バラムツ
修学旅行1日目--
観光バスが入っていくのはお城みたいなホテル。常夏の島の赤く燃える上がるような空にそびえる白亜の宮殿へ続くヤシの木の並ぶ道に勝手にテンションが上がってく。
今回修学旅行中お世話になるホテル。
敷地内にレストランはもちろんショッピングモールや映画館や日本人向けの温泉まで入ってるらしい。しかも24時間利用可のプールまで……
思いがけず修学旅行でセレブの世界を垣間見た母子家庭育ち、小比類巻睦月、感涙を垂れ流し……
すげー……生きてるうちにこんな豪華な施設に足を踏み入れることがあるなんて……お母さん産んでくれてありがとう。これぞインスタ映え。
「……観音様」
「小比類巻君、降りるよ」
「--これから各自部屋に荷物を置いたら16時半に夕食……19時にクラス別に入浴、20時消灯。明日は6時起床。あと明日の班別行動の諸注意があるから班長はここに残るように……以上。用事のない者は部屋で大人しくしておけよ。具合が悪い者は先生に言うこと。葛城先生の部屋まで連れていくから……では解散」
先生からの諸注意が終わり生徒達が順々部屋へ向かっていく。
外見が豪華なら内装も豪華なホテル内はただ廊下を歩くだけでテンションが上がる。ずっと感涙。
「……観音様」
「どうしたんだい?小比類巻君。目でも痛いのかい?」
「When you're sad, you look up?」
部屋割りは班で男女別。俺は橋本とボブ・ジョーダン。
「小比類巻君意外とミーハーなのね」
「……看板は差し上げまする」
「まだそのネタ引っ張るのかい?」
「I have whatever I can get」
隣の黒人さっきから何言ってんのかわかんねー。
さて、肝心の部屋だが……
「こ、小比類巻君!すごいぞ……虎の毛皮が敷いてあるよ!?」
「You'll get mad at animal rights groups」
まず広い。ピタゴラスイッチできそうなくらい広い部屋にデカいダッチワイフと寝ても全然余裕なベッドが3つ。
ベランダに出れば遠くには藍色に輝く海。ガラス張りのバスルームにでっけぇテレビ、冷蔵庫…
「なんてこったい。エアコンが付いてるぞっ!?どうなってんだ橋本!!」
「驚くのそこなんだ」
「Haha!calm down a little」
床でゴロゴロしたってホコリが立たない…だと。この清潔感は日本を超えているんじゃないか?
「Hey、Let's throw a pillow」
「小比類巻君これなに?君の荷物から救急キットと…なにこれ?非常食?」
「あ?無人島対策だ。橋本お前ライターくらい持ってきたろ?」
「無人島?バリバリ人居るけど?どこに行くつもりだったのさ」
「飛行機がハイジャックされて無人島に不時着するかもしれねーだろ」
「小比類巻君はあれかい?枕元に銃を置いてないと寝れないタイプかい?」
「Hey!Don't ignore」
しばらくは自由時間なので俺達は修学旅行らしくテーブル投げに興じて遊んでいたら、部屋のドアがノックされた。
海外は治安が悪いと聞く。カチコミか?と思いつつサバイバルナイフを隠し持ちながらドアスコープを覗くと見つめただけで童貞を殺せそうな美顔が立ってた。
「あら日比谷さん。危険物所持で捕まるよ?」
「?なんかさっきからすごい音してるけど大丈夫?」
「うん。テーブル投げてただけだから」
「?」
「I'm hungry,Dinner yet?」
「晩御飯は先生呼びに来るから……えっとね。さっき班長会議で、明日の班別行動の話したから教えるね?移動する時はこのパスを使ってくださいって。これで路線バスタダで乗れるから。無くさないでね?明日の朝先生から説明あるけど明日は10時から班別行動で自由に回っていいって。で、17時までにホテルに戻ってくること。それとこれ先生の番号。何かあったら報せるようにって。みんなで共有して」
「…なんで莉子先生の番号なの?」
「橋本、なんでお前莉子先生の番号知ってんだよ」
「それと、班員のケータイ番号知っとかなきゃだからこの紙明日までに書いてね」
「えー……恥ずかしいからやだ」
「むっちゃん、そんなことないよ。むっちゃんの電話帳にこの日比谷が乗るんだよ?」
「Limeじゃだめなの?」
「だめ。メガネくん口ごたえしない」
「はい……」
班長様からの諸注意が終わり橋本とボブ・ジョーダンが電話番号を書く紙持って部屋の奥に戻っていく。
「ご苦労さん。じゃあ明日--痛っ」
俺も戻ろうとしたら日比谷さんに襟首捕まった。ぐえっ。
「むっちゃん、むっちゃん。耳貸して」
「え……耳は貸せない……俺耳なし芳一になっちゃう……」
「……」
「そんな悲しそうな顔すんなよ…ブラジリアンジョークじゃん。なに?」
日比谷さんに顔を寄せる。いい匂いがする。くんくん。
日比谷さんはドアを半分閉めて部屋の中の2人から俺らを隠してから耳元に顔を寄せてくる。
「今日消灯時間の後……ホテルの中散策しない?」
「……?出歩いたら怒られるよ」
「むっちゃん、真面目。さっき聞いたんだ。先生部屋の見回りは1回だけって。だから部屋の見回りが終わる頃…22時くらいに抜け出したらバレないよ」
「眠たい」
「ここ、色んなお店とか遅くまでやってるんだよ?プールとかもあるし……」
「僕泳げない」
「…………」
「分かったって。そんな寂しそうな顔しないで」
俺が了承したら日比谷さん「やった!」と嬉しそう。日比谷のファンクラブの連中ならこの顔で白飯3杯いけるんだろうなぁ。
「じゃあ、22時にロビーでね!」
「ん、あいつらに言っとく」
「……」
「痛い、なんでつねるの?」
「むっちゃんと、私と、2人!」
「あ、はい……」
じゃあ、約束ね!と日比谷さんは跳ぶように廊下を戻っていく。ていうかちょっと飛翔してる。そんな日比谷さんを俺は呼び止めた。
大事なこと忘れてた。
「日比谷さん、俺金ないからね」
「知ってる!」
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--飯や。
呼ばれて部屋から飛び出てロビーでクラス別にレストランへ…
晩飯は豪華にバイキングやと。並ぶ皿に盛り付けられた料理はどれも小洒落た見た目で高そうやった。
「ひひっ…おい風香、楠畑…これ全部食い放題らしいよ」「素晴らしい…食い尽くしてやる。肉の一欠片も他の奴にはやらない…」
はぁはぁヨダレ垂らしながら今か今かとその時を待つ自称内閣総理大臣と国連事務総長の娘達。
「手を合わせましょ!」
『合わせました!』
「この世の全ての食材に感謝を込めて」
『いただきます!!』
全体の挨拶が終わったらもう乱戦や。
みな一斉に料理の皿に向かって駆け出してく。サバンナで力尽きたゾウに狙いを定めたハイエナの如く。
「…いやしい奴らやでホンマ…その点ウチは育ちがええからそんな食い意地張っとらんねん」
「おい!楠畑ぼさっとするな!!早くしないと全部取られるぞ!!」「楠畑急げ!!飢え死ぬぞっ!!」
田畑、長篠がその中で誰より先にと列に突っ込んでく。それを生暖かい目で見守りながらウチも皿を手にお行儀良く列に並ぶ。
やっぱ日本の観光客多いんか知らんけど日本食が沢山あった。特に刺身は色んなバリエーションが揃っとる。
日本食は人気なようで刺身の周りに飢えた高校生達がごった返す。
…やれやれ。折角海外に来たんやからそれっぽいモン食えばええものを…
「おい、これは何の魚?」「これは…バラムツ?って書いてるよ」「聞いた事ないねー」
なんやとっ!?
クラスメイト達のその声にウチはジャッカルの様に飛び込んだ。
「どかんかいわれ!それはウチのや!!」
「うわっ!?なんだ!?」「おい順番待てよ楠畑!」「痛たたっ!!噛むな!!」
やかましい。黙っとれ素人共。この魚だけは決して譲らへん…
ウチが最前列に割り込んだ時バラムツはまだ沢山皿に盛られとった。
これやこれ!ウチはこれを求めとったんやっ!!まさかこんな海外の地でお目にかかれるとは…
「あ!割り込むなよ脱糞、それ俺が…」
「やかましいわ。寄越さんとここで漏らすぞ?」
ウチ渾身の脅しに腰抜け共はザッと距離を取る。そんな根性で飯にありつけるわけないやろ。退け退け。
楠畑香菜はバラムツの刺身を手に入れた。
「おい楠畑!ローストビーフを手に入れるぞ!」「着いて来るのよ!!」
「ちょっとすみません。お2人様、その肩に乗せてらっしゃるのは?」
「え?」「タンザニアバンデッドオオウデムシだけど?」
「…こちらに来てください」
「あ!何すんのよ!ローストビーフが逃げるじゃんっ!」「このっ!ホテルの従業員の分際で…私のお父さんは国連事務総長よっ!!いやーっ!人攫いー!!」
馬鹿が2人連れ去られたけどそないな場合ちゃうんや。ウチは皿に盛られたテカテカ光る白い刺身にほくそ笑む。
バラムツっちゅうんはスズキの仲間の深海魚。大型で最大2メートルにまでなる魚や。
気になる味やけどとても美味らしい。ウチは食うたことないけど。
なんで食うたことないのにこない詳しいかっちゅうたら、そもそもこの魚日本では販売が禁止されとって流通せん。
その理由がコイツの脂にある。
コイツの脂は人が消化できん脂で、コイツを大量に食ったら下痢や腹痛の症状に苛まれるんや…
そう。“下痢”するんや。コイツは。
こんもり盛られた刺身を前に笑みが吹きこぼれる。これはヤツに食わせる為に生まれてきた魚と言っても過言やない。そやろ?
ちゅうわけで積年の恨みを込めてヤツに--ウ〇コタレ男に食わせようっちゅう事や。
これで恨みを晴らして、ウチとヤツとの因縁にケリをつける!!死ね!!小比類巻!!
「橋本よ…タラバガニはヤドカリの親戚の婆ちゃんの友達って知ってたか?」
「え?そうなんだ…親戚の婆ちゃんの友達は他人だね。小比類巻君なにそれ?何取ったの?」
「毛ガニのエラ」
「エラ!?そこに脚が並んでるのにエラ!?」
「橋本よ…通はこういうとこを食べるんだよ。ところでアルパカってなんで唾吐くか知ってるか?」
「威嚇…?」
「風邪気味なんだよ」
「くしゃみってこと?あ!なにさりげなくエラ僕の皿に入れてるの!?」
「むーーつーーきーーくーーん♪」
見つけた。
これ以上ない親愛を込めて、その声音に刃を忍ばせウチはウキウキでバラムツをヤツに持っていく。
ウチと相対したヤツは露骨にバツが悪そうに顔を逸らした。
「…え?なに?トイレならここ出て左…」
「ちゃうちゃう。ウチの腸内環境は快適や。そないなことやない」
この後便所が必要になるんはおどれや…睦月。
食らえっ!!
「この間はなんか悪かったな思てな?ほら、ビンタしてもうたやん?あれずっと謝りたかったんよ。それでこれ、お詫びの印やねん」
「……」
「これ、えっと…鯛の刺身やて」
「…………」
「なんやねんそないな顔して。苦労して取ってきたんぞ?見てみほら、あの刺身の人気様…ウチがどない苦労したか分かっとる?全てアンタの為--」
「日比谷さんと仲直りした?」
……っ。
コイツ…また日比谷か。
「あ…あー……まぁそのうちするわ。そやな、日比谷にも悪いことしたな?せやけどまずおどれ…」
「あ、日比谷さん」
なに?
「むっちゃ…げ。脱糞メイド?」
コイツ出会い頭に失礼なヤツ…
アカン…今は抑えろ…こめかみに浮き上がる血管を押さえ込んでウチはぎこちないながらもメイド喫茶で培ったスマイルをぶつけた。
「お、おー。日比谷やんけ。この間はすまんかったな」
「……」
「日比谷さん、脱糞女が仲直りしたいって」
と、ウ〇コタレ男が間に入ってくる。ヤツとウチとを交互に見てから日比谷の顔がくしゃっと歪んだ。
「……え?仲直り?」
「この間喧嘩したじゃん。ほら、ちゃんと仲直りしないとダメだぞ」
保育園の先生か、貴様。
「……せやせや。ホンマにあん時はすまんかったな?な?この通りや」
「……で?2人は何してるの?」
「え?橋本がアルパカの肉食いたいって言うからその話」
「え?アルパカの肉あるの?」
「むっちゃんって時々会話が通じない……」
くそ…いや誰が糞や。糞女や。ちゃう。
話が横に流され始めとる…ウチはヤツにこの魚を食わせたいだけなのに。ここで時間食うたらまずい。ここはさっさと日比谷に退場願う必要があるな。
「いや、日比谷、真面目な話、この間はホンマにすまんかった。ほら、許してや。ウチら折角同じ学年で巡り合えたんや。ウチは感激しとるで?この長い地球の歴史の中で世界一可愛ええ女と同じ学校になれる確率ってどんなや?そんなアンタにあないな事言うてしまって……ずっと後悔しとったんよ」
「まぁそうでしょうね!!この日比谷とこうして同じ空気を吸えるなんて、ありがたいどころじゃないもの!!」
……こいつ、調子乗んなや?
「ほんとに悪いと思ってるなら許してあげないこともないよ?楠畑さん?」
「日比谷さん…そういう態度嫌われるよ?」
そやそや!もっと言ったれウ〇コタレ男!
……が、ここでけしかけてもまずい。ウチは頭を深く下げた。これ以上ないくらい下げた。こない頭下げたんは家のトイレが故障した時業者が直してくれた時以来や。
「ふーん…まぁ、むっちゃんもこいう言ってるし、仲直りしようか」
「恩に着るでホンマに!」
はよ消えろ。
「日比谷さん、これ、脱糞女からお詫びの気持ちだって。お刺身」
その時このトンチキがまた余計なことを!!
ウチの手にあった皿をひったくって日比谷に渡しやがった!!
ちゃうやろ!!それはおどれの為に用意した悪意の結晶--
「え?……ありがとう」
「鯛だって」
「鯛好き。ありがたくいただきます」
ウチはウンウンと満足げに頷くウ〇コタレ男のケツを日比谷に分からんようにつねった。
「痛」
「あれはおどれにって言うたやないか!」
「日比谷さん喜んでるぞ?俺は2人に仲直りしてほしかったんだよ。ほら日比谷さん喜んでる」
見たらあの女、「美味♡」と言いながら刺身を食っとる。
「いや、おどれへのお詫び--」
「日比谷さんにちゃんと謝ったし、もういいよ。俺は。それに俺、刺身食えない」
「…?美味しいけど、これ鯛?」
くそっ!!
誰が糞女やっ!!




