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度を超えた馬鹿でありがとう

 --季節の巡りは早いもので…いや、まだ冬だ。

 なにはともあれ、1月。俺はここに立っている。

 駅のホームで電車を待つ…まだ電車が来るまで10分もあるけど気持ちが逸って早く着いてしまった。風の吹き抜ける駅のホームのベンチは緊張で溜まる熱を冷ましてくれる。


 ……大丈夫だ。あれだけ勉強した。なにも心配ないはず。


 言い聞かせても、今までの努力を思い返してもへばりついた不安は消えてくれない。俺はちゃんとやれるだろうか…?


 広瀬虎太郎。今日は大学入試……


「虎太郎。おはよう…」

「あ、紬さん…」


 風に前髪を揺らしてたら隣に座ってくる声があった。視線を向けたら紬さんだった。

 いつも通りのポーカーフェイス。でも覗く横顔は強ばってるのが分かる。彼女の微かな感情の機微。漏れ出すそれを俺は読み取れるようになったんだ。伊達に3年間一緒にいない。

 最初はほんとに何考えてるのか分からなかったけど…


 *******************


 --思えば高校入試も緊張した。


 ガチガチになりながら無茶苦茶な試験と面接を突破して晴れて高校生になったのは約3年前……

 春の暖かい空気に桜が芽吹いて頭上でピンク色の傘を広げる季節…

 まだ中坊の雰囲気の抜けない新入生達が埋め尽くす校内で俺は紬さんと出会った--



「……あの」


 桜の花びらが舞い散る体育館前で後ろからかけられる声に俺は振り向いた。

 その先に立っていたのはメガネをかけた理知的な雰囲気の美少女。ひらひらと視界を舞う桜の花びらと遠くの人だかりのシルエットが絵画の額縁みたいに彼女を切り取って一瞬目を奪われた。


「……あの」

「あ、はい」


 紬さんは俺の顔を覗き込みながら、俺の後ろに張り出されたクラス割りの表も見つめている。そしてすごく言いにくそうにしながらも後ろの表を指さして問いかけた。


「ここに私の名前がないんだけど…」

「……?」


 まずひとつの疑問符。新入生なのに名前が無いわけない。

 ふたつ目。何故それを俺に訊く?


「私はこの先どうしたら…?」

「この先…えっと…どうしようか…」

「もしかして私試験に落ちてた?」

「いや訊かれてもなぁ…」

「私はこの先の人生どうしたら……」

「人生!?」

「中卒じゃ生きていけない……」


 なんて言うか…すごく飛躍した考えかたをする人だなぁって思った。


 俺に助けを求められても対応に困るので俺は近くにいた教員を呼び止めて事情を説明した。


「クラス割りに名前がない?おかしいなぁ…名前は?」

「潮田紬です」

「……」「……」


 ごつい体育教師が表を凝視する。俺も釣られて彼女の名前を探したら…


 普通にあった。


「あるよ?ほらここ…俺と同じクラスだね」

「えっ?…あっ」


 メガネ越しに目を細めて表を見つめる彼女。目が悪くて見逃したんだろう……

 って思ってた俺のド肝を抜いたのは次にこぼれた一言だった。


「あれ…しおたつむぎって読むのか……」

「……」「……」


 あなたの名前でしょ?


 *******************


 入学式が無事終わり、珍妙な級友の事などしばらく忘れていたある日……


「生徒会に立候補したい人はいるか?」


 担任がホームルームで放った一言は生徒会選挙に関するものだった。

 我が校では生徒会選挙は年末の学年総会に行われ、その後新入生だけで再度生徒会立候補者を募り一学期中盤くらいに新生徒会が完全に発足される…という形になっている。

 ちなみに理由は新入生が先輩達と顔なじみになると「この人達と生徒会なんてしたくない…」って思うかららしい。先生が言ってた。一時期新入生から生徒会に入る人が誰も居ないなんて事態にもなったとか。

 なぜみんなそう思うのかと言うと、この学校の生徒がみんなおかしいかららしい。


 そんな話はまだ知らないフレッシュな新一年生とはいえ、どう考えても面倒臭い生徒会なんて役職に立候補する人はそう多くはないわけで……


「はい先生!」


 ザワつくクラス内で手を挙げたのは元気のいい金髪のツインテール。後で知ることになるが彼女こそが元生徒会花菱百合子。そして俺と中学が同じだったというのだ。


「私やります!」

「ほぅ……覚悟は出来てるんだろうな?ここで生徒会を張るってことがどういうことか…お前理解しているか?」

「してないです!!」

「……ふんっ、久しく見てなかったな。その目は……いいだろう。やれるだけやってみろ」


 ……?生徒会の立候補の話だよな?極道にでもなるのか?


「はい!」

「なんだ花菱」

「もう1人、潮田さんを推薦します!!」


 突然矢面に立たされた紬さんはギョッと目を見開いて電柱のように直立する花菱を見ていた。俺は外を見ていた。


「……なぜだ?」

「頭良さそうだからです」

「……お前には先見の明がある。よかろう」


 全然良くない。本人を置き去りに話が進み、「たしかに向いてそう」とか「かっこいい」とか「あんたにならついていける」とかクラスメイト達が口々に無責任なことを言う。

 教室の端で泣き出しそうな紬さん。俺は外を見ていた。


「……ならばもう1人くらい出てくれれば我がクラスにも泊が付くというもの……広瀬、できるな?」


 !?


「賛成」「かっこいい」「お前しかいない…」「お前に任せたい」


 !?!?


 俺は空で千切れ飛ぶ雲を視界の端に収めながらつらつらと名前の乗る黒板を見つめていた。


 成り行きで入った生徒会……2年生になっても続けていたのは進路で有利になるから。ただ、その時の俺はそんな事考えてもなくて、空を徐々に覆っていく雨雲ばかりを目で追っていた…

 ら、こんなことになってしまった。



 --トントン拍子に話は進み、一学期中盤には俺達は新生徒会のメンバーとしての肩書きを手に入れていた。欲しくなかった…


「ようこそ生徒会へ……2年生徒会長の牟田です」


 ボーイッシュで爽やかな女子、牟田会長が居並ぶメンバー達に頭を下げた。


 この時加入したメンバーは俺と紬さん、花菱、小河原である。それぞれ役職は俺が広報で紬さんは副会長、花菱は書記、小河原は会計。何故か広報はいつも1人……


「書記長の魔馬刃まばはだ」

「会計長のチン・グンソクです」


「…小河原です。よろしくお願いします」

「花菱百合子です。すましい願おくしろよ」

「広瀬です。お願いします」

「…潮田--「この子は塩田紬!!私が推薦しました!!うちのクラスで1番の秀才です!なんでもアメリカの大学を飛び級で卒業してアメリカはレベルが低いからと日本でやり直す為に来たんだとか!!」

「!?」


 今思うと花菱は紬さんが嫌いだったのか…?もはやただの嫌がらせとしか思えない紹介に先輩方は「おぉ」と沸き立つ。これを信じる当たりやはりこの学校は馬鹿しか居ないのかもしれない…


 気の毒そうな視線を俺が向けていたら紬さんと目が合った。表情にこそ出さなかったがその目だけ見れば潤んで泣きそうで「助けて」と訴えてるように見えた。



 --こうして始まった生徒会生活……


「広瀬君、次の校内新聞は全部英語でいこうか」

「会長…どうして急にそんなことを…?」

「カッコイイじゃん。「え?生徒会の人達って頭いー」って思われたいじゃん?」


 この人も頭が緩かった。


「その顔…「英語で新聞なんて作れなよ」っていう不安顔だね?」

「「英語で書いても誰も読めねぇよ」って顔です」

「頭の弱い広瀬君よ。ここにアメリカからの帰国子女が居るだろう?」

「は?」「!?」

「彼女に手伝って貰いなさい。では」

「……」「……」



「……広瀬君」

「潮田さん、英語できるの?」

「……」


 彼女はそのクールビューティな雰囲気から頭がいいと勝手に思い込まれてる。この時入学式の時自分の名前の漢字も読めなかったことをとんと忘れていた純粋な俺はそっと潮田さんの前に紙とペンを置いていた。


「書くことは決まってるんだ」

「……広瀬君、あの…」

「テニス部の記事を書こうと思っててね…これ、記事の内容。これを英語で……」

「広瀬君」

「まぁ全部任せるとは言わないよ。俺もちょこっとはできるから…大半はお願いするかもだけど……」

「……………………頑張る」



 --…%#*&「~~」@☆&*「*」♡@♪♪「&、!」/+!«…»’♡#«»$⇐*゜。?


 紬さんの超大作は上記。


「……」

「……」

「潮田さん?英語だよ?」

「……英語です」

「……」

「…………」

「君の住んでたのは異星のアメリカ?」


 この時ほど英語を勉強したことは無い。そして、驚異的なスピードで学習し1週間で英語だけで新聞を書き上げられるレベルにまで高まった自分の能力に「あれ?俺ってもしかし勉強できる?」と確信した……

 今こうして難関大学に挑もうとしてるのもこの時から芽生えた自信があったからだ。


 *******************


「……ふふっ」

「虎太郎?」


 電車の到着を告げるアナウンスを聞きながら微かに頬を緩めた俺に紬さんは怪訝そうな顔をした。

 今から大学受験だと言うのに余裕の笑みを浮かべる俺に紬さんが不思議そうな顔をするのも無理はない。


 でも、昔を思い出したらさっきまでの不安も消えていた。


「……紬さんにお礼言わないとね」

「え?」

「俺、きっと紬さんと一緒に居たからこんな立派な大学に挑もうなんて思えたんだよ」

「…………虎太郎」

「紬さん…度を超えた馬鹿でありがと--」


 --ペチンッ!


「………………」

「気合いの1発。寒さ吹き飛んだ?」

「うん……」

「気合い出た?」

「うん……」


 ホームに電車が滑り込む。

 あと数時間後には、俺は机上で難問と向かい合ってるだろう。

 それをリアルに想像してもやっぱり思えるんだ…大丈夫だって。


「行こう」

「うん」


 頬に紅葉を貼り付けたまま緊張する紬さんに続いて電車に乗り込む--


「紬さん」

「はい、度を超えた馬鹿の紬です」

「……一緒に受かろう」


 俺らを乗せた電車はその車輪を静かに転がし俺らを運んで行くのだった……

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