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千年原人秘蔵レア

 --すっかり冬模様の空は今日も寂しげな風を吹き付けてくる…

 そんな中で人生という試練に疲れ果てた迷える子羊を今日も迎え入れるべく、私の教室は戸を開いていた。


 --南先生の人生相談室


 私、南清子はかつてカウンセラーを志し、夢半ばでその目標を諦めた。

 そうして挫折を味わった私は今こうして、非営利目的、完全ボランティアのお悩み相談教室を開いている。


 1人でも多くの迷える人達の心を救いたい…そんな一心で私は今日も鉛のように重たい心を抱えた人生の迷い人を待っている…


 さて、今日はどんな子羊達がこの戸を叩くか…


 仕切りのされた部屋で心に影を落とした誰かが来るのを待ち--


「--私の話を聞いてくれます?」

「うわぁびっくりした」


 壁で仕切られた向こうから突然声が聞こえてきた。いつの間に…


「どうぞお話ください」


 今日最初の迷い人は女性だ。声からしてまだ若い。

 この人生相談室は私と相談者はふたつの小部屋に分かれている。相手の顔は全く見えない。相談者は安心して私に悩みをぶちまけられるというわけ。


「…あの、実は失恋しまして……」


 ほう…

 この手の相談は結構多い。

 まぁ若い女性だしと、予想はしてたけど見事的中だった。しかし、失恋したと言う彼女の声は今まで同じような相談を持ってきた人達のそれとは異なりあまり沈んだ気配はない。

 私は静かに耳を傾けた。


「好きだった人が居たんです……てか、今も好きなんですけど……私この前その彼とホテルに行きまして…」


 ……ホテル。

 え?そういう感じの関係?

 身体だけの関係から発展しようとしたら「それは重いから無理」とか言われたって感じ?今どきの恋愛はそんな感じなの?


「信じられないんですけど、事実なんです…先生も信じられないだろうけど……日比谷真紀奈がフラれるとか何が起きてるんだって感じですよね?」


 ?


「だって世界中のみんなが私に恋してますし?あなたもですもんね」


 ????


 私とあなたは初対面でしょ?

 ん?待て?日比谷ってどこかで聞いた事あるような……


「先生、まず聞いて欲しいのは決して冷やかしに来たとか、ふざけてるとかじゃないんです。美の化身、日比谷真紀奈がフラれたなんて与太話、信じられないって思うかもしれないけどこれは事実なんです。そこは信じてください」


 ……なんか凄く自信に満ち溢れた人が来た。

 全く疑ってないのにフラれたのは真実なんだとしつこく主張する自称美の化身、日比谷さんは私に何度もフラれたアピールをした後続きを話し始める。


「で……そんな現代の美の女神のハートを射止めた彼を私、諦めきれなくて…」

「なるほど…彼を忘れられないんですね?」

「はい……で、実はその人私の他に好きな人が居て……」

「ほぅ……」

「あの、しつこいようですが「あの日比谷真紀奈を差し置いて好きな人?」って思われるかもしれないけどこれも事実--」

「いや疑ってないです」

「……え?そう…」


 なんでそんな釈然としないみたいな反応?


「……で、その彼もその好きな人にフラれてて…私それでチャンスと思ってホテルに連れ込んだんですけど…」


 …好きな人が好きな人にフラれたからチャンスと告白したらフラれた。

 でもあなたはその彼を諦めきれない…

 なるほど。


「私、フラれたけどやっぱり彼のこと好きで…」

「何とかして彼のハートを射止めたい、と?」

「……はい、友人にも背中を押されまして……彼もフラれたなら遠慮する必要はないって……でも、私彼に迷惑かける女にはなりたくないんです」

「迷惑…」

「だって……何度も食い下がってきたら迷惑じゃないですか?」


 ……なるほど。

 つまりこの人は凄くプライドが高いんだな。

 話の流れからそんな分かりやす過ぎる情報を纏めて、何となく彼女の相談も理解した。


 つまり彼女は誰かに励ましてほしいんだ。

 再びアタックする勇気を欲してる。それだけの事……


「現在、彼に特定の相手がいないなら誰がどう言い寄ろうと問題ないでしょう。あなたが彼の事を忘れられないなら諦めずにアタックしたらいいかと思います」

「でも…フラれた時言われたんです。「フラれたけど俺はあの子が好きだって」」

「しかしその人とその人の想い人は結ばれなかった訳ですから……要は気持ちの問題なわけです」

「……はぁ」

「恋愛なんてのは当事者達の問題であり、彼がフラれたならもう彼の想い人は関係ないのです。彼が未練を引きずってようが後はあなたの頑張り次第ですよ」

「いいんでしょうか?ウ〇コ女のことを忘れられない彼にアタックしても…」


 ウ〇コ女…?


「いいんです。大事なのは自分の気持ちに正直であることですよ?あなたが本気ならば、彼の心も動かす事ができるでしょう」

「……そう、ですよね?だって私、日比谷真紀奈ですもんね!」


 いや……日比谷真紀奈だったらどうという話ではないけど…


「頑張ってください。むしろ、彼の失恋の傷に寄り添えるのはあなただけです」

「っ!そうですよね!?私には彼が必要……彼にケツを叩かれる資格があるのは私だけ…」

「……ケツ?」

「先生!おかげで迷いが晴れました!私、1度や2度の敗北に負けません!!」

「…そうです。その意気ですよ」

「ありがとうございましたっ!!」


 *******************


「すみません、話聞いてもらっていいですか?」

「おかけください」


 自称美の化身の次に来たのはまた若い迷い人。今度は男性だった。

 先程の美の化身と比べて心の影を色濃く反映した沈んだ声音。これは余程の悩み事か。私も気を引き締める。


「実は…俺人間関係で悩んでまして…」

「なるほど」

「俺はどうしたらいいのか、教えてください南先生」

「どうぞお話ください」


 深刻な状況にあるだろう彼は私に促されてその内容を吐き出し始めた。


「実は俺…1人友人が居るんですが、間違えてその友人の財布を持って帰ってしまって…」

「財布を?」

「はい。財布の中いっぱい入ってたからつい……」

「つい…お金を抜いてしまった?」

「いや……千年原人を1枚ほど…」


 せ、千年原人?


「未開封を…」

「未開封…」

「120万くらいになりました…」

「ひ、120万…え?売ったんですか?」

「はい……知り合いに。そしたらその友人が財布がないことに気づきまして…」

「あの、千年原人とは?」

「あ、遊戯王カードです」

「遊戯王…………」

「千年原人返せって言われて……しかしもう120万使っちゃったんで売ったやつにも今更返せとは…」


 クズじゃん。こいつ…


「えっと…120万も何に?」

「え…同好会の経費に……」

「大学生ですか?」

「いや、高校生です」


 高校の同好会の経費?120万?

 おっと……いけない。私からあれこれ詮索するのはルール違反。私は彼の言葉に耳を傾け続ける。


「どうしたら上手く誤魔化せますか?」

「ご、誤魔化す……?」

「いや…千年原人を…」

「千年原人を…」

「千年原人を」

「弁償しましょう」

「無理です」

「人のもの勝手に売ったらダメでしょう…ここに相談に来たということはあなたは良心の呵責に耐えかねているということでしょう?」

「いや、どうやったらパクった責任から逃げられるかを……」

「ここはそういう相談所ではないんですよ」


 あなたこれは犯罪ですよ?


「てか、そいつも同じ同好会メンバーなので、この120万は実質やつに還元されたと--」

「言えませんね」

「そんな……」

「誠意を込めて謝りましょう。そしてお金は返しましょう。考えてみて下さい。あなたの大切な宝物が勝手に質に入れられてたら…その人にとって千年原人はお金ではなく、思い出とかの積もった大切な宝物かもしれませんよ?例えお金が返ってきても、大切な千年原人は返ってこないでしょう?」

「でも……千年原人ですよ?」

「千年原人だからという問題ではありません。悪いことをしたら謝る、当たり前のことです」

「……つまり俺に財布を盗られたアイツが悪いこと…そういうことですか」


 今盗ったって言った?


「今はあなたの話をしてます」

「つまり千年原人パクった隠蔽くらい自分で何とかしろと?」

「いや違う」

「偽物でも作るか……」

「私の話を聞いてください?いいですか?自分の中で生まれた良心の呵責は自分の行動でしか解決しません」

「いや別に悪いとは思ってない…」

「そうでした。いや、思ってください。あなたはまずそこからです。その方との今後の関係も悪化しますよ?謝罪は早い方がいいです。やってしまったことは仕方ありません。誤ちを振り返り嘆くより前を向きましょう。人は正しく生きれば人生が豊かになるんです」

「つまり開き直れと…」

「都合のいい解釈しないでください」


 ダメだこの人…そもそも悪いと思ってない。性根から腐ってた。

 愕然とする私に「そうか!」と相談者はなにかに気づき声を上げる。


「千年原人120万は今後の親友料金ということにしよう。料金前払いってことで手を打とう!」


 し、親友料金……?

 この人と千年原人の持ち主はどういう関係性なの?いやこの人の態度からしてこの人が千年原人の持ち主に対してろくな感情抱いてないのは分かるけど…


「そうしよう。先生の言う通り前向きに、未来の事を考えて交渉してみます」

「いや、違う--」

「先生ありがとうございました」


 ありがとうじゃねーよ。


 1人でクソみたいな結論を出した相談者は壁の向こうで椅子から立ち上がる気配。しかし、椅子を引く音が途中でピタリと止まった。


「…先生、もうひとついいですか?」

「え?次は青眼の白龍でも盗んだんですか?謝ってください」

「いや…青眼の白龍の件は有耶無耶にできたんでいいんですけど…」


 青眼の白龍も盗ったんかい。


「あの実は……俺好きな人にフラれまして」


 驚いた。こんなクソ野郎からそんな初心な相談が飛び出すなんて…


「その後、別の人から告白されたんですけど…」


 理不尽。こんなクソ野郎がそんなにモテるなんて…壁をぶち破ってあんたの顔を見てみたい。

 千年原人をパクった極悪人はらしくもなくしゅんとした声音で気持ちを吐露する。


「俺はその脱糞…じゃなくて好きな子に未練タラタラなので断ったんですが…実らない恋ならさっさと切り替えた方がいいんでしょうか?まぁ別に…未練を断ち切ったらその告白した人と付き合うとかじゃないんですが…」

「引きずってください」


 千年原人パクるような男に恋人は不要。お前はまず千年原人を引きずれ。


「え…引きずっていいんですか?」

「大事なのはあなたの気持ちです。誰かを好きになったという気持ちは大切にしてください。あなたがその人の事をまだ好きなら…」

「…俺、別に恋人になりたいとかそういうのは求めてなくて…なんとなくそんなのは無理だなぁって分かってたし、今の心地いい関係を壊すのも嫌だったから…」


 理不尽。なんでこんな千年原人パクるような男がラブコメみたいな青春送ってるの?


「それは逃げですね」

「逃げ…」

「きっと相手もそんなあなたの臆病な心を察して断ったんじゃないですか?もしくは、あなたの気持ちがその程度ということです」

「……」

「あなたは1度自分と向き合う時間を作った方がいいと思いますよ」


 色んな意味で。


「忘れないでください。1番大切なのはあなた自身の気持ちです」


 あなたが真人間になることを願ってます……


 *******************


「また来てしもたわ…」


 さて今日最後の迷い人は……

 またしても若い女性。しかしこの声と話し方は……


「ようこそ、あなた以前も来ましたよね?」

「うん…まぁ、な?」


 この関西弁女さん。以前友人との恋愛関係のいざこざの相談をしに来たウ〇コタレ男さんが気になる女性だ。


「まぁ……その、前回の話とちょっと関係あるねんけど…」

「どうぞ、お話ください」


 あの後友人とはどうなったんだろ?しかし私からあれこれ詮索するのはマナー違反だ。今はこの迷い人の相談に耳を傾ける。


「実は…その、以前話したと思うけど、ウチの友達フッたウ〇コタレの事が最近気になってしょうがないねん」


 来た…

 このウ〇コタレ男とはこの女性が気になっている男性だ。

 前回の相談ではそのウ〇コタレ男さんが友人にフラれた事から喧嘩になってどうのこうのという話だった。

 私の見立てはやはり間違ってなかった。


「気になる……具体的にはどのように?」

「いや…周りのせいってのもあるんやけどな?しょっちゅうアイツのこと考えて…」


 やはりな。前回は否定してたけどやっぱりあなたもウ〇コタレ男さんが好きなんだよ。

 1人の迷い人の人生にささやかな祝福を…


「アイツが何をどうしようがウチには全っったく関係ないはずやのに…デート尾けたりムカムカしたりイライラしたり…」

「デートを尾ける?」

「ウチ、この間その男の事フッたねん。けど、アイツそのすぐ後他の女とホテルに入って行きよって…」

「…………」

「ウチはアイツのこと嫌いやし、憎しみすらあるし、この気になるんはアイツのこと目の敵にしとるけやと思うんやけど…その……あんな?」

「いいですか?」

「え?何?」

「それは嫉妬です」


 沈黙。長い沈黙。その後返ってきたのは「ちゃう」という短い否定。


「では、その人と他の女性がホテルに入った事がなぜそんなにイライラムカムカするのでしょうか?」

「せやから……ウチの事好き言うたそばからフラれたからってすぐにホイホイ他の女に乗り換えんのはムカつくって…」

「しかしその人はあなたとは恋人関係でもなんでもないので、誰と何をしようがあなたには関係ない」

「やから、ウチへの気持ちはそんな軽いんかって--」

「それを嫉妬と言うんです」

「…………ない」

「あなたはしっかり自分の気持ちを確かめた上でその人の告白を断ったんですか?勝手な想像ですが、あなたとその人は普段は喧嘩友達のような間柄で、普段のノリや恥ずかしさから勢いで断ってしまったとか……」

「ちゃう」

「断言できますか?」

「うん。だってアイツには恨みしかない」

「ではご自分でなぜ彼の事がそんなに気になると思いますか?」

「だから…憎しみが募り過ぎて目の敵に……」

「ではなぜそのことを相談に?あなた自身、その言い訳に釈然としないものを感じているからでは?」

「…………」

「その…ホテルに入った彼はその女性とどうなったかはあなたは知っているんですか?」

「……その女が告白…的なことしとったけど、フラれた」

「フラれた…」

「ウ、ウチのことが……好きやからって……」

「それを知った時あなたはどんな気持ちになりましたか?」

「いや…え?」


 この人、超めんどくさいなぁ…


「自分の素直な気持ちというのは時に自分でも分からないものです」

「……なんでどいつもこいつもウチとアイツを引っ付けたがるん?」

「他ならぬあなたがそれを望んでいるからでは?1度先入観や余計な考えを捨てて、彼と向き合ってみてください。そのうえであなたが本当にその人のことをなんとも思ってないならそのモヤモヤも消えるはず。ですが、自分で結論付けておきながらここまで足を運んだというあなたの行動そのものが、あなたの心を物語っていると私は思います」

「…………」

「もし、仮に、あなたがその人の事を好いているなら、本当の気持ちでない気持ちで告白を断られたその人が可哀想だと思いませんか?」

「…………っ」

「どんな気持ちも尊いものです。その人の勇気も…もちろんあなたの気持ちも…もう1度、その人と向き合ってみてください。そうすればおのずと答えは出るでしょうから…」




 --前回よりはるかに大人しかった最後の迷い人は私の言葉を受け止めて立ち去って行った…

 今日は3人の迷い人を導け…ただろうか?


 私はあくまで背中を押すだけ…

 その先の道を歩いていくのは彼ら彼女ら。私にできるのはただ迷い人の声を受け止める…

 それだけ。

 私はそれに意味を見出す。

 ここに迷いを吐き出しに来る人が居る限り、私の行いはきっと無駄では無いはずだから…


 …しかし今日の3人、なんか相談が似てたような気がするなぁ。

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