最後の1年
--4月。この街が1番美しく色づく季節になった。
そして同時に、俺らの最後の1年が始まる…
最上級生となった俺達と後輩1人の集う我が同好会……
進路未定1名、進路アイドル1名、福神漬け1名。前途多難な最後の高校生活のスタートである。
「……諸君、春休み前に俺が本来最後の同好会活動としてやりたかった事を発表しよう……」
俺、現代カルチャー研究同好会代表、小比類巻睦月一等兵。
「ほう。君がそれほどやる気を見せるとは……聞かせてもらおうじゃないか」
同同好会会員、橋本圭介軍曹。
「ガタガタガタ……2週間の春休みの間にあちこちに埃が……」
同じく、全身に蕁麻疹発生中、香曽我部妙子。
メンバー2人を前に代表たる俺が代表らしく口を開く。この代表感……代表という概念をそのまま形にして服を着せてイケメンにしたかのようだ……
「……俺らは来年で卒業だ」
「うん」「ウス」
「そうなると来年、会員が福神漬け1人になる。そうなると、同好会として活動することは認められないのだ」
そう……俺らは今、旧アイドル研究同好会と同じ危機に直面していた!
「今年新入会員を獲得出来なければ、俺らは歴史の闇に埋もれる哀れな星屑……」
「どうしたんだい小比類巻君、そんなに真剣に同好会の明日を憂うなんて……」
「アタシ、先輩らが辞めたら同好会辞めるんで」
「馬鹿を言うんじゃない。俺らから受け継いだバトンを途絶えさせる気か?」
「そんなことより全身痒いッス」
本来ならこの日の前に準備をしたかったが……仕方ない。
「新入生狩りを始める……」
「しっ……」
「新入生狩りッスか……」
然り。
「俺は……ここまで育て上げた同好会をここで終わらせたくないのだ。できることならイベントとかして……行く行くは法人格を--」
「先輩がパリピに!?」
「大学のサークルじゃないんだよ、小比類巻君」
「俺は考えた……この同好会を有限会社にして社長になれば進路は解決。お袋を安心させられる……」
「馬鹿なの?」
「黙れ!メイド喫茶でにゃん♡とか言ってるてめーには言われたくねぇっ!!」
「それで先輩。新人獲得の案でもあるンスか?正直、こんな何してるか分かんねー同好会誰も惹かれねーかと思います。現代カルチャーの意味もよく分かんねーッス」
コイツ……なんでうち入ったんだよ。
しかし福神漬けの言うことも百里ある。正直、誰がこんな同好会になんか入るんだよ。
まぁ我が校にはなにやってんのか分からねぇ同好会なんて腐るほどあるけれど、我が同好会はその中でも群を抜いてる。
「それを今から考えるんだろ」
「えぇ……無策で法人格とか言ってたのかい?」
「無理があるッスよ。3人でいいじゃないですか」
「馬鹿言うな。新人勧誘も立派な活動なんだぞ?同好会会員なら真面目にやれ…これで今月の活動レポートも書けるしな」
部活動、同好会会議で「おたくら何やってる同好会なの?」と辛辣な疑問を投げかけられ続け1年……
「まず我が同好会の活動内容をはっきりさせよう」
「何回目なんだいこのやり取りは……アイドルを目指すだよ」
「メイド喫茶」
現代カルチャーとは?
「俺はこの同好会を成長させるにあたってもっとまともな同好会にしたいんだよ」
「本当にどうしたンスか?怖いッス」
「アイドルになるはまともな活動だろう?僕らがここに集った最初の理由を思い出すんだ!」
「現代人のカルチャーとは……」
「アイドル」
「メイド喫茶」
現代カルチャーとは?
…現代カルチャーってなんだ?
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--ヒラヒラ舞い散る花びらが紙吹雪みたいでございます。
暖かな春の陽光を浴びて登校するのは県内屈指の偏差値を誇る高校にございます。
昨年建て替えられたばかりだという校舎は綺麗で外から眺めているだけで早くもこの学び舎でのこれからの3年間に胸が高鳴ります。
ご挨拶が遅れました。
私、妻百合花蓮と申します。以後、お見知り置きを。
旧華族にして日本舞踊の流派、妻百合家の長女として生を受け、この春この桜の街に越して参りました。新参者でございます。
家業の舞に加え、華道、書道、茶道、琴、ピアノに剣道、弓道等と色々嗜んでおります。
行く行くは家元として流派を継ぐ身として、今のうちに外の世界に触れておきたいという私のわがままで、京都の実家を離れましてここまで学びに参りました。未熟者ではございますが、どうぞよろしくお願い申しあげます。
え?どなたに向かって話しているのか?
もちろん、あなたでございます。他に居られますか?
--さて、入学式が昨日終わりまして、今日から本格的な学校生活が始まってまいります。
上級生の皆様との顔合わせも終わりましてこの時間は部活動や同好会の見学ができるという事で、期待に胸を膨らませております。
フレッシュな新入生獲得の為、上級生の皆様も敷地内の様々な場所でブースを作られ、必死に勧誘をしております。
ちょっとしたお祭り気分で私も一つひとつ部活動や同好会を見て回ります。
「…おい、あの新入生可愛くね?」
「真っ直ぐな黒髪ロングにあの端正な顔立ち……巫女服着せてぇ…」
「雰囲気が普通じゃねぇぞ…どっかのお嬢様か?」
「最強の式神使いそうだ…」「え?魔虚羅?」
あらあら。
歩いているとどうやら他の方々の目に止まるようです。式神術は収めておりませんのでとっても恥ずかしいです。
あまりにも視線を感じるので少々居心地の悪さを感じつつ、早く回ってしまおうと歩調を早めた私が呼び止められました。
「君、弓道とか興味ない?」
「あら、はい。弓は少々嗜んでおりまして……」
「そうか!そんな気がしたんだ!君はそんな顔してるもんな!」
声をかけてくださったのはスラリと背の高い、太い眉をされた凛々しい顔つきの女性でした。
この場で弓を持ってらっしゃるのには少々驚きましたが、「良かったら入部を検討しないかい?」ととてもフランクに接してくださります。
……そうですね。弓道部というとも楽しそうですね。
「是非検討させてください。えっと…こちらの部はやはり大会出場など--」
「弓道部の主な活動として人の頭に乗せたリンゴを射るという競技を行ってる」
……?
「見てくれ」
案内された弓道部のブースにて私は目を丸くしました。驚きで、ええ。
そこには打ち立てられた木の棒に縛られた男性のお方が1名…
弓道部の女性の説明通り、その方の頭に乗せられたリンゴに向けて、矢を番えた弓が一斉に向けられております…
あと、弓道部の皆様でしょうか…?弓を構えてらっしゃる方々が皆さん袖を破られたジャケットと肩パット、そして頭はモヒカンでございます。
「やっ……やめろ!やめてくれ!!俺が何をしたってんだ!!」
「ひゃっはーーっ!」「おい動くんじゃねぇぞ!!狙いが逸れちまうぞ?」「ひひひひっ!」
「……これはなんという競技でしょう?」
「これは頭に乗ったリンゴ撃ち大会だよ」
「…………なぜ皆様モヒカンなのでしょうか?」
「弓道の嗜みだからね」
この方は何を仰られているのでしょう…と彼女の方を向きましたらまぁ!
さっきまであんなに素敵でいらしたのに、いつの間にか肩パット装着型袖なしジャケットとモヒカンでした。
………………一体なにが起きているのでしょうか?
「あ、初心者の人はボウガンでもいいんだよ?火炎放射器?もちろんOKさ。ね?入部--」
「すみませんが、少し考えさせて頂いてよろしいですか?」
--私は一体何を目にしたんでしょうか?
弓道にあんな競技、ありましたっけ?あと、どうして突然モヒカンに……?
「あのー」
困惑しつつ我が目を疑い続ける私に今度はチリンと可愛らしい鈴の音と共に声がかかります。
振り返るとそこには頭に涼やかな鈴の飾りを付けられた女性の方。
「さっき弓道部の方に行ってたよね?」
「……はい。あれが……弓道部なのかは、少し自信がありませんが…………」
「じゃあ剣道とか興味ない?私、剣道部のマネージャーなんだけど……」
剣道……
己が精神を研鑽し自己を高める神聖なスポーツでございます。
「はい、是非見学させて頂きたいです」
「やったあ!部員でもマネージャーでもどちらでも大歓迎だよ。あ、私達は剣道部の練習場で勧誘ブースしてるから……ちょうどみんな今自主練中だと思うし……」
新入生勧誘中にも練習を欠かさないとは……
これは期待が高まります。
「--うぉぉぉぉおっ!!!!」
剣道部の修練場……凄い気迫です。皆様とても気合いの入った様子で練習なされて……
「どうしたァ!?そんな事では彼岸に笑われるぞっ!!」「はいっ!!」
「俺達は……今年こそ全国一になるぞっ!!」
「足りない……こんなのでは……彼岸君がいなくても俺達は……」
「おおおおおおおおおおっ!!!!」
バチィン!!バギィ!!ドゴォ!!ガガガガガッ!!!!
……
は、激しいです……
漫画やアニメでしか見たことないような稽古……稽古でしょうか?これ。
「凄い……ですね」
「うん?まぁまだアップだよね。体を解してるんだよ」
「…………あの。竹刀がぶつかった時爆発しているのは……」
「剣道だからね」
え?竹刀って打ち合うと爆発するんですか?音の呼吸?
「どう?入部したら楽しくて充実した部活動生活が待ってるよ!!」
とても愛らしい笑顔を向けて来られる彼女の背後から人が飛んできました。ものすごい勢いで外まで吹き飛んで、着弾地点で爆発のような土煙があがります……
「………………すみません、私には荷が重そうです」
「……剣道ってなんでしょう…剣道って……」
「そこのあなた!」
剣道場から逃げ帰ってしまった私を次に呼び止められたのは、全く同じ顔立ちの2人の女性の方でした。
おふたりともとても容姿端麗で見惚れてしまう勢いでございますが、どういう訳かお互いを手錠で繋いでおります。不可思議。
「校内保守警備同好会に興味はありませんか?」
「姉さんダメだ……こいつ私らとキャラ被りそうだぞ」
「……こ、校内保守警備同好会?」
私の勉強不足でしょう。ちょっとどういった活動をされている同好会か想像がつきません。
キョトンとしている私に先輩方は親切に説明をしてくれます。
「校内の治安維持、生徒の安全を守るを活動目的とした機関です。私達が日々この学校の安全を守ってるんですよ!あなたも私達と一緒にこの学校を守りませんか?」
…………?
学校を……守る?
守らなければならないほど物騒な学校なのでしょうか?というか、そんな活動を生徒がしていてもいいんでしょうか?
「……すみません理解不足で…あの、学校の治安維持とは具体的には……」
「日々のパトロールや不審者の拘束、尋問、校則を破る生徒の制裁。そんなとこだよ」
…………拘束?尋問?制裁…?
「浅野代表!!」
「はい?」「あ?」
再びキョトンとしている私の前にまたしても珍妙な光景が……
「あそこで……あそこで悪質な新入生勧誘がっ!!」
「へっへっへっ……逃げられないぜ嬢ちゃん。さぁ、我が『乳首ちちくり同好会』に入ってもらおうか?」「心配すんな。初めは右乳首だけだからよ…」
「きゃーーっ!誰かぁぁっ!!」
…………ち、乳首ちちくり同好会…?
その時でございます。
代表と呼ばれた女性のおひとりが「こらーっ!」とものすごい勢いでそちらに向かいます。手錠で繋がれたもうお一人方が引っ張られながらも同好会の方から消火器を受け取り続きます。
一体何が始まるのかと見守っていると……
「乳首ちちくり同好会!!強引な勧誘は禁止されていますっ!!」「てめぇら活動禁止されてたろうが!!」
「げっ!?」「浅野姉妹だ!まずい!!逃げろ!!」
「……逃がす……かよっ!!」
--ゴンッ!!
信じられないことに、消火器を持たれた女性が乳なんとかのお一方の頭を思いっきり消火器で殴ります。
続くお2人目も同様に頭を消火器でかち割られておいでです……
……………………
「…どうでしょう?これが私達の……あれ?居ない……」
*******************
「陸上部では記録マッハ3を目標に練習してます。どうですか?」
「あらァ♡あなた可愛いわね。野球部のマネージャー、やってくれない♡」
「見てくれたまえ!これはこの前捕まえた宇宙人の解体資料だ!あ!この動画で解体してるのは俺だ!」「良き……」
………………??????
こ、この学校ではこれが当たり前なのでしょうか?
弓道って世紀末の悪党の遊びでしたっけ?剣道って爆発しますっけ?人を消火器で殴っていいんでしたっけ?人ってマッハ3で走れますっけ?あれ?野球部でとても恐ろしい光景を見た気がしますけど記憶が…………
脳のキャパシティを超えた情報量に翻弄され、フラフラと人気のない所までやって来ておりました。
皆様、宇宙人はおります。
これが私の知らない外の世界…今まで家と地元の狭い世界でしか生きてこなかった私にはあまりに痛烈な洗礼でございます。
私の16年間で培ってきた常識が何一つ通用しません……
あぁ……誰か……
この未熟者に救いの手を…………
「--信じる者は救われる。苦悩、悩み、尽きぬストレス……現代に生きる我々は頑張り過ぎている」
「苦悩も悩みもストレスと同じじゃないかい?」
「ストレスから解き放たれよう。我々は癒しを追求しています。現代カルチャー、現代カルチャー、現代カルチャー研究同好会でございます」
「猫いかがっスかー?」
…………………………
「……にゃーん」
……子猫です。
クリクリお目目の……小さくて愛らしい……
……ああ、可愛い。
これが癒し……
「ストレス社会に生きる者にしか見えないものがある。現代を象徴するもの、それはストレス。ストレスの中でこそ味わえる癒し、それこそが現代カルチャー。現代カルチャー研究同好会です」
………………
「現代カルチャー研究同好会です」
…………………………
「現代カルチャー研究同好会です」
「にゃあ」
……………………………………
「……あの、入会したいんですが……」
--現代カルチャーとは、なんでしょう?




