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線香花火ケツから生やすか?

 修学旅行5日目。夜。

 鯨の糞として吐き出されて未知なる力で引き揚げられなんとか一命を取り留めたその日の夜……

 場所はトラウマのビーチに隣接する広場だ。


 今夜の晩御飯は遅めのバーベキュー。班別で別れて各々食材を調理していく。

 と言っても切って焼くだけだが……


「Look, the sky is bright red」


 調理場で場所を譲り合いながら肉を切ったり串に刺したり…集中力のないボブ・ジョーダンが空を指さした。


「おぉ……見て見て小比類巻君。夕日がすごいね」

「……美味そうだな」


 海岸線に沈んでいくオレンジの光から伸びる線が目を刺す。深い藍色に沈んだ海と、下に行くにつれて赤みを帯びている空……

 沈みかけの太陽が昼と夜のコントラストを見事に描いていた。まさに海外の夕焼けだ。

 昼間鯨に食われなければこの光景にも素直に感謝したろう……


「日比谷さん、写真撮ろ?」

「……え?凪と?」

「え?」

「むっちゃん撮ろ♡夕暮れのビーチなんて素敵♡」

「Let's shoot together,Hashimoto」

「え?なんだい?」

「美味そうだな」

「みんな並んで撮ろ。ヤバ……私の人生にこんな瞬間が訪れるなんて……」

「ハイハイ良かったね凪。古城さんもおいで」

「あああああああ……ここからでも……聞こえる……あのカップルの怨嗟がぁぁぁぁ……」

「美味そうだな……」


 アンチョビ(阿部)さんの自前のデジカメで写真撮影。三脚に立てられたカメラがタイマーでシャッターを切る前に俺達は夕日と海をバックにビーチに並ぶ。


「はい、チーズ」


 トムヤムクン(阿部)さんの声でみんなポーズを撮る。日比谷さんがやたら近いが……まぁいいだろう。

 そんなことより調理場に置いてきた肉が心配だ……さっき眼帯付けたカモメが調理場に群がっていたが……


 --パシャッ!!


「デジカメで撮るのが新鮮だね。どうだい、小比類巻君ここに来て1枚も写ってないだろ?」

「そういうメガネは撮ったのかよ。お前を撮ってくれるような酔狂なやつが存在するとでも?」

「……そんな言い方しなくてもいいじゃないか」

「The world seems to be burning」

「……あれ、ごめんみんな。逆光で何も写ってないや……」

「凪あんた……え?あれ?凪?海からなんか出てない?手?」


「おい!誰だこんなに炭入れた馬鹿は!!消火器持ってこい!!」


 *******************


 バーベキュー。美味い。

 肉や野菜を切って塩コショウして焼いただけなのになぜこんなに美味い?これが食材の持つ本来の力……


「ボブ、お前の地元では週末の度にバーベキューしてたんだろう?だからそんなに黒いんだろ?なぁ、言ってみろ」

「?Yes!I love girls!」


 ガーリー?なるほど……


「ボルシチさん、ニンニク入れたら美味いらしいぞ?」

「それ、いちいち反応しないとダメなのかな?小比類巻君……えっと…チューブのやつなら先生持ってたよ?さっき1組の担任が練乳みたいに舐めてたから」

「ちょっと貰ってくるわ」

「直だよ!?口に直付け絞りだよ!?」


 そりゃあな?ニンニクチューブは直絞りに限る……1組の担任のくせによく分かっているでは無いか……


 ガーリーを求めて1組達が固まってるら辺に行く。肉やら野菜やら海鮮やらが焼ける匂い…肉や野菜はいいけどちょっと今海鮮は見たくない。

 あとおっさんが腹開かれて中に肉とか詰められながら巨大な網の上で泣いてるけどあれはもしかして海難法師…?


 ぬーべーもびっくりな光景に我が目を疑っていたら突然!俺の背後に立つ気配。


「曲者!!」

「ぶっ!?」


 振り向きざまにバーベキュー用のトングを一閃したら背後に居た脱糞女の横っ面を弾いた。


「あ、ごめん」

「熱っ!痛っ!?はぁ?」

「悪かったと言っている」

「なんでちょっと偉そうやねん。ええ所で会ったわ」

「ほんと生きてて良かったなぁ……でも糞になって出てきた時海から引き揚げてくれたの誰だったんだろうなぁ?」

「その時の話や」

「調べてみたら鯨に食われる事例は世界にもあるらしい。だが胃袋から生還したのは俺らくらいだろう」

「せやな。お前腹の中でウチに言うたよな?」

「これで名実共に脱糞女だな」

「最初からやろそれは。てか、聞けや(怒)」

「なんだ?胃の中の話?俺の事好きで好きで気になるから乳揉んでくれってやつか?」

「揉んだよな?どさくさに紛れて、ウチは確かに確認した」

「知らんな」

「……好きで好きでなんか分からんから…この際はっきりさせようやっちゅうのがこの修学旅行の趣旨やん」

「知らんかった……じゃあはっきりしなさいよ。俺はお前の本物の気持ちしか受け入れないからね?」

「……なんかムカつくわ。なんでこんな上から目線なん?」

「さぁ……決めなさい」

「それを決める為に1回漏らして言うたやん。言ったよな?みんなの前で漏らすて」


 …………


「……何度リプレイしてもその会話の繋がりが理解できないんだよなぁ…」

「ウチの宿願が叶って尚おどれへの興味が尽きんかったらきっとそれ以外の気持ちが絡んどるんよ。だけ漏らせ。はっきりさせようや」

「いや……人間ポンプじゃねんぇんだから…いきなり言われても漏れねぇよ?」

「生肉バリバリしろや」

「ねぇ?仮にも好きかもしれない男だろ?死んだらどうすんだ?」

「一度鯨に食われたんやけ今更生肉くらい怖ないやろ…しゃあないなぁ……下剤は取り上げられてしもたし……」


 と、頭を悩ませる脱糞女…恐らく学業においてここまで頭を回転させることはないんだろう……


「……取り返すしかないな」

「下剤を?」


 うん、と頷く脱糞女。そして遠くの方で固まってる数人を見る。


「今日校内保守警備同好会に没収されてんねん」

「仲良いよな、お前ら……」

「良くないわ。下剤は浅野姉妹のどっちかが持っとる……間違いない」

「それを奪い返し……」

「おどれが飲む」


 まるで同盟関係にある勢力の作戦会議のような真剣な空気が流れているが現時点でこのミッションに俺へのメリットは一切ない。


「しかしアイツらは手強い。特に妹の方……怖い」

「何言うてんねん男やろ?」

「え!?俺がやるのそれ!?自分で飲む下剤自分で奪い返すの!?」

「ウチやと警戒されとるからな……」


 ……こんな馬鹿な話はないだろう?てめーで飲む毒をてめーで準備しろというのか?


「聞けや」

「……おう」

「今はまだ明るいしみんな固まっとるけ隙がない。けど…飯の後花火やろ?あん時ならみんなバラバラにクラスの垣根超えて動き回るやろうし完全に日も落ちとるしチャンスはある……」

「……おう」

「没収されたんは今日ビーチでや。つまりまだ持っとるはず……ホテル戻られたらどこに仕舞われるか、処分されるかも分からん」

「……ふん」

「チャンスは今しかない」

「…………へぇ」

「おどれ鯨ん中で絶対ウチの乳揉んだからな?それに言うたからな?みんなの前で漏らすて。てめー嘘ついたらケツに線香花火1000発刺すぞ?」


 *******************


 --ミッション、浅野姉妹から下剤を奪取せよ!!


「皆さん、火傷には十分気をつけて楽しみましょう!」


 バーベキューも終わり食欲そそる匂いもすっかり潮風に流され、常夏のビーチに夜が訪れた……

 季節外れの海水浴にバーベキュー、そして最後は花火と、修学旅行の中で最も充実した1日の最後を存分に楽しもうと、教員から配られた花火をみんながワイワイと分け合い夜の暗さの中で咲く火花の花弁を楽しんでいた。


 ……そんな中で唐突に降って湧いた俺の使命……


 脱糞女曰く、ホテルに戻ればチャンスはないらしいので、ここが下剤を手に入れる最後のチャンス……


 ……しかし、馬鹿だなぁ。


 俺は手の中でバチバチ弾ける線香花火を眺めながら鯨の糞になった女に心の中で思う……


 奪い取る必要なんてないんだ……いいか?頭のいいやつは欲しいものは向こうから差し出させるんだ。


「むっちゃん見て!私の花火凄く……むっちゃん!線香花火はそうやって遊ぶものじゃないよ!?バチバチしてるとこ握ったらダメだよ!?」


 見ているがいい……こうやるんだ。


「ぐっ!?」

「!?むっちゃん!!」

「うぐわぁぁぁぁっ!?!!」

「むっちゃぁぁん!?」


 突如として悲鳴を上げながら砂浜に倒れる俺にその場の視線が集まる。日比谷さんの俺を案じた声が臨場感にさらに拍車をかけた。


「うぎゃぁぁ!?」


 あと、手にした線香花火を後ろに投げたらメガネに引火した。


「ぐっ……くくっ!うぐはぁ……げぼっ!?」

「ひっ!!むっちゃん!?血が……口から血が……っ!凪ーーっ!!」

「えぇ!?どどどどうしたの!?」


 仕込みのケチャップも完璧では無いか。

 さあ始めようか……


「は、腹が……腹が痛い……ぐはぁっ!!」

「なななな凪!!まさか鯨のお腹の中で拾い食いでもしたんじゃ……」

「りりり、莉子せんせーっ!!」


 アンチョビソース(阿部)さんが莉子先生を呼ぶ。しかし用があるのはあの人じゃないんだ。


「助けて……校内保守警備同好会を……呼んでくれ……ぐはぁ!!」

「どうした?」


 血相変えて駆けてきた莉子先生。違う。


「どこが痛い?言いなさい」

「はははは、はわわわわ……海から……悪霊達が……死に際の小比類巻君を……連れて行こうと……ガタガタガタガタ……」

「り、莉子先生……ぐはぁっ!!」

「口からケチャップが逆流してるぞ。しっかりしろ。腹が痛いのか?」

「こ……校内保守警備同好会を……助けて……」

「一体どうしたと言うんだい」


 俺の叫びが通じたか……莉子先生に遅れて浅野姉妹が日比谷さんに押されてやってきた。

 脱糞女の話では、こちらのどちらかが下剤を持っているはず……


「…………またか。いい加減にしろよ?」

「どうしたんですか?私達をお呼びと聞きましたが……」

「ぐはあぁっ!!た、助けて……夜のバーベキューを……く、串ごと食ってしまった……」

「なんですってぇ!?」

「そんな馬鹿いるか」


 途端に莉子先生の顔がスっと冷たくなった気がしたが……俺が用があるのはこの姉妹だ。


「くはっ!!助けて……串が腹の中で……刺さってる……」

「たたたた大変!」

「だそうだぜ?葛城先生よ」

「……ああそれは大変だね。病院に行くかい?ホテルで寝るかい?どっちがいい?」

「今すぐ助けて……校内保守警備同好会、何とかして……」

「ひぃぃぃぃっ!!!!!!す、すぐそこまで来てます!!海の怨霊達が……」


 後ろで古城さんがうっせーな。


「じゃあ葛城先生、後頼みます。姉さん行こうか」

「え?おい待て……俺はあんたらに助けてって頼んでんだが?」

「いや、助けられねーよ」

「……残念ですがこれは私達の仕事じゃないから……葛城先生に任せるしかないよ」


 は?ふざけんな。森に同級生助けに行くのはお前らの仕事なのか?


「ぐはぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「むっちゃぁぁぁぁん!?」

「すごい吐血!!でもケチャップの匂いがするよ!!日比谷さん!!」

「凪ぃぃぃっ!!」

「ひ、ひぃぃ……悪霊が……近い…もう無理……コロサレル……」


 盛大にケチャップを噴き出して緊急事態をアピール。察しの悪い姉妹にアピール。

 胃の中に異物だぞ?分かるだろ?


「た、助けて…一刻も早く……この串を……」

「手術するかい?小比類巻君」

「な、何とかしてくれ……校内保守警備同好会さんよ……例えば……胃の中身を強制的に体外に排出させる薬とか……」


 手を伸ばす俺に対して浅野姉妹は「んなもんあるわけねーだろ」とでも言いたげな顔だ。

 しかし分かってるぞ…お前らはそれを持っているだろう……


「これは一刻を争うで!!下剤やっ!!誰か下剤持っとらんのか!?」


 と、ここで助け舟を出したのは今まで静観していた脱糞女。 脱糞女のナイスアシストにより浅野詩音、「あっ!下剤!!」と自分のスカートをまさぐりだした。それを隣で冷ややかに見つめる浅野美夜。


「葛城先生!下剤たまたま持ってました!!」

「え…?うん」


 ……来た!

 どうだい脱糞女……これが策士のやり方……


 え?これマジでみんなの前で漏らすパターンでは?

 ここで飲まされたら100%砂浜にさっき食べた肉を撒き散らす大惨事…いや、それが目的ではあるのだが……


「小比類巻君!下剤ですよ!!」

「え……あ、あぁ……あの、トイレってどこかな?トイレで……」

「何言うてんねん!!腹の中に串刺さっとんのぞ!?動かん方がええて!!ウチが飲ませたる!!」


 あっ……このクソ女!!マジで俺にここで脱糞させる気だっ!!


 俺らの茶番にもう莉子先生は関心がないらしい。重症患者を前に下剤を浅野詩音から奪い取る脱糞女にも関心が無さそうだ。

 演技故身動きの取れない俺の上に脱糞女が馬乗りになる。その顔は悪辣に笑ってた。


「……なぁ、せめてトイレ……」

「ウチは大勢の前で漏らしたんや……おどれも腹決めろや。約束したやん?」

「じゃあこうしよう。トイレの前にみんなで集まってもらって俺の脱糞の音を……」

「みんなに見えもらおな?ウチもスマホで撮っとくけん」


 ……ああ、こいつ本当に俺を脱糞させたいだけだろ。他意なんてない。そういう顔してる。

 下剤の小瓶の蓋が開き、脱糞女の手のひらに7、8粒の錠剤が転がる。


 ……多ない?


「脱糞さん!早く!!早くしないと…胃の中の出血で死んでしまいます!!」

「せやな……浅野の言う通りや……ほな行くで?あーーーーん」

「や……っやめろぉぉっ!!貴様……っ!!いいのか!?こんなやり方で!!お前は正々堂々、戦うことの素晴らしさを--」

「何言うとるんか分からんわ。死ね」


 あぁ万事休す……神様……


 無理矢理こじ開けられた口の中に下剤が押し込まれそうになったその時--


「あ?」「ん?」


 突然、俺の体が砂浜の上で大きく後ろにスライド……

 いや、何者かに引っ張られるように暗黒の海岸の方へ滑っていく……突然動いた俺に脱糞女、バランスを崩して俺の上から転げ落ちた。


「あっ、下剤……どこ落とした?下剤!!」

「あわわわわわわわ……連れて行かれますぅ……」


 何事?

 俺が仰向けのまま引っ張られつつ自分の足首を見た。何かが俺の足首を掴んでる気がしたから……


『おにぃちゃぁぁん』『ともだち。ともだち』『こっち、に、おいでぇ?』『あそぼぉぉ』


 ……掴んでた。

 灰色でなんか半透明な奴らが……

 海から這い出たそれは俺を掴んだまま引きずって真っ暗な海に戻っていく…当然、それに捕まった俺もその後に……


「ひぃやぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」

「こっ、小比類巻君がっ!!何故か海に……!?美夜!!助けに……つ!!」

「いい加減にしろよぉぉ!!!!(激怒)」

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