浅野姉妹の戦い③
--遠のいていく怒号に安堵しつつバリケードの中で息を潜めること数分……
「……も、もう出てもいいんじゃないか?」
怯えつつバリケードの奥の状況を頭を出して確認する生徒の声に思案してた時、マナーモードのスマホが着信を告げた。
姉さんだった。
姉からの連絡にほっとしつつ、無事に安心しつつ、私は着信を受ける。
「……もしもし?」
『美夜?今どこ!?』
「自分の教室……机とか椅子で扉とか窓を塞いで立てこもってる。姉さんは?」
『お姉ちゃんは……今不審者のすぐ近く……多分……近い』
「は?なにしてんの?すぐに逃げなよ!!」
『そうはいかない……日比谷さんが狙われてるんだ……』
「いやだからなんだよ……」
この人はここまで来るともはや病気なんじゃって思うくらいのお人好しだ。
「……どこら辺?私も行く」
『危ないからそこに居なさい!』
「姉さんだって危ないでしょ」
『姉さんはいいの!それより--』
「いいわけねぇだろうがっ!!!!」
思わず張り上げた大声にクラス中がビクッとした。
遠くからサイレンの音が聞こえてくる……救急車か、パトカーか……
「……姉さんのその極端なお人好しが、私のした事への贖罪だって言うんなら、私は許さない……」
『……美夜』
「どうして姉さんが背負う?これは私の問題なんだ。姉さんが日比谷を助けたいってんなら私が助け--」
『美夜』
途中で遮られた私の声に被さる姉さんの声は柔らかかった。そして、真っ直ぐ1本芯が通ってた。
『私は校内保守警備同好会の代表なんだ……』
……なんてこった。
こんなどシリアスな場面でイカれた同好会の名前を自信満々に言われるとは思わなかったよ……
どう返したらいいのかと絶句している私に姉さんは畳み掛ける。
『もちろん…私達姉妹のしでかしたことへの罪の意識もある。けど、私は与えられた仕事を全うしたい。少しずつでも私達を受け入れてくれたこの学校が私は好きなんだよ』
……もう、馬鹿さ加減に言葉もなかった。
「……分かった。私も行くからどこにいるか教えろ」
『美夜、いい加減聞き分け--』
「私も!同好会の代表なんだよっ!!」
姉さんを黙らせる勢いの怒声にまたクラス内がビクついた。そんなこともお構い無しに通話越しの世界に集中する私の鼓膜に姉さんの小さなため息が聞こえてきた。
『分かった……』
ようやく折れたか。姉さん1人なんて危なっかしいなんてもんじゃないからな……
『私はいいから……美夜に頼みたい仕事がある。普通科の教室のある階に上がる階段の前で先生が刺されて倒れてる。外に来てる救急隊の人達を連れてきて……応急処置はしてるけど早く病院に連れて行かないと……』
「……っ」
『あなたにしかできない。お願い、美夜』
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--私は可愛い。
その美貌はまるで毒のように魅入られた相手をじわじわと犯していく。私は妖しく実る禁断の果実。もし分不相応にもそれに手を伸ばそうとしたならば……
「真紀奈ぁぁ」
こうなる。
教室からクラスメイトが固唾を呑んで見守る中、廊下で私と対峙するナイフを持った不審者。
握られたナイフにはパーカーの袖辺りまでに及んでべっとりと赤黒い染みがこびりついてて、見ただけでもう気絶しそうだった。
しかしこの日比谷真紀奈!!
自分の美貌で狂わせたこの野獣を沈める義務がある!
「はわわわわ……日比谷さん…なんて馬鹿な事を……誰か何とかして……っ!橋本君!」
「え?なんでこっちを…僕を見るの…はひぃぃ……小比類巻君……」
「くかー。すぴー」
「こんな時に限って居眠りこくな、このご都合主義がっ!!」
「--真紀奈……俺を覚えてるか?」
「全く」
「……なん、だと……」
「私ファンが多すぎて覚えきれない。ごめんなさい」
ていうか、まだモデル活動初めてちょっとしか経ってないしファンと直に会う機会なんてないし…
てか日比谷真紀奈のファンは地球上の全生命体だし……覚えきることは不可能。
「……どこまで馬鹿にするんだ…毎朝毎朝……君の為に早起きしてお弁当作ってあげたじゃないか……っ!」
「……?お弁当?ごめん、全く記憶にない。そもそも、初対面でしょ?」
「いつも家の郵便受けに弁当を用意しといたろ!?」
……っ!!
え……?あれ……お母さんのお弁当じゃなかったの?
え?私知らない人の握ったおにぎり食べてた…?
「ラブレターだって贈った!!どうして無視するんだよ……」
「…………ラブレター?」
「お弁当に添えてたじゃないか……毎日……お弁当に付けてた割り箸に巻き付けてたじゃないか!!」
……っ!!
え……?あの紙、ラブレターだったの?割り箸の梱包じゃなくて……?
「今日こうしてわざわざ会いに来たのは、ずっと俺を無視する君の真意を問いただしに来た…真紀奈……どうして俺を無視する。俺の事を愛していないのか?」
「……うん」
この日比谷、私に憧れを抱くものを無下にすることはしない。ただ、それはその人よ望みを必ず聞き入れるという意味じゃなくて、誠意を持って応じるという事。
「私はあなたを愛してない」
「……っ」
「私にとって、私のファンは一人ひとりが平等で、あなたとだけ特別になるつもりは無い」
教室内でざわめきが広がってく。
それは、私の言葉にわなわなと震え出すこの男の形相のせいだと思う。
正直、ちょっぴりチビってる。
逃げ出さないのは、ヤケになったこの人が教室のみんなに何をするか分からないから。
ただそれは、私も何をされるか分かんないってことだった。
「真紀奈ぁぁ……」
「……っ」
「お前が俺を拒絶するなら…お前を殺して俺も死ぬぅ……」
「……か、考え直そう。あなたに相応しい女性はきっとそのうち現れるよ。その時まで生きよう?」
おしっこじょんじょろりんである。
が、生理用ナプキンの脅威の吸収率がおしっこを吸収。命の危機を前に日比谷の尊厳は守られた。
ありがとう生理。
「……死ね。真紀奈」
いや言ってる場合かっ!!
「--そこまでよっ!!!!!!」
その時、教室の窓から転げ落ちるように廊下に出てきて私の前に立ったのは凪だった。
半泣きかつ膝ガクガクで両手を広げて私を庇う凪に私は目を剥く。
なんで出てきたの……?
なんの為に私が……
「なんだぁお前……」
「日比谷さんには……手出しさせない…っ!!ひ、日比谷さんを殺したいなら……私をまず殺しなさいっ!!!!」
阿部凪一世一代の啖呵--
こんなところでそんな勇気、振り絞るなよ。主人公か君は--
凪の勇敢な行動は異常者の頭の血を沸騰させただけだったみたい。
みるみる顔を赤くしていく狂人は噴き出す怒りをそのままにナイフを向けて強く床を蹴った。
私が凪を押しのけようとするけど間に合わないっ!!
そのまま立ち塞がる凪に男が突っ込んで--
「まぁ待ちなさい」
一体いつの間に--
涼し気な緊張感のない、けれど厳かな声音は気づいたら男の背後に迫ってた女生徒が発していた。
そのまま体を宙で一回転させる彼女の胴回し回転蹴りがイカレ野郎の頭頂部に叩き下ろされてそのまま目ん玉飛び出る位の勢いで頭を潰してた。
……ひぃ。
生理用ナプキンのキャパシティを越えた聖水がチョロっとだけ太ももを伝う。
問題ない、この程度なら汗だと言い張れる……
なんて言ってる場合でもなく、目の前で床にめり込むイカレさんの頭を前に凪共々その場にへなへなっと倒れ込む。
その前で堂々仁王立ちするこのイケメン女子は一体……
「……ど、どなた?」
「はじめまして先輩、1年の彼岸神楽です」
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「え?え?どこ行くの?浅野さん!?」
バリケードの僅かな隙間から教室の外へ這い出す私をクラスメイト達が止めた。その顔は私の身を案じるというより置いていかれる不安感に濡れている。
「助けが必要な人がいる」
「いやいやいや……」「先生も来ないし…ここでじっとしとこうよ!!」「ヤバいって!!」
「……心配ない。すぐ戻る」
背中を打つ制止の声にも耳を貸さず私は廊下を走る。
あの不審者の怒号はもう聞こえない。どうしたんだろうか……?
窓の外をチラリと見ると救急隊と警察が校舎に入ってきてた。私はそれを確認し1階の玄関に急ぐ。
玄関まで降りたらそこで警官隊と救急隊と鉢合わせになった。
来るのが遅いと毒のひとつも吐きたくなったけど何とか堪えて、私を保護しようと向かってくる警官達に指さしで訴える。
「救急隊の人は早く!!4階階段の前で人が刺されてる!!あと!犯人は普通科クラスのある4階に居るはず!!さっさと捕まえて!!」
突然の指示に面食らった警官達……非常事態にぽかんとするな!!
「……っ!おい、何人かは職員室に拘束されてるっていう教職員の保護!他のものと救急隊は私と来い!!」
と、我に返ったリーダーらしき人がテキパキ指示を出す……
「……4階……階段はどっちだ?」
ああじれったい!!
「来い!私に着いてきて!!」
「何を言ってる!おい!この子を外へ--」
「一刻を!争うんだよっ!!!!」
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血で滑る靴底で転けそうになりながら階段を駆け上った。無謀にも刃物を手にした不審者に向かっていったあの1年が階段を登って行ったのはたった今--
美夜との通話を終えて慌てて普通科のクラスのある階まで登った私は完全に落ち着きを取り戻してた。
それはあの1年生のおかげ……
あの子の至極冷静な対応と、彼女の醸す尋常じゃない空気……それが私からパニックや不安感を吹き消してくれてた。
正直、あの子なら大丈夫なんじゃないかって思うくらい……
「--日比谷さんを殺したいなら……私をまず殺しなさいっ!!!!」
私が廊下に躍り出た時まさに、絶体絶命のタイミングだった。
ナイフを構えて突進する不審者と両手を広げて後ろに日比谷さんを庇う女子--
ただ、私が後ろからそれを見る間にはあの1年生が居た。
--ほんとに一瞬だった。
1年生は目にも止まらないスピードで距離を詰めて風車みたいに回転したかと思うと次の瞬間には不審者を床に沈めてた。
うちの学校に居れば人間が吹き飛んだり潰れたりする光景はよく目にするけれど、彼女の攻撃には他にはない圧倒的な強さの鱗片を見た……
……気がする。
「--1年の彼岸神楽です」
--彼岸。
どっかで聞いた事ある名前だなぁ……
なんて、日比谷さんに向けて名乗る彼女をぼんやり遠くから眺めてた。完全に役割を失った約立たずがここに居た。
まぁ……正直私なんかに何ができたのかと言われればそれまで--……
終息したと思われた現場に動きが起こるのに気づくことが出来たのは、私がみんなから離れた後方に位置してたからだろう。
現に教室の中の生徒も、日比谷さん達も彼岸さんも気づいてなかった。
--あれほど強烈に頭を蹴り潰された男がのっそり音もなく立ち上がったんだ。
その手に血まみれのナイフを握ったまま--
私は警告を発するのも忘れて飛び出してた。
前のめりに飛び込むみたいに、手を伸ばして男の横に滑り込んでようやく振り向いた彼岸さんを突き飛ばした。
危ない--
そんな言葉が喉の奥で鳴った気がする。
でもそれが口から飛び出るより早く、背中を焼く灼熱感が喉を塞いで声が死んだ。
視界に映るものの輪郭がブレて傾いて、次の瞬間には脚が痺れたみたいに力が入らなくて崩れ落ちてた。
息が出来ない。気道が塞がったみたいでひきつるみたいな呼吸を繰り返す。
背中にじくじくと等間隔で襲い来る激痛に舐られる。
--私は自分の体から垂れ流される血溜まりの中に倒れていた。
--姉さんっ!!!!!!
最後にそんな声を聞いた……気がした。




