浅野姉妹の戦い①
3年生になりました。
高校生で居られるのもあと1年。寂しいような、これからの人生、どうなるんだろうっていう不安とワクワク…
「おいっ!姉さん自転車はまずい!!」
そんな期待に胸を膨らませ、今日も通学路を駆けます!
浅野詩音ですっ!!
「落ちるって!!手錠に引っ張られて落ちるって!!なぁ!自転車乗ってる時くらい手錠--」
--ガシャンッ!!
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「浅野さんごめん、今日の日誌書いといてくれない?」
「浅野ー、今日の掃除当番変わってー」
…最上級生になって、同好会の代表も継いで、私達も少しは学校で受け入れられて来た。
今日も朝から忙しなく頼まれごとを片付ける日々…もっともっとみんなに貢献して、少しでも贖罪をしなきゃいけない。
美夜のしでかしたことは、元はと言えば私の責任。お姉ちゃんの私が美夜の分までしっかりしないといけないから……
「浅野ー、すまんが化学準備室からパキケファロサウルスの頭蓋骨持ってきてくれ。次の授業で使うから」
「分かりました」
部室や同好会室、準備室は旧校舎にある。
私は先生から頼まれたパキケファロサウルスを求め旧校舎へ。
放課後以外では生徒で賑わうことも少ないこの校舎、去年隕石が落ちて建て替えた新校舎に比べてやっぱり古い。所々シミとか汚れとか、スズメを食べてるジョロウグモの巣とか、人気のないのも相まって廃墟みたいな不気味な雰囲気が漂ってる。
…放課後になれば人で賑わうのに。
薬品の臭い漂う化学準備室。
ガラス棚に収められた恐竜の頭骨達…
ガラス棚の中にはいつか私が割ったアロサウルス(仮)がそのままだ。多分、割ったのバレてない。アロンアルファでひっつけたもん。
「えっと…パキケファロサウルスは…」
どれも同じに見える肉食恐竜より遥かに簡単だ。代表的な石頭恐竜だもの。
間違いなくパキケファロサウルス(確定)を今度は落とさないようにガラス棚から取り出して抱える。
ザラザラした手触りとずっしりした重みを抱えつつ化学準備室から出た…
--刹那。
『ウーーーウーーーッ!ウーーーウーーーッ!』
「きゃっ!?」
--ゴンッ!
突然の警報。からの落下するパキケファロサウルス(確定)。
生前は脅威の石頭を誇っていたであろうそのご立派なおでこに見事なヒビが…
「……また、やっちゃった……」
私は多分博物館の職員にはなれません。
……なんて言ってる場合ではなく。
恐竜の頭を取りに来たら突然の警報…なにこれ?前もこんなことが……
そう、それこそこれは以前美夜が攻めてきた時の--
『全校生徒へ、ただ今校舎に不審者が侵入しました。不審者は刃物を持っていますので、全校生徒は教室から出ずに、教師の指示に従い速やかに--……』
………………デジャブ。
これ、まんまあの時と同じ…
--いやっ!
あの時とは違う。それは、今は私の可愛い妹、美夜が居るし、私は校内の治安維持を担う校内保守警備同好会の代表だっ!
あの時のように、震えながら様子を見ることは許されないんだっ!
同じ誤ちを犯すな、浅野詩音!!
「美夜ーーーーっ!」
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--桜が枝を飾り、花びらの傘は空を埋め尽くさん勢いで咲き誇り、なんとも美しい春の光景が目の前に広がってた。
--そして、私は可愛い。
この日比谷真紀奈、桜の下を通ればそれはただそれだけで世界と言うキャンバスを色づかせる色彩。この世界が華やぐのにこの日比谷真紀奈の存在は不可欠と言える……
究極の美しさに日本屈指の桜の街……完璧な調和。この街は日比谷タウンだ。間違いない。
さて、究極の美的生命体でありかつむっちゃんにフラれた私ではあるけれど……
今年から本格的に始まった私のモデル活動。そう、日比谷真紀奈、モデルになりました。
お世話になったバイト先を飛び出して飛び込んだ芸能界。まだ仕事はファッション誌のモデルとかだけど、いずれはこの世界中に美貌を知らしめるトップスターになる。
いや、語弊があるか…もう私は世界中にこの美しさを振りまく美の女神だった。
みんなごめん。
このモデル活動も、女として私自身をさらに磨く為の修行の一環。いい女になればむっちゃんが振り向いてくれるって莉子先生が言ってたから。
この日比谷真紀奈、よりこの美しさに磨きをかけ(これ以上極まるのか謎ではあるが)さらにそれに負けない内面も磨くのよ!!
と、言うわけで……
「みんなおはよう。今日もいい天気だね」
教室に入るなりこの日比谷から挨拶。
美の最高傑作から朝の挨拶とくれば、もうみんなド肝を抜かれて肝硬変(?)
「……っ!」「ひ、日比谷さん…」「おはようございますっ!」「どうしよう俺……日比谷さんから声掛けられちゃった…」「馬鹿野郎!それは俺だ!!」
……ふっ、喧嘩しないで?この日比谷の愛は皆に平等に分け与えられるのよ?
流石は日比谷真紀奈。軽い挨拶でこの破壊力。さては日比谷真紀奈、絶大な美貌を誇ってるな?
「おはよう日々さん」
「あらおはよう凪、今日も鼻くそみたいな顔してるね」
「え?絶交しようって?」
「嘘嘘嘘嘘ごめんて。ごめん言うてるやん。は?なに?喧嘩売ってる?」
「相変わらず絶好調だね。ところで日比谷さん、学校の前に取材きてたよ」
…そう。
この日比谷真紀奈、モデルとしてデビューしてから巷では『美しすぎる新人モデル』としてちょっとした話題なのである。
まぁ、本来であれば遅すぎる位の評価なんだけど…
「たかが新人のファッションモデルの分際で随分人気だよね。おかげで話しかけられただけでみんな浮かれちゃってるよ」
「なんだろう。凪の言葉が凄くムカついて聞こえる。たかが?この日比谷に?」
「私は涙を呑んで日比谷さんに暴言を浴びせてるんだよ。日比谷さん、中身も素敵な人になるんでしょ?最近、天狗になってない?」
「いや?自分磨きに精進の日々よ?現にほら、今更な世間の評価にもこの寛容さ」
「全然磨かれてないね…」
まぁそれはいいとして…
私、日比谷真紀奈は世界に美しさを広めるのが使命ゆえ、有名人になっても顔を隠したりしないの。できないの。
ので、学校とかあっさり特定されてこうしてなんかの取材が学校までやってくるのだ。
迷惑な話しよね?
でも許す…この日比谷真紀奈の美しさは世界に共有されるべきものだから…あなた達もその使命の一端を担ってくれてるんだよね?
教室の窓から外を見下ろしたら、週刊誌だかなんだかの記者みたいな人達とか芸能プロの人達とかが校門前に集まってて、先生達がそれを食い止めてた。
…………これが日比谷真紀奈の力…
ふふっ……ふふふふふっ!
「みなさーん!放課後なら応対しますよー!!」
全国の日比谷ファンのみんな、ちょっと待っててね!
「日比谷さん!?恥ずかしいからやめよう!!」
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「こちらに日比谷さんって居ますよね?」
「私、週刊文夏の者ですが……」
「スーパープロの者ですが、移籍の件で是非お話を--」
--この学校はおかしい。
故に、沢山面倒後や珍妙な事件が起こるのだが、それもまた私の仕事の楽しみになっている。
…けれどこれは初めてと言っていい、『楽しくない面倒事』である。
「はいはい、授業が始まりますので!」
「お引き取りください!ちょっと…詳しくは葛城先生から…」
「莉子せんせー!」
……
私、養護教諭葛城莉子…
何故か毎朝校門に押し寄せる芸能関係者の応対に駆り出される……
常々思っていたが、私はどうして私の仕事の範疇を超えたことまでやらされるのだろうか?
「葛城先生、私今から授業なので…」
「すみませんがお願い致します」
「おっと、私も次の授業の準備が…パキケファロサウルスを持ってこないと…」
「あとよろ!」
………………
食い止めていた男性教師がゾロゾロと撤退したせいで、堰を切ったように部外者が襲いかかってくる。
「あー……皆さん、落ち着いてください。授業の妨げになりますので……」
「5分でいいんで」
「いいから日比谷を出せ!」
「君、自分のしてること分かってる?業務の妨害だよ?日比谷連れてこい」
「訴えるぞ!」
……………………………………
「あなた達を訴えますよ?これから授業が始まるんです。迷惑なのでお引き取りください」
「みなさーん!放課後なら応対しますよー!!」
突然校舎から降ってくる声。
見上げるとこちらに向かって手を振る日比谷君の姿が…
「日比谷だっ!」
「日比谷真紀奈!本物だ!!」
「おいっ!写真撮れ!!」
……余計なことを。彼らの興奮に油を注がないで欲しい。
「あのね、校内での撮影は--」
その時だ。
周りの視線が校舎の日比谷に向かった一瞬、芸能関係者達の隙間を縫うように誰かが敷地内に侵入した。
カメラを構える彼らを止めようと必死だった私は一瞬遅れてその男の侵入に気づいたが、その時にはもう校舎に向かって歩いて向かっている。
その男は薄汚れたパーカーのフードを目深に被った明らかに芸能関係者ではない人物だ。
私は校門前に集まった彼らを無視して男に向かって走る。
「ちょっと!勝手に入らないでもらいたい!」
私は男の肩を捕まえる。
無理矢理に止められた男は私の方に一瞥だけくれたが、その目は血走っており、見た瞬間確信した。
--こいつは中に入れてはいけない。
「……ほっといてくれよ。何もしないから」
「いや、関係者以外の立ち入りは禁止されてますから……すみませんが、出てもらえますか?」
「……」
「……警察呼びますよ?」
少しキツめの口調で男に警告する。
ただ、それがまずかったか…男性教師でも呼んで来ればよかった…
男は何も言わずに振り返り、振り返り様にポケットに突っ込んだ手を抜いた。
--ズブッ!
腹部に走る熱さ……内側から溢れてくるような熱に遅れてズキンッと鋭い痛みが追いかけてきた。
「…………え?」
何が起きたかも分からず私は至近距離の男を見つめた。
交互に見た自分の痛みの発生源--腹部には男の手が接していた。
男の手には何かが握られている。
それが見えないくらい、その手の中のモノは私の腹に深く侵入していた。
喉からせりあがってくる鉄の味。
男がナイフを引き抜いた瞬間から、痺れるような熱を帯びる痛みと共に口から血が噴き出していた。
「--邪魔すんなよ」
一気にかすれて遠のく視界と聴力……
血とともに体の力が抜けていき膝から崩れ落ちる。
血に伏しながら踵を返し校舎に向かっていく男の背中に私は必死に手を伸ばした。
--こいつを、生徒の所に行かせる訳にはいかない……
その一心で手を伸ばしたけれど、とっくに役ただずと化した私の体は私の意思に応じることも無く……
私の意識はそのまま闇に落ちた。




