収入は安定しているのかしら?
--ウチに新しいメンバーが増えた。
あろうことか、男…しかも、女性キャストとしてや。
狂気。
もう職場に出てきたくない思いだした楠畑香菜や。
「いってらっしゃいませだにゃん♡ご主人様、お嬢様♡」
「いってくるにゃん」
「7時には帰るから晩御飯用意しておいて欲しいッスにゃん」
「明日から!よろしくお願いします!!」
……結局一銭も使わんで帰りおった。あいつらが来るとろくな事があらへん……
まぁ、それはそれとして……
「美玲ちょっと抜けるわ」
「休憩?」
「ん」
奴らが退店してすぐ後を追うように店の外に出る。奴らも用が済んだらすぐ解散らしくお互いヒングロマクソン族流の別れの挨拶を交わして散り散りに解散してく。
「おい、ちょい待ち」
「なんですか?私はマミューダパオです」
これがウチのカレシやと?マダオやないかい。悪い冗談にも程があるで……
「略してマダオと呼ばないでください」
「あれ?銀魂の実写出てた?」
「はい、第1話で新八君に絡む豹みたいな天人役で--」
「もうええか?」
話切ったらまだふざけたかったんか寂しそうな顔した。ウチもすぐ戻らなアカンけん忙しいんよ。
「アンタ今日暇?」
「失礼な奴だ。蚊取り線香切らしてるから買いに行くのに忙しいんだけど…」
「え?要らんやろ、春先でもう蚊が気になるんか?」
「お前な…冬の蚊が1番怖いんだぞ?」
「もう冬とは言えへん」
なんやろ…なんでこない会話が噛み合わんのやろコイツ…
「暇っちゅうこっちゃ」
「帰って納豆混ぜなきゃ……」
「それを暇っちゅうんよ。うち来ん?」
「……う〇ち来ん?便秘か?お前が?まさか…」
「うち!我が家!マイホーム!遊び来んか!?オーケー?」
「オーケー」
あ、オーケーなんや。
「なんだよ、急に。いやらしい…」
「家誘っただけでいやらしいってなんやねん。ウチら……付き合うとるんやけ、別にええやん。互いの家に行くくらい」
「……俺ん家入場料取るけどいい?」
「やかましい。ほらこれ。鍵やるけ先行っとってええで。ウチも仕事終わったら--」
ウチはポケットからウチのマンションのカードキーを投げ渡す。見事に取り損ねた奴の手のひらをバウンドする鍵が道の側溝の中へ…
「……」
「……」
「……ごめん」
「ふざけんなよてめー?」
*******************
--睦月ん家は店から結構歩くとこにあった。街の中心からは離れ、随分寂しくなってきた一角に奴の家は構えとった。
それは今どきエレベーターもない崩れかけのボロアパート…
「ようこそ我が家へ」
「幽霊が出そうやな」
「階段抜けるから気をつけろよ?お袋まだ居るかな…?居たら紹介してやるよ」
「…おう」
楠畑香菜、カレシの家へ……
しかも、泊まり…
コノヤロウがウチのマンションのカードキー落としたおかげで帰れんくなった。予備のカードキー、明日しか無いらしい。
ギシギシ言う階段登っとったらほんとに踏み板ぶち抜けつつ、睦月ん家へ。
え?なんやろこのドキドキは。ウチ青春しとる…
「ただい--あっ」
やつが扉を開けようとしたら扉が倒れた。
ベニヤ板かいなってくらい薄っぺらい扉を跨いでぶっ壊れた我が家を意にも介さんで帰宅。躊躇いつつもウチも小比類巻家の敷居を跨ぐ。
…確か睦月は親が離婚して母子家庭やったっけ?
「むっちゃんおかえり…あら?新しい女?」
埃っぽくて薄暗い部屋の奥から水洗便所の音と共にお母さん登場。
寝起きなんかダボダボかつ穴の空いたTシャツに跳ね放題の黒髪ロングの髪を掻きむしりつつ半眼の視線がウチに向かう。
だらしないことこの上ないカッコやけど顔は整っとる。美人さんや。勝手なイメージやけど睦月は歳のいったお母さんから甘やかされて育ったイメージやったけど…
…てか待て。
「新しい女ってなん?古い女は?」
「古い女は今朝ゴミに出した。お袋、これ俺の」
「まあむっちゃん。また拾ってきたの?」
「ちょっと待って?この家の人間には初対面の人への礼節はないん?客。ウチ、客。おどれもなんやその紹介は!」
と、思わず玄関先でツッコミかましたらお母さんがぺたぺたと素足に埃つけてウチの前へ…
そして名刺。
-倶楽部『女豹』
メイ
「…あ、メイさん?え?本名?源氏名?」
「いつも息子がお世話してます…母のメイです」
「いや…え?うん。あ、楠畑香菜言います。息子さんとお付き合いさせて頂いてます」
お袋さんよ…挨拶言うんはこうやってやるんや。
「あぁ…あの脱糞女……」
「は?なんて?」
「むっちゃんからよく聞いてます。この子あなたの話ばっかりしますからね」
「や、やめろよお袋…」
「照れないの」
なんやこの甘酸っぱやり取りは。ここは頬のひとつでも赤らめるんやろうけど最初の一言でぶち壊しやねん。
「……で?何しに来たんです?」
「間違いなく睦月のお母さんですわ、アンタ……」
*******************
ようやく通された思たアパート内は狭っ苦しくて埃っぽい。ホンマに最低限のスペースに最低限のもん押し込めた感じや…畳も古くて座ったら脚にブスブス刺さる。
「ごめんなさいね。これしかなくて…来るなら来るって連絡してくれたらお茶でも用意したのに」
「それ、息子さんに言うてくれます?」
紙パックの牛乳を出しながら睦月の隣に座るウチと対面するように座るお母さん。
「えっと?カノジョさん?」
「あ、はい。つい先日からお付き合いを…」
「お金はあるのかしら?」
「は?」
「お袋、コイツは俺が選んだ人だぞ?金ならある」
「そう…だったら大学の進学費用はお世話してくれるんですよね?」
「この親子どうなってんねん!そりゃ旦那も逃げるわ!!」
「お袋、俺は大学には行かない」
「え?」
「あ、そうなん?」
はぁーーって太いため息と共にお母さんがテーブルに肘を着いた。それに睦月も嫌そうな顔をする。
「大学は出ておきなさい?なんだかんだ言っても学歴社会よ?高卒で条件のいい仕事なんてないんだから…」
「そんなことないぞ。早く社会に出てお袋を楽させてやるよ」
おぉ…孝行息子やな。
「だったらいい会社に就職してお母さんに安定した収入を供給して?」
「それお袋の収入じゃなくね?」
「睦月…お金のことは心配しなくていいのよ?ね?」
いや、ね?って…え?
「ところで日比谷さんはどうしたの?あの人、あなたの大学費用稼いでくれてるみたいだけど…」
「なんでだよ」
「私、大学費用出してくれるなら嫁にしてやってもいいって言ってるわ」
高校生に?しかも他人に?てか嫁にしてやってもいいって何様やねん。アンタの嫁やないやろ。
…てか日比谷はどんだけコイツへの愛が深いねん。それ、了承したん?
「フッたから大丈夫」
「そう…でもどうしましょ…毎月振り込んで貰ってるのよね。今更返せないし」
アカン…この家庭おかしい。
「大丈夫、橋本が返すから」
なんでやねん。
置いてけぼりもええとこなウチに唐突に話の矛先が向いた。切り出したのはお母さん。
「あなた、ご両親のお仕事は?」
「えっと…親父の仕事は白目と黒目を反転させること…お袋は専業主婦で、兄貴はマグロ漁です」
「収入は安定してるのかしら?」
この人金ばっかり気にするやん!
心底ドン引きしとったら「香菜さん」とお母さんが身を乗り出してウチをじっと覗き込む。
なんか異様なプレッシャー感じるんやけど…この感じは…
……これは、結婚前に挨拶に行った時嫁さんのお父さんから向けられるプレッシャー……
いやなんでウチがそないなもん感じなアカンねん。
「うちは貧乏よ?」
「存じ上げております」
「お前標準語喋ってね?」
「息子はあなたを遊びに連れて行ってあげたり、プレゼント買ってあげたり、美味しいもの食べさせてあげたりしてあげられないわよ?」
「……」
「息子はちょっと人より変わってるから、付き合っていくのは大変よ?」
「お袋」
「気の早い話だけれど、将来一緒になってもきっと苦労するわ。あなた、それでいい?」
………………お母さん。
「……息子さんがおかしいのは重々承知してます」
「まぁ、失礼な。人の息子を……」
アンタが言うたんやん。
「それでも好きになりました。お金が無くても、姑が面倒くさくても、ウチは大丈夫です」
「え?俺ら結婚するの?」
「息子さんがウチの事愛してくれるなら、それだけで充分です」
ウチの言葉に誠意を感じたのか、頭下げるウチにお母さんは初めて口角を少し吊り上げた。
なんか…睦月とよー似て表情が読みにくいわ。何考えとんのか、よく分からん。
ただひとつ分かんのは、親子仲は良好そうやなって…
「…牛乳、飲みなさい?」
「ストロー貰うていいですか?」
*******************
「あら、泊まっていくの?」
「コイツ家がないんだ」
「息子さんのせいです」
お母さんがちょっと早めの晩御飯作ってくれる言うからありがたくご相伴にあずかる。
って言うても袋麺鍋で作っとるだけやけど…
「今日はお客さんが居るから豪華にしようか…」
「お袋、冷蔵庫にネギがあるぞ。あ!煮卵!!」
「まぁ…香菜ちゃん、今夜はご馳走よ」
「トッピングの乗ったラーメンなんざ親父が居た頃以来だぜ」
……
なんやろ…涙が……
狭いテーブルを囲んでの食卓。
お母さんはいつも夜の仕事で夕方から居らんらしく、こうして賑やかに食卓を囲むんは久しぶりやと睦月は言った。
「ここに客が来たのなんて正月の日比谷さんとジャングルジムさんが来た時以来だしな…」
「……正月は日比谷と居ったん?」
「あっ!煮卵ねーし!」
「あなた達が遅いからお母さん食べちゃったわ」
「そこはウチにくださいよ!?」
「まぁ図々しい。タダ飯食らっといて…」
この人…最初はなんやこいつ思たけど付き合い易そうな人やなって思った。
次来る時はハリセン持ってこよ。
「睦月、泊まりのお客さんなんて想定してないから着替えも布団もないわ」
「お袋のでいいだろ?」
「あ、なんかすみません…急に押しかけて……」
「いいわよ別に。何時でもおいでなさい?ただし子供はまだダメよ」
「ホンマにハリセンがいるでこれ」
--17時半過ぎにお母さんは仕事に行った。
ボロアパートにはそぐわないキラッキラのドレスは仕事着なんやろ…穴あきシャツを着とった時とは一変して夜の女に変身したお母さんはめっちゃ綺麗やった。
少なくとも17歳の子持ちとは思えへん……
「……さてと」
お母さんを見送ったら睦月は淡々と洗いもん。手伝おうかと言っても台所が狭くなる言うて追い払われる。
そうこうしてるうちに風呂が沸いた。
「着替え置いとく。お前の服は洗濯機入れとけ。俺ちょっとコンビニ行ってくるから」
「なん買うん?」
「いや別に…風呂の時居たら嫌かなって…」
…………
「なんかよそよそしいな」
「え?そんな事ないだろ」
「お母さん居らんくなって急に冷たいやんけ」
「そんなことないってば」
「一緒入るか?」
--ゲシッ!
「なんで蹴るん!?なんでやねん!!」
「まだ赤ちゃんは作らないからな?」
「おどれはデリカシーあるんかないんかはっきりしとけや!」
--風呂上がり。
睦月はコンビニ行ってもうて、1人で過ごす小比類巻家。
ホンマに狭くて、ひび割れてて、隣から物音とか聞こえてきて…
「これが睦月の住んどる世界なんやな…」
お母さんの服に身を包みながらそんな風に、ボロアパートでの時間を噛み締める。
睦月の生きとる世界を噛み締める…
連絡先も交換しときたいし、普段どんな生活しとんのかとか、休日何しとんのかとか……
「もっと、色々知らアカン…」
「ただいま…」
睦月が帰って来たんは19時くらい。
コンビニ遠すぎやろ……
*******************
「俺はもう眠い」
「嘘やろ。夜はまだこれからやで?」
テーブルにポツン置かれた時計はまだ19時半を告げとる。
洗濯物を取り込んだ睦月はもう眠たいと言い出して、布団(そこらに乱雑に積まれとる)の準備を始めよる。
「え?てか風呂入った?」
「……明日入る」
「…えぇ?仮にもカノジョと1夜を過ごすのに風呂も入らへんの?」
「だからっ!まだ赤ちゃんは--」
--ゲシッ!
「なんで蹴った?」
「さっきのお返しや。オラ、美少女香菜ちゃんの残り湯堪能してこいや」
「…風呂の中で脱糞してない?」
「他人の家で脱糞するわけないやろ!ウチをなんやと思とるねん!!」
--20時、就寝。
男って風呂早いんやな。ウチは30分くらい入ったけど……
電気が消えて真っ暗になるボロアパートの一室が静謐に包まれる。薄っすいカーテンからかろうじて差し込む外の明かりが薄ぼんやりと部屋を照らしとる…
…ウチ、男子と寝とる。
いや、睦月はカレシや…なんもおかしいこと…
いや、冷静になったらおかしくない?まだ1ヶ月も経っとらんのに…こんな…男子と隣り合わせで寝るとか……
「…懐かしいなぁ」
「…ん?」
「いや、前も日比谷さんが泊まりに来た時こうして隣り合わせで寝たなって」
…………は?
「は?日比谷と寝たん?おどれ」
「いや、何もなかったけどね?日比谷さん、熱あったし…あの時は大変だった。泣けなしの金でタクシー呼んで……」
「寝たんやな?」
「隣でね?なに?嫉妬ですか?可愛いですね。脱糞女さん」
「…嫉妬したらアカンの?」
お互い背中を向けてや。
ぼんやり明るい部屋の中…音のない世界で2人の他愛もない会話だけが溶けだしてく…
ウチの吐き出したそんな一言……
「…いや」
睦月はウチの嫉妬に……いや、別に日比谷とはなんもあらへんやろうけど、嫉妬でもないけど、嫌味に小さく一言。
…………同じ部屋の中、恋人が2人。
実感する。ウチはコイツと付きおうとるんやって…
そう思たらなんか…
なんかな……
「…睦月」
「…ん?」
「やっぱ、寝るの早ない?いつもこの時間なん?」
「……ん」
「……そか」
………そか。
まぁ、まだ早いよな?
ウチらはまだお互いの事あんま知らんし?これからやし…
これからもっと、睦月の事好きになってくんやろし……
気の抜けた返事が寝息に変わる頃、ウチもそっと目を閉じた。
こない緊張した夜を迎えんのも、初めてやった……




