外の世界は伏魔殿
皆様、こんにちは。こんばんは。おはようございます。
妻百合花蓮でございます。
この春から高校生活をスタートさせた私ではございますが、早速外の世界の洗礼に及び腰になっております。
さてそんな私ではございますが、同好会に所属する運びとなりました。
『現代カルチャー研究同好会』
現代のストレス社会を研究し、現代人の癒しを追求する同好会と、聞き及んでおります。入学早々社会の厳しさを目の当たりにしてやや疲弊していた私はその素敵な同好会の響きに即入会を決めました。
いずれは妻百合家の代表として立つ定めにある私もやはり、妻百合流の門下の方々の為に、癒しというものを知っておかねばなりません。日本舞踊のお稽古は厳しいものではございますがやはり厳しいばかりでは皆さん疲れてしまいますから…
お恥ずかしい話、幼少から習い事やお稽古ばかりで息抜きというものをよく知りませんので、是非この機会に勉強させて頂きたく存じます。
同好会活動は放課後……
それまでは勉強に精を出して参ります。
「--今日はπについて勉強する」
数学のお時間です。
この学校は偏差値も高くレベルの高い学校でございます。私でもついて行けるでしょうか。
「では、この教室には今何πある?解る者は?」
……?
今この場に何π……?大変でございます。早速先生が何を仰られておられるのか分かりません。恥ずかしいです……
教室の皆様が首を怪訝そうに傾げていらっしゃいます。
「はい先生」
いえ、ただ1人、自信満々に挙手なされた方が……制服姿がよくお似合いないかにも好青年という感じの……
「このクラスの女子は15人なので×2で30πになります!」
「ふむ……流石だ伊藤。予習がしっかりできているな。今年は留年するなよ?」
「ええ、何しろ2週目ですから!」
……………………?
女性の数が15で二乗して30…π?
え?どういうことでしょうか?πとは円周率の事ではないのでしょうか?
見ると周りの方々は得心いったという具合に頷いておられます。何人か不愉快そうなお顔をされておられるのが不可解ではありますが…
他の方は今ので理解したのでしょうか……
……流石県内屈指の難関校でございます。
私、もう授業に着いていけません。勉強不足に恥じ入るばかりでございます。
「だがしかし伊藤よ」
「はい?」
「これは引っ掛け問題である」
愕然となされる伊藤氏。周りの方々も「ん?」のような表情でございます。
流石に高レベルでございます。入学早々授業開始直後から高度な引っ掛け問題だなんて…
「πは女ばかりに付いているものではないっ!!」
そう仰られた先生が突然、ワイシャツの胸元を開いて男性味溢れるワイルドな胸元をご開帳なされました。
教室から悲鳴があがります。
………………?
一体これは……
「なっ…まさか先生!!このクラスは33人…つまりπは66…!?」
「甘いぞ伊藤!俺はこの教室に今何πかと訊いたんだ。クラスは33人だが今この場には俺も含めれば34人居る!つまりπは…」
「68……っ!」
「そうだ」
………………………………?
????
これは……これはとても高度な数学なのでしょうか……?
理解の及ばない未知の数学を前に固まることしか出来ない私とは裏腹に、クラスから大ブーイングでございます。
一体どうなされたのでしょうか?真面目な授業の最中だと言うのに……
「先生!セクハラ!!」「なんだこれ!ふざけんな!!真面目に授業する気あんのか!?」「なんの勉強だっ!」
「落ち着きなさい…これは数学だ」
「どこがだ!」「訴えるぞエロ教師!!」
「聞きたまえ……君達。いいか?この世界には無数のπがある。そしてそのπは、どこへ行っても無視できない存在だ」
仰る通りでございます。円周率は数学、物理、工学、様々な分野で出てくるものでございますので……
「君達はπ=女のものだと思っているのだろう?だからこその軽蔑の視線、エロ教師というブーイング……だが、君達はそんな固定概念に囚われているばかりに大切なことを見落としている」
大切なこと……
「πは誰にでも付いている。それこそ、牛や馬や猿にもだっ!」
……………………っ。
「πは全てに平等に与えられたもの。人はπの下に皆平等……πをブリンブリンさらけ出すのは女だけの特権では断じてない!!」
…………………………っ!
「この星の誕生から長い年月を経て進化を遂げた生命の生み出した2粒の宝石…それがπなのだ」
……………………………………
「君達も自分のπを恥じず、受け入れ、これから切磋琢磨して欲しい。先生はそれを伝えたかったんだよ……」
…………………………………………?
なんということでしょう。
とても大切なお話をされている(と思う)のに何を言っているのか一欠片も理解が及びません……
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数学の課題でπの真贋テストなるものを頂きました。プリントをめくると様々な哺乳類の乳房が写真で載せられており、なんの生き物のπか求めろと問題文にあります。
ここでようやく先生が仰られていた事が繋がりました。 πと乳房が密接な関係にあると初めて学びました。
…しかしπと乳房の関係はまるで分かりません。
続いて体育の授業。
体育は初めてでございます。体を動かすのは好きなので楽しみでございます。
まずは体力テストのようなものからでしょうか……?
「全員揃ったわね!女子の体育を担当する三船よ!さて、早速だけど今日は……」
「ガルルルルッ……」
「ライオンと戦って貰うわ!!」
…………?
鎖に繋がれましたライオンさんが唸りながら出場されます。ライオン?ラ、ライオン…?チベタンマスティフとかではなくライオンでございますか?
「こちらのライオンは3年の田畑から教材として提供してもらったものよ。1ヶ月の断食に加え激しいストレスを加え闘争本能はマックス……この科目を長年担当しているけどこれほどの子は中々お目にかかれないわ」
………………?
「みんなにはそこにある盾と剣、ビキニアーマーを着てもらってこのライオンとタイマンを張ってもらう!古代ローマの剣闘士達は獣との戦いを日常的に行っていたわ!私の授業では世界の歴史を追体験できる、体を鍛えられる、一石二鳥よ!」
…………………………???
ライオンはたしか絶滅危惧種。こんな気軽に教材にできるんでしたっけ?
いえそれより……体育って命懸けでやるものでしたっけ?
トントン拍子に準備は進み、水着のような防御力皆無そうな、なんとも非合理的なアーマーを着せられた上で持ち上げるのも難儀する剣と盾を持たされまして、私は順番が巡ってくるのを待っております。
「きゃあああっ!!」
「ガルアァ!!」
「どうした!?どいつもこいつも根性がないぞ!!そんなことで、社会の荒波に立ち向かっていけるかっ!!」
…なんと厳しい教育。
なるほどでございます。ライオン1頭に勝てないような軟弱者、社会に適合できるはずがないと。
生徒の将来まで見据えてかつ歴史を肌で感じることが出来る……流石一流の高校でございます。
……あの方、腕が取れてるように見受けられるのですが、大丈夫でしょうか?
「次っ!」
「……私が行きましょう…」
次にライオンさんの前に出たのはとても男前の女性でした。
確かお名前は…彼岸さん?でしたか…
ショートカットで男性的な顔立ちのお方で、慎ましく品のある胸部も相まって一見すると男性の方にも見えてきます。とても凛とした佇まいでハレンチなビキニアーマーを着てらっしゃるものだから、なんだかとても見てはいけないものを見ている気がして参ります…
「ほぅ…威勢がいいな君。この飢えた猛獣に勝てるかな?」
「ガルルッ!!」
「…笑止。この程度の獣、この彼岸神楽の敵ではないです」
なんて勇ましいのでしょう……
目の前で同級生の方が腕1本持っていかれたと言うのにこの方はライオンさんを前に一切怯むことなく両刃の剣を構えられました。
それを合図に先生がライオンさんを解き放ち--…
「ならば君の力を見せてみろっ!」
「ガルルルァァァァァ--」
--スパッ
直後、目の前から消えられた彼岸さん。
飛びかかられたライオンさんが次の瞬間には輪切りにされておられます。血飛沫の中で堂々と、ライオンさんの後ろに立たれる彼岸さんが剣に着いた血を振り払われます。
「……我が剣の飛沫と散れ……」
………………………………?
……???????
え…?
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女子高生の戦闘力の高さに恐れ慄く放課後でございます。
化学の実験で新生物を創らされたり、英語の授業で米大統領とビデオ対話(アポ無し)させられたりと、濃密な1日に私の頭は沸騰寸前でございます。
しかし私、密かにこの放課後を楽しみにしておりました。
癒しが私を待っていてくださるので……
--軽くステップを踏みながら私は旧校舎へ向かいます。目的地の同好会室の方は奥まった場所に慎ましく門を構えておられます。中から賑やかな談笑が聞こえて参りますので、皆様もうお集まりのご様子。
「こんにちは」
ノックの後開かれた扉の前で頭を下げますと、そこには勧誘の時にいらした3名の先輩方が待っておりました。
「皆様、初めまして。1年の妻百合花蓮と申します。本日よりお世話になります。どうぞよろしくお願いします」
「……来たか。我が同好会を担う救世主よ…」
「初めまして、橋本圭介軍曹です。よろしくね。」
……救世主?軍曹?
「チョリーッス、香曽我部妙子だよ。でもアンタとは仲良く出来ないな」
「……っ、え?私、何か粗相を……?」
「入口で消毒と外の汚れを落として入ってこない人、アタシの半径2キロ以内に入れたくねーの」
……っ!消毒と汚れ落とし、でございますか。
見れば確かに入口の方に消毒液とブラシが…失念しておりました。衛生観念がとってもしっかりなされたお方でございます。流石人生の先輩方……
「俺はトイレで手を洗わなかったけどな?」
「ぎゃああああっ!?汚物っ!!汚物ッス!!!!」
トイレで手を洗われなかった先輩がその手で鼻くそをほじっておられます。
「この同好会の代表をやらせてもらっている。小比類巻だ。よろしくな、歓迎するよ妻百合君」
……どうしましょう。
トイレで手を洗われなかった上に鼻くそがお付になった手で握手を求められました……
しかし、応じないのは失礼にあたります。
「よ、よろしくお願い致します」
--コスコス
「うわぁ……小比類巻君、人の手に鼻くそ擦り付けるのはちょっと……」
「うっ…うわぁぁっ!!あぁ見てるだけで寒気がっ!!おぇぇぇえっ!!!!」
………………………………
「まぁ座りなよ。アバ茶飲む?」
「鼻くそに続いて小便!?」
アバ茶……?
手につけられた鼻くそをどうしようかと思いつつも、先輩方のご好意に甘えて着席致します。
なんだか変な……いえ、個性的な方々でございます。しかし先輩でございます。私も敬意を持って接するべきでございましょう。
「早速ではございますが、今日はどのような活動を……?いえ、そもそもこの同好会は普段どのような活動をなされているのでしょうか?ストレス社会における癒しを研究する同好会ということは理解しているのですが、お恥ずかしい話、まだ具体的な活動内容がピンと来ておりません。よろしければ当同好会の説明など……」
「……」「……」「……」
「…?皆様?」
「癒し……」「癒しねぇ……」「まぁ…癒しッスね」
……?
どこか気まずい空気を感じます。先輩方のひたすらよそよそしい態度にキョトンとしておりましたら、小比類巻先輩からの説明が始まられました。
「我が同好会は、現代カルチャーを研究する同好会だ」
「えぇ……ですから、その、申し訳ございません。現代カルチャーというのは……」
「メイド喫茶ッスよ」
「…………メイド?」
「現代カルチャー=メイド喫茶ッス」
………………
あれ?猫は……?
「あの……癒しと……猫……」
「猫耳メイドッス」
「猫耳……」
「あとメイドさんは癒しッス」
「癒し……」
……つまり、猫耳メイドを研究する同好会、ということでございますか?
あれ?なんだか私の思っていた同好会と違--
「冗談はその辺にしてもらおうか?香曽我部さん」
「橋本パイセン」
「悪い冗談だから気にしないでね?この同好会は、アイドルを目指す同好会なんだよ」
……………………????
アイドル……?
「つまりだ、我が同好会は--」
小比類巻先輩が私に仰られます。
「メイド喫茶とアイドルを研究する同好会だっ!!」
?????????????
『ようこそ!現代カルチャー研究同好会へっ!!』
クラッカー、パンパンパン!
紙吹雪、きらきらきら…
……………………………………
癒しは……?
「今日は初日だし、まずは見てもらおうか!僕らの活動を!今からダンスレッスンするから!見てて!!ミュージックスタート!!」
……なにか、始められました。
音楽に合わせて……手足を振り回しておられます。橋本先輩……ご乱心。
「この茶番終わったらメイド喫茶連れてってやるッスよ。メイドさんのパンティー好きッスか?」
……………………パンティー?
……………………………………???
??????????????
……こ、これが、外の世界?




