殺そうとしたんだろ?
--ウチは今、薄暗い部屋で机に手錠で繋がれとる。なんで学校にこんな部屋があるんか甚だ疑問やけど、ウチが居るのは取り調べ室や。
「脱糞香菜子さん」
「黙れ」
やたら強いスタンドの明かりを当てられて目をしぼめるウチの前に居るのはなんのプレイなんか互いの手を手錠で繋いだ双子……
以前我が校を混乱と恐怖に叩き込んだあの『せいし會』事件の中心人物…浅野姉妹や。
ウチは今、校内保守警備同好会に身柄を拘束されて、校内にある取り調べ室で取り調べを受けとる。
?
容疑?は日比谷を泣かせたこと…現場を抑えた校内保守警備同好会は泣きじゃくる日比谷を見てウチに非があるとして連行した。
こういう時って日比谷からも話聞かん?てか、高校生にもなって喧嘩で泣いたくらいのことでこない大事なる?小学生かっ。
と、内心止まらへんツッコミを切ったんは顔の前に向けられた強い照明や。
眩しさに眩む視界の中でぼやけた浅野(姉)が再びウチに問いかける。
「脱糞香菜子さん」
「その呼び方する限りウチはなんも喋らへんぞ」
「おい、糞女」
「糞言うな!!」
ドスの効いた声でウチの髪の毛ひん掴むんは問題のある方の浅野妹。髪の毛掴んで勢いよくガクガク頭揺らしてくる。
やめろやっ!!髪の毛抜けたらどないすんねんっ!!
「黙秘なんて上等な権利があると思うなよ?お前には喋るか、一生ここで過ごすかしか選択肢はない」
「美夜!!」
姉から妹へ、腰の入った1発が頬に炸裂。すんごい音がして妹が吹き飛んだ。
「乱暴はやめて!!」
「…った。それ、そのまま返すわ」
「脱糞さん。素直に全て喋ればすぐにでも解放します」
「いやおどれも言葉の暴力容赦なく浴びせてきとるやんけ」
これはあれか。妹の方が暴力で精神を削って姉の方がすり減った心に付け入る作戦か。悪質な取り調べや。
てかなんでこんな目に遭っとるん?最近拘束されること多ない?
「校内の治安を乱しやがって」
「いやおどれが言うん?おどれのが大それたことしたで?」
「さっさと喋れ!!」
…………もう。なんか…なにからツッコんだらええねんこれ。は?ねぇ?これが日本の高等教育なん?学校という特殊な閉鎖的空間で行われとる事実なん?みんなこんな試練乗り越えて大人になっとるん?勇者じゃん。
「脱糞さん」
「おどれがちゃんと名前呼ぶまで何回でもこのやり取りやるけど、おどれがちゃんと名前呼ぶまでなんも喋らん」
「なぜ日比谷さんを泣かせたんですか?喧嘩の原因はなんですか?」
「オラッ!喋れ!!余計な仕事増やしやがって!!」
頬っぺつねる妹と姉の優しい口調での特大の悪口。交互に来る攻撃が容赦ない。特に妹。
「えーやんけ別にっ!!ちゃんと後で謝るて!!」
「脱糞さん、正直に喋らないと裁判で不利になりますよ?」
「裁判!?なんの話!?日比谷が訴訟でも起こすんか!?」
「これを見ろ」
リアル裁判沙汰を起こした妹が机の上になにか置く。そこには果たし状て書かれた封筒があった。
これは速水が日比谷の下駄箱に入れた果たし状…
「これは日比谷さんが持っていたものです。朝下駄箱に入れられていたとの事です」
「いや、それは全く関係ない--」
「黙ってこれを見ろ」
刺々しさが留まる所を知らへん妹が封筒から中のルーズリーフを抜き出した。そしてそれをウチの目の前に叩きつけたんや。
--お前を殺す
と、そこには書いてあった。
ドン引きや。速水、これ果たし状ちゃうやん。命懸けの戦い挑んどるやん。怖っ。
目の前の殺害予告を指し示しながら妹はギロリと下からウチを睨めつけて一言。
「これはお前が書いたな?」
「ちゃう」
「お前は日比谷に並々ならぬ憎悪を抱いていた。違うか?」
「ちゃう」
「だからあの時、この予告にあるように日比谷を殺そうとした…違うか?」
「どんな思考回路しとったらその結論に到達できるねん」
裁判ってそういうこと?
「脱糞さん。正直に話してください」
「はい。それは速水が書いたもんでウチは日比谷が面倒臭い絡み方してきたからついうっかりキツいこと言うて泣かせてしまいました。以上」
「舐めてんのかっ!!」
妹からの暴力!灰皿で叩かれた!!
「こらっ!!」
直後消火器の底で顔面を打ち抜かれる妹。死ぬ。どっちも死ぬ。
「姉さん!!今私を殺そうとした!?」
「暴力はダメだって言ってるでしょ!!お姉ちゃん怒るよ!?」
「既にブチ切れじゃんっ!!」
なんなんこの仕打ち…
「なぁ?日比谷はその果たし状ウチからやって言ったんか?言ったんならちょっと弁護士呼んでくれん?」
「お前以外に誰がいる」
「言ったんかって訊いとんねん」
「お前しかいない。お前だ」
「…………」
「日比谷さんと何があったんですか?殺したい程憎い理由は?」
「別に憎ないってば!!ちょっとムカついただけやって!!」
「ちょっとムカついて殺そうとしたんだろっ!!」
なぁ、取り調べの前に日本語勉強して来いや。
「これを見ろ」
と、妹がまたなんか机の上に取り出した。それは身柄を拘束された時に奪い取られたウチの私物の内の一つ。
下剤。
「これは毒物だな?」
「ちゃう」
「これで殺そうとしたな?」
「ちゃう」
「殺意があったんだろ?」
「ちゃう」
「じゃあこれはなんだ!?」
「…下剤」
「嘘をつくな。下剤持ち歩く高校生が居るか!!」
…くっ。これに関しては言い返せへん。けど居るんや。ここに…
「いや…ウチは下剤を常に持ち歩いとるけ…」
「なんでだ?」
「……別に」
「もう1発灰皿食らうか?言え。」
「美夜、もう1発消火器食らう?」
前と横でバチバチ忙しい妹。しかし、どうしたもんか…コイツら常識も日本語も通じへんし下剤持ち歩く理由なんて…
そもそもなんでウチは下剤を常備しとるんや?
「それは…あの…脱糞させる為…」
「日比谷をだろ?脱糞っていうのは殺すの隠語か?」
「どこの世界にそないな隠語あるん?日比谷やないって」
「じゃあ誰?」
「…………」
「おい。言え。お互いこの時間がさっさと終わった方が幸せだろ?」
「……こひ…小比類巻」
「…まだ余罪がありそうですね」
と、さらに追求する姿勢の浅野姉。もう勘弁してや。
「ちゃうってば…余罪があるんはむしろあの男の方…そう。アイツとウチには並々ならぬ因縁があるんや。それを日比谷が変な方向に勘違いして絡んできたからつい言い返して泣かせてもうた。それが真実や」
「じゃあこの殺害予告はどう説明する?」
「だからそれはウチが書いたもんやないって。速水が日比谷に書いた果たし状やて」
「小比類巻との後暗い関係に気づいた日比谷を口封じのために殺そうとした…そうだろ?」
どんだけ曲解した受け取り方!?
「下剤で人間殺せるかっ!!」
「中身が下剤とは限らないだろ?」
「じゃあ飲んでみたらええやんけっ!!」
「…私達まで殺す気か?」
おいっ!コイツは一体なんなんやっ!!どない教育受けたらこんなのが育つんやっ!!
「…このままでは拉致が明きませんね」
と、浅野姉がため息混じりに呟いた。なんかウチが困らせとるみたいな風やけどどう考えてもウチは悪ない。
姉は仕方ないと首を振りながら一旦部屋を出た。人をこない状況に置き去りにしてどこ行くつもりやねん。
「…言え。正直に話せば罰は軽くなるぞ?」
「罰ってなんやねん……」
場を繋ぐ妹の脅迫を割って入った扉の開く音と一緒に2人入ってきた。
2人目の入室者にド肝を抜かれた。
「証人の小比類巻君です」
「どうも」
どうもやないわ!なんでコイツ!?てか……さっきの今でコイツ!?
「現場に居合わせた小比類巻君の証言を元に真偽を見極めたいと思います…最後に脱糞さん」
「やかましい」
「最後のチャンスですよ?本当のこと、正直に話しませんか?」
「お前が殺ったんだろ?」
「さっきから正直に話しとるし、なんで殺害済みに飛躍しとるん」
「小比類巻君」
どーしてもウチを殺人未遂犯にしたいらしい浅野姉妹がウ〇コタレを間に座らせる。逃がさないぞという無言の圧力を加えつつなんかバリバリ食っとるウ〇コタレ男に質問を始める。
……いや、どうトンチをきかせてもウチが日比谷を殺そうとしたなんて話にはならん…ならんはず…
いやしかしコイツに限っては--
「あなたは脱糞さんと日比谷さんが争っているのを目撃し、止めようとしましたね?」
「脱糞さんって誰?」
「しましたね?」
「したろ?言え」
「おい、コイツを脱糞でいじるのはよせ。泣くぞ?」
「脱糞さんでこいつのことって分かる時点でお前もいじってんだろ?」
「たしかに」
やめんかい泣くぞ?
コホンと咳払いして浅野姉が仕切り直し。
「脱糞さんがこの殺害予告通りにこの薬物で日比谷さんを殺害しようとした……あなたはそれを見て止めに入った。そうですね?」
「そうなの!?」
…………あぁ。
「目撃者の話ではあなたは野次馬の中から飛び出して脱糞さんを叱責していたとのことですが……それは脱糞さんの殺意を見留め犯行を未然に防いだ……ということでしょう?」
「……そうなの?」
「そうなんだろ?ヒーロー」
「え?ヒーロー?」
「殺人を防いだんだ。ヒーローだろ?」
「いよっ!ヒーロー」
「…………………………」
「……待て、ウ〇コタレ。おどれウチの事その……ごにょごにょやろ?な?裏切んなや?返答によっては色々考えたらんことも無いぞ?な?」
「……………………はい。ヒーローです」
転びやがったでコイツ。
「なるほど」
「確定したな。悪あがきしやがって……」
「待て。今のは卑怯やろ。おいこら。ちょいと可愛い女から挟まれて褒められたくらいでおどれはウチを裏切れるんやな?失望したで」
「あなたは黙ってください。この脱糞女」
「この人殺し予備軍」
暴言が酷い……
「では次の質問です。脱糞さんが日比谷さんを殺害しようとした動機に心当たりは?」
「は?」
「……この女が吐いたぞ?お前らの間には後暗い関係がある。それを嗅ぎ付けられたから脱糞はこの凶行に望んだ…そうだな?」
「……後暗い…関係?」
「やめろこっち見んな」
……いや、もうこうなったらコイツも巻き込もうか。よくもウチを裏切ってくれたな?
ポカンとした顔しよって。おどれも同じ地獄に落としたる。惚れた女と同じ地獄や良かったな?これで冤罪になってどんな地獄が待っとんのか知らんけど……
「……そうなんよ。実はウチとコイツは一緒に象牙の密売をやっとって……」
「そんなわけあるか」「脱糞さん、ふざけないで下さい。高校生がどうやって象牙の密売するんですか」
あっ!……くっそこの姉妹…こんな時だけまともな思考回路発動しよって……っ!!
「……で?脱糞女はなんで日比谷さんを泣かしたんだよ?」
「証人は勝手に喋らないでください」
さっきからインスタント麺そのまま食い散らかしとるウ〇コタレ男がじとっとこっち見てくる。
なんやその視線は……
ついさっきのウチを非難する視線が頭に蘇る……
ホンマなんでこんな目されなアカンの?なんでこないな目に遭わないかんの?
「日比谷さんは…友達だぞ。日比谷さんに悪いことしたならちゃんと謝ってくれよ」
「だから証人は勝手に--」
「……ほーん。余程日比谷が可愛いと見えるな」
「あ?」
「まぁホテルまで行った仲やしな……」
「……んん?」
「え?ホテル?」「おい、話を膨らませるな。勝手に会話するな。灰皿で叩くぞ?」
募る苛立ちがウチの口から勝手に言葉になって垂れ流される。
速水の暴走に付き合わされて、日比谷にいきなり絡まれて、泣かれて、その上コイツにまでいきなり非難されて、こんなとこに詰め込まれて……
「ちょ……っと待て。あれ?ホテル?HOTEL?ん?なぜ?あれ?おい脱糞女…その根も葉もない噂はどこから--」
「しらばっくれんなや。なんや?あの後1回フッたけどやっぱ気になるんか?日比谷可愛いもんな?良かったな、次の恋が見つかって」
「……は?何言い出すんだ?友達だって言ってんじゃん」
「友達?あれがか?随分仲良しなんやなホンマ。ウチにフラれてすぐにラブホ入るくらいには仲良しやもんな?」
「……おい」
「そりゃ味方するわ。ウチはおどれから見たら自分をフッた女やしな?」
「……あの。勝手に……」「……」
「なんだよさっきから。お前、そんなネチネチいやらしい奴だっけ?」
「ネチネチいやらしかったんは日比谷やんけ。やけ言ってやったんやん?お前もフラれたろ?って。そしたら泣いただけ。そもそもいきなり絡んで来たんは向こう」
「お前日比谷さんにそんな事言ったわけ?てか!!だからなんでホテルの事お前が知ってんの!?まさかっ!!」
「いやそれはちゃう!!たまたま同じホテルに……いや!ただの休憩やで!?アレや!マンションが工事中--」
「あの時の火事お前かっ!?」
「いやお前らやろっ!!」
「……」「……」
「なんだよ……お前には全く関係ないよね?俺と日比谷さんのこと……わざわざそんな事チクチク言わなくても--」
「だからっ!チクチク突っついて来たんは向こうやろって!?」
「いや知らないよ。泣かせなくてもいいだろ?」
「あー、そーですか?へー」
「なんだよ!!」
「なんやねん!!」
「……あの、喧嘩は……」「……」
「日比谷さん可哀想だろ!何も泣かせなくても--」
「あーーーっ!もーーっ!!」
「なんだよっ!!」
「せやからっ!!さっきから日比谷日比谷って日比谷ばっか味方するんが…癇に障るんじゃ!!!!」
おどれは……言動が薄っぺらなんやっ!!
--ペチーーーンッ!!!!
手錠で繋がれとらん方の手が思いっきり出た。ウ〇コタレの頬に紅葉マーク焼き付けて奴の顔を横に弾いた。
「馬鹿ーーーーーーっ!!!!!!」
「…………」
「……ひっ。あの……」「……おい、なんだこれはふざけるな。あ?青春すんな。私達の前で--」
ウチの怒号をかき消す破壊音、蹴破られる扉。室内に吹っ飛んでくる扉の残骸が床と激しい音を打ち鳴らしたと同時に取り調べ室の密室が暴かれた。
「風紀委員ですっ!!ここで生徒を不当に拘束してると情報がありました!!校内保守警備同好会ですね!?」
「ふ、風紀委員!?」「ちくしょう!!姉さん、誰かがタレコミやがったっ!!」
……この学校、風紀委員とか居るん?
……え?じゃあ校内保守警備同好会なに?




