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オーディションのやべーやつ

 2月1日。僕は何度目かの東京の地に降りていた。東京は向こうに比べて遥かに寒く感じた。通行人もまだまだコートとマフラーを手放せない、そんな都会の街並みを僕は後輩の香曽我部さんと歩きながら眺めてる。


「橋本先輩、今日は顔つきがなんか違うッスよ?」

「気合が入ってるからね……今日の僕はひと味もふた味も違うさ」


 --橋本圭介。今日こそ結愛との約束を果たす為……夢に向かって大きく手を伸ばす。

 今日はアイドルオーディション。


 --ヤッテランネー・プロダクション。

 毎度の事ながら僕が今日オーディションを挑む芸能事務所である。本気坂48などの超人気アイドルのプロデュースを行ってる。

 ただ今回のオーディションは今までとは訳が違う。


「先輩……マジでいつもと顔つきが違うッス。何があったんスか?」

「気合が違うのさ」

「いや……というより顔面が……」

「あぁ。メイクしてみたんだ。やはりアイドルになる男たるもの、自分から意識が高いというのを見せつけ--」

「デーモン閣下みたいになってるッス」

「え?」


 街のショーウィンドウに反射する自分の顔を確認。

 色白の方が清潔感と爽やかさが出ると思ったので肌を白く塗って、切れ目のカッコイイクールな目元を演出する為にアイシャドウとかもシュッ!て塗って、なんか流行りなのでって店員さんに勧められたので頬にもアイシャドウ塗って、流行りらしいので黒い口紅塗って……


 新生橋本圭介爆誕。


 ……………………


「…先輩ミュージシャンになるんスカ?」

「……」


 薄々は気づいてたさ。でも審査書類にこの写真貼っちゃったんだよ。


「……お笑い芸人スカ?」

「違う。エル☆サレムだよ」


 そう……今回のオーディションはいつもとは違う。

 今回のオーディションはあの国民的男性アイドルグループ、エル☆サレムの新メンバー候補を決める為のオーディションなのだ。

 この事実は公表されていない。城ヶ崎さんから特別に教えてもらった。

 このオーディションに受かればトップアイドルまで一気に近づける。

 必然、僕の気合いも違ってくるというもので……


「先輩、お前も蝋人形にしてやろうかって言ってみてくださいよ」

「……」


 *******************


「すみません、今日のオーディションに応募した橋本ですけど……」

「ぷっ!?……くくっ……橋本様ですね……はい……くくっ…くっ」


 受付のお姉さんに笑われた……


 途端に自信とかプライドとかが砕け散っていく気がしたけど、めげずに前へ……大丈夫、オーディションを受けるのは今日が初めてではないじゃないか。審査員達も僕の今までを知っている。顔がふざけてるとしても真剣に見てくれるはず……


 今までの努力を信じろ……


「なんだお前は!?」「おい!今日はアイドルのオーディションだぞ!?」「お笑い芸人かてめぇ!!NSC行け!!」


 …………


「先輩……早速他の応募者から敵意の的になってるッスよ?」

「……あ、うん」


 オーディション控え室で僕は罵詈雑言に出迎えられ、胸ぐら掴まれた。


「俺らは真剣にオーディション受けに来たんだよ……冷やかしのつもりか!?」

「いや……僕も真剣ですが!?」

「どこがじゃ!!」


 ……イケメンの人って怒ったら怖いよなぁ。顔怖。

 いや……負けるな。いかに顔が良くたって、人前でそんな怖い顔を見せるのはアイドルとしての意識が足りない。

 いつでもどこでも、全身全霊トップアイドル……そうですよね?城ヶ崎さん。

 戦いはもう始まってるんだ……

 僕はアイドルに相応しいスマイルを返した。


「これくらい真剣です」

「舐めとんのか!!」



 --痛い。殴られた。


「先輩、目元のアザがさらに禍々しさに輪をかけてますよ?」

「禍々しいとか言うな」

「芸名は『白塗り三四郎』とかでどうっスカ?」

「嫌だ」



「--それでは、1番の方からどうぞー」


 来た。

 僕がフクロにされてから数分後、職員が控え室の扉を開けて最初の人を指名する。

 呼ばれて出ていくのはイケメン。見送る他の人もイケメン。後は小麦色のギャルと、デーモン閣下だ。


「…いや、大丈夫だ。大丈夫だよ…僕ならできる。あんなに頑張ってきたじゃないか…努力は必ず報われる…」

「先輩、今朝までの覇気がないっス。周りのレベルに圧倒されたっスカ?」

「努力は裏切らない……」

「努力は裏切らなくても自分は自分を裏切るッスからね……あんなに頑張ったのにどうしてあの時あんなポカを……なんてことはザラッス」

「真面目にやってるやつが勝つ…」

「真面目にやってる人が笑ってるの見たことないッス。てか、その面で真面目は無理ッスね」

「僕ならやれる……誰よりも努力してきたんだ……この部屋の誰よりも……」

「そうやって他人の努力を軽く見るやつはいつだって他人の見えない努力に挫かれるッス」

「香曽我部さんは誰の味方だい!?」

「別に誰の味方でもないっスよ?」


 さっきから横でちょくちょく僕の勇気をへし折ってくる香曽我部さん。君は何しに来たんだい?おもちゃにするなら帰ってくれ。


「……というかほんとになんで来たの?」

「先輩がひとりじゃ怖いって言うからじゃないッスか。女の子の後輩を東京まで誘うなんて勇気あるっスねー。狙ってます?」

「違う」

「アタシ、いやらしい事無理ッスよ?汚いから」

「違う」

「てか先輩、これだけ頑張ったのにって言ってるけど頑張ってる形跡皆無ッスよ?アタシ、先輩がアイドルになる努力してるの見たことないっス」

「なんてこと言うんだい!こう見えて毎日のレッスンを欠かしたことは無い!!」

「…………」

「君は知らないだろうがね!僕らの同好会は本来アイドルを目指す--」

「じゃあここでその努力とやらを見せてくださいよ……」


 ……え?何その無茶振り。

 じとーっとした目で僕を見つめてくる香曽我部さん。へばりつく視線とプレッシャーは審査員顔負けでそれを振り払うことは出来なかった…


「…いいよ」


 ここで退いて後輩の前でカッコがつくか!

 僕は椅子から立ち上がる。部屋中の視線が集まる。なんなら控え室の扉が開いておじさんが部屋を覗き込む。

 それくらい注目を浴びるのも、このメイクのおかげだろう…


 香曽我部さんがくくく…と笑いながらスマホの音楽アプリを起動。室内に軽快な音楽が鳴り響く。


 自然と動き出す体--何万回と踏んできたステップを自然と足がなぞる。音楽のリズムの波に乗って躍動する僕の全身はキレッキレの動きで舞う…

 自分で分かる…いつもと体のキレが違うのが…


 いい…いい調子だ。


 室内の視線が僕に釘付けになるのが分かる。香曽我部さんの目がまん丸に見開かれる。


 弾ける体、そして最高のスマイル…

 橋本圭介…覚醒--


「なんだそのダンスはっ!やっぱりてめぇふざけに来たんだろ!!」

「ぶへっ!?」


 ミュージックと僕の躍動を分断する飛び蹴りが隣から頬肉を打つ。吹き飛ぶ僕がコロコロと転がり、香曽我部さんの喉ちんこが揺れる。


「なんスか今の!あははははははははっ!!」

「……な、何を言ってるの?今のダンス…笑うとこあった?」

「笑いどころしかないッスね!」

「ロボットダンスか!あ?」「大体その顔が全てを台無しにしてんだよ!!やめろこっち見んな!!」「パントマイムかよ!!」


 ………………


 結愛…城ヶ崎さん…ついでにお父さんお母さん、兄さん、弟よ…


 僕の夢は間違えてるのでしょうか?


 *******************


「えー…と、橋本圭介君ね」

「はい。よろしくお願いします!」

「ふざけてる?」


 ようやく始まった僕のオーディションは開始3秒で暗礁に乗り上げた。

 並んだ審査員が僕の顔を見て眉根を寄せる。途端に嫌な汗が噴き出した…


「えっと…真面目です」

「それは…メイクかな?中々奇抜だねぇ」

「ありがとうございます」

「褒めてはないんだよねぇ…」


 まずいまずいまずいまずいっ!やっぱりこの顔は受けが悪かったか…

 前回のオーディションを思い返す…このままでは今までと何も変わらないじゃないかっ!


「あの…ダンス得意です!見てくださ--」


 まずいという思いに駆られて立ち上がるも、控え室での嘲笑を思い出したら体が固まった。


 …ダメだ。


 ああ、なんて情けない…今朝までの自身は、覚悟は…僕はなんてダメなやつなんだろう。

 どこまでも自分を信じられない。自分に勝てない…僕はなんて--


「--君は来るところ間違えたね」


 突然僕の後ろから声がした。

 同時にギョッとして立ち上がる審査員達。何事かと僕も振り返った。


 突如オーディションに割り込んできた邪魔者は2人…そのうちの1人はさっき控え室を覗いていたおじさんだった。

 そしてもう1人……

 それは僕でも知ってる有名人だったんだ。


「…これは……有明ありあけまぐろ先生…っ」


 そこに立っていたのは、日本人なら誰でも知っている超大御所タレント、有明まぐろ。

 なぜ…こんなお笑い界の重鎮がこんなところに…!?


「さっきな?俺のマネージャーがオーディションの控え室でおもろいやつ見つけた言うけん見に来たんよ。邪魔してゴメンな?」


 ヒャーーッと笑いながらよく見る笑顔を向ける大御所に事務所の審査員達は「いえいえ!」と頭を下げる。


「ヒャーーッ!ホンマおもろいわ!君、名前は?」

「…橋本圭介です」

「ヒャーーッ!ヒャッヒャーーッ!!」


 …あなただから許されるけど人の顔至近距離で見つめて唾飛ばしながら爆笑するなんて、本来なら失礼極まりないよ?


「なぁ?ちょっと借りてええやろか?」

「あぁ…どうぞ。彼は不合格なので」

「え!?」

「ヒャーーッ!!」

「えっ!?」


 ……え?


 *******************


「…やっべぇ…ホンモノの有明まぐろだ」

「ファーーーッ!!」

「……」


 事務所の応接室に通されたのは、僕と何故か香曽我部さん。

 僕らは普通ならお目にかかれない超大物とテーブルを挟んで対談する。こんな機会滅多にないけど、それどころでは無い。僕のオーディション、一瞬で終わった……


「あの…それで?なんの御用で……?」

「ファーーーッ!!」

「…?」

「ヒャーーーッ!!ファーーーッ!!」


 …なんだ?城ヶ崎さんといい、芸能界で名が売れるとみんな笑い癖でもつくのか?


「ホンマおもろい顔やなぁ…なぁ?」

「あ、ありがとうございます?」

「なんでアイドルオーディション受けに来たん?」


 あなたこそなんでこんな芸能事務所に?仕事ですか?

 まぁこちらが根掘り葉掘り訊くのも恐れ多い…訊かれたことにだけ答えるとする。


「アイドルになりたいから……」

「ファーーーッ!!」


 いちいち笑うな。


「なんで?」

「え?…女の子にモテたいから…」

「ファーーーッ!!」

「……」

「マジでそんな笑い方なんだぁ…ヤバ。唾ヤバい」


 ケラケラ笑いながら有明まぐろさんはテーブルに身を乗り出して本題を切り出した。

“僕ら”に。


「控え室の漫才見たで」

「漫才じゃないです。ダンスです」

「兄ちゃんええもん持っとる…なぁ、アイドルよりお笑いせんか?」

「……?」

「コンビ名は…『白塗りとコッペパン』。ファーーーッ!!」

「…白塗り……」

「コ、コッペパン…?」


 僕のダンスにはお笑いの才能が秘められていたらしい。

 僕は超大御所からお笑い芸人に誘われた。しかも香曽我部さんとセットで……

 まさか香曽我部さんに言われたことが現実になるなんて……


 ……は?どうしろと?


 呆然としつつ、突然の事態に固まりつつ、唾を浴びつつ、それでもドクンッと胸の奥で波打つ感覚…

 こんなことってあるだろうか……?

 僕はアイドルになりたい。

 それは間違いないのに…向こうからやってきた憧れの芸能界への誘い。無論それは僕の目指す方向ではないけれど……


「……マジッスか?先輩、アタシら芸能界デビューッスか?」

「どや?俺に弟子入りせんか?」


 向こうから手を差し伸べる大御所…


「女にもモテるで?」

「ハイハイ!質問!!韓国のイケメン俳優会えるッスか!?」

「会えるで?多分。あんたらが売れたらな?ファーーーッ!!」

「マジで?先輩!!やべぇッス」


 …女の子にもモテるのかぁ……


「その才能…活かさな勿体ないで?ファーーーッ!!」

「……」

「ヒャーーッ!!ファーーーッ!!ファーーーッ!!」


 ………………………………


 僕の人生--多分これ程大きなチャンスは二度と転がってこない。

 望んだ道でなくても、こんなこと二度とない。きっとない。普通に歩いたら間違いなくなんでもない平凡な僕のこの先の人生…下手したらアイドルにもなれるか分からない。

 このチャンス…………


 --浮かんだのは結愛の顔だった。


「……すみません」

「ファ?」


 僕は頭を下げていた。テーブルに反射する自分の顔が見えた。酷いな……これでアイドルですって?


 そうさ…僕はアイドルになるんだ。

 何度だって…挑む。


「約束があるんです。大切な人と…なのでお笑い芸人にはなれません」

「……せ、先輩…橋本先輩がなんかカッコイイ…デーモンなのに…っ」

「……」


 …怒らせただろうか?相手は芸能界の超大御所だ。ドクドクと心臓が早鐘のように鳴る。

 胸がはち切れそうだ…


「……そうか」


 下げた頭に降ってきたのは柔らかい声と、人の良さそうな笑顔だった。

 頭を上げた僕に有明まぐろは言った。


「残念やけど、しゃーないな。頑張りや、兄ちゃん」

「……ありがとうございます」


 有明まぐろの手を僕は握っていた。彼の握手は力強く固かった。なんだか力を貰った気がした……


「姉ちゃんも、握手や」

「……いや、他人と握手とか……無理っス。汚い」

「ファーーーッ!!」

「あ、すみません……お笑い芸人にはなれないけど…サイン欲しいです」

「ファーーーッ!!ヒャーーッ!!」


 --僕はまだまだ頑張れる。

 約束があるから…



 オーディションには落ちたけど、有明まぐろにサイン貰った♪

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