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離羽威亜惨

 --12月14日、修学旅行2日目。

 今日から班別の自由行動が始まる。つまり、私の戦いが始まる。

 今日の一撃でむっちゃんを仕留める……とは言わない。ただ、確実にそのハートに日比谷の楔を深く打ち込むのだ。


 今日はバレンタイン。


 愛する男へ女からチョコレートと共に想いを伝える恋する乙女の戦いの日。

 この日比谷真紀奈、昨夜の汚名を返上致します。


「くくく…覚悟しておきなさいむっちゃん」

「日比谷さん。先生が呼んでるよ?」


 朝食のためにロビーに集まった生徒達の列の中で凪が声をかけてくる。その先に莉子先生と……あの噂の浅野姉妹…


「日比谷君」

「おはようございます莉子せんせ…」

「日比谷さん!ご無事でしたか!?」


 莉子先生を押しのけて吹っ飛ばし浅野詩音が私の両肩をがっしり掴む。ヒップドロップで吹き飛んだ莉子先生がホテルロビーのカウンターに打ち付けられてた。ホテルマンドン引き。


「は?なに…?」

「昨夜何者かに誘拐されたでしょう!?いつの間に戻ってきたんですか!?」

「……は?」

「……ほらみろ。姉さん、やっぱりガセだったでしょ。仕事のし損じゃない。ふざけるな」


 ものすごい隈を作ったあの浅野美夜が不機嫌そうな顔を隠しもせず私を睨む。

 しかしなんのことかさっぱりじゃない?そんな顔をされても納得できない。私何かした?


「お怪我は!?無事なんですか!?犯人の顔を見ましたか!?」

「いや…だからなんの話?」

「寝てる間に連れ去られたか…クスリか何かで記憶を消されてるのかもしれない……」

「姉さん、どこまで純粋なのさ。いい加減にしよう」

「…………私の身に何があったのよ」

「ご安心下さい。地元警察には届けてます。直に犯人が捕まるはずです」

「は?」

「とりあえず!なにか体に異常があってはいけませんので、今日はこれから病院に行ってから警察の事情聴取です!さぁ行きますよ!」

「………………は?」


 は?


 *******************


 ……全部凪のせい。


 莉子先生の運転で警察署に向かう私と凪、それに同室だった古城さんと浅野姉妹。狭い車にぎゅうぎゅうになりながら身を寄せあって互いを睨み合う。

 なぜ修学旅行でこんなことに…?


「もう…日比谷さんの馬鹿。私達なにしてんの?」

「いやこっちのセリフだから!?」

「日比谷さんが言えって言ったんじゃん!」

「はわわわわ…死刑になりたくないよぉぉ…」

「古城君、すまないけど震えないでくれないか?車が運転しずらいんだ」


 震える古城さんのせいで車が溝に落ちて、そこから徒歩で20分…

 私達は地元の警察署にやって来た。


 莉子先生と浅野姉妹が窓口に向かうと直ぐに複数の警官が走ってきて無言で私を掴まえる。


「え?」


 凪と古城さんを置き去りに私は奥の部屋に連れていかれる。何も言わない警官と、横で聞き取れないくらい早口で喋る警官と昼間から酒を呷ってる警官と…


 え?え?


 私が詰め込まれたのは薄暗くて蒸し暑い部屋。取り調べ室……?

 先に入っていた莉子先生と浅野姉妹。彼女らに挟まれて座る私の対面に黒人の警察官がでっぷりした体を揺らしながらやって来た。


「本件担当ノマックリーデス」


 あ、日本語だ……


「……あの。これは一体……?」

「日比谷さん、大丈夫。私達が着いてます」「……今のうちに本当の事を言えば大事にならなくて済むぞ?日比谷」


 訳が分からない私の耳元で囁く浅野姉妹。なんとも言えない顔で汗を拭ってる莉子先生。莉子先生助けて…


「マキナ・ヒビヤサン」

「あっ……はい……マキナヒビヤです」

「マズハ覚エテルコトヲオ話クダサイ」


 ………………


 昨夜私はむっちゃんとのデートの為消灯後部屋を抜け出した。その時、もし見回りに来たら私は誘拐されたとでも言っとけと、凪に言った……

 はい、言いました。


 そしてこれである。


 --夜中に無断で外出してたら誘拐されたってことになってました☆


 って言える感じじゃなくなった。

 一応補足すると、今は修学旅行中。かつ、好きな人と同じ班で1日観光できる予定だった。かつ、今日はバレンタインデー。

 私の目の前には脂ぎった黒人警官…

 繰り返すが、今は修学旅行中である。


「…………えっとぉ…よく覚えてなくてぇぇ…」


 もはやこれ以上喋ってはいけない気がしてきた。私は目を泳がせながらそう答えた。


「ナルホド…ヤハリソウカ…」


 なにが?


「刑事さん……なにか手がかりが?」


 身を乗り出す浅野詩音に妹と莉子先生から冷めた視線が浴びせられる。

 唯一真剣な警官と浅野詩音との視線が交差して、2人が場の主導権を握った。


「実ハ昨夜通報ヲ受ケタ時間帯、ホテル付近デ不審ナ車ガ確認サレテマス」

「ふ、不審な車ですか?」

「ココ最近、若イ女性ガ誘拐サレル事件ガ多発シテマス」

「そいつらの仕業ですか……?」


 可能性ハ高イデショウ。と警官はねっとりと頷いた。

 ……いや、違います。違うんです。


「不審車両とその誘拐事件が結びついていると考えられてるということは……犯人に目星が?」

「犯人ハ『離羽威亜惨リバイアサン』トイウ犯罪グループノ可能性ガ高イ」


 なんだその日本の愚連隊みたいな名前は。


「り、離羽威亜惨……」

「姉さん、あんまり真に受けるな」


 至極冷静な妹と対称的になんか怒りすら滲ませる浅野詩音。そんな姉を宥めつつ警官は説明する。


「奴ラハ被害者女性ヲ拉致シ薬物デ思考力ヲ奪ッタ後、イカガワシイ行為ヲ強制シソレヲ映像トシテ残シ、闇市デ販売シテイマス」

「……なんてやつ!」


 私が性犯罪に巻き込まれたと?

 いや巻き込まれたのは刺身の食あたりです。


「薬物ヲ使ッテイルカラカ被害者達ニハ事件時ノ記憶ガナイノデス。ソシテ奴ラハ事ガ済ンダ後被害者女性ヲ解放シ、足ガツカナイヨウニシテイマス」

「……我が校の生徒にそんな…っ!許せない!!」

「姉さん落ち着け。マジで」

「特ニ観光客ガ狙ワレルケースガ……」

「叩き潰さなきゃっ!!」


 !?叩き潰す!?浅野さんは誰視点で言ってるの!?


「……チナミニ、奴ラノ主ナ商売デアルソノ動画デスガ…市場ニ流出スルト完全ニ削除スルノハ困難デス」

「……っ!日比谷さんっ!!」


 突然後ろから浅野詩音に抱きしめられた。莉子先生と浅野美夜はドン引きである。

 ただ1人真剣に事態を捉える彼女は力強く私を抱きしめながら何度も大丈夫と繰り返す。


「そんなことさせないから…っ、そいつらは私達が命をかけてこの世から消すから」


 いや怖い。ドン引き。

 しかしこの包容力……なんだろう。この日比谷真紀奈。私に迫る勢いのこの美少女から女として圧倒的な差を見せつけられてるような……


「……私“達”?姉さん、達って言った?」


 顔が引きつってきた浅野美夜の言葉を流して浅野詩音は私から腕を解く。


「……マキナ・ヒビヤニハコレカラ病院デ検査ヲ受ケテモライマス。薬物ノ影響ガ無イトハ言イキレナイ」

「……お願い致します」

「私達ハ犯人ヲ追イマショウ」

「よろしくお願い致します」

「は?おい刑事デカ、今達って言った?」

「莉子先生……日比谷さんをお願いします」

「…………あ、あぁ。うん」


 え?

 ……私の修学旅行は?


 *******************


 --私の名前は浅野詩音。腐れ外道を地獄にたたき落としに向かうティーンの女子高…


「その入りやめろ」

「?どうしたの美夜?」


 私達校内保守警備同好会は地元の警察官マックリーさんの運転する車に乗り込み離羽威亜惨の拠点に向かってた。


 --離羽威亜惨。

 非力な女性を性犯罪に巻き込む悪魔のような集団。

 しかも、我が校の生徒に手を出したとあっては校内保守警備同好会が黙ってる訳にはいかない。


 --先日、橋本圭介君護衛任務の功績を認められ、正式に柴又代表から同好会の代表を任命された。

 初の女性代表、かつ私と美夜の2人体制だった。多分この歴史的な出来事に学校中が震撼するだろうって柴又さんは言ってた。


 でも私達はあの時何も出来なかった。

 圧倒的な力を持つ殺し屋と北京原人との戦いをただ傍観することしか出来なかった。

 橋本君を護ったのは私達の功績とは言えない。


 --強くなりたい。


「なにジャンプ漫画の主人公みたいなこと言ってんのよ姉さん」


 校内の治安を護り、同好会を引っ張っていくのに必要なのは絶対的な強さ…

 あのモンスター達の領域へ踏む混む、人外への挑戦なんだ……


「頑張ろうね、美夜」

「!?」


 車体の揺れが激しくなってきた。車は悪路に入り舗装されてない山道を無理やりに突き進んでいく。


「…刑事さん。離羽威亜惨のアジトまであとどれ位ですか?」

「モウ少シカカルネ」

「近くなったら教えてください…準備したいです」

「準備?ソンナニ身構エナクテオーケー。私ガ着イテル」

「……刑事さん、この粛清は私達で成し遂げなくちゃダメなんです……」

「……ところで、お巡りさん。そのリーブさん?ってのは何人くらいメンバーが居るの?」


 と、唐突に美夜がマックリーさんに尋ねた。バックミラー越しに美夜とマックリーさんの視線がぶつかった。前のめりに腰掛けた美夜の視線が険し…いや、それはいつもだったわ。


「大キナグループダカラネ。大体30人クライダヨ」


 ……30人。勝てるだろうか……


「……そんな連中の所に行くのに私ら3人だけなんてお巡りさん余程強いんだろうね」


 ……?美夜?何言ってるの?私とあなたでやるのよ?


 その瞬間、マックリーさんがブレーキを踏んだ。凸凹の斜面で車がガクンッと揺れて停止する。

 マックリーさんがねっちゃりこっちを振り向いた。


「……刑事さん?」

「大体不審車両の目撃情報だけで即犯人と断定ですか?」

「…美夜?何言ってるの?そのクソ野郎で決定に決まってるじゃん」

「……姉さんはやっぱり馬鹿なんじゃない?」


 !?


「……ソレハ違ウ。奴ラニハ既ニ幾ツモノ犯行ノ容疑ガカカッテル。今回ハ逮捕ジャナクテ--」

「え?叩き潰すのでは!?」

「……」「……」


 任意同行とでも言うつもり?そんな連中は私達の学校の存在する地球で息をさせておく訳にはいかないじゃん!


「姉さんどうした!?そういう事言うのは私だろ!?キャラブレてないか!?」

「美夜はお姉ちゃんのモノローグを理解することが出来るんだね。精神的な繋がりが成せる技だ」

「落ち着け。これはアレか?今後は私がツッコミなの?」


 --その時だ。


 人なんていなそうな山道の草木の隙間からゾロゾロと足音と共に若者達が姿を表したのは…

 車を取り囲むようににじり寄ってくる彼らはその顔に軽薄な笑みを浮かべ、手にはバッドやらナイフやらを持って武装してる。


 ……あれ?


「刑事さん?刑事さん!」

「……全ク面白イオ嬢サンダ。俺達ヲ潰ストハ……」


 私の呼び掛けに返ってきたのはそんな無情なマックリーさんの悪辣な笑顔だった。

 ……ハメられた。

 私の背筋に悪寒が走る。

 本性を表したマックリーに対し、目の下に隈を作った美夜の形相が本職並。


「……姉さん、お馬鹿な姉さんにも分かるように説明すると--」

「この人も離羽威亜惨だったって事ね!つまり…私達も日比谷さん同様獲物に選ばれたってこと……っ!」

「いや、日比谷は知らない」


 真実を知ると同時に私達に拳銃が突きつけられた。


「大人シクシテナサイ。我々ガ優シイ内ニネ。大丈夫…アイツラモ乱暴者ダガ君ラ程ノ上玉ナラ丁重ニ扱ウダロウ…」

「……警官の身分を利用して観光客をこんなふうに拉致してイタズラしてるのか?」

「みみみみ、美夜……けけけ…拳銃が出てきた……」

「アジア人ハ最高ナンダ。人気ダシ、頭モ悪イ。署ニ来タ時点デ君等ハモウ俺達ノ巣ノ中デ嵌ッテタノサ」

「そうか。お前も大概頭悪いぞ?」

「オイ、口ノキキカタ--」

「私の姉さんに狙いを定めた時点で……」


 美夜が座ったままスカートのポケットに手を突っ込んだ。

 見逃さずマックリーが引き金に指をかける。でも私達にこれから変態しようと考えてる助平は美夜の顔に穴を空けるのを躊躇った。


「---虎の尾を踏んでんだよっ!」


 その躊躇いの間に美夜がポケットから引き出したのは白濁液の入った小瓶…

 え?……なにそれ。汚い。


 美夜は片手で瓶の蓋を開けてから容赦なくその中身をマックリーの顔にぶっかけた。

 なんか酸っぱい臭いのする液体にマックリー悶絶!


「ギャアアア!?臭イ!?ナンダコレ--」

「腐った牛乳だよ」


 目に入ったのか顔を抑えて目を閉じるマックリーから素早く拳銃を奪い取った美夜が笑う。


「おい上り坂の途中だぞ?しっかりブレーキ踏んでなきゃダメだろ?」


 凶悪な笑みの吹きこぼれる美夜からの忠告はそのまま現実となり、車を取り囲む離羽威亜惨のメンバー達をお構いなしに、ブレーキの効いてない車は斜面の傾斜に従ってバックし始める。

 1人くらい巻き込みながら急な斜面を落ちていく車。

 その中で美夜が身を乗り出してマックリーを運転席から押し出した。


「え?え?美夜!?」


 ドアを開けてマックリーを突き落とした美夜はすかさずブレーキペダルを踏んで下がっていく車を停止させる。

 すると車は自然と離羽威亜惨の包囲を抜けた後方に--奴らを前面に捉えた位置になる。


「--さぁ。逃げろ逃げろ」


 美夜が……みんなの安全な学校生活を守る同好会のトップに相応しくない悪魔のような笑みを浮かべた。

 拳銃と車のハンドルという凶器を手中に収めた美夜を、チンピラ達に止める手立てはなかった。


 車から覗く悪魔のような顔に地元でブイブイ言わせてる離羽威亜惨、戦慄。

 私も戦慄。


 忘れてたけど……いや忘れちゃダメだけど、我が妹は学校を占拠する暴挙に出れる暴走娘だった。


「美夜ーーっ!殺しちゃダメーーーっ!!」

「死ねぇぇぇぇっ!!」


 水と油みたいに反発しまくる私達の絶叫と共にタイヤが回転し始めて坂道を登り出す。アクセルベタ踏みは殺意の証。


 人気のない山中に絶叫が木霊する……


 *******************


 --そろそろ日も沈みそうですね。


 警察署から眺める空はオレンジになりかけ。私、阿部凪は古城さんと共にポツンと署内に取り残されたまま……


「…わ、わわわ…私達……どうなるんでしょうかかかか……」

「…大丈夫だよ。少し話を訊かれるだけだって。ホントの事喋れば大丈夫」


 ……古城さん、すごい震えてる。この震えのエネルギーを利用したらスマホくらいなら充電できそう……


「オイ!聞イタカ!?マックリーガ離羽威亜惨ノメンバーダッタラシイ!!」

「ソノ離羽威亜惨モ捕マッタッテ話ジャナイ!!」

「ナンカアジトノアル山カラ暴走車ニ追イ立テラレナガラ警察署ニ逃ゲテキタッテヨ!!」



 --修学旅行、2日目終了。

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