宇宙人?良き
『次のニュースです。小嶽山上空にて未確認飛行物体が観測されました』
……なん、だと。
俺の名前は宮島松竹。オカルト研究同好会代表。
新年早々、家でダラダラとしていた俺の目に飛び込んできたのは…びっくりするようなニュースだった。
おせちを摘む箸を手から零しながら呆然と眺めるテレビ画面の向こうでは、山頂付近が薄ら白んだ小嶽山の上をふわふわと旋回する円盤状の物体が……
--未確認飛行物体。通称、UFO。
地球外技術の結晶。宇宙人の乗り物。星間飛行を可能とする未知の英智の産物。
オカルトと言えばUFO。UFOと言えばオカルト。
オカルト研究の第一人者を名乗る者にとってUFOの情報は逐一収集、精査すべきものだ。
今まで数々のUFOを見てきた俺だ。ニュース映像越しに見たそれの姿にビビッときた。
「……間違いない。本物だ」
フォルム。飛び方。オーラ…どれを取っても本物に相違ない……
俺は気づいたら電話をかけていた。
「阿久津君か?」
『あけましておめでとうございます』
「ニュースを見たか?」
『見ましたけど、行きませんよ?お正月ですし』
「馬鹿を言うな。我らオカルト研究同好会、この現場に駆けつけずして何がオカルト研究か」
『いや……小嶽山とか遠いし…寒いし…』
「頼む。君のデータ収集能力が必要だ。ステーキ奢るから」
『1時間後に鍛冶山の駅で』
……なんて現金なんだ。
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小嶽山とは我々の住む北桜路市の鍛冶山区にある山だ。
温泉があり紅葉のシーズンには駅からシャトルバスが出るちょっとした観光地。温泉もあるのでこの時期は人で賑わっているはずだ…
小嶽山は最寄り駅から歩けば1、2時間は普通にかかる。ので俺達は駅に集合した後タクシー乗り場へ向かう。
俺達とはもちろん、俺と阿久津君、武だ。
「タクシー代は?先輩」
「心配するな阿久津君、武が出す。な?武」
「良き……」
「……宮島先輩、武先輩が良きしか言えないもんだからって……」
そんなこと言ってる場合じゃない。早くしないとUFOが行ってしまうかもしれないでは無いか!!
と、タクシー乗り場へ足を走らせたが……
「……うわぁ」
「なんだこれは……」
「……良き」
タクシー乗り場には報道機関の人間、そして野次馬と思われる行列がズラリと並んでいた。どれくらいの行列かと言うと、地球を一周して最後尾が最前列まで戻ってきてたくらい行列である。
これではタクシーなどいつ乗れるか分からん……
「…くっ!どうしたらいいんだっ!」
「諦めてステーキ食べに行きません?」
「……良き」
良くねぇ!!
がくりと膝から崩れ落ちる俺の目の前、タクシー乗り場で俺はそれを目にする。
それはタクシー乗り場の横を爆速で駆け抜けるママチャリ……
「おぉぉぉぉっ!!!!」「達也!!達也!!速い!!怖い!!落ちる!!スピード落として!!!!」
それは信じられない速度で加速……軽車両の概念を超えたママチャリは地面に焦げ跡を残しながら小嶽山の方へ向かっている。
これがホントの渡りに船。
「逃がすか!!阿久津君!!武!!俺に捕まれ!!」
「え?」
「良き……」
俺は自前のアラミド繊維の紐をママチャリに向かって投げた。三味線屋の勇次並の正確さでママチャリのサドルに巻きついたロープは俺ら3人分の体重をものともせず爆速で引っ張ってくれる。
当然俺らを引きずってくれる。
「はははっ!!いいタクシーを拾ったな!!」
「がががががっ!!足がっ!膝がっ!!すり減ってる……っ!宮島先輩!武先輩のケツが燃えてます!!」
「……良き」
「っ!?達也!?達也!!なんか変なのが付いてきてるんだけど!?」
「待ってろ千夜…UFOを見せてやるからな……おおおおおおおおおおっ!!!!」
「私は初売りに行こうって言ったんだよ!!達也ぁぁっ!!!!」
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素晴らしい事に爆速ママチャリは山の中まで連れて行ってくれた。
武のケツがキャンプファイヤーと化したころ、冬の山の中とは思えない位の人混みの中心に俺達は到達する。
「……見ろ、千夜」
「いや…この人達誰?」
斜面を見上げれば山の山頂。そこに視線を沿わせればその上には想像を絶する光景があった。
報道には何の偽りもなく、そこでは淡い色の青空の中を円盤が泳いでいる……
「……阿久津君、武……俺達はオカルトの極地にいる」
「見たんで帰りましょ?ステーキ」
「……良き」
「…?あれ!?先輩泣いてる!?」
恍惚とした表情から雫が溢れ出す……これが、これこそが俺が長年追い求めた光景。
見てるか?全人類よ……これがオカルトだ。これが宇宙だ。
地球外生命体は存在した……俺達は今歴史の証人になったのだ。
写真に収めようと思った。鞄から取り出した一眼レフのレンズを覗き込んだその時--
「おいっ!!着陸するぞ!?」
「…っ!千夜!!危険だ!!離れろ!!」「達也!!どさくさで私の胸触らないでくれる?(怒)」
マスコミが降下していくUFOに悲鳴じみた声をあげる。現地にやって来ていた警察官達が退るように勧告する。
が、この状況で立ち去る者が居るだろうか?
俺達は未知との遭遇を果たすんだぞ!?
「これが…これこそが我が人生の到達点よ!!行くぞ!!阿久津君!!武!!」
「行くって…UFOの所に?えぇ……」
「良き……」
避難勧告ガン無視で山を駆け登るマスコミや野次馬達に混じり俺達もダッシュ。
脚を回して数分もしない距離…山頂付近の開けた場所にそれは着陸していた。
白い蒸気のようなものを周囲に放出する銀色の円盤……着陸した地面には不思議な形のクレーターが出来、周囲には嗅いだことのない金属のような臭い。ザラザラした表面の円盤は未知の物質で構成されていた。
「……神よ」
「……良き」
「…………満足しました?帰りましょ?嫌な予感します」
感涙に浸る俺に阿久津君のくだらない提案など届かない。
マスコミも野次馬もこぞってUFOに近づこうとするのを警察官が必死に止めている。
しかし……
一際大きな蒸気を上げて円盤の側面が外側に向けて開いた。
ザワつく周囲。警戒が強まる。悲鳴にも似た声と共に興味津々だった野次馬達が大きく後ずさる。
これだ……
「来たぞ、これが本番だっ!!」
「……良き」
「……私なんか気分悪くなってきました」
UFOが着陸したなら……そこから出てくるのは……
白い蒸気の中ゆったりした挙動で外気に触れるのは細長いシルエット。
観衆の前に現れたそれは枯れ木のような頼りない体をした3体の人型生命体……
全身の肌は灰色でツルツルしていそう。
身長は120センチくらいか…細長い体に不釣り合いな頭は大きくヒトの倍以上ある。何より目を引く大きな瞳には白目はなく真っ黒。
誰もが宇宙人としてイメージするグレイ型宇宙人そのままの姿がそこに居た。
「きゃぁぁっ!!」「え?…マジかよ…」「おいっ!!写真撮れ写真!!」「ひぃっ!何あれ気持ち悪っ!」「千夜!!見ろ千夜!!千夜!!!!」「…怖いって何あれ?達也何あれ!?」
野次馬達のやかましい声も、阿久津君の声も届かない。
俺は呆然としていた。
断言できる。俺はこの日の為に産まれてきたと……
「先ぱ--「うぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」うわぁびっくりした!!」
思わず上げた雄叫びはその場の全ての視線を集めていた。それはもちろん、彼らのものも……
「…@#→,☆&_(?)¥=/{}$?」
「︵ 〔[]〕︶*#_@&!!"-#@;☆*」
「。?#’¨゜«»、@⇐…/+$$☆!;*」
「…阿久津君。なにか喋っているぞ…」
「…ですね。え?これ本物?マジ?」
「…良き」
今の録音すべきだった……宇宙人の言葉を解析せねば……
誰もが硬直するその場で宇宙人達は自分の胸元の皮をめくり中から取り出したチョーカーのようなものを首に取り付けた。
衣類を身につけていないが収納はそうなってるのか…いや、生身に見えてあれが服なのか?
溢れ出る好奇心に任せ観察していたら--
『こんにちわ。地球の皆さん』
「っ!?」
『我々はトトト星から来ました』
に…日本語!?地球の言語を喋ったぞ!?
いよいよ感動に体が震え出す。上下左右に振動する俺の目の前で未知との遭遇は進行する。
『私達は96328万光年かけてこの星にやって来ました。お茶くらい出せ』
「…宇宙人にも客人をもてなす文化が……」
「茶が出て来るわけないでしょう。やっぱり偽物では?」
何を言う阿久津君。バカタレ。口を慎みたまえ。トトト星人さんに対して……
トトト星ってどこだ?
「…君達は何者だ?ここで何してる?」
と、勇敢な警察官が語りかける。しかし内容が無粋。
『今説明した。我々はトトト星人。そしてここに来た目的はひとつ』
『皆さんには我々の目的に協力してもらう』
宇宙人と協力!?宇宙の神秘にこの手で触れる機会が!?
『我々の星はとても小さい。しかし、技術の進歩のせいで我々の寿命はどんどん伸びています。もう我々の星には住む場所がない』
『そこで我々が目をつけたのがトトト星と同じ条件の星、この地球です』
『簡潔に述べます。この星をください』
--興奮したのも束の間、宇宙人が口にしたのはそんな希望も何もない話だった。
彼らは侵略しに来たと言うのだ!!
「……真面目に答えなさい。君達何をしてる?」
と、ここまで聞かされてまだ宇宙人を信じてない警察官が前に出る。
何をしようと言うのか!?宇宙人に最初に触れるのは俺だっ!!
不審者を拘束しようとしたのか…警察官がトトト星人に近寄る。手を伸ばせば届く距離に来た時、トトト星人の1人が人差し指を向けた。
放たれたのは青い閃光。
それは稲妻のように真っ直ぐ警察官の体に突き刺さり貫通。直撃を受けた警察官の体は骨が透けていた。
焦げ臭い臭いと共に倒れる警察官……
「…………」「…………え?」「………………っ」「きゃぁぁっ!!」
野次馬達から上がる悲鳴。パニック。他の警察官が拳銃を抜いた。
……今のはなんだ?どういう技術だろうか……
『安心してほしい。地球の皆さんにもこれまで通りこの星で暮らしてもらう。君達の生活は我々が管理し、我々が個体の適正にあった仕事を与える』
『ただ、数が多すぎるので選別は必要です』
『不要な個体は間引く』
「……なんと、彼らは俺達を奴隷にするというのか」
「先輩!!逃げますよ!?」
パニック状態の野次馬やマスコミ達を前にトトト星人は何をそんなに慌ててるのか?みたいな顔をしていた。
まるで全てが決定事項で、当たり前の事であると言いたげな、意思疎通のできない不気味さがあった。
これが宇宙人の価値観か。彼らの目には俺らはどう映っているんだ……?
「先輩!!」
「待つんだ阿久津君…彼らと言葉を交わさなければならない」
「いやどんだけ!?いいでしょもう!!オカルト研究にどんだけ命かけてんの!?先輩!!」
『君達はこれから我々の家畜だ。いいだろう?』
宇宙人達はジリジリ近寄ってきながら問いかける。
「……良き」
「武!?なぜ今応対した!?」
おのれっ!!俺より先に宇宙人と交信するとは……っ!!
『ありがとう』
『分かってくれると思った』
『ではまずここに居る人間はおバカそうだから死んで--』
武の了承を得たトトト星人が人差し指をこちらに向けてきた。
過ぎるのは先程の警察官の姿……
狙い済ました銃口を向けられたような緊迫感。もはや収集のつかないパニック状態の野次馬に揉まれまともに身動きも取れない中--
彼らの指先が光った--
「--ふんっ!!」
『ぶっ!?』
と思った刹那、突然野次馬の波から飛び出した男の剛腕がトトト星人の1人の横っ面を殴り飛ばした。
空中でトリプルルッツを決めながら吹っ飛ぶトトト星人。
『……なんだと?』
『貧弱な地球人が我々を殴るとは……何者だ?』
野次馬達とトトト星人の前に立ち塞がるのはあのママチャリの男だった。
「達也!?」
「おいおっとっと星人……好き勝手言いやがって。お前らの思い通りになるわけねぇだろ……ここは……」
『……』
「ここは地球!!千夜の星だぞっ!?」
「……達也、やめて」
野次馬の中で赤くなりながら蹲る少女。
……そんなことより、今吹き飛ばされた宇宙人。あれ、回収できないだろうか?ピクリとも動かないし死んだのでは?死体ならサンプルとしてほしい……
「武。あの死体を回収するぞ」
「良き」
「よくねーよ!!もう私知りませんからね!?」
とうとう愛想を尽かした阿久津君が1人で逃げていく。彼女は優秀だが、オカルトへの熱意と覚悟が足りない。
俺と武は気づかれないようにそっと、息を殺して端っこに飛んで行った死体へ向かう。死んでるか知らんけど…
『おのれ地球外!!』
と、その時トトト星人の怒声が飛ぶ。
痩躯とは思えないほどパワフルに飛び上がったトトト星人。まさかの肉弾戦。
ママチャリの男に真っ向から挑むトトト星人のパンチが一閃される。ママチャリの顔が横に弾けた。
「達也!?」
「……問題ない。千夜……少し待ってろ。この星は……お前は俺がまも--」
『何をブツブツとっ!!』
追い討ちのアッパー。ママチャリの台詞を寸断する。
宇宙人の殴り合いなんて見たすぎるが、今はそれより生の宇宙人を回収する方が先。
壮絶なトトト星人の猛攻に晒されるママチャリを囮に死体に近づく事に成功した。
『ぐ…う……』
「あれ……顔面陥没してるのに生きてるぞ」
「良き…」
満身創痍だが、殴り飛ばされたトトト星人には息があった。
……喜ばしい事だが、生きてるとなるとその、抵抗されるかもしれん。色々面倒だ。ビーム撃たれたら怖いし…
顔はパンチで歪み息も絶え絶え…意識も朦朧としてるようだ…
………………
「どうだろう武。楽にしてやった方がいいのではないか?」
「……良き」
「そうか」
あ、あんな所にちょうどいい石が。
俺は石を両手で拾い上げ宇宙人の元へ……
『……ま、待て……悪かった……帰るから……許して……』
「すまない。地球の技術では君を治せないんだ。これしかない」
おぉ……宇宙人と喋ったぞ!
『いや…あの……ゲホッ!!帰って治すから……マジやめて……』
「全ての一歩は犠牲の上で成り立っている…俺達は君達を知らなければいけない」
『あの……いやホントマジやめ……やめろォっ!!人殺しィィ!!』
「--喋ってる途中だろうがァっ!!」
『ぐぼぉぉぁぁっ!!』
宇宙人がまた1人鉄拳を前に潰された。ママチャリの拳が宇宙人の頭を潰したのと同時に--
--ぐしゃっ。
「……南無阿弥陀仏」
「良き……」
ありがとう…君の命は無駄にしない。
「よし…退散だ。これを持ち帰って解剖するぞ」
「……良き」
「おぉぉぉぉぉぉっ!!おぁぁぁぁあっ!!!!」
「達也やぁぁっ!!」
『おのれ地球人っ!!ぐわぁぁっ!!!!』




