萌えれるか
「圭介、暇だから出かけない?ケーキバイキング~奪い取れあの日の青春~っていうケーキ食べ放題があるんだけど……」
『ごめん。結愛さん』
「あれ?ケーキ嫌いっけ?」
『そうじゃないんだけど、今日忙しくてさ…』
「あっそう…なんか用事?」
『うん、修行中で』
「は?」
『バイト始めたんだ』
「あ?板前にでもなるんか?」
『違うよ……僕、メイドさんになったんだ』
…………?
--まだ冬も終わったばかりでようやく暖かくなり、もうコートもマフラーも要らねぇなってなってきたばかりの今日この頃…
カレシがイカれた。
どうも、宇佐川結愛です。
私のカレシ、橋本圭介はメイド狂いで有名だ。どれくらい有名かと言うと初デートでメイドの実写プリントのシャツを着て来るくらい有名だ。
最近は通ってなかったはず。私はそう認識していた。
が、気づいたらカレシがメイドさんになってた。
?
「有吉、カレシがメイドになった」
『はい?』
我が親友有吉美奈子を招集して私らはそのメイド喫茶に殴り込むことにした。
「結愛。メイドさんってのは女の子しかなれないのよ?あのメガネ君がどう足掻いてもメイド喫茶でメイドさん出来るわけないじゃん?」
「分かってる……暑さに頭をやられたのかもしれない」
「あの面でアイドル目指してる時点でとっくにやられてるわよ」
グイッ
「痛い!はぁ…はぁ…」
「早く行け」
髪の毛を手綱にして進む美奈子号に乗ること約30分。私らは目的の店に到着……
--きゃっと♡らぶ港中央店
朝から甘ったるい声が外にまで漏れ聞こえるメイド喫茶のピンクい門構えを有吉と共に潜る。
こんな場所一生足を踏み入れることは無いと思ってたけど……
「おかえりなさいませだにゃん♡お嬢様♡お馬様♡」
「え?……お馬様って私……この、市長の娘に向かって……お馬…………?」
「黙れ。はよ入れお馬さん」
入店。
猫耳をつけまくったメイドに囲まれながら進行する。まだ圭介は居ない。
メイドさんはなにかの間違いで厨房のスタッフかなにかではないだろうか?と淡い期待を抱いたけど……
「ようこそ♡きゃつと♡らぶへだにゃん!!」
悪夢は金髪のメイドさんと共に降臨した。
席に現れたのはどう見てもメガネをかけた冴えねぇ男子。360度睨め回しても顔も胸もケツも男、まごうとこなき漢が頭から猫耳を生やして黒を基調としたメイド服を着てスカートヒラヒラ履き散らし挙句ににゃん♡とか言ってる。
「……圭介」
「おいおい、マジかよ……結愛、これは夢では?悪夢では?」
「お嬢様方、当店は初めてでございますかにゃん?」
隣に居る金髪メイド、名刺によれば『みれい』氏は隣の吐き気を催すこの世の地獄の体現をまるで見えてないかのようにスルーしつつこの店の設定をつらつらと説明する。
「きゃっと♡らぶは魔法使いさんによって、ご主人様、お嬢様の心を癒すことを使命として与えられた猫ちゃんメイドと楽しく遊べる猫の為の空間だにゃん♡」
「すみません、隣の猫の糞はなんですか?」
「結愛、別れよう」
「お嬢様方もここでは猫ちゃんになって頂きたいですにゃん♡」
と、みれい氏から猫耳カチューシャを装着された。
「きゃーっ♡とってもお似合いだにゃん♡ねっ!?」
「写真撮ってもいいにゃん?」
みれい氏と共にきゃー♡する我がカレシ…明らかに男な声でキャピキャピしながらスマホを取り出すカレシ猫をみれい氏が「こら」と窘める。
……これが見た目麗しい他のメイドさんなら女の私でも多少は萌えできたのかもしれないが……
てか、コイツはなんで終始他人のフリしてんだ。
「お嬢様方も語尾に「にゃん♡」って付けてくださいにゃ♡こんなふうに。萌え萌えにゃん♡」
くねくね体を揺らしながら猫のポーズをしつつネチャァと笑いながらにゃん♡とか言い出す圭介…その破壊力(悪い方)たるや核にも匹敵する。
「……舐めてんの?圭介。」
「ん?お嬢様、知り合い--」
「なんでもないにゃん!美玲先輩!!それよりほら!にゃん♡」
「……」
「にゃん!♡」
「……にゃん」
「「きゃー、可愛いですにゃん♡」」
……有無を言わさない圧を感じた。
てか、メイド喫茶ってのはこういうものなのか?まるで赤ちゃんかのような扱い。てかてめーきゃーとか言うな。
「ではこちらのメニューからご注文をお願いするにゃん♡」
メニューも大体イカれてた。口に出すのも恥ずかしい商品名がずらりと並んでいる。
「……にゃんにゃんオムライス、萌え萌えじゃんけん付き。有吉は?」
「アツアツ♡にゃんにゃんミニピッツァ。萌え萌えあーん付き」
「ありがとうございますですにゃん♡5000円以上のご注文につき1枚にゃんにゃんメイド生パンティがセットで付きますがどうされますか?にゃん♡」
……!?
にゃんにゃんメイド生パンティ……?
まずたった2品で5000円軽く消し飛んだ事実に戦慄しつつ、メイドの生パンがビッくらポン位のノリでおまけとして付いてくる事実に生理的嫌悪……
「…………え?まじのメイドさんのパンティなのか…にゃん?」
「……結愛」
「お好きなメイドさんのパンティをお選びできるにゃん♡」
「!?」
サッとエプロンのポケットからメイドさん一覧が登場。ここコンカフェだよな?コンカフェってこんなヤラシイサービスあんのかよ!!
……てかなんで圭介てめーもリストに乗ってるんだよ!?
「………………じゃあ、このけーすけちゃんのパンティ……」
「はーいだにゃん♡」
「……えぇ。僕、恥ずかしいにゃん♡」
「結愛!?貰うんかい!?」
*******************
……私はこの事実をどう受け入れればいいんだろうか?
まさか……私の知らない間に切り落としたのか?
そんな……まだ初夜も迎えてねーってのに……一体なにが……
「……結愛。ここらが潮時よ?あれがカレシだなんて知られたらいじめられても文句言えないよ?」
「いじめは許さねー…にゃん」
「乗り換えよ?あんなの耐えられるの?私なら無理、ねぇ、恋愛は切り替えが大事よ?結愛。私なら結愛を幸せにできる」
「黙れにゃん。まだ真相を究明する必要があるにゃん」
「……結愛、猫耳姿でにゃんなんて言うあなた、正直見たくなかったわ……」
てめーだって頭から猫耳生やしてんだろ。
「お待たせ致しましたにゃん♡キャピキャピ♡オムライス、萌えキュンじゃんけん付きと、ワクワク♡キャピキャピミニピッツァ、にゃんにゃんあーん付きでございますだにゃん♡」
オーダーとちげえじゃねぇか。
みれいメイドとけいすけメイドが名前違いの写真通りの品をテーブルに置く。メニュー表の写真と遜色ない飯そのものにはちょっと感動してしまった。ボリューム良し、見た目良しだったにゃん。
「それと……けいすけメイドの生パンティだにゃん♡大事にしてにゃん♡」
「ありがとうだにゃん」
「結愛!?受け入れちゃったの!?この現実を!!」
……なんかちょっとあったけートランクスをポケットに仕舞う。なんだ、この気持ちは……
「それでは、萌え萌えじゃんけん、けいすけメイドがさせて頂きますにゃん♡」
と、私の横に座ってきたけいすけメイドがメニューのオプションのミニゲームをしてくれるらしい。有吉もみれいメイドに遊んでもらえるらしいにゃん。
「あーんだにゃん♡」
「熱っ!!熱っつつ!?みれいちゃん!?フーフーして!?」
「アツアツピッツァだからアツいに決まってるにゃん♡お茶目なお嬢様だにゃん♡」
「あちちちちちちっ!!!!」
「行きますよお嬢様にゃん♡僕と同じ風にじゃんけんするんだにゃん♡」
「…お、おうだにゃん」
「せーの!萌え萌えにゃんにゃん♡じゃ〜んけ〜んポン!!だにゃん♡」
手を猫の形にしてクルクル回してするただのじゃんけん。けいすけメイドがパーで私がグー。
「僕の勝ちにゃん♡もう1回にゃん♡勝てるまで食べれないにゃん♡」
「……なんだと?」
「萌え萌えにゃんにゃん♡--」
--93連敗。
オムライスが冷めてきた。コイツ……じゃんけん強すぎだろ!!
私の向かいではとっくにピッツァを食い終え口周りに大ダメージを負った有吉が死んでいた。みれいメイドはとっくに居ない。
「じゃあ95回目だにゃん♡萌え萌えにゃん--」
「94回目だ。勝ち数サバ読んでんじゃねー。てか、いい加減にしろよ?圭介…にゃん」
「あいたたたたっ!突然髪を引っ張らないで欲しいにゃん!」
「にゃんじゃねーにゃん。お前、まじで何してんの?」
問い詰めるとけいすけメイドは周りを見回してから「しーっ!」と人差し指を口の前に立てる。
「……勘弁してよ。この店お客さんとの恋愛禁止なんだ。恋人ってバレたらクビになっちゃう……」
「そこじゃねーよ。にゃん。そもそもなんでメイドさんしてんだよ。にゃん」
本当に私のカレシはイカれたか修学旅行先でムスコ切ってきたか…その真実を確かめる為ドスの効いた声で問いかけると……
「……アイドル修行だよ」
帰ってきたのはイカれた返答だった。
「は?にゃん」
「……無理してにゃん付けなくてもいいよ……アイドルになる為の修行だよ。今年中に進路を確定させなきゃ進路未定で卒業することになるだろ?」
「……いや、あんたがやってんのメイドじゃん、にゃん」
「メイドと言えばアキバのアイドルだろ?」
「ここアキバじゃねーにゃん……」
「今の僕に足りないものってやっぱり…ファンへの接し方とか、サービス精神とかそういうものだと思うんだ……それを修行するのに、お客さんと直に触れ合うアイドルであるメイドさんは最適だろう?」
ちょっと何言ってんのか分かんねーにゃん……
結論として圭介はとち狂ったでいいのか?
呆然としている私の横で圭介は「ぽんっ」とチョキを出す。それをテーブルの上で握られた私の手に重ねた。
「負けちゃったにゃん♡お嬢様つよーい!オムライス、美味しく頂いてにゃん♡」
「………………おう」
……なんだろう。馬鹿に無限の可能性を感じる。
--正直、アイドルなんて本気で目指してる圭介が馬鹿なのは知ってた。
そんな馬鹿な夢にひたむきなあいつに惚れたのも事実……
『ご主人様ー、お嬢様ー!今日は来てくれてありがとうだにゃん!!』
イベントステージで唐突に始まったミニライブをぼんやり眺めながら、煌びやかな猫耳メイド達に混じって歌って踊るメイド服の男の子……
これ、私のカレシなんですよ。
とは、まだちょっと口が裂けても言えないね……
「……ダンス上手くなったじゃん」
ライブステージの隅っこでスカートを翻して踊る馬鹿を、色々思うところはありつつもとりあえず見守ろうと私は思った。
……生パンティは帰って捨てた。




