ウチはお姉ちゃん
--寒い。
地元へ帰ってきたウチの最初の感想はそれやった…
今が西日本に住んどるからか、北上したら寒く感じる。あと人多い、埼玉県の県庁所在地とはいえ、多い。
しかし地元はええで?
なんせ外に猛毒生物やら狂犬やら連れてくるアホは居らんし自動車と併走するバケモンも居らん。何より人の腹に蹴り入れて糞漏らさせる妖怪も居らん。
どこ見ても普通のやつばっかやねん。みんな他人のことなんて見向きもせんと買い物に勤しんどる。これが普通や。
真冬に海パンのやつも居らんし、人に乗っかって天竜人ごっこしながら歩くやつも……
「香奈、お蕎麦入れたかしら?」
「知らん…入っとるよ?親父が入れよったわさっき…」
「香菜、そのしゃべり方やめなさいってば」
「あ?」
「変でしょ?」
--12月31日。大晦日。
地元埼玉県、さいたま市。
楠畑香菜、2年ぶりに帰省。
目的、帰ってこな戸籍から外す言われた。
--みんなのなかやともう正月なんやろけどちょっと時間巻き戻させてや?
今日は今年最後の日。
魑魅魍魎の蔓延る伏魔殿から帰還し今日くらいは家族と年越し。ちゅうことで年末の買い出しにお袋と親父と一緒に来とる。
「……ええやん。ウチはこれが好きやねん」
「どこを見たらそんなトンチキなエセ関西弁で喋る子が居るの?ねぇお父さん」
「……お前のその、紫色のアフロも…同類だ」
「お父さん、これはパーマです。アフロではありません」
「……香菜、学校はどうなのだ?」
見た目大阪かぶれの母、昔から無口で厳格な父。
あと兄貴。これがウチの家族……
「えー…まぁぼちぼちやで?友達も出来たし……」
「……学業の方だ」
「………………任せとき。創設以来の天才って言われとるけん」
「……お前が話を盛る時は…いつも嘘をつくときだ…」
「……いや、ホンマ、卒業はするから。ホンマに……」
「…………」
「……」
……親父、苦手。
なんで家族水入らずの大晦日がこんな圧迫面接みたいなん……あと昔から気になっとったけど、なんで親父白目と黒目反転しとるん?
「えっと……あとは?伊勢海老でも買う?」
「やだ勿体ない。タラバガニで充分でしょ?」
「兄貴は今日帰ってくるん?」
「明日よ。今日港に船が着くらしいから」
「……兄貴って何しとるん?」
「マグロ漁」
毎年この日は親戚一同集まって楠畑家で新年を迎える。ちゅうことでこうして車で親戚一同分の買い物を済ませ、沢山の荷物を車に積んで帰宅。
……みんな今頃何しよるんやろか?
ハンドル握る親父の隣で車窓から街並みを眺める。向こうとは全然違う街の景色に遠くに置いてきた友人達の今を思う。
田畑と長篠はペットの世話で地元には帰れへんやろ。速水は……ジムで年越しとか訳分からんこと言いよった。
花子のやつ年末年始だけは昇天してまた帰って来るらしい。地縛霊のシステムが分からん。
あと……
「……親父、腹痛くなってきたわ。止めて」
「……ここでは、止まれない……我慢しろ」
*******************
「ただいまー」
「おかえりーっ!」「ねーちゃん久しぶりぶり!!」
買い物袋抱えて帰ってきたウチら家族を我が家で出迎えるのは、既に朝から集まっとった我が一族。
元気に玄関までかけてくんのは達郎と達彦。お袋の妹の息子でウチのいとこ。上の達彦が9歳で達彦が6歳。
まだまだ可愛い盛りや。久しぶりに会ったけど大きく--
「お年玉!」「奪い取れ!」
「あ!アカン!何すんねんこのガキっ!!やめんかいっ!!財布取ってくな!!」
秘蔵の財布を死守!こいつら油断も隙もないで。
…と、悪ガキに構っとる暇無い。ウチは便意に従って我が安住の地へ…
「香菜ちゃーんっ!久しぶりぃ!」
「あ……おばさん……どうも。」
カナエおばさん。お袋の妹。美魔女。若い。
「なにその髪の毛とピアス!やだもーすっかり洒落っ気が出ちゃって!」
「何言ってんのよ、こんなチャラついた見た目になって帰ってきて……」
黙れ。おどれの頭は爆発しとるやんけ……
「ごめん、ちょっとトイレ……」
「あ、トイレは慶三おじさん入ってるよ」
……
「びぃぇぇぇぇんっ!!!!」
「泣いたってダメなものはだめだ!!」
と、絶望しとったらリビングの方から泣き声と怒鳴り声が……
この声はカナエおばさんの旦那さんのヨリイチおじさんと、悪ガキどもの妹、絵里。
何事かと顔を覗かせるとリビングで親父と並んで座るヨリイチおじさんが泣きじゃくる絵里ちゃんを怒り飛ばしとる。
「おいさん。こんちわ。」
「おお、香菜ちゃん。久しぶりだね。お兄さんは一緒じゃないのかい?」
「兄貴はマグロ取りに行っとんで…」
「……揃いも揃って……集まりの悪い…子供達だ」
どうでもええけどソファに体預けた親父はいつも迫力が凄い。居合いが飛んできそうや。
「ねぇちゃぁぁんっ!!」
「っ!?」
ウチの顔を見るなり飛びついてきた5歳、絵里ちゃん。その頭が容赦なく腹に突き刺さった。
クリティカルダメージ!!
「……っ!!くっ……久しぶりやね。ウチのこと覚えとるん?」
以前会った時はまだみっつとかやったけど……
「はは、絵里は完全記憶能力の持ち主だからね。香菜ちゃん」
……え?まじ?
「父ちゃんの馬鹿!!もういいもんっ!!」
「勝手に言ってなさい。うちでは絶対ダメだからな!!」
ウチにコアラみたいにしがみついた絵里ちゃん、ついでに背中から奇襲をかけてきた達郎と達彦。
新体操のリボンみたいに鼻水振り回す絵里ちゃん。この泣きじゃくり方は尋常やないで。
ウチは絵里ちゃんをしっかり抱き上げてから話を聞いてやることにした。
……どうせ慶三おじさんはすぐには出てこん。
「どないしたん?お父さんに酷いこと言うたらアカンよ?」
「ねぇぇちゃぁん!」
「また泣き虫が泣いてやがる」「な?」
「やかましいねん。おどれら兄貴やろ?妹泣いとったら慰めてやらんかい」
「あのね?父ちゃんがね、酷いの!」
「うんうん。どないしたん?姉ちゃんに話してみ?」
さりげなく廊下に移動。
と、そこでトイレから慶三おじさんがっ!!
くっ……!見誤ったか!!くそっ!!今は行かれへん……!
キリキリ絞られるウチの腸……この話早々に切り上げなえらいことになるで……
「父ちゃんな?お家で飼わせてくれないの!!」
「かう?かうってなん?」
「ゴンザレス」
「……ゴンザレス?……あぁ、飼うっちゅうこと?なんや、猫でも拾うたん?」
「お外で寒そうにしてたの……可哀想だから、お家入れたの。そしたら捨ててきなさいって」
「この家の外に居たんだよ」「でっかかったよな?」
家の外に?でっかい猫かなんかか……
他人の家の前に猫捨てんな。
「絵里ちゃんは優しいなぁ。よーし分かったわ。姉ちゃんも一緒にお願いしたろ。ゴンザレスちゃんに会わせてや」
ウチが笑いながら絵里ちゃんの頭撫でてやったらようやく絵里ちゃんの涙も引っ込んだみたいや。
ちなみに便所には幸治ゆきはる兄さんが今入った。終わった。
ガキンチョ3人に連れられてやって来たんは我が家の庭。
他人の家に勝手に生きもん持ち込むのは色々言いたいけどまぁ子供のしたことや。
たしかにこの寒空の下ほっとけんよな。
いとこ達の優しさにほっこりしながら庭に出ると、絵里ちゃんはそこにぽつんと置かれた大きな虫かごを指差す。
「……?」
てっきり猫とか子犬とか、小さな哺乳類系やと思っとったけど……やな予感。
「これ、ゴンザレス」「姉ちゃんビビるんじゃね?」「な?」
中で蠢くそいつを外から覗き込む。
巨大な顎肢を開いた凶暴そうな面とご対面。その迫力たるや乙骨君の呪言でも死にそうにない。
日本ではお目にかかれないレベルの巨大ムカデがそこには居った。
*******************
『ペルビアンジャイアントオオムカデ』
「ぺるびあん……?」
ビデオ通話越しでケースの中の巨大ムカデを見た長篠はムカデの名前を的確に当てて見せよった。
ゴキブリ飼っとるウチが言えたことやないけどひと目でムカデの種類言い当てる女子高生ってなんやねん。
『うん。世界最大のムカデのひとつだよ。それ、35センチくらいあるね。マックス40センチを超えるらしいよ』
「……40センチの、ムカデ?」
『気性の荒いし取り扱い注意よ。大きいし毒性も強いはず……』
「なぁ、これって日本産?」
『なわけないでしょ…南米産のムカデよ』
「なんで日本に居んねん」
『ペットとして需要あるからね……お店から逃げ出したか、誰かが捨てたか……』
こんな特大ムカデ他人の家の前に捨てるとか最高の嫌がらせやな。
「南米のムカデが日本の冬に耐えられるん?」
『ん?ああ…あんま良くないけど、大型のムカデは生命力強いから…お世話としては毎日霧吹きしてケージ内の湿度は高めに…床材は湿度を保ちやすいヤシガラとか……』
「いや飼わんから」
『餌の頻度はそんなに頻繁じゃなくて大丈夫。餌は昆虫とか…小型のラットも--』
「いや飼わんからっ!!」
「……ゴンザレス。このままじゃ死んじゃう?」
長篠から色々聞いた。通話切った後ケージを抱えた絵里ちゃんがうるうるした瞳でウチのこと見つめとる。
……え?
…………え?
これを世話するのは中々精神的にキツいで?
虫かごの中でちょっかいかける達郎と達彦に威嚇するオオムカデ。これ、こいつら噛まれたら死ぬんちゃう?
「私、ゴンザレス可哀想。姉ちゃん一緒にお願いして」
「……え?」
「約束、した」
……………………え。
「……おじさん、ペルビアンジャイアントオオムカデ飼ってくれへん?」
「何言い出すんだい」
親類一同揃ったリビングでウチはヨリイチおじさんとカナエおばさんに頭を下げる。
大晦日の昼飯に並んだ豪華な食材の乗るテーブルに鎮座するケースの中のオオムカデ。
飯時に何持ってきてんだと15人近い親戚から非難轟々。
が、絵里ちゃんの手前引き下がれず現在に至る。
「いやよムカデなんて…気持ち悪い」
「ゴンザレスは気持ち悪くない!母ちゃんの馬鹿っ!!」
「絵里ちやん落ち着きや。お母さんに馬鹿とか言うたらアカンよ。おじさん、おばさん、絵里ちゃんの純粋な心を掬ってくれへんやろか?」
「いや……しかしだね香菜ちゃん」
「家にムカデだなんて信じられないわ。しかも餌が虫とネズミ!?」
「ちゃうんやおばさん……こいつ家に放しとったらゴキブリとか駆除して--」
「香菜ちゃんはこんなムカデが歩き回る家に住めるの?」
…………………………
「第一、子供達がムカデに噛まれたら大変だ」
「仰る通りで」
コイツに噛まれたらシャレにならんやろなぁ……長篠もヤバい言うとったし……
「でも……ゴンザレスこのままじゃ死んじゃうんだよ?」
と、震える声で絵里ちゃんが訴える。それでもおじさん達の頑なな態度は変わらへん。
まぁ……犬猫でもハードル高いのに30センチ超えのオオムカデやったら尚更ハードル高いやろなぁ……無理やろなぁ……
「うわぁぁぁぁぁんっ!!」
「絵里!いい加減にしなさいっ!」「香菜お姉ちゃんにまで迷惑かけて……我儘言わないの!!」
とうとう泣き出してしもた。
しかし絵里ちゃん……このムカデになんでこんな愛着湧いとんのやろ。
…長篠が言うにはこのムカデは高温多湿が好ましい環境らしい。特に湿度大事らしくいくら生命力が強い言うても湿度が低いといきなりぽっくり行くこともあるとか……
いずれにしろ野放しで日本の環境に適応できる種類やないし、そもそも人様のペットなんか店の売りもんなんか……
ただ飼育ケースごと置かれとったあたりペットショップから逃げっちゅうことは無い。多分誰かが捨てたんやろ。
そうなると持ち主探すのも……
…………
こういう場合どないすればええんや?保健所?
「この子ひとりぼっちで死んじゃうよぉぉぉっ!!」
「もう……ダメなものはダメよ」「お世話できないだろ?」
………………………………
泣き喚く絵里ちゃん。純粋にムカデの今後を案じとる。その優しさの込められた涙はびっくりするくらい透き通っとった。
……しゃあない。
「絵里ちゃん。大丈夫よ。ウチが飼うわ」
「?」
「「「え!?」」」
ウチは絵里ちゃんを膝の上に乗せてそう言った。
仰天する親戚一同。まぁ…マニアでもない限りこんなムカデ飼うもんやない。
ただ家には既にゴキブリが2匹居るし…
最悪飼いきれんでも長篠と田畑に頼めば喜んで引き受けてくれるやろ。
楠畑香菜……人前で糞漏らす女。ムカデくらい恐るるに足らず……
……ところでウ〇コ行きたい。
「香菜ちゃん!?飼うってこれを!?」「無茶だ」「噛まれたら大変だぞ!?」
「大丈夫やって」
「香菜…飼うってウチで飼うつもりじゃ…」
「違うって、お袋。持って帰るわ。」
「あんたのマンション、ムカデは飼っていいの?」
「…ゴキブリがええならええんちゃう?」
「は?ゴキブリ……?」
ウチは絵里ちゃんの前にゴンザレスを持ってって頭撫でてやる。
「絵里ちゃん……絵里ちゃん家では飼えへんけどゴンザレスはウチがちゃんと面倒見るけ…心配せんでええんよ?寂しい思いはさせへんからな」
「……ゴンザレス、死なない?」
「死なへん死なへん」
虫にも真心は伝わるんやろか…自らを案じる絵里ちゃんにゴンザレスはケージ越しに触覚をくねらせて寄っていく。礼でも言うみたいにくねくね頭を揺らして絵里ちゃんを見つめとった。
…………いや、これ餌として見とる?
*******************
気づいたら年越しまで1時間切っとった。
「なーーっ!くそっ!トイレはいつ空くんや!!何時間糞腹の中で貯めとかなアカンねんっ!!」
グルルルルル
「ア、アカン……これで空いてへんかったら……」
空いとらんかった。
「ちくしょぉぉっ!!!!家ん中で漏らしてたまるか!!コラっ!!はよ出んかい!!どこのどいつや!!ここウチん家やぞ!!はよ空けんかい!!」
--ジャーー
「遅いねんっ!!(怒)糞出すんにどんだけかかんねん!!おどれ誰--」
「私だ」
便所のドア蹴破ったらその先で便器に腰掛ける親父が居った。碇ゲンドウみたいに座っとった。
ちなみに親父は小の時も座る派や。
「あ……こらすんません」
「私の家で……私が用を足すのが問題か?」
「いや。問題ないよ?ごめんな?」
「…………」
……はよどけ。
「香菜」
「なん?」
「……学校はどうだ?」
……は?ここで話する気?
「やから……えっと……まぁ、何とかなるわ。勉強はちゃんとしとるし--」
「友達だ」
意外な親父の台詞に目を丸くする。
親父は昔から無口でウチに関心があるんか無いんか分からんような人やった。
厳しく、どこか距離感のある親父。
そんな親父から『友達』なんて言葉を聞くのは初めてや。
「……お前は、昔から…友達が少ないからな……だが友達ができたんだろう?どうだ?上手くやれているか?」
「……」
「お前は…くせが強いからな。心配していた」
くせ強い言うな。
「……大丈夫よ。変なやつばっかやけど…みんな良くしてくれとる。学校ではよく構ってくれるし、恋愛相談まで--」
「……恋愛、相談?」
俯いた親父の顔が上がった。ギョロリとした目がウチを捉える。失言やった……
……てか退いて?やよ。漏れるやんけ。
「……好きな男でも……できたか?」
「いや……ちゃう。そうやない…ないけど……」
……なんで?なんで実家帰ってきてまであのウ〇コタレの事を…
…………
「……ちゃうけど。ウチ的には不倶戴天の敵って感じやけど……ウチとソイツを見よる周りから言わせたら……恋、らしいわ」
……ウチは何を言いよるんやろか。
この時初めて、認めまいと塞いどった言葉が口から出た。認めた訳やない。認めるも何も好きやないし?
ただ、これが南先生の言うとった『向き合う』ちゅう事なんやろか?なんて……
「…………」
「あの、親父?そろそろ退いてくれへん?限界やねん」
「……」
「……あの……」
「……お前は昔から……ひねくれている」
「……え?何いきなり?」
「お前は…素直でない子だ……」
……え、それ、どういう意味?
「私が…心配なのは……頑固でひねくれいるお前が…意固地になることで……幸せが…遠のくのでは無いかという…事だ」
いやいや。
今すぐトイレが空いてくれたらそれで幸せよ?それ以上望まんて。
「香菜……」
「なに?まだ続く?長い?」
「………………」
……え?
なに?この沈黙……
親父のプレッシャーをビンビン浴びせられる。腹からはゴロゴロ音が鳴る。極限状態。変な汗が噴き出してくる。
重たい沈黙の中親父の言葉を待つ。
そして……
「……結婚式はいつだ?」
「とぼけんのも大概にしろや!!はよどけ言うとるやんけっ!!!!」




