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私は可愛い

「今日はクリスマスキャンペーンです。皆さん、言うまでもありませんが年末は繁忙期…気を引き締めてしっかりお客様を接客するようにっ!!」


 --私は可愛い。

 今日は冬休み初日、そして12月25日。そう、クリスマス…

 聖夜…恋人達の日…色々呼び方はあるだろう。ただ、この日比谷真紀奈が1番輝く日であることには違いない…

 そう思ってた。

 つい最近までは今日はむっちゃんと濃厚に絡み合ってるんだろうなぁ…なんて想像を膨らませてたんだけど…現実とは非情…


 私はフラれた。


 世界最高峰の美の化身、日比谷真紀奈、まさかの玉砕、ぼっちクリスマス。


 でも、ここで折れたらちやほやされてただけの日比谷真紀奈と同じ。

 私は変わった。あの頃とは違う。私、日比谷真紀奈は1度の失敗くらいじゃめげない!しょげない!泣いちゃだめー!


 というわけで。


 私は引き続き外堀を埋めるべく、むっちゃんを手に入れるべく、お母様からのミッション、むっちゃんの大学進学費用を稼ぐ為バイトに精を出す。


 私が勤めてるのは駅前のハンバーガーショップ。

 日本一可愛いバイトさんが居る店としてこの前ネット記事になって久しいこのお店。私のおかげで客足は順調に伸びてる。


 そんなバーガーショップもクリスマスは忙しい。年末はファストフード店が賑わう。


 そしてクリスマス…私の働くハンバーガーチェーンはクリスマスにはクリスマスキャンペーンと称してチキンやナゲットが半額以下になるキャンペーンをやってる。これが忙しい理由でもある。

 そして…スタッフがサンタコスをする。


 バイトリーダー、巌擬さん(78)がしわくちゃの体に真っ赤なサンタコスを纏ってみんなを締め上げる。

 さぁ、今日は忙しい。



 --凪と一緒に始めたバイトだけど、同時期に入った凪はもう厨房に入れてもらってる。

 対して私はレジメイン…

 これは私がこの店の広告塔として大きすぎる機能を果たしてる、ということだよね?


 さて、この日は特に客が多い。


「いらっしゃいませ」


 この日比谷真紀奈のミニスカサンタコス…これを放っておく手はないもんね。

 今日は朝からのシフトだけど、私がレジに立った瞬間雪崩のように男性客が店内に押し寄せた。


「ご注文は?」

「あ、スマイルください」

「ありがとうございます♡」

「あっ♂」


「ご注文は?」

「写真いいですか?」

「おひとり様1枚まででーす」

「はぁ…可愛い」


「ただいまクリスマスキャンペーン中でチキン、ナゲットが半額--」

「そんなことより君、連絡先教えて?」

「キチン100個買ってくれたら♡」

「…ちょっとATM行ってくるね」


「あ、いらっしゃいませ。また来てくれたの?ボク」

「…こんにちは」

「いつもありがとう。ご注文は?」

「…チーズバーガーと、コーラ」

「単品ですか?セットだとポテトも付きますが…」

「…たんぴん」

「店内ご利用ですか?」

「…うん」

「はい、500円になります。この番号で待っててね?」



「--日比谷さんっ!!マネージャーが一旦引っ込めって!!お客さん多すぎて追いつかないよ!」


 奥から汗だくの凪が飛び出してきた。どうやらこの日比谷、客を呼び込みすぎたようだ。

 常連の坊やにいつものメニューを渡してあげてから私はレジを交代する。私が踵を返した瞬間レジ前に並んだ男達が悲鳴をあげだした。

 ごめんね?でもバイトのみんなが過労死したら大変だから…


 最後のサービスに投げキッスを贈ってあげてから引っこもうとしたその時…


「…あの、お仕事中すみません」

「え?」


 カウンターに身を乗り出した若いスーツ姿の男性が私を呼び止めた。


「…いらっしゃいま--」

「突然すみません。わたくしこういう者でして…」


 と、男性がカウンターに差し出したのは芸能事務所の名刺…


 …………え?

 …………は?


「ネット記事でお見かけしました。とても美人のスタッフさんかいらっしゃると……この後お時間いただけませんか?」


 ……………………え?


 *******************


 バイトの休憩時間。私と、何故か同席する凪と巌擬さんを連れて店のイートインコーナーで待つ芸能事務所の人の所へ…

 サンタコスのまま対面する私達に芸能事務所の人は改めて自己紹介。


「スカウトマンの小林と申します…先日ネットにてこのハンバーガーショップに可愛い過ぎると噂のスタッフが働いているという記事をお見かけ致しまして、こうしてお邪魔させて頂きました」

「あー…あの記事バズってましたもんね。日比谷さん、誰かに撮られたんだよ」

「ばずるってなんだい?」


 凪と巌擬さんに「ところで何お前ら?」みたいな顔の小林さん。

 そして私は……


「…はぁ」


 この日比谷真紀奈としたことが、私の美しさを聞きつけて遥々やって来たスカウトに対して気のない返事を返すことしか出来なかった。

 唐突な事態に頭が追いつかない。狐につままれた気分…

 私にとって芸能界とは、類稀な美貌を持っていようと手の届かないまさに雲の上の世界最。

 そんな世界の人間が私にわざわざ歩み寄って来るなんて…


 過去の挫折が深く刻み込まれた私に小林さんは本題を切り出した。


「お名前お伺いしてもよろしいですか?」

「…あ、日比谷真紀奈です……」

「日比谷さん、芸能界に興味ありませんか?」


 ……これマジなやつ?

 ホイホイ着いてったら怪しい宗教とかに入信させられたり、ピンク嬢やらされたり、海外に売り飛ばされたりしない?


「うちの看板娘になに言ってんだい?」

「…巌擬さん」


 私より早く口を開いて名刺を突っぱねたのはなんで居るのか分からない巌擬さん。鬼瓦みたいな顔をしかめてスカウトマンに厳しい言葉をかける。


「この子はうちのバイトだよ。引き抜きなんて許さないからね。しかも、仕事中にやって来るなんて非常識だよ」

「あなたとは話してないんですが……」


 このスカウトマン、メンタルが強い。


「…日比谷さん、どうする?」

「……え!?」


 凪、あんたこんな時になんて役に立たない……っ!なんかこうアドバイスとかしろよ。どうするってどうしたらいいのよこんなの!


「もし興味がお有りなら1度うちの事務所に見学にいらっしゃいませんか?」

「……えぇ、と…凪?」

「いや私に訊かれても……日比谷さんが決めな?」


 お前なんのために居るんだよ。


「……私、でも、できるんでしょうか?」


 私の脳裏に過ぎるのは幼少期の挫折と屈辱、絶望だった。あの時の、私の全てを否定されたような気分がフラッシュバックする。


 --芸能界は可愛いだけじゃやっていけない。


 私はそれを身をもって体感したんだ。こんな…ただ可愛いだけの…ただ世界で一番美しいだけの女に、過酷な芸能界で邁進していく事ができるっていうの?


「…こんなただ可愛いだけの……日比谷真紀奈に…」

「…日比谷さん、さっきから心の声がだだ漏れなんだよ……」

「日比谷さんは以前芸能界に入ろうとチャレンジしたことがおありなんですか?」


 抑えきれず溢れた私の不安を拾い上げた小林さんに問いかけられ、バツが悪い感じで頷いて肯定。


「ずっと昔に…ジュニアアイドルのオーディションを……」

「そうでしたか。ではこの業界に興味はあるんですね?」

「…………昔は、憧れてたけど、結局落ちたし…私には向いてないのかなって……」


 情けない。消えたい。

 この日比谷真紀奈、人前でこんな消極的なことを口にするなんて……柄にもなく後ろ向きな発言の連発に自分が自分で嫌になる。

 しかし小林さんは頷いた。


「なるほど。しかし、私は初めてあなたをお見かけした時から可能性を感じてます。優れた容姿に優しい笑顔…本物のスターとはただ立っているだけで周りの目を惹き付けるもの。あなたがまさにそうです」

「……ほ、本物のスター…」

「こら日比谷さん!あっさり絆されてるんじゃないよ!!あんた、バイトはどうするんだいっ!!」


 ちょっと……今は黙って巌擬。


「確かにただ容姿が優れてるだけではアイドルとして大成は出来ないです。それは女優やモデルも同じ…ですが、日比谷さんにはそのどれでもスターになる素質があるような気がするんです」


 これ以上は無粋と、小林さんは席を立った。私の前に巌擬さんが突っぱねた名刺を差し出して。


「いつでもご連絡ください。お待ちしております」


 幾人ものスターを見てきたであろうプロの言葉と、名刺に載った大手の芸能事務所の名前が私をその場に磔にした。


 ……これ、ほんとに夢じゃない……よね?


 *******************


「おつかれさまでーす」

「おつかれー」

「おつかれさまでしたー」


 バイトが終わった頃にはすっかり日も落ちて暗くなってた。深い藍色の空からはチラチラと白い雪の粒が降り注いでる。

 体の芯まで冷やす風と、手に抱えたチキンの温もり。


「余ったチキンいっぱい貰っちゃったね、日比谷さん。ケーキまで…これも日比谷さんのおかげかな?」


 隣で白い息を吐く凪がそんなこと言ったから「どういうこと?」って尋ねる。


「日比谷さんにバイト辞めて欲しくないからサービスしてくれたんじゃない?」


 と笑う凪の声を受け、財布の中に仕舞ってある名刺の存在を意識する。


「……凪、私どうしたらいいかな?」

「え?そんなの日比谷さんが決めなよ」


 ……正直、不安しかない。

 1度敗れた世界だ。再び挑んでまた敗れないとも限らない。そしたら、私は立ち直れるの?


 ……でも、憧れはある。

 アイドル、女優、モデル…

 キラキラしたあの世界への憧れは、10歳の頃に挫折してなお忘れたことは無い。


 でも……


「……踏ん切りつかないか。昔失敗してるから。次また上手くいかなかったらまた自信無くしちゃうしね」

「……っ」


 凪の意地悪な言葉についムッとして睨むと隣の凪が雪の降る空を見上げながら突然--


「私は可愛い」

「……え?」

「私は美の化身、世界最高峰の可愛さを持つ、究極の美的生命体……乙女の完成体」

「……凪、どうした?頭おかしくなった?凪がそんなこと言っても説得力皆無--」

「日比谷さんが言ってることでしょ!?」


 痛い!?チキンの箱で殴られた!!


「いつか言ったよね?…日比谷さんは見た目以外の魅力を見つけようって」

「……学校にエロ本持ってきた時の…」

「私は日比谷さんの素敵なとこ沢山見つけた。見た目以外のね?だから友達で居られる」

「……凪」


 空気の冷たさと恥ずかしさからか顔を赤らめた凪が笑う。


「チャレンジしてもいいんじゃない?自信持ちなよ。向こうから誘ってきたんだし…それに万が一上手くいかなくてまた日比谷さんがぐずっても、今は日比谷さんの素敵なとこいっぱい知ってる私が居るから…」

「……凪」


 …………あんたって子は。


 凪の冷たい指が私の手に絡んだ。

「帰ろ」と笑う凪の手をゆっくり握り直して私達は歩幅を合わせて歩き出す。薄ら積もった雪に2人の足跡が続いていく。


 この調子で降ったなら、明日には積もるかな…


 *******************


 お店で貰ったチキンまだ温かい…


 凪と駅で別れて私は1人駅から離れて歩く。しっかり頭に刻み込んだ道を記憶を辿りながら歩く。街灯に照らされながらしんしんと降り積もる雪は夜の寂しい道に溶けて幻想的。


 そんな聖夜の夜に寂しげに佇むアパートの前にやって来た。


 ぶち壊れそうな階段を登って黄ばんだインターホンを押したらギィィと倒れてきそうなドアが開く。

 そこから覗くのは端正な顔立ちと大人の色気…


「……あら?あなた……」

「お久しぶりです。お母様」

「お母様ではないけど……睦月。お客さん」


 むっちゃんのお母様が扉を開いて中に入れと促してくれる。でも、夜にいきなり来てズカズカ上がり込む訳にもいかない。

 お母様に呼ばれて奥から出てきたヨレヨレのシャツ1枚の寒そうなむっちゃんが目をぱちくりさせた。


「あれ?日比谷さん……?」

「こんばんわ……」


 昨日話したのにやっぱり緊張する。ここに来るのも勇気が必要だった。

 でも……逃げててもしょうがない。


 芸能界も、むっちゃんも……私を1度は叩き折ったふたつに、もう一度チャレンジするんだ。


「あの……急にごめんね。これ…バイト先で貰ったんだけど…チキンとケーキ……」

「……」

「クリスマスだから…良かったら食べて?私今ダイエット中なんだ!」

「……わざわざ持って来てくれたん?」


 私からのささやかな贈り物を受け取るむっちゃん。ちょっと触れた指先があったかい。イきそうである。


「うん、それだけ…えっと…クリスマスだからむっちゃんに会いたくて!!」


 以前の自信に満ち溢れた私ならサラッと言えたんだろうか?でも1度フラれた人にこんなこと言うのは凄く勇気がいる。

 でも隠すことじゃない。だってもう1回フラれてるんだもの。


 ちょっと大きな声を出しちゃった私にキョトンとするむっちゃん。


「……じゃ、おやすみ…メリークリスマス」


 私はプレゼントを押し付けてバタバタ踵を返した。もう無理。死ぬ。

 ただ何かアクションが必要だと思った。

 このままだとお互い気まずさから交友が消滅するんじゃないかって不安があった。

 叩き折られたけど、後退はしたくないんだ……


 慌てて階段を駆け下りて深呼吸したら体の中に冷たい空気が入ってくる。上昇した体温が急速に冷めていって気持ちいい。汗かいた。


「…クリスマスにむっちゃんに会えた。今日はいい日だ…帰ろ--」

「送るよ」

「ぴゃんっ!?」


 突然後ろからぬっと出てきたむっちゃん。

 びっくりして心臓が口から飛び出したよ。慌てて心臓を拾い上げて呑み込んでから振り向く。街灯の下でぼんやり寒そうな格好で立ってるのは間違いなくむっちゃんだ。


「今口から鶏胸肉飛び出なかった?」

「心臓だから大丈夫…むっちゃん、寒くない?いいよ。駅そんなに遠くないし」

「いや…暗いし。日比谷さんは3歩歩いたら変なのに絡まれそうだからね」


 むっちゃんはそのままサクサクと雪を踏んで歩き出す。

 白い息を吐き出すむっちゃんの背中…


 また顔が熱くなっていく…雪も溶かしそうな体温を抱えて私はむっちゃんの背中を追った。


「…ありがとう。ほんとに寒くない?風邪ひかないでね?」

「…こちらこそありがとう」

「え?なにが?」

「…あのホテルでのやり取りの後だから避けられるかなって思ってた」


 ぼんやり前を見つめるむっちゃんの口からはそんな言葉が出てきた。その言葉の意味を噛んで、呑み込む…


「……しないよ。私…むっちゃん好きだもん」


 ……あ、そういえばあの時、ちゃんと『好き』って言った?

 あれ?今初めてちゃんと『好き』って言った?私…


 顔から火が出そうだよ、私…今全力で乙女してる。これが青春…?


 むっちゃん何も返さない…

 どんな顔してるんだろ…

 そんなこと気にしてて、わざわざ送って行くって言ってくれたんだ…


 むっちゃんの表情が気になったけど、私はあえて下を向いたまま--


「……ごめん、むっちゃん。私、諦めないね」


 凄く面倒臭いこと言ってる。多分、むっちゃんを困らせてる…

 そう思った。

 思ったけど、私は諦めない。決めたんだ。

 だからごめんね…


 ちらりとむっちゃんを見た。

 隣のむっちゃんとは目は合わなかったけど、むっちゃんは遠くを見つめたまま微かに口元を緩ませてた。


 その笑みが何を意味するのかは分からない。私はむっちゃんが何考えてるか表情で全て推し量れるほどむっちゃんを知らない…


 音のない夜に私達の足音と息遣いだけが溶けていた。


 駅に着くまで2人とも無言だったけど、この時間は今年で一番、濃密な時間だったかもしれない……

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