく……

 どこまで落ちるんだろ……


 口から零れる泡が登っていくのを暗い視界が捉えてた。光のカーテンがシャボン玉みたいな呼吸の粒を照らして--


 綺麗だなぁ…


 凄く気持ちがいい。このままゆっくり引きずられて沈んでいっても……


 --落ちていく私の体が止まった。

 私の体を上から吊るしたのは私の左手首、そこにあるはずのない硬い感触だったんだ。


 --姉さん!!



 その時……確かに聞こえた。




「…………」

「…っ、詩音…?」「詩音……っ!」


 お父さん……お母さん……


「……姉さん」

「……美夜」


 引き戻された現実は沈んでいく光景みたいに幻想的じゃなくて、視界に映る無機質な白い天井を縁取るのは家族の顔だった…


 …………あのまま沈んでたら私はどこに行ったんだろ。

 布団の端から覗く左手首にしっかり残る手錠の跡。

 その手には妹の手が重なってた。


 ……そっか。美夜、ありがとう……


「……美夜。ありが--」

「馬鹿かアンタはっ!!!!」


 実に感動的な生還--の開幕早々飛んできたのは消火器でした。


「美夜!あんたなにしてんのお姉ちゃんにっ!!」「おいっ!先生呼んでこい!!」


 帰ってきて早々、瀕死です。


 *******************


 --校内に突如として侵入した不審者は結果として私、浅野詩音、葛城莉子先生、体育教師の3名に重症を負わせて警察に逮捕された。幸い死者は居ない。

 美夜から語られた事件の全容によると、あの不審者はうちの高校の生徒でかつ最近モデルとして活動してる日比谷真紀奈さんの変質的なファンだったらしい。

 なんでも日比谷さんがモデル活動を始めるより前から彼女の事を狙ってたんだとか…その上麻薬の常習犯ときた。犯行当時も薬物の吸引で正気を失ってたとか。


 ……なるほど。道理であの胴回し回転蹴りを食らって立ち上がったわけだ。薬物でトリップしてたんだ。


「……あんた1年庇って刺されたんだよ。姉さんはさ、自分の力を過信し過ぎだと思うんだけど?出来ることとできないこと考えろよ」

「……ごめんね、美夜。心配かけて……」

「全くよ……1週間も寝てたんだぞ?」


 両親がお医者さんと話す為席を外したこの間も美夜はずっと私の手に手を重ねたままだった。


 1週間……歓迎遠足も終わってしまったのか。

 いつもより隈の酷い美夜の顔を見つめると、ずっとろくに眠りもせず私に付き添っていたのかと心配になる。

 なんてお姉ちゃん想いの妹なんだろう……


 …………ずっと手を握っててくれたの?美夜。道理で素敵な夢見だったわけだ。


「心配してくれてありがとう……」

「……………………そりゃするわよ」


 いつになく素直で可愛い妹に思わず頬が綻んでしまう。

 美夜が無事で良かった……


「さっきちらっと聞いたけど…退院は来週くらいになりそうだってさ。後遺症とか残んなくて良かったね」

「うん……」

「傷は相当深かったみたいだけど奇跡的に致命的な箇所は避けてたらしいわ。なんか姉さんが飛び込んで刺される直前に、姉さんが庇った1年が姉さんを引っ張ったみたいよ。それで外れたんだって……」

「そっか、助けるつもりが助けられたんだね……」

「どうかね……姉さんが居なかったらその1年が死んでたでしょ。てか、そもそもその1年が勝手に犯人捕まえようとなんかしなきゃ姉さんが刺されることも--」

「それは私達もお互い様じゃない?」

「……私らはいいんだよ。私らは校内保守警備同好会でしょ?」


 口元に手を当てバツが悪そうにしながらそう呟く美夜がおかしくて私は肩を震わせて笑った。


 ……それにしても。


 あの1年生、彼岸神楽さん。

 彼岸という苗字には覚えがある…そしてあの驚異的な強さと胆力。


 去年大会で鬼神の如き強さを見せつけたというあの彼岸三途君の身内なのかな?

 彼自身とは面識がないけどもしそうならそれも納得だ。なんせ彼は『せいし會』をほぼ単身で制圧した程だし……


 そして私は考える。

 私達の大きな課題……今回の1件でより顕著になった大きな問題を……


 その時、病室の扉がノックされた。

 ただノックされただけで「ちっ!」と激しく舌打ちする美夜は余程寝不足なんだろうなぁ……扉の方へ向かう美夜を見送る。


「母さん…何?話終わった?」

「詩音にお見舞いよ。学校の方…」


 入口付近の会話が漏れ聞こえて来るのと同時に扉が大きくスライドして来客が廊下から病室に入ってきた。


 その人はまさに噂の人だった。


「--お加減いかがですか?浅野先輩」


 *******************


 大きな花束を手に入室してきたのは噂の新1年生、彼岸神楽さん。

 学校帰りなのか制服に通学カバンという出で立ちでやって来た彼女を私と美夜が歓迎した。


 美夜が受け取った花を花瓶に活け…ようとしたけど花がデカすぎた。どっかの企業にでも贈るんですかってくらいのサイズ感だった。

 美夜がイライラしながら鉢を取りに行く。鉢て……


 2人きりになった病室で彼岸さんはいきなり深々と頭を下げた。どれくらい深いかと言うと腰が曲がりすぎてコンパスみたいになってた。


「先輩は私の命の恩人です」

「……彼岸さん」

「先輩が居なければ刺されていたのは私でした。未熟な私のせいで先輩がこのようなことになってしまって…大変申し訳ありません」


 と言って正座する彼岸神楽さん。


「腹を切ってお詫び致します」


 切腹するつもりだ。


「いやしなくていいです!?」

「すみませんが、介錯をお願いできますか?」

「私がするの!?」


 この頭のトビ様にあの戦闘力。あぁ…この人は入るべくしてうちの学校に入ったんだな……


「このままでは御先祖に顔向けが出来ません」

「私も病室で人が腹裂いて死んでたら病院の人に顔向け出来ないので……腹を切る前に少しお話いいですか?」

「敬語はよしてください。恩人にそんな態度を取られては……」

「……少しお話ししてもいいかな?神楽さん」


 私が柔らかくそう提案すると神楽さんはとりあえず小太刀を仕舞ってくれた。

 そして私はこのチャンスに図々しいお願いを切り出すことにした。


「……はい。なんでしょうか先輩」

「私達は校内保守警備同好会という同好会活動をしてるんだ」

「……こうないほしゅ…………?」

「校内と生徒の治安維持と安全を確保するのが活動なんだ」

「…………???」


 分かるよ。そうなるよね。私もそうだった。でもこの学校には絶対必要なんだ。そして神楽さん、この同好会にはあなたの力が必要なんだ。


「自警団みたいなものをイメージしてくれたら分かると思うんだけど……」

「自警団が同好会……?」

「この活動には学校の輪を乱す人達を抑制する圧倒的な力が必要なんだよ」


 今回の件、修学旅行…ここ数ヶ月の怒涛の事件を経てはっきり認識する。私達には力が足りない。

 このままじゃ私達は警察ごっこなんだ。


 私はベットの上で頭を下げた。背中の傷が突っ張った。


「彼岸神楽さん。あなたの強さは本物です。是非私達に力を貸してください」


 ポカンとする神楽さん。そりゃそうだ。


「校内保守警備同好会に入会してください」


 シーツに額が着くくらい深く下げた。

 この先このドタバタな学校を守っていく為に…


「頭をあげてください、浅野先輩」


 まさかの下から飛んできた言葉に頭をあげた。

 なんと神楽さんは床に手を着いて私より低姿勢で土下座。何故?


「あれ?なにを……?」

「先輩は命の恩人…その人を見下ろすことは出来ません」


 なんて言うか…古風な人だな。


「先輩の頼みであればこの彼岸、微力ながら力を貸させていただきます」

「…ほんとに?こんな訳分からない同好会に…?」


 自分で言うのもなんだけど…


「むしろ恩人に恩返しする機会を与えてくださるのであれば…こちらからお願いしたい」

「いやいや、こちらがお願いしてるから…」

「いやいや」

「いやいや」

「いやいや」


 まさかお願いして逆にお願いされるなんて…土下座する神楽さんに負けじと私もベットから降りて頭を下げる。


「いやいや」

「いえいえ」

「いやいや」

「まぁまぁ」


 どちらの頭が低いか--土下座王決定戦だっ!


「くそ…鉢ねぇよ鉢…………なにしてんのアンタら?」


 *******************


 --姉さんの傷が完治して退院したのは1週間後。

 いつものように自転車を漕ぐ姉さんの後ろに腰掛け黒髪をなびかせながら望む通学路には、あんな事件の後だっていうのに生徒達の活気があった。


 これを見れば姉さんの心配など杞憂に終わることは明白なのだが……


「…この学校のみんなの為にって頑張ったつもりだったのに…刺されて迷惑かけて。あの日も日直とか掃除当番とか頼まれてたのに…」

「あの後で日直も掃除当番もあるか。てか、パシられてんの?姉さん」

「みんなからまた迷惑なやつだって思われるかな…そしたら今までの頑張りが…」


 ……姉さんはどうして自分のせいじゃないことに関して自罰的になるんだろうか。

 中学の時も、私の時も…


 校門を潜るといつもの光景。今日も校舎の上を元気にハクトウワシが飛び回ってる。取り締まり案件だ。

 が、そんな同好会の仕事を前にしても姉さんにはいつもの覇気がない。

 それでも、いやだからこそか…しっかり手錠だけは繋いで私を引っ張り校舎へ…


「…美夜、教室まで一緒に行こう」

「教室離れてんだろ…痛ただただ!子供かっ!!」

「教室入ったらなんて謝ろうか…廊下を血で汚してすみません…頼まれた仕事放り出してすみません…パキケファロサウルス割ってすみません…」


 取り憑かれたみたいにブツブツと謝罪シュミレーションを繰り返す姉さんに呆れた視線を投げかける。


 …この学校に通って分かったことがある。

 この学校は中学時代よりよほどおかしい。どいつもこいつも問題児ばかりで頭が痛くなる。ほんとにろくなやつが居ない。


 ただ…


「…おはようございます……」

「浅野さん」「浅野!大丈夫なのか?」「浅野が帰ってきたぞ!妹も一緒だ!!」


 俯いた姉さんを出迎えたのは姉さんのクラスメイト達の姉さんを心配する声。


 入口で立ち尽くす姉さんに寄っていくクラスメイト達は口々に言う。


「浅野さん、怪我は平気なの?」「なんであんな無茶を……」


 姉さんの体を案じる者…


「ありがとう…浅野さん達が居なかったらきっと誰か死んでたよ…」「見てたぞ、よくあの中に割って入れたな…勇気あるよほんとに」「美夜さん、私の妹があなたのクラスなの…妹がとっても感謝してたよ!」


 活躍を褒める者…


「さすが校内保守警備同好会だな」「見直したぜ!」「なんか今まで雑用押し付けてごめんな?」


 見方を改める者…


 --そう。

 この学校に通って分かったこと。

 学生、学校…そう捨てたものじゃないのかもしれないってこと…


 かもしれない、だけど…


「良かったじゃん。姉さん」


 ぽかんと惚ける姉さんに私はそう囁いた…

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