牡蠣になりたい
千夜……
千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜……
ちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちやちや……
ちぃぃぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ。
「あーーーーーーーーーーー。あーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー。あーーーーーーーーーーー。あーーーーあーーーーーーあーーーー」
「うるせぇぞ!?朝っぱらから道端で喚くんじゃね--ぐはっ!?」
--朝、4時。こんなに灰色の朝は初めてだ。世界が暗い。
そうか。俺は貝になるもんな……
ところでなぜ海の底でおっさんが自転車に乗ってるんだ?うるさいなぁ。殴ったら静かになったぞ。俺は貝になるんだ。放っておいてくれよ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
……俺は貝なんだ。貝になったんだ。そうだ貝になろう。佐伯達也?違う俺はホタテ貝だ。
だって、千夜の居ない世界なら人の世も海底の岩の隙間も同じだろう?
「あーーーーーーっ!!!!」
「きゃあっ!?何あの人!喚きながら腕を振り回してる!」「烈海王だっ!!ピクルに追い詰められた烈海王だっ!!」「ワンッ!!ワンッ!!」
邪魔だ!ホタテ貝が通るぞ!!
通行人を殴り飛ばしながら進む。俺はどこに行くんだろうか?いや、そんなことはどうでもいい。ホタテ貝は海の生態系の頂点だ。
--どうしてこんなことになったんだろうか。
俺はただ千夜にこの愛を伝えていただけなのに……どうして。どうしてなんだ。
俺の愛が足りなかったのか?俺はこの世の何よりも千夜を愛していると言うのに……
何故……
何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?何故?
「うわぁぁぁぁあああああああっ!!!!」
*******************
「え……?マジで?」
こんにちわ!本田千夜ですっ!
もうすぐこの高校に入って1年です!4月からは2年生、後輩ができることに不安とワクワクが湧いてきます!!
そんな私ですが最近悩みがあります。
カレシの佐伯達也のスキンシップが過剰かつ異常な事です。
なので昨日、友人からのアドバイスに従って距離を置いて頭を冷やしてもらおうと思ったのですが……
朝礼前に友人、香曽我部妙子さんから聞いたあの後の達也の様子に私はドン引きしてました。
首は大丈夫なのでしょうか?
いやそれより……
「…………達也、貝になるの?」
「ん、貝になるらしい」
貝になるらしいです。
……やりすぎたのでしょうか?
昨日は少し感情的になっていたのは間違いないです……もしかしてやり過ぎたのでしょうか?
「達也…頭を冷やすどころか頭がイカれちゃった?ヤバい……達也、自殺とかしないかな?」
「いや、すんじゃね?貝になるらしいから」
「……え?何貝?」
「…………ムール貝?」
そんな……せめて岩牡蠣になるって言うなら話も分かりますが……ムール貝なんて…
大変です。私こんなつもりじゃなかったのに…どうしよう……
達也の脳の構造的に冗談とも思えませんし…気が気じゃないです。
「……ちょっと電話してみる」
「おう」
プルルルルル。プルルルルル。
『おかけになった電話は現在、電源が入っていないか、電波の届かない場所に--』
「どどどどうしよう、電話出ないよ…まさかもうムール貝に……」
「落ち着きなよ千夜ちゃん。人間がムール貝になれるもんか」
「達也ならなれるもん」
「?」
「私、ちょっと達也のとこ行ってくる!!」
「え!?授業始まるぞ!?」
「先生に早退したって言っといて!!」
「……理由は鼻毛が伸びすぎたからでいい?」
「いいよ!!」
*******************
「いや、あんちゃんいきなり何言い出すんだい?」
「貝になりたい…」
俺は牡蠣の養殖場に赴いていた。ここには俺の仲間が沢山いる。
この海水の下にたくさんの仲間がいるんだ…そうだ、俺は貝になるんだ。そうだ。牡蠣がいい……真牡蠣になろう。今日からこのおじさんの世話になろう。
「どうした?俺を牡蠣にしてくれるんじゃなかったのか?」
「そんな約束した覚えねーよ。仕事の邪魔だから帰りな」
「俺は貝になれないって言うのか?」
「なれないよ。どうしたら人間が貝になれるんだい?」
「……ふざけるな」
「は?」
「ふざけるなっ!!千夜を失った今!!貝になれない俺がどうやって生きていけばいいと言うんだっ!!」
「知らねーよ!!」
「ふざけるな……ふざけるなふざけるなふざけるなふざけるな!!ふざけるなぁぁっ!!」
ドゴォッ!!
「痛てぇ!?いきなり殴るなよ!!警察呼ぶぞこらぁ!!」
「呼んでみろよ!!牡蠣になる俺が警察に捕まるわけないだろ!!俺は牡蠣だぞ!?」
「どう見ても人間だろーが!!」
「俺を見ろ!!俺のどこが……どこが…………人間に見えるってんだ……こんな……千夜に捨てられた俺が……」
「……いや、360°どこから見ても少なくとも牡蠣には見えねーよ」
「俺をっ!俺を牡蠣にしてくれよっ!!!!」
「できるか!!ショッカーの基地にでも行って改造してもらってこい!!」
「--達也っ!!」
--まるで鈴の音のような、いや……秋の夜のそよ風のような涼やかでいて可憐な声が俺を呼んだ。
そんなはずは無い……だってあの声は……貝になる俺なんかを求めはしない……
だって昨日……昨日…………
振り返った出来損ないの視界に映ったのはこの世の極楽……
そこには天女の如き美しさを持った千夜が居た。
「……千夜」
「もうっ!!電話出なさいよ!!馬鹿っ!!」
千夜に馬鹿って言われた……もう死んでいい。全身が震える……気持ちいい……
いや違う、俺は貝だ。
「……達也、学校にも行かないでこんな所で何してるの?」
「……俺は貝だ」
「は?」
「あんたこの兄ちゃんの知り合いかい?この兄ちゃん俺を貝にしてくれって訳分からねぇ事言って聞かねぇんだ。何とかしてくれ」
「……達也」
「……千夜、俺はもう、真牡蠣になる」
貝になるんだ。君にとって俺が不要な存在なら、俺は苔まみれの貝になるしかないじゃないか。
--その時だった。
さぁ養殖場に飛び込もうとした俺に千夜が抱きついてきた。
……何が起きている?
俺は貝だぞ?もみじおろしとポン酢で美味しく頂かれるだけのただの真牡蠣だぞ?
天使である君がそんな磯臭い貝に抱きつくなんて……
「本気にしないでよ馬鹿っ!!だから達也は困ったちゃんなのよ!!」
「……え?」
「私が達也と別れるわけないでしょ!?頼まれたって!!別れてあげないんだからっ!」
………………………………っ。
「でも……千夜は俺と別れるって……」
「あれは達也のスキンシップが過剰で恥ずかしいから、ちょっと頭冷やしてもらおうと思って言ったのよ!!達也、どこでもここでも千夜千夜千夜千夜言ってきて恥ずかしいんだもんっ!!」
……夢なのか?
これは海底に沈んで貝になった俺の夢なのか?
俺は千夜の体に触れた。
体温、熱さ、腰の細さ、感触……
そして、抱きつかれたまま肩に伝う涙の温度……
これは……夢じゃない……
これは……現実だ……
「……俺は、貝にならなくていいのか?」
「なれる訳ないでしょ?ムール貝になんてなったら許さないんだからっ!!」
「いや、真牡蠣……」
「真牡蠣もダメっ!!」
……千夜。
千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜千夜っ!!
「千夜ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!!!」
「もう……それをやめって言ってるのに……」
叫び抱きしめる俺に千夜は笑いながらも苦言を呈す。
そんな言葉すら神からの祝福のように、慈雨のように俺に降り注ぎ、俺はその場で涙を流した。
「千夜!俺は一生……お前を離さないっ!!」
「……もう、馬鹿……」
「……ここでイチャつくのやめてもらっていいかな?あんちゃんと嬢ちゃん」




