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わたくしあなたのファンですの

 コンビニにエナジードリンク買いに行ったら雨が降ってきた。

 みんなの待つファミレスまでは走ればすぐだし傘を買うかは迷うところ……

 大学入試を控えた高校生、広瀬虎太郎。

 俺は雨が嫌いだ……


 雨が降る日はろくなことが起きない。それが俺の人生の経験則…

 雨が降る日には自転車が側溝に落ちたり鉢植えが降ってきたり変な同好会に巻き込まれたり変な後輩に巻き込まれたり……

 今までかなりの確率で雨の日には不幸が降り掛かってきた。


「……どうせ帰りいるし、買っていくか」

「おーっほっほっほっ!!」


 なんだ!?


 コンビニの駐車場で高々と響き渡る高笑い。高すぎて鼓膜破壊されそうな勢いを感じる。

 リアルでこんな笑い方を、しかも外でするやつが居るなん--


「……てっ、マジか」

「おーっほっほっほっ!!」


 パラパラと降り出す小雨の中、俺以外誰も居ない駐車場の真ん中で巻き毛の女の子が顔の横に手を当てて必死に笑っていた。

 俺はその姿にド肝を抜かれた。


 なにせ彼女は超国民的アイドルグループ、『本気坂48』の城ヶ崎麗子なのだから…

 アイドルに明るくない俺でも知っている。それくらいの認知度を誇るアイドルだ。昨日もわさびのCMで見た。


 トップアイドルがなぜこんな田舎町のコンビニに!?

 しかも1人で笑ってる…?


「おーーっほっほっほっほっほっ!!おーーっほっほっほっ!!」


 イメージ通り、いやテレビの向こう側そのまんまな笑い方、立ち姿、オーラ。

 有名人でありながら全く忍ぶ様子もなくテレビからそのまま飛び出してきたような城ヶ崎麗子は狂ったようにずっと笑ってる…


「おーーーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!おーーーーーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」

「……」


 別にファンでもないけれど、やはり芸能人に出くわしたら勝手にテンションは上がる…はずなのだが何も無い駐車場で雨の中高笑いを続ける彼女の姿に当初の興奮はスンッと落ちていく。

 この奇行や纏っている空気から俺は察した……


 これは嗅ぎなれた予感……

 この人…うちの学校の狂人達と同じ匂いがする……

 それはつまり赤信号。関わってはいけないというサイン。俺は見なかったことにしてファミレスに急ぐ為足を動かした。


 やはりアイドルなんてものはテレビの向こうから眺めるのに限--


「……この声、まさかと思ったぞ……」


 と、俺が駐車場を立ち去ろうとした時、正面から歩いてくるヨレヨレのパーカーを着込んだ男が濁った視線を俺に--

 いや、城ヶ崎麗子に向けていた。


 生臭い雨の臭いが鼻に刺さる。

 あぁ…良くないことが起こる。俺には分かった。


「おーっほっほっ…ふぅ。今日のコンディションはまずまずですわね……」

「城ヶ崎っ!!」

「ほっ!?」


 俺を挟んで怒号を飛ばす謎の男と、俺を挟んでその声にびっくりするアイドル。

 そしてそこに挟まれた俺……


「城ヶ崎麗子ですわよーっ!おーっほっほっほっ!!」


 城ヶ崎麗子お決まりの高笑いが響いた時、男の額に青筋が浮かぶ。内心穏やかでは無いこの男の神経をおーっほっほっが逆撫でしたのは明らか……


 男はポケットからナイフを取り出した。


「っ!?」

「おほっ!?」

「よくも……俺を裏切ったな…ファンだったのに……応援してたのに……好きだったのにっ!!」

「ほほっ!?まっ……待ってくださいまし!?わたくし、ファンを裏切るような真似はした覚えありませんわ--」

「黙れっ!!あんなにラブレターを何度も送ったのに……っ!!返事のひとつもくれないじゃないか!!内心で俺の事を……馬鹿にしてたんだろぉ!!」


 あああああっ!!まずい!!まずいぞーっ!!


 俺は直ぐにこの場を離れなければと判断を下した。

 が、運の悪いことに2人の間から抜けようとしたその時、足下のバナナの皮に滑ってバランスを崩す。


「お前も……たこわさにしてやるっ!!この裏切りもんがぁぁぁっ!!」

「おほほっ!?おほーーっ!!」


 男が叫びながら城ヶ崎--つまりこちらへ駆け出した。俺は慌てて体勢を立て直しそのまま--


 それがいけなかった。

 いっそ転んでいれば、助かったかもしれない。


 --グサッ


 崩れたバランスを立て直し起こした俺の上半身に男の突進が突き刺さってしまった。

 脇腹に焼けるような痛みが走る!!


 ……ふざけんな。ちゃんと狙えよ……相手……違っ……


 俺の意識はそのままどこかへ引っ張られるように遠のき……


「きゃーーーっ!!ですわーーーっ!?」


 *******************


「……臓器を傷つけていて危ない状況でした。全治1ヶ月ですね」


 目を覚ました俺を待っていたのはそんな無情な医師からの宣告だった。ベッドに体を預けたまま、微かにじくじく痛む横腹に顔をしかめつつ、駆けつけた母さんに手を握られながら俺は色んな事を考えてた。


「正月はベッドの上でしょうが、大学の入試までには退院できると思いますよ。頑張りましょう」

「……はい」


 柔和な面持ちでそう励ました先生はそのまま病室を後にした。


「薬物で錯乱したアイドルファンに刺されたのよ、あんた…そのアイドルも刺されて大騒ぎになってるんだから……」


 リンゴを剥きながらそんなことを教えてくれる母さんの話に耳を傾けながら俺はこれからを考える。


 ……大丈夫、入院してても勉強はできる。

 幸い担任からも実力的にも問題は無いと言われてるし…詰めを誤らなければ落とすことは無いだろう。


 それにしても雨の日はろくな事がない。ほんとに。過去最悪なんだが……


 恨めしく思いながら雨を眺めてたら部屋の戸がノックされた。「お父さん来たかな?」と母さんが言いながら戸を開ける。

 二三会話を交わした母さんが部屋から出ていきながら「お友達よ」とだけ告げた。


 母さんと入れ違いになって入ってきたのは紬さんだった。


「……虎太郎」

「あぁ…わざわざ来てくれたんだね」


 心配そうな顔色を貼り付けた紬さんが俺の横に寄ってくる。


「刺されたって聞いた……」

「まぁ…おかげさまで……」

「そうだね……おかげさまだね。虎太郎にエナジードリンク買いに行かせなきゃ……」


 冗談を零した俺に紬さんは顔を悲痛に歪めながら俯いた。そんな本気の反応を示されると俺も困る。


「いや冗談。それにほら、悪いことばかりじゃないからさ。聞いた?アイドルと刺されたんだけど、本気坂の人と会っちゃ……」

「……」

「……紬さん、大丈夫だよ」


 無理矢理声色を明るくする俺に変わらず影を落としたままの紬さんに俺は声をかけた。

 こんな傷なんでもないってアピールするように体を起こしてみせて、紬さんを覗き込む。半泣きの彼女の態度になんだか恥ずかしくなってきた。

 紬さん……俺の為に……


「私……虎太郎が死んだらどうしようって……」

「ありがと」

「虎太郎が居なくなったら…私大学行けない……」


 そっちかい。今のありがと返せ。


「えっと……みんなは?紬さん1人?」


 お見舞いくらい来てくれよ薄情だなぁなんて思いながら問いかけたら紬さんは沈んだ顔で「こんなことになるなんて…」と零し話し出す。


「……虎太郎が出ていった後、大葉君がカフェオレ炙って吸引しだして……私達止めたんだけど……」

「……」

「カフェオレのカフェイン中毒でみんなも店の他のお客さんも……」


 え?笑えってこと?ギャグだよね?


「私はすぐ外に逃げたから大丈夫だったけど……みんなカフェインにやられて幻覚や不眠症に……入院してる」


 カフェイン怖すぎだろ。

 あぁ……またあの店も出禁だよ……


 カフェインの新たな危険性を認知し、またひとつ賢くなったことを喜んでいる場合ではない……


「……そっか。お見舞い行かないとね」

「うん。大葉君以外はとりあえず今は落ち着いてるよ」


 そうか。大葉は1回ちゃんと治療しような?

 てか今日病院送りになってる奴みんなあいつのせいだし…元生徒会副会長が何してくれてんだ。

 退院したら1発殴らせろ。


 ……退院といえば。


「紬さん、俺1ヶ月くらい入院することになったからさ……」

「……っ!?1ヶ月!?明日とかには退院できたりしないの!?」

「するか」

「絆創膏貼って終わりじゃないの!?」

「そんな傷で死ぬかもって思われてた?」

「……でも、入試1月……」

「それまでには退院できる。心配しなくていい。というわけで、紬さんの勉強見てあげられないけど……」


 と、言い終わるより前にちらっと見えた紬さんの顔が途端に青くなっていく。冷蔵庫で1日寝かしましたみたいな顔色の紬さんは表情が抜け落ちた人形みたいだった。


「………………」

「……………………」

「……頑張れ」


 *******************


「腹が痛ってぇですわーーーっ!!」


 わたくし!いつでもどこでも、病院でも三途の川でもトップアイドル、城ヶ崎麗子ですわーーっ!!

 わたくし、腹を18回刺されたくらいでは死にませんわーっ!わたくしを待っているファンが居ますの!!


「おーっほっほっほ!!不死身ですわーっ!!おーっほっほっほっ!!おーっほっほ……痛いっ!?あたたたっ!?ですわーっ!」

「おい城ヶ崎!廊下まで響いてるぞ!やめろその高笑い、折角偽名まで使って入院してるのにバレるだろうが!」

「お黙りなさい、マネージャー!!わたくし、アイドルたるものいつでもどこでもアイドルとしてを心情としてまして!例え入院中でもアイドルとしてのわたくしを捨てる気はありませんわっ!!」

「それで刺されてんだろーが!」


 まぁ!このマネージャー。アイドルがなんたるかをまるで弁えてませんこと!!1度教育する必要がありますわーっ!


 --コンコン


「どうぞお入りになってー!!」

「馬鹿野郎!!勝手に返事すな!!」


 わたくし、来るものは拒みませんわーっ!

 わたくしの病室まで足を運んできたのは、丸眼鏡の少年でしたわーっ!

 一瞬ファンかと思いましたが、その存在感の無さ、忘れるはずもありませんわっ!!


「あのー……」

「どなたですか?勝手に入られたら困--」

「ケースケ!!なぜここが分かりましてー!?」

「え?知り合いか?城ヶ崎」

「いや……廊下まで元気な笑い声が聞こえてきたので……ここかなと……」

「マネージャー!あなたお邪魔でしてよ?退室なさって!!」

「……っ。お前なぁ……」


 事務所の稼ぎ頭の意見は絶対ですわーっ!マネージャーごときに反論なんて、許しませんわーっ!!


「おーっほっほっほっほっほっほっ!!」

「大丈夫ですか?ものすごく刺されたと聞きましたが……ニュースになってますよ」

「おーっほっほっほっほっほっ……痛いっ!!ふぅ……やはり高笑いは腹筋を使いますわ…筋トレにオススメですわよ?あなたもトップアイドルを目指すならやってみるといいですわ。1日千おーっほっほっですわ」

「恥ずかしいんでいいです。そんなことより……どうしてまた東京からこっちに?今朝メッセージが入っててびっくりしました」

「おーっほっほっ!アイドルは神出鬼没ですわ!」

「てかなんで僕のRAIN知ってるんですか?」

「オーディションの応募書類に書いてましたわーっ!」

「……オーディションの申し込み書にメッセージアプリのID書かないです……」

「調べましたわーっ!アイドルに不可能はないんですわーっ!!」

「……それで、ご用とは……」

「これですわーっ!!」


 わたくし、とっても用意がいいんですわーっ!素早く目的の紙をケースケに渡して差し上げますわ。おーっほっほっ!喜びなさいケースケ!!


「……オーディションですか」

「そうですわーっ!!来年2月!!またうちの事務所でオーディションですわーっ!!しかもこのオーディション、合格者には今話題沸騰中のグループ、エル☆サレムに加入する資格が与えられますわーっ!!」

「えぇ!?」


 エル☆サレムは今うちの事務所では本気坂とツートップを張る男性アイドルグループですわーっ!!


「まだこの情報は秘密です。他言無用ですわよ?今回のオーディションはエル☆サレムの新メンバー選出も兼ねてますの」

「そんな……トップアイドルグループのメンバーを素人から選ぶんですか?」

「アイドルの世界を舐めないことですわ。最初は練習生として事務所に入って、プロデビューする時エル☆サレムのメンバーとして迎えられるんですわーっ!おーっほっほっほっほっほっほっ!!」


 固まるケースケ。愉快ですわー!

 間抜け面のトップアイドルの卵の肩をバシッと叩いて、本物のアイドルの喝を入れてあげますわーっ!


「……っ、城ヶ崎さん、わざわざこの話を持ってくるためにまたここまで……?」

「そしたら刺されましたわーっ!」

「……っ、あの……」

「気にしないでくださいまし」


 ケースケ、アイドルを目指す男が“ファン”の前でそんな顔をしてはいけませんわ…

 いつでもどこでもアイドル……あなたがわたくしに言ったことですわ。


「顔を上げなさいケースケ」

「……」

「わたくしの前で情けない顔は許しませんわ。わたくし、あなたのファンですのよ?」

「えっ……城ヶ崎さん……っ」

「駆け上がりなさいケースケ。てっぺんで待ってますわーっ!!おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」

「……」

「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ!!」

「……あの」

「おーっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっほっ……っ!あっ……痛い……」

「城ヶ崎さん!?」



「--先生!!903号室の患者さん、傷が開きました!!」「なにぃ!?安静にしてるはずだろ!?」「笑いすぎです!!」

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