楠畑香菜と小比類巻睦月
修学旅行、7日目…
ドタバタの修学旅行も今日が最終日。明日の朝の便で俺達は日本に帰国する。
そして最終日の朝、俺はホテルのベッドで股間の痛みに起こされた。清々しいプ・ロフェッショナル島の朝日。陽光に照らされた橋本のメガネが今日も輝いていた。眩しい。
……てか目が痛い。股間も痛ければ目も痛い。ふざけんな。
「おはよう小比類巻君。キ〇タマは無事かい?」
「Good morning」
「小比類巻君、昨日の水族館の騒動だけど、犯人は石油王の息子を誘拐する目的だったみたいだよ。あと、石油王は剛田君と楠畑さんには凄く感謝してたけど君には何も--わぎゃっ!?」
「メガネが眩しいんじゃっ!!」
俺の流星指刺がメガネを叩き割る。
「ぎゃあああああああっ!!!!メガネがっ!!メガネがぁぁっ!!死ぬうぅぅぅぅぅっ!!!!」
*******************
「楠畑…好きだっ!!」
朝一発目からホテルの廊下(女子トイレ前)で唐突なサプライズを受けるのはウチ、楠畑香菜。
起きて直ぐに便所にやって来たウチを待ち構えてたみたいなタイミングの向井君に恐怖を感じつつ、ピンピン跳ねた寝癖を丁寧に指で倒してく。
「……」
「……楠畑、好きだっ!!」
「2回言わんでええって。人に聞かれたらどないするん?」
「朝早くごめん…でも俺、この気持ちを抑えきれなかったよ」
「昨日の今日でよー来たなホンマ」
…まさか脱糞から始まった高校生活で2人もウチに言い寄ってくる奴が出てくるとはな……
改めてウチに一世一代の告白をかました向井君を上から下まで睨め回す。まだほとんどの生徒が起きてきてない時間やのにきっちり身なりを整えて来とる。
……ただ。
「……ボ、ボディパーカッションでも、する?」
「なんでやねん」
「いや…沈黙が怖い……何か言ってくれ」
その沈黙が答えやで。向井君。
「昨日1日しか接点なかったけどアンタがええ奴っちゅうのはよく分かったわ…でもな。ごめん」
ウチの一言に向井君の顔色がサッと陰った。ウチはちゃんとなんでダメなんかの理由も言える女や。
「ウチは拳銃向けられても子供置いて逃げん男が好きなんや」
*******************
修学旅行最終日のスケジュールは大きな船への乗船から始まった。
覗き込めば下まで見えそうな透き通った海に白波を立て進む船の甲板に出てみれば、潮風のあたる気持ちよさと共に上も下も1面の碧。
その遥か先にぽつんと見えてくるのが今回の目的地のようだ。
「おぇぇぇ」
隣で橋本が吐いていた。
「これから向かうのはプ・ロフェッショナル島から南に12キロ程離れた離島、ママイヤ島でございます」
と、ガイドが甲板に出てる生徒達に説明する。
ママイヤ島は全長3.5キロ程の島で観光名所でもあるプ・ロフェッショナル島から船で気軽にアクセスできる人気スポットらしい。
この島ではやはり海水浴やスキューバダイビング、その他自然がそのまま残った貴重な大自然満喫スポットが多数あるとかで、遊ぶのに事欠かない。
島では完全自由行動になるらしいから各々最終日を好きなように遊び歩く事が出来る。
「むっちゃんむっちゃん」
「なんだい日比谷さん。髪の毛が風で大変なことになってるぞ?」
「風気持ちいいね。今日は一緒に回ら--」
「ちょいとええかな?」
そんなことより日比谷さんを巻き込んでタイタニックごっこをしようと画策していた俺の鼓膜にそんな耳障りのいい声が波音に混じって飛んできた。
途端に般若みたいな顔になる日比谷さん。俺がそっちを向くとそこには潮風を真正面から受けて前髪が立ち上がったデコ助脱糞女が居た。
…こいつ最近やたら絡んでくる。
奴が下剤を手に持っていないかと警戒しつつ「なんだ?」と要件を促す。
「日比谷、ちょいとコレ借りてええ?」
「だめ」
「日比谷さん、少し向こう行って--「びぇぇぇん凪ぃぃ!!除け者にされたぁぁ!!」
…………
「…なんやねんアイツ」
「お前がなんだよ……怖い。ちょっとそれ以上近寄らないでください。下剤入り水鉄砲とか持ってそう。俺昨日撃たれたからもうヤダ」
「…くっ、流石やな。やっぱり一筋縄ではいかんわ」
水鉄砲をその場に捨てる脱糞女。持ってたんかい。
「…まぁ、ひとつは昨日の礼や。昨日は助かったわ。なんだかんだ言うて、ウチが危ない時よー助けてくれるな」
なんだよ気持ち悪い。
「とっておきの遊び相手だからな。タイタニックごっこ付き合ってくんね?」
「ええぞ」
「ええの!?」
「の前に…ウチの本題や。この修学旅行でよー分かった事がある。仕掛けること3回。おどれは尽くウチの張った罠を掻い潜ってきおった。その上ウチが脱糞した回数は数しれず……」
「待って?3回?ビーチで無理矢理飲ませようとしたでしょ?チョコでしょ?え?あとは?」
「ウチは分かった!!」
なにが分かったってんだい。
「どうやら正攻法でおどれを負かすことは出来んみたいや」
「また飲めと言うのか……」
「--デートしよや」
なんの脈絡もなく突然ぶち込まれたその発言に俺はフリーズした。奥で吐いている橋本のゲロの臭いが潮の香りに乗って流れてくる。
ツンとした臭いを嗅ぎながら、舞台は常夏の海上。
今回のイベントはフラれた女からのデートのお誘いだった。
「…デート?」
「ある男が言いよった。そいつを知るには一緒に遊ぶんが1番やと」
…あれですか?
鯨の中で言ってたあれですか?
憎悪が募りすぎてこれが愛なのか憎しみなのか分からなくなったってあれですか?
それのケジメをつける為に恨みを晴らす…その為に俺に糞を漏らせと言っていたあれですか?
………………
「え?遊んでくれるの?今日1日」
「そや。なんだかんだ言うて、ウチとアンタの絡みはウ〇コくらいしか無かった。この機にお互いちゃんと知ろう。ライバルのことを…」
ライバル?
「……今日1日俺の玩具になってくれると?」
「やめぇや変態。まずタイタニックごっこから行くか?」
「……じゃあお前がジャックな?」
「ローズちゃうんかい」
*******************
こうして、俺達のママイヤ島遊覧は始まった。
船から降りて解散と同時に日比谷さんから刺し殺さんばかりの視線を受けながら俺は脱糞女と一緒に島に繰り出した。
「よっしゃ!!とりあえず楽しもか!!修学旅行も最終日やしな!!学校の金で海外旅行なんてこれが最後や!!」
「……旅費は俺らが払ってるんだぞ?知らないのか?回収されたろ?」
「!?」
隣並んで歩く自然溢れる島の風景…ヤシの木なんかが当たり前に並んでたりしちゃって、ヤシの木の上に見たことない鳥が止まってたりしちゃって、ちょっと膨らんだ奥の山なんか見たら斜面にビックフッドがしがみついてたりしちゃって……
ただ道を歩くだけでなんだかウキウキしてくる……そんな島だ。
やはり日本人の観光客は多いようで、そんな観光客に紛れながら俺達も行く。
脱糞女と2人で出かけるのはこれが初めてでは無いが、なんだか凄く緊張する……
いや、気のせいだ。
脱糞女にどんな心境の変化があったとしても俺はそれを受け入れる。俺の方がジタバタすることは無い……
「……おい、なんやあれは?」
「飯屋じゃないか?ピザが1枚500ドルだってさ」
「……大体いくらや?円で」
「財布を信じろ。小腹でも満たそうや」
ケチケチした心配をする脱糞女を連れて海岸を望めるちょっと小高い丘に建ったピザ屋へ……
「イラッシャイ。ナニニスル?ウチハピザシカヤッテナイヨ?」
「じゃあピザで」
「おい、待てや」
所ジョージよりアロハシャツを着こなす店主の案内で注文を決めようとした俺を横から脱糞女が静止した。
やつの目にはある1枚のメニューの張り紙が映っていたのだ……
--Defecation pizza
「……排便……つまり脱糞ピザちゅうことや」
「おいオヤジ!!なんでこんなメニューがある!?」
「ソレニスルカイ?ウチハオノコシ、ゲンキンダヨ?」
「おーけーおーけー。コイツはこの張り紙のやつでウチはマルゲリータ」
「ふざけんな!!」
「ブ・ラジャー」
「クレヨンしんちゃんか!」
テラス席に出てみれば海岸からの潮風がここまで吹いてきてとても雰囲気のいい店だ。視界に映るのはテラス席から覗ける丘の緑に縁取られた真っ白な砂浜と真っ青な海……
そしてこれから食べるのは脱糞ピザ。
「きっと下剤入りなんやろなぁ♪楽しみやで♡」
「……おい、デートだよな?これ。脱糞は諦めたんじゃなかったのか?」
「ええやんええやん。これでおどれが脱糞してウチの中からおどれへの関心が綺麗さっぱり無くなったらそれだけの男やったちゅうことや」
「……デートですよね?これ」
「ヘイオマチ。マルゲリータト、ハイベンピザデス」
「オヤジ今話して……」「…………」
真っ白なテーブルに置かれたのは、トマトソースととろけるチーズが食欲そそるマルゲリータと、そのマルゲリータ1枚がまるで玩具かのような超巨大ピザ。
どれくらいデカいかと言うとテーブルを3つ引っつけてもはみ出すくらいです。
「……」「……」
「アマリノ、デカサニウンチモレチャウ。オノコシ、キンシデスヨ?」
「……」「……」
「ゴユックリ」
……異国の食文化というのは日本人とは相容れない。だからこそメニューの内容をよく把握して頼む必要がある。
考えてみろ?下剤の入ったピザなんてあるか?
「……お残しすんなって。頑張れや?」
「注文したのお前じゃん?」
デカすぎる……何キロあるんだというこのボリューム。乗ってるチーズだけで胃がやられそうだ。てかやられる。
小腹を満たそうと言って入った10時半過ぎ……
目の前の特大ピザとおまけのマルゲリータ、厨房で包丁片手にこちらを見つめているオヤジを前に俺達はこのピザに挑む以外の選択肢はなかった。
*******************
結局食いきれんで、テラス席から転げつつ、包丁片手に追いかけてきた店長から逃げつつ……
命からがら逃げおおせたウチらは島のメインストリートへ転がり込んでようやく一息つけた。
--ウ〇コタレ男と始まった修学旅行最終日。
美玲、速水、田畑、長篠、莉子先生、南先生……色んな人から言われたことにウチは向き合ってみることにしたんや。本気で、最初で最後のな……
つまり、自分の気持ちと、コイツと……
何がどう転んでこないなことになったんかもうウチにも分からんけど……ウチは今ウ〇コタレ男と並んで島を歩いとる。
隣から覗くウ〇コタレ男の横顔は、なんだかいつもの人を馬鹿にしたような顔では無い様子……
……ホンマ、なんでこないなことになってもうたんやろか。
「……おい、脱糞女」
「なんやねんウ〇コタレ」
突然立ち止まった奴が震えながら指差すんは屋台みたいな土産屋。
そこには色とりどりの貝殻で作られたアクセサリーが並んどった。なにやら興奮した様子のウ〇コタレ。
「おー、可愛ええやん。ええなこれ、ひとつ買うてや」
「……まて」
「ええやん。ケチんぼ。折角の記念……」
ウチが珍しく甘えてみせてやっても歯牙にもかけんこの男は何に動揺しとんのや思たらやつはあるネックレスをじっと凝視しとる。
それはピンクやら白やらの可愛らしい貝殻と比べて歪ででっかい謎の貝のネックレスやった。しかもぶよぶよした身まで引っ付いとる。ハエ集っとるしどんな商品やねん。
なんやこれ牡蠣かいな?って思たらなんかテカテカしとる内側に丸いのが付いとるやんけ……
『……アコヤガイ、しかも真珠付きのネックレスだぞ』
と、みみっちいことを耳打ちするウ〇コタレ男。
でっかい真珠の粒がぎょーさん引っ付いたブサイクな貝のネックレス(身つき)……
なんとお値段1ドル!円で大体……知らんけど多分200円でお釣りがくるくらい……
「……」「……」
「ラッシャイ、ニホンジン、ダイカンゲイ」
「オヤジ、このネックレスくれ」
--1ドル現在約135円。
真珠の相場が5000円から30000円。
「睦月♡睦月君♡ウチ、そのネックレス欲しいわぁ♡ええかな?プレゼントしてーや♡」
「でかいぞ……これはでかい……天然?天然なのか?臭っ!?貝腐ってる……しかし、この照りを見ろ……」
「ええな♡欲しいな♡」
「やる」
「……貝は要らんけんその白いやつ欲しいわぁ♡」
「なんでこんなの売ってんだ?真珠って知らなくてネックレスにしたのか?にしても肉付きでするか?すげぇ……でかいのが5粒くらい……え?まじ?これ。は?おくまんちょうじゃじゃん?」
「億万長者にはなれへんのやない?それより、その真珠でネックレス作ってくれたらウチ、アンタに心底惚れ--」
「うるせぇ甲子園の砂でも食ってろ」
コイツ!コイツウチのこと好きなんやあらへんの!?
何この態度!?あの屋台から離れてテキトーな喫茶店に入ってずっっっと真珠見よるんやけど!?
「モシモシ?チョット鑑定シテホシインデスケド?」
なんやねんそのカタコト!どこに電話しとんねん!英語で喋れ!
なんこれ?ウチとデートしとんのやないの?コイツには女の子に真珠プレゼントする男気もあらへんの?ウチより真珠なん?
「……?エ?イヤスグ来テクダサイ。物ハアルンデス。真珠、シンジュ!」
「オマチドオサマデス」
「…………お、コーヒー来たで。砂糖は?」
「100個。イヤ、ホントニピカピカヨ?」
女の子より真珠の馬鹿に天誅、真珠をコーヒーにちゃぽん。
「なんや忙しいそうやなぁ……飲ませたろか?」
「ノマセテ、ノマセテ。いや違う。ナマステ」
「ほな口開けろ?」
「あーん……」
「ええ子やな、あーん……」
やだあ、デートっぽい♡
「死んどけこらぁ!!」
「ちょっ!?ごぱばば!?こぶっ!?ぶえっふぇん!!」
*******************
「頼む…その下剤を俺にくれ。なぁ。あんなに俺がウ〇コひねり出す様を見たがってたじゃないか」
「嫌や。調子がええでこら」
「俺の胃の中に真珠が入ってるんだぞ?」
「そのうち出てくるわ」
「今!今欲しいです!!くそっ!お前よくもやってくれたな!?俺の1ドル返せ!!」
「誰がウ〇コやねん」
『皆様、まもなく到着でございます』
罵声を浴びせ合っとったらバスの中でアナウンスが鳴る。観光客を乗せたバスの中が一斉にざわつき出して降りる準備始める。それに習ってウチらも降りる準備に取り掛かる。
観光バスが停車したんはネクオア鍾乳洞。
北米の産んだ地球の宝石……世界有数の規模を誇るっちゅう鍾乳洞らしいわ。ネットで調べたら卵になる前に1度は行ってみたい場所ベスト100のうちのひとつやった。その記事作った奴は卵になる予定でもあったんやろか?
山肌にぽっかり穴が空いたみたいな鍾乳洞の入口には扉があって、ウチらを迎え入れるように開いとった。
地元ガイドさんの引率の元ウチらは薄暗い鍾乳洞の中へ踏み入っていく。
「……鍾乳石って高いのか?」
「鍾乳石って1本出来るのに何万年っちかかるんやろ?ここ世界遺産らしいで?折ったら死刑や」
「……え?死刑なの?」
「この国では死刑や」
死刑なんや。入口に書いとった…英語読めんけどドクロマーク付いとったけ間違いない。ドクロが付いてたら大体死刑や。
いざ踏み入った卵になる前に1度は行きたい鍾乳洞……
入口から入ってずっと下に降ってく。入口の時点ではただの洞窟って感じや。ウチらは列の最後尾に着いて歩く。
設置された歩道を列をなして歩くこと5分ほど……
段々外の光も届かなくなってきて洞窟内に暗い帳が降りてくる。下に降りていきよるとは思えへんくらい洞窟ん中は広々してて、ウチの想像しとった狭くて息苦しい洞窟のイメージとはまるで違う。
「皆様、鍾乳石が見えてまいりました」
先頭のガイドがそう言って右手側を指し示す。その先の光景に思わず目を奪われた。
--下にぽっかり広がった大空洞。
設置されたライトにうっすら照らされた鍾乳洞内、上から氷柱みたいな巨大な鍾乳石が所狭しと垂れ下がってきとった。
まるで人の手で作られたみたいな光景や。
これを自然が長い時間をかけて作り出したと思うと感動すら覚える。
歩道を降りてく。
天然の鍾乳石は一見すると岩みたいやけど、よく見ると白くて若干透明感がある。
「こちらの鍾乳石は鍾乳管と言いまして滴り落ちる地下水中の炭酸カルシウムが沈殿して成長したものになります。このネクオア鍾乳洞の鍾乳石ですと最大のもので長さが10メートル近くにもなります」
「聞いたか脱糞女、こんだけ長いなら先っちょ折ってもバレなくね?」
「死にたいんか?」
そのまま鍾乳洞の光景を眺めつつ歩道を降りてくとある程度の深度で歩道が緩やかにUターンしながら登っていく。
道から外れたさらにその先には扉で厳重に封をされた空間があったけどあそこには行けんらしい。
「それでは地上に戻ります」
ガイドさんの引率に従いながら引き返してく。ただウチもウ〇コタレ男もその扉が気になってしゃーない。
だって扉にドクロが描いとるもん。
「……なぁ、嫌な予感がするんだが」
「なんでやろな?ウチもやねん」
なんて言っとったら……
「あっ!お客様!?お煙草は--」
前方でガイドが声を上げた。
世界遺産の中で紫煙を吹かそうとする不届き者が居たらしい。
その直後。
突然空気が熱されてものすごい勢いで熱風が膨れ上がった。歩道の上で爆ぜる空気。逃げ場のない洞窟で荒れ狂うそれが人も鍾乳石もぶっ飛ばしながら炸裂したんや。
……フラグや。あのドクロはフラグやったんや……
洞窟壁面に引っ付いた歩道がぶっ飛んで最後尾に居ったウチとウ〇コタレ男が真っ逆さまに降下した。
ここは鍾乳洞の中間……どこまで深いんか知らんけど、ウチらはそのままドクロの示すデンジャラスゾーンへ……
「脱糞女!!」
「っ!?」
落ちながら、ウ〇コタレ男がウチの頭を抱えた。
覆い尽くされた視界。そこでウチを出迎えたんは後頭部を直撃する衝撃……
「痛!?」「ぎゃあああっ!?痛てぇ!!!!」
……おい!守るならちゃんと守れや。
内心でウ〇コタレ男に毒つきながら身を起こして上を見上げたらウチらの居った歩道の残骸は遥か頭上……
痛いで済んだんはコイツのおかげかもな……
「くっそ。一体なにが?……無事か?」
「あ、うん平気……あのドクロはそういう意味やったんや。死刑やなかった……ガスでも溜まっとるんやろなここ……」
「テロだろ。もう!こんなのテロだろ!テロリズム!!」
腹でも打ったんか腹抱えて喚き散らすウ〇コタレ男……たった7日の修学旅行でなんでクソ漏らして鯨に食われて爆発に巻き込まれなアカンねん……
アカンわ…やっぱりコイツと居るとろくなことないわ。コイツはウチにとって大凶--……
「えぇ…ここは大丈夫なん?死なん?俺死なん?いやぁ!!ケツから血が出てきたんだけど--」
「ウ〇コタレ、見てみ……」
「は?なに……」
ウチは改めて見回す洞窟内にぽかんと口を開けとった。
遥か地下に広がるんは歩道から眺めたより遥かに雄大な鍾乳洞の姿…
天井から地面まで届く位のでっかい鍾乳石が透明な柱みたいにそびえ立っとる。爆発のせいで鍾乳洞に穴でも空いたんか、微かに差し込む外の陽光が降りてきて、透明な鍾乳石をキラキラ照らしとった。
ファンタジーで見るみたいな光景やった。
「すげぇ……」
「すげぇな。本来これは見れへん光景なんやろ…」
段々息苦しくなってきた気がするけど、そないなことどーでも良くなるくらい、目の前の景色は神秘的やった。
「…まぁ、ええこともあったな。アンタと居っても……」
「……」
さて、いつまでも惚けてられへんな。ここから早よ出らなウチらがドクロに……
「…脱糞…………香菜」
「え?なに急に名前予呼び?馴れ馴れしい」
「1年の歓迎遠足の時香菜って呼んでやって言ってたじゃん?」
「よう覚えとるな……」
「うん……あのさ、どうだった?今日は、楽しかったか?」
今そないな場合ちゃうぞ?
「…まぁ、それなりにな?てか、まだ時間はあるで?今日の結論を出すにはまだ早い」
「今出すとしたら…どう?お前の中のこじれた気持ちの答えは出たか?」
…………今その話するん?
かつてウチの事を好きと言っておきながら、返事は要らんとまで言った男が……
キラキラと粉雪みたいに陽光に照らされた空気中の塵が輝いとる……白くて透明な鍾乳石を伝うようにウチらに降り注ぐそれはスポットライトみたいやった。
「…さぁ。やっぱりアンタの事は一緒に遊んでも噛みつき合っても分かりそうにないわ。ウチをぞんざいに玩具扱いすると思ったらウチが危ない時には守ってくれて……」
「…うん」
「…よう分からん」
南先生よ。向き合ってみても分からんことはあるで。気持ちに正直言うてもこの気持ちの正体なんぞついぞ分からんままや。
出会った時から…コイツへの感情は変わらへん。
憎たらしくて、デート尾けるくらい気になって、対話しようと思ても上手くいかんで……
「…鯨の中でお前から変な心中の吐露を聞いてから、今日デートに誘われてから、今日一緒にいる間考えた。お前がモヤモヤするのは……俺が煮え切らないからなのかなって。橋本にも言われた。好きだと言っといてなんだその態度はって……」
「うん……」
「俺がさ、お前を困らせてこんなに付き合わせてるなら…はっきりさせようと思った」
ケツから血を出しながらウ〇コタレ……睦月はウチと向き合う。酸素の少なくなってくるような感覚。心臓が急にドキドキとやかましくなってきた。
なんやこれ?
「俺はまだお前の事が好きだ……だから、お前の気持ちが本物なら、俺は、お前と…っ、こ、恋人……」
「……」
「……恋人……」
「……顔真っ赤やん」
--パチンッ!
「は?は!?なんで今ビンタした!?」
「恋人になれたら、嬉しい……」
--言った。
小比類巻睦月の告白を祝福するように、キラキラと降り注ぐ太陽光……
ようやく--長い時間拗れに拗れまくった末ようやく受けた本物の告白に、ウチはただただ言葉を返せんで固まるしか無かった……
……自然と、持ち上げた手を口に当てた。
手のひらを舐めるように舌を這わせて、唾液に濡れた手のひらをザラザラの地面に落とす……
「……どうだ?お前の……気持ち次第……」
見たこともないくらい顔が赤くなった睦月が、恐る恐る言う感じでウチを見とるやんけ……
愉快やなぁ。この男のこないな動揺した様は初めて見たかもしれん。玩具だと言っとった女の顔色を伺うその様は実に愉快……
タバスコぶち込んだことはあるけど……なんだかんだやられっぱなしやった分、ホンマに愉快やで……
………………
愉快や。
「……睦月」
「だっぷ--っ!」
このタイミングで癖から脱糞女とか言いかけるやつの口を、ほっぺを両手で挟んで無理矢理黙らせた。
膝立ちになって座り込む奴を僅かに見下ろす。その顔を近づけた。
「ウチはやっぱりおどれの事がよー分からん」
「…………そう--っ」
せやから。
これから、ゆっくり知ってみよう思う。
デートしても分からんなら、その次や。
お互いの事ちゃんと知ろう言うたのは、ウチやから……
ウチの唇が睦月の唇に押し付けられた。
ぎゅっと固く閉じた唇の隙間を舌でこじ開けて、舌の上に乗せたそれを強引に流し込む。
奴の喉仏が膨らんで、それを飲み込んだことを確認してから唇を離したった。
「…………まずは、お試しからやな」
「……」
……アンタといがみ合ったり、遊んだりするの、案外楽しいで?
とりあえず、借りは返したで?
「付き合い始めてまだ脱糞女呼んだら、ケツからタバスコ流し込むぞ?」
こてんと尻を地面に落とす睦月がぽかんとしたまま間抜け面でウチを見上げとった……
「……え?今何食わした?」
放心状態の睦月にウチは手の中の下剤の瓶を見せてやる。
「欲しかったやろ?」
三日月型に吊り上げる口角に睦月の顔色が急激に白くなってく……
やっぱり愉快やな、アンタ……
「次からはアンタがウチの玩具やで?」
「--レスキューです!大丈夫ですか!?」




