古城さんのヒ・ミ・ツ
「それでは3日目の班別自由行動を始める。くれぐれも羽目を外しすぎないように!解散!!」
『みえる?みえる?』『いまなんじぃ?』『たの、しぃなぁ?』『おかあさん。ごはんです』『こじょー?』
修学旅行、3日目。
ホテルのロビーから順番に解放されていく同級生達に混じって私、古城幸恵も班のみんなと外へ繰り出します。
『こじょー?どこいくぅの?』『はぁはぁはぁ』『なかなか…びみです』
この常夏の島は観光客でいっぱいです。みんな陽気な気持ちで島を楽しんでます。ここには負の感情が溜まることは無いと思ってました。ディズニーランドみたいに。
『おなかすいだ』『あへ。あへ』『あれ、なに?』
「班長、今日はどこ行く?決めて」
「凪、今日はってか私達は今日が初の班別自由行動だし」
「みんなはどこ行きたい?古城さんは?」
『こじょーは?』『どこ?いく?』『ついてく』『たのしぃ』
班のメンバーの声に混じってくる灰色の顔と濁った声。
こんな場所には良くないものは溜まらないと思ってました。
でも違った。
怖いもの、見えたくないものは万国共通でどこにでも居ます。それを今はっきり確信しました。
「あわ…あわわわわ。ひぃ」
「どうした堂島さん。寒いのか?気温30度超えだぞ?」
「小比類巻君、古城さんだよ。わざと間違えてるのかい?」
「Don't catch a cold」
なので私は今日も震えます。
だって怖いもん。
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--私の家は少し特殊でした。
「…あんたには狐の霊が憑いてるね。今はまだ力が弱いけど、そのうち悪さをするようになるかもしれないよ」
お母さんはインチキ臭い霊媒師の仕事をしてました。傍から見たらとっても胡散臭いおばさんでした。どれくらい胡散臭いかと言うとお父さんもインチキ呼ばわりしてたくらい胡散臭いです。
でもお母さんは本物でした。お母さんには本当に霊の類が見えてたし、それらと対話することが出来ました。それはヒトの霊に関わらず動物の霊でもでした。
なぜお母さんが本物だと断言できるのか…
「あんた、3年前に別れた彼氏の生霊が憑いてるね」
『あぁみぃちゃぁぁぁん』
私にも見えたからです。
幼い頃の私にはそれがなんだか分かりませんでした。ただ、他の人には見えないお友達…それくらいに考えてました。
多分、小さい頃目に見えてたそれらが私に悪さしてくることがなかったからだと思います。
…あの時までは。
--ある日私は絶対入ってはいけないと言われてた仏間に入りました。
電気もついてなくて、暗くて不気味な部屋だなって思ってすぐに出ようとしました。
『ゆきえぇぇ』
その時でした。
私が初めてそれにはっきり触られたのは…
声がした時はびっくりしたけど、いつも見えているあれだと思って大して恐怖心は抱きませんでした。
でも、その日はいつもと違いました。
『ゆきぇぇぇぇぇぇぇぇぇえ』
振り向いたすぐそこには、大きな1つ目の灰色の落ち武者みたいなのが立って私の名前呼んでました。
しかもそいつは私の髪の毛に指を通すみたいにして触れてきたんです。
今まで声が聞こえたり遠くに見えたりしてたそれが目の前に居てしかも触れてきたんです。
私は泡吹いてぶっ倒れました。
気づいた時にはいつもの居間で、目が覚めたと同時にお母さんからこっぴどく叱られたのを今でも覚えてます。
--あれから10年。
『ゆきえぇぇぇぇぇぇぇ?』
落ち武者はまだ私に憑いてます。
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「I want to go to the aquarium」
「水族館なら全体行動の予定に入ってるぞ?」
「すごいな小比類巻君、彼の言ってることが分かるのかい?」
「はい!はい!日比谷から提案があります!『恋の岬』に行きたいです!!」
「ちょっと遠くない?日比谷さん私ナンデヤネン通りに行きたい。その後行こう」
「却下です」
「え?」
『いきたい』『うーーーー。うーーー』『まま。ぱぱ』
怖いです。
この島には怨霊の類が溢れかえってます。恐怖です。調べたらここでは昔先住民の大虐殺があったらしく、道理で恐ろしげなものが沢山見えるはずです。
しかしなんで海外なのに日本語で語りかけてくるんでしょう…
やたら自己主張が激しいのでここは彼らのご機嫌を取っておきましょう。
「…わわわ、私は…先住民の…文化博物館…びえっ!?」
お尻触られた!?
「それ初日行ったよ?却下」
「日比谷さん、班員の要望も少しは取り入れてよ。目玉くり抜くよ?」
『くり、ぬくよ?』『ころころ』
ひぇぇぇぇぇぇぇぇっ!!!!
「はい。この小比類巻、太平洋戦争の跡地に行きたいでござる」
びぇぇぇぇぇぇっ!!!?
「それも初日に行ったじゃないか。小比類巻君」
「お言葉ですが橋本軍曹。これは修学旅行であって学びの機会。ならば遊ぶだけでなく歴史を学ぶのも必要なことでござらんか?過去を学べるのは今を生きる者だけ。これぞ現代カルチャー」
「そういう事か。流石小比類巻君だね!」
「流石むっちゃん!決定!戦争跡地と恋の岬ね!」
『せんそー?』『あひゃひゃ』『たこやき、は?』
ぎゃぴぴぃぃぃぃぃっ!?
--紆余曲折あって戦争跡地の後恋の岬に行くことになりました。
戦争の跡地なんて兵隊さんの怨念が沢山居そうで怖いです。やです。死にます。
しかし班長の決定なので従わざるを得ません。バスを乗り継ぎ1時間ほど。
私達は太平洋戦争で戦場となったという戦争跡地にやって来ました。
修学旅行初日に来た時はバスの中からサラッと流し見た程度でしたが現場の荒野のフェンスの前まで来たらもうビンビンです。
「…なんもないね」
「You feel history」
「橋本写真撮れ。同好会の活動レポートに載せる」
「うわぁ…まだ不発弾とかそのまま残ってるってよ。日比谷さん」
「あれなんだろ?奥にあるあれ。戦車?凪ちょっと行ってきて見てきてよ」
「フェンスの中には入れないよ。迫撃砲とかじゃない?」
「石ころかと思ったら手榴弾だぜ」
みんなは人類の過ちの爪痕に興味津々です。
ですが私にははっきり見えます。
『敵襲!!』『敵だ!!』『殺せっ!!』『ひゃーーーはァァっ!』
軍服に身を包んだ半透明で灰色の人達。こっちに敵意満々で銃を向けてます。怖いです。
今まで散々見てきたから分かります。この人達の私達生者への敵意は他のそれとは比になりません。
霊感体質の私には彼らの強い思念は伝わってきてしまいます。
彼らは見世物を見に来るようにここに立ち寄る人達に並々ならぬ憎悪を抱いているようです。
戦争の歴史を現代人と共有するより、彼らはそっとしておいて欲しいみたいです。
「…ああああ、あの…もう行きませせんかかかかかかか?」
「どうしたの?古城さん。いつにも増して震えてない?」
『ともだち。いっぱい』『きゃぴっ』
「日比谷さん私もそろそろ帰りたい。なんかここすごい…寒気がする」
「だって、むっちゃん」
「なんとかしてフェンスの中に入れないか?もう少し臨場感のある写真を撮りたい」
あばばばばばっ!やめて!!もうやめて!!
『撃ち方よーーいっ!!』
こっちに銃を向けてます!!撃たれます!!ぎゃーーー!お母さんっ!!
「小比類巻君やめよう。嫌な予感がする。ここに居るだけで彼岸に渡りそう」
「落ち着けポムポムプリンさん。俺達はまだ戦争の歴史に触れてない」
『ない』『ああああああああ』『おじいちゃん。おなかすいた』
「いやもう充分だよ」
「は?フェンスの向こうから眺めるだけで歴史に触れられるか」
いやーーーっ!!やーめーてーっ!!!!
乾いた銃声。濃密な火薬の匂いまで漂ってきます。
私がびくって身構えるより早く空気を切る弾丸が飛んできました!
それはフェンスの穴を探す小比類巻君に…
--スカッ
ぞっとしてぎゅっと目を閉じた私の真横を怨念の弾丸が通過します。小比類巻君の側頭部をすり抜けた弾丸がそのままひゅんって後方に流れていきました。
…ひぃ。
『撃て撃て撃て!!』
バンバンバンッ!!
「もう行こうかむっちゃん。飽きた」
「くそ…入れそうにないぞ」
「不発弾とかあるんだって。入れたとしても入らないで」
戦争跡地に飽きて背中を向けるみんなに雨のように浴びせられる弾丸に私は震えが止まりませんでした。
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--恋の岬。
プ・ロフェッショナル島随一の観光スポットです。その昔結ばれることのなかった恋人達が身投げして岩肌に引っかかって死ぬことも出来ずに同化してるらしいです。どうかしてます。
岬には展望台とか教会があって新婚夫婦がこぞってここで結婚式を挙げるらしいです。
そんなこの島随一の心霊スポット…
案の定岬は観光客でごった返してます。恋人達の聖地を一目見ようとたくさんの人達の人混みと…
『たのしぃ』『おっぱい』『あきれすけん、きれた』『おなかいたい』『おかあさん?』『たたたたた。けーー』『あはっあははははは』
灰色の人達の群れができてます。怖いです。
「ここが…むっちゃんと私の…」
「違うよ」
ここに来たいと強く主張した日比谷さん。とても楽しそう。
展望台とやらからは紺碧の水平線を見ることができます。海から沢山手が出できてます。怖いです。
「look. There is a bell here」
「ほんとだ。鐘がある。それっぽい」
「それっぽいって感想なに?メガネくん。むっちゃん、一緒に鳴らそう」
「……そんなことより餃子食わせろ」
「すごいね…やっぱり日本の海より全然綺麗だね。ね?橋本君」
「阿部さんくらいになると海の綺麗さが分かるんだね」
「え?綺麗じゃない?」
「分かんないや」
「だから橋本君はメガネなんだよ」
「!?」
「You are more beautiful」
「むっちゃん!むっちゃん!!凪ー、写真撮って!!」
「あっ!スマホ落とした!!」
『おとした』『わああ』『たくさん。たくさん』『ぼく、ねむい』
「おい(怒)」
「あれ?餃子は?」
カオスです。
もうみんな好き勝手喋ってて誰も相手のこと見てないです。
1人輪から外れて迫り来る幽霊やら怨念やらにブルブル震えてたら唐突に……
『…なんでこんなことになっちゃったかなー』
明らかに他と声色の違うボヤキが…
なんだろうと視線を巡らせてもそれらしき人は見つかりません。それもそのはず、このタイプの声はずっと聞き慣れた、なんなら生身の人間より聞き慣れた彼らの声です。
『なんでってあんたが身投げしようとか言うからでしょ?』
『ふざっけんなよ。あなたと一緒になれないなら死ぬわ!!って言ったのお前だろ?』
……これは。
私は岬の先端まで向かって転落防止の柵から身を乗り出しました。
断崖絶壁の岬の岩壁は見えませんでしたけど、近づいたらその声はより鮮明に聞こえてくるのです。
『本気にする馬鹿いる?』
『あーあ。こんなことになるならお前と一夜の過ちなんて犯さなければよかったぜ』
これは…間違いなくここから飛び降りたという恋人達の声…
え……?実話?怖いです。
岩壁と同化して死にきれなくなったという恋人達の声が聞こえてきます。これは…私にしか聞こえてる様子はありませんが、え?死んでる?それとも生霊の類…?
ふ、震えが止まりません。お母さん…
てか、なんで日本語?
『一夜の過ちってなによ!あんた、あたしとは本気じゃなかったっての!?』
『男には誰しもそういう時があるんだよ』
『信じられない!サイテー!!あたしは遊びで付き合った男とこんなとこでずっっと過ごす羽目になったっての!?』
『だから!こんなこと言い出したのはお前だろ!?』
『あんたふざけんじゃないわよ!あたしの人生返して!!』
『おいおい…もう100年も2人でこうしてるのに今更だぜそりゃ…それで言うなら俺だってもっと遊びたかったさ』
『それが人の人生めちゃくちゃにした男の言い草!?』
『なぁ聞けよ…女遊びも男の甲斐性だぜ?それによ。なんだかんだここからお前との最期を選んだんだ。俺だってそれなりにお前に本気…』
『それなり!?それなりってなに!?あたしはね!あんたとなら人生捨ててもいいって本気で思ってたのよ!?』
『だから!いいじゃねぇか惚れた男と人生最期を迎えられて--』
『それがこんな男だったなんてって言ってんのよ!!』
『惚れたお前の負けだぜ』
『やかましい!!』
『いい加減にしろや、過ぎたことネチネチネチネチ…誰のせいでもねぇじゃねぇか』
『あんたのせいの!!』
『んだと!?』
『なんだよ!!』
……………………
…これが、恋人達の聖地。
「むっちゃん♡ここで結ばれたカップルは生涯添い遂げられるんだって♡」
「へー……」
…………………………聖地。




