脱糞ロシアンルーレット
--修学旅行2日目、終了…
ではないっ!!
「日比谷さん大丈夫だったの!?」「聞いたよ!?なんか昨日誘拐されてたらしいじゃん!?」「たいへーーんっ!」
何故か修学旅行2日目を病院の検査室で過ごしたこの日比谷真紀奈。ホテルに戻るなり自由行動を終えて戻ってくるクラスの女子達から質問攻めにあう。
それを軽くいなしながら私は足早に自室に帰った。凪と古城さんはまだ帰って来てないみたいだ…
しつこいようだが今日は2月14日。バレンタインデー。
そして私は可愛い。
日比谷真紀奈--究極の美的生命体としてこの世に生を受けたパーフェクトレディ。
女の手本とでも言うべき…いや、手本にしたって私のようにはなれないし、私に少しでも近づくことすら困難を極める。手本にするにはレベルが高すぎるか……
まぁ、女として生まれた者は日比谷を目指し、男として生まれた者は日比谷を手に入れることを目指し…それがこの世界の摂理。ヒトがヒトたる本能である。
そんな日比谷のバレンタインチョコレート……
知っての通りバレンタインデーは好きな男の子にチョコレートを贈る日。
今日もきっと天文学的確率の奇跡を信じて男子達は1日を過ごしたろう……
そしてこのバレンタインは私にとっても大切な意味がある。
この日比谷真紀奈。今まで美の権化として世界中に美しさを振り撒く使命を果たしてきた。故に恋愛事からは距離を置いてた。
私にとってこのバレンタインは、私が参加する初めてのバレンタイン。
今年のバレンタインは聖なるバレンタインとなるのだ。
……そんなバレンタインデーも終わろうとしてる。
「……ガッデム」
部屋で1人頭を抱える日比谷。
本来ならば今日チョコレートを仕入れて班別の自由行動中にむっちゃんへ渡す予定だったのに……
班別行動は明日も明後日もある。
が、バレンタインデーは今日だ。
窓の外の景色が無情にも夕日に沈んでいく……
私は財布を手に部屋を飛び出した。
班別行動は17時までにホテルに戻ってくる事となってる。時刻は17時45分。
まぁこんなの大概どっかひと班くらいは遅刻するもの。なんせ見知らぬ土地を好き勝手遊び回ってるだから迷子になる奴が居てもおかしくない。
ホテルに戻ってきた班は先生に帰還の報告をして部屋に戻っていく。
それを横目に私はホテルの地下街へ…
目的?そんなのチョコレートに決まってる。
ホテルに広がるショッピングモールは昨夜とはまた違う顔を見せてくれる。人が大勢動き回るモール内、みんなキラキラした服着ててセレブっぽい。
私は事前に目星をつけていたお店へ走る。
チョコレート専門店らしくて、世界中の有名店やらブランドからチョコレートを仕入れて販売してるんだって。
ここならばむっちゃんに相応しいチョコレートが手に入るはず……
「ご飯の時間までに買っちゃわなきゃ…それよりどうやって渡そう……やはりムードが大切--」
っ!?
その時私の体は反射的に棚に隠れてた。
「やっぱりこれが良くね?」「1番高いの買おう……」
3人の女子高生がチョコレートを物色してる。うちの制服だ。
それだけなら別におかしくない。夕飯は16時半…自由時間にお土産なんかを買いに来る生徒も居るでしょう。
「楠畑。予算は?」
問題は面子……
そこに並ぶのは我が校トップクラスの災厄…アニマルコレクターこと田畑レンと長篠風香コンビ…
そしてあの脱糞女!!
まさか……
「しかし楠畑も乙女な。小比類巻にあげるチョコレート選んでくれなんて。ね?風香。あたしゃ嬉しいよ」「…楠畑が自分の気持ちに正直になってくれたのは嬉しいね。でもこういうのは自分で選ばなきゃ…」
こいつっ!あんなに釘刺したのに!!むっちゃんフッたクセに!!チョコレートだとぉぉ!?
「義理や義理……怪しまれんように1番それっぽいの選んでや。ウチこういうの分からへんねん」
「出た。バレンタインとかキョーミありませんてやつ」「ムカつくぜ。カマトトぶってんじゃないよ」
「あとなぁ……コイツも仕込みたいけそこも加味して…」
下剤!?
奴が手に持ってるのは…下剤じゃないか!?
あれをチョコレートに盛って渡す…!?どんな嫌がらせ!?
「はいはい。好きな子にちょっかいかけたい小学生の心理ね?レン」「楠畑も可愛いとこあるぜ…下痢してる小比類巻を助けていい感じになりたい訳ね」
「奴のケツから茶色い下痢ピー噴き出すんこのスマホで撮影したるんよ。それネットに拡散したろ思て。せやからな?風呂の前に食わせたいんよ。で、風呂場で漏らさせたいんよ」
……っ!
こ、コイツ真性の悪魔…
「コイツ男湯覗くつもりだぞ?」「きゃーーっ!へんたーい!」
「ええからはよ選べや」
ど、どうする…?
むっちゃんがお風呂で漏らしたらいじめられちゃうよ…あんなウ○コ女の好きにさせてたまるか……
しかし、止めようにも相手は3人。しかも危険生物の四次元ポケット、田畑長篠コンビだ。
ここでやり合っても勝てない……
「おっ!」「これなんてどう?個別包装で下剤も盛りやすい!生チョコで柔らかいし」
「……なんでもええよ。別に」
*******************
「よーし、浅野詩音と美夜は事情聴取で居ないが他は集まったな?夕食の時間だ、みんな着いてこーい!」
18時半。1階ロビーに集合した生徒達が先生に着いてパーティーホールに向かう。
昨日はバイキングだったが今日はパーティー?みたいな感じらしい。その上なんか演奏会?かなんかを聴かされるんだとか。
「Have you ever eaten Escargo?」
「なんだよボブ・ジョーダン。こら、暴れるな。カタツムリが出てくるか分かんねーだろ?」
「小比類巻君、ボブ君は今日ずっとホテルを回っただけだから消化不良なんだってさ」
俺の両隣で黒いやつとメガネのやつがゴネている。
「あれ?みんな今日外遊びに行かなかったの?」
「うん。君達がどっか行ってたからじゃないかアントニーさん」
「阿部です」
「迷子になるもん…」
今日は班別自由行動だったが俺達は広いホテルを散策するだけに留めた。
班の女子が居なかったから。俺達だけでは島の中で迷子になる可能性が高いし、今日色々回って明日の班別行動の時「ここ行きたーい!」ってまた昨日行った所に女子が行きたがったらめんどくさいから。
まあ、明日明後日も班行動だ。焦ることはない…どの道1週間でこの島は遊び尽くせない。
「そういえば聞いたよ。日比谷さん誰かに誘拐され--」
「橋本君、その話はしたくないんだ」
「Ohmygot…」
今日女子達が不在だったのは日比谷さんのゴタゴタがあったようだが…まぁ俺は知らない。しーらーない。
さて、肝心の飯だが1階パーティーホールにずらりと並べられたテーブルにはお上品に料理が並んでいる。
我が校の生徒が全員入っても余裕のある広いホール内には席はなく、立食パーティーのように自由に行き来して飯を食えとのこと。つまりバイキングと何が違う?
で、奥のステージにオーケストラみたいなのがスタンバってる。
「手を合わせましょ!」
『合わせました!!』
「父よ…あなたの慈しみに感謝してこの食事を頂きます……」
『いただきます!』
挨拶と共にオーケストラがトランペットを吹き出した。
みんな皿を片手に思い思いの獲物を求めて動き回る。大人になったらこういうの経験するんだろうか…会社の人とかと話しながら飯を食うんだろうか…
「よし…食うか橋本。お前はアレいけ。カブトガニ」
「え?カブトガニって食べれるの?」
「知らん。なんか置いてるだろ?」
「あれ、多分田畑さんのペットだよ…」
俺はハゲタカの丸焼きに目をつけて手刀でもも肉を切り取る。皿に載せた肉が重たいぞ。
「…むっちゃん」
「ん?最近よく絡んでくるな。どした?日比谷さん」
「食後のデザートが欲しくない?」
「いやまだいただきますしたばっかなんだが…」
と、言うより早く日比谷さんが両手に乗せたそれを俺に差し出す。
ワインレッドの箱に緑のリボン。白字で印字されたのはどっかのブランドの名前だろうか…
やたら高そうな箱だが……
「今日…バレンタインデーだから。これ…貰って欲しくて。本当は今日の自由行動の時に渡したかったんだけど…」
「……日比谷さん」
「これ!本命だからっ!!」
なんの恥ずかしげもなく…いやそんなことないか。顔を赤くしながらも日比谷さんは押し付けるようにチョコレートを手渡してきた。
もしオーケストラの演奏がなかったら周りに聞こえてたろうやり取りに顔には出さずに困惑してしまう。
本命だと宣言するこれを受け取ってもいいものだろうか…
日比谷さんグイグイ来るなぁ…
しかし1度断ってるわけで…
自分で言うのも変だが…日比谷さんは俺の事を微塵も諦めてないようだ。
明らかにお高いチョコレート…
押し付けてくるチョコレートをとりあえず受け取って日比谷さんの様子を伺う。日比谷さんは恥ずかしそうにしながらも俺と目が合って柔らかく笑った。
「…お返しとか、気にしないで?これはほんとに…私のただの気持ち」
その顔と言葉に俺はチョコレートを素直に受け取ることにした。
「…ありがとうね?日比谷さん」
ここまで真っ直ぐに好意を抱いてくれる人に俺はただただどう接したらいいものかと困惑するばかり…
なぜ困惑するのか…
……やはり俺は--
*******************
「…今や」
楠畑香菜。進撃!
飯を取るフリしながらターゲットの後ろ姿を捉えてすこーしずつ接近。脇にはさっき仕込みが完了したウチ特製脱糞チョコレートや。
…ウチのことをまだ好きと公言する奴がウチのチョコレートを受け取らんはずは無い。
大丈夫…大丈夫や。
…勘違いすんな。これは奴への報復。その為の方便。もはや義理チョコでもないんや。
…終わらせる。終わらせたる!
さぁ死ね小比類巻!!
「むーーつーーきーーくーー……」
「あれぇ?楠畑さぁん♡」
っ!?
日比谷真紀奈…っ!?コイツまた…っ!
「……ん?脱糞女?」
いちいちやかましいわウ〇コタレ男。誰が脱糞…
コイツもうチョコレート持っとるやんけっ!?
……いや焦るな。今日はバレンタインや。え?これ誰から?おどれにチョコレートくれる奴なんて居るん?
…日比谷か。
しかし昨日のバラムツといい、この女ホンマに邪魔や…ウ○コタレ男に接近すると必ず出てくる。なんやねん!
「なに?」
「あぁ…いや。今日なんの日か知っとるか?」「ふんどしの日♡」
あっ!やかましいってば日比谷!!なんやねんふんどしの日て!
「ふむ…そうか今日は2月14日……日本ふんどし協会の制定したふんどしの日だな」
ふんどしの日で2月14日って分かんな!
「ちゃう…そうやない。今日は--」「煮干しの日?」
「なるほど…全国煮干協会が煮干しの日に制定したな。」
…日比谷真紀奈ぁっ!!!!
「ちゃう。もっとあるやろ?ふんどしでも煮干しでもネクタイでも自動車保険でも予防接種でもなくてな?ほら……」「今日は赤口日……」「日比谷頼む。1分でええから黙ってくれへんか?」
「……バレンタイン?」
そうや!!それやっ!!
「……もしかして…この小比類巻にチョコレートをやろう…的な?その箱は…的な?」
どないしたんやウ○コタレ男!!察しがええやんけ!自分から死にに行くお膳立てするとはな……
「……義理チョコやけどな?」
悪魔の微笑みと一緒にチョコレート差し出したら野郎、一瞬、ほんの一瞬やけどぱあっと顔を明るくしよった。
子供みたいやな……
よっぽどウチのチョコレートが嬉しいらしいわ…
……ふん。まぁ下剤入りやがな?
「なっ…あっ…むっちゃ…」
なんか日比谷が言いたそうにモジモジしとるけどウ○コタレが嬉しそうな顔を見せた一瞬で口篭りおった。
大人しくなったとこでウチがぶっきらぼうにチョコレートを渡す。
決して仕込みに勘ぐられないように…まるでラブコメのヒロインのように…
さぁ…死ね。貴様は1時間後、風呂の中で糞を垂れ流し--
「せっかくだからお前も食え。なんか高そうだし……」
「あ?」
「日比谷さんも……こんな高そうなチョコレートありがとな?みんなで分けよ?おい橋本、バルバロッサさん!」
なんかこの場でふたつのチョコレートの包装を開けてテーブルに広げだしたぞ?
てかやっぱそれ日比谷のチョコレートかい。ん?包装紙が同じ?同じ店?
「っ!?」「っ!?」
「あれ?どっちも同じチョコレート…」
なんやと…
日比谷とウチが息を呑むと同時にウ○コタレ男が固まった。
ウチと日比谷の買ってきたチョコレート…全く一緒。
あれ?今右と左…どっちにウチのチョコレート置いた?
「…ごめんわかんなくなっちゃった」
「……むっちゃん。私はむっちゃんにあげたんだけどな」「そうやで!おどれが食えや!!なんで分ける発想になるねん!?」
「え?いや勿体ないし。それになんかな…嫌な予感がするんだ。こんな高そうなもの1人で全部食ったらお腹痛くなりそう…」
……っ!?なんちゅう危機回避能力っ!
「なんだい?小比類巻君。サソリ美味いよ?」「バルバロッサじゃなくて阿部です。あれ?美味しそうなチョコレート。どこに置いてたの?」
ハイエナ共が寄ってきおった!!
「日比谷さんと脱糞女がくれた。みんなで食べよう」
「わーい。いただきます!サソリと合うかなぁ?」
「…えっと、え?小比類巻君。それはバレンタインのチョコレートでは…」
なんでいの一番でメガネが食うんやっ!!
阿部凪が涙目の日比谷の了承を得てチョコレートに手をつける。ついでによく分からん外人までチョコレートをさらっていきおった。
バレンタインチョコをシェアって何の罰ゲームやねん。
いやっ!イライラしとる場合やない!!
もうどれがどれか分からんくなったけど、ウチのチョコレートには全て下剤が入っとる!!
食わせればいいだけのこと……っ!
「おい!睦月!!お前の為に買ってきたんやけお前が--」
「ほらほら遠慮するな」
「んぐっ!?」
無理やり口に押し込まれた!!
ほのかな苦味の混じる上品な甘み…生チョコが口の中で蕩けよる…
え?これウチの?日比谷の?どっち!?
「美味いね。ありがとな?日比谷さんも。ご馳走様」
「うん…喜んで貰えて良かった」
「…複雑だね日比谷さん」
「小比類巻君。サソリ食べなよ?」
「very sweet」
これどっち!?どっちなんや!!




