醤油さしでボスバトル
--俺の名前は勇者。名前はない。
なぜなら俺は今生まれたばかりだからだ。
アクションRPG、『ヤマノテ・オンライン』の主人公なのだ。
このヤマノテ・オンラインは外世界にいる俺達の世界を生み出した創造主と同じ“神々”がこの世界の俺達を操作することで秘境『ヤマノテ』を制覇するという世界だ。
つまり俺達はその為だけに存在する操り人形…ふっ、哀れな運命を背負いし勇者だ。
たった今この世界に産み落とされた俺にはまだ名前もないし、既に産み落とされた他の勇者達と比べても非力だ。
俺を世界に呼び出した“プレイヤー”の力量によって俺の今後の命運が決まる。
早速来たぜ。
俺の頭上に名前が表示された。名も無き勇者である俺はプレイヤーから最初に名前と役職を与えられる。
俺の頭上に輝くのは剣のマーク…俺は剣士に選ばれた。
さて、名前は……?
『お前を許さない、まさる』だって?
おいおいなんて名前だい。誰だよまさるって。だったらまさるにしろよ。
わざわざ怨嗟を名前に込めるあたりプレイヤーは『まさる』に相当な恨みがあるらしい……
『おい見ろよ。あいつの名前』
『まさる何したんだよ?』
『きっと逃げた浮気相手をオンラインで探してるんだよ』
と、チャットという言葉を発することの許されない俺らの代わりにプレイヤーがこの世界に吐き出す言葉を表示するチャット欄に俺の名前に関してあれこれ憶測を巡らせるプレイヤー達。
ふざけんな。俺が何したってんだ。おいまさる。
顔も知らないプレイヤーに向かって呪詛を吐き散らしていたら俺の体が強制的に動きだす。
その場で回ったりジャンプしたりしながら俺は街の装備屋へ飛び込んだ。
この世界で勇者を始めるならまず適正にあった武器と防具を手に入れなければならない。
この始まりの街、『懐かしき故郷の田舎町』の外に出ればそこはもう魔界、ヤマノテ。
街の外に繰り出す前に最低限の装備を揃えなければ。
『いらっしゃい。ほう…お前さん、こんなにいい面構えの若者は久しぶりに見たぞ。お前は見所がある。金は要らねぇ。なにが欲しいんだ?』
始めたばかりの勇者みんなに同じセリフを吐いてくる髭面のおじさんが武具を出してくる。ちなみに2回目以降は金がかかる。
俺は近接攻撃職の剣士だ。攻撃力の高い剣や高防御の甲冑を買わねばならない。
ただしみったれ親父は最初は能力値の低い装備しか渡してくれない。序盤はそれを使って雑魚モンスターを狩って金を貯めて…
--『お前を許さない、まさる』は『醤油さし』を手に入れた。
--『お前を許さない、まさる』は『お古のカーディガン』を手に入れた。
なん…だと?
よりにもよって醤油さし?『木の棒』ですらなく醤油さし…?
攻撃力も防御力もほぼ裸同然で俺はプレイヤーに連れられる形でフィールドに出る。
待ってくれ。いくら勇者でも醤油さしではモンスターは狩れないぞ?
*******************
--魔境ヤマノテ。
それはこの世界に点在する『駅』とそれを繋ぐ『路線』を指し示す。
この『路線』を辿り各『駅』に巣食う魔物を倒し、ヤマノテ最終地点『田端』を攻略することが、俺達の使命…
俺が最初に出たフィールドはヤマノテの最初の魔境、『品川』
最初の魔境にして勇者達の登竜門。他の駅に比べればボスと呼ばれる魔物の強さも大したことは無い。
しかし俺はまだLv1。ここはザコ敵を狩ってレベルを……
と考えていた俺の脚は勝手にボスの構える場所へ向かっていた。
おいおい!?いくら最初のボスでも推奨Lvは15だぞ!?いきなりそんな…っ!
なんて思っても、俺の意思など届きはしない。
こうして抵抗すら許さぬ絶対意思に突き動かされ俺は最初のボスへ--
『みぎゃーっ!!』
向かう道中でザコ敵、『終電逃したおじさん』から突然の攻撃!!
ライフポイント100の俺のライフが20も削られた…
ぐはぁぁっ!!めちゃくちゃ痛てぇ!?
猛烈な痛みに悶えながらも雑魚を無視して勝手に進む俺の前に、奴は現れたっ!!
『--品川〜、品川〜』
品川駅長、Lv20。
推奨Lv15。
俺がフィールドに入った瞬間BOSS BATTLEの文字が視界に浮かび上がった!
巨大なおっさんが俺目掛けて突進してくる!
……が、プレイヤーは回避行動はおろか動こうともしない。
なにやってんだ!?Lv20が突っ込んで来るぞ!?
--ドキャッ!!
ぐはぁぁぁぁぁっ!?
俺のライフポイント80を容赦なく抉る突進攻撃、ダメージ30。
倒れた俺を見下ろすように立ち止まる品川駅長はその後距離を取って再び突進の構え。
モーションの大きい優しい攻撃だ。
…しかし、自動で立ち上がる俺の体はまたしても動かない。
一体何をして…っ!と思った刹那、再び俺の体が弾け飛ばんばかりの大ダメージ、30。
追撃の踏み付けが俺を叩き潰して、残り20のライフポイントを容赦なくすり潰した…
~GAME OVER~
~ロード中~
……っはっ!?
目が覚めた俺は始まりの街にいた…
俺は…死んだのか…?
何が起きたか分からない現状に目を白黒させてる間にも再び俺の体が動き出す。
動いている…プレイヤーは俺の操作はしっかりできている…
なら、今のは……?
なぜプレイヤーはあの時、ボスを前にあんな無防備な…?
なんて疑問もすぐにフィールドに舞い戻る忙しなさにかき消される。
Lv1の俺、再び魔境へ…
『きょーっ!!』
『待ってくれ…ちかこーっ!!』
ザコ敵からの容赦ない攻撃。心もとないライフポイントが半分まで削られた。
その間俺は袋叩きにしてくるザコ敵の周りをぐるぐる回るだけ…
なぜだ…?なぜ攻撃も回避もしない?
嫌な予感を感じつつ俺は再びBOSS BATTLEの文字を見るはめに…
もちろんLvは1、ライフポイントは50。
『品川〜、品川〜』
品川駅長のハイキック攻撃。大技を前に俺は棒立ちでライフポイントを削り切られ再び…
~GAME OVER~
~ロード中~
--『トロフィーを獲得しました。『品川ビギナー』』
--はっ!?
また目が覚めたら始まりの街…
2度目の死を迎えた俺はある確信を持つ。
俺を動かしているこのプレイヤーは、俺でわざと死んでいる…
頭上に表示される『お前を許さない、まさる』の文字。
こいつは俺をまさるとしていじめて楽しんでいるっ!!
顔も知らないまさるへの恨みのはけ口にされる俺は絶望と怒りをふつふつと湧き起こしながらまたフィールドに脚が向かっていることに気づいた。
……確かに俺はゲームの主人公かもしれない。この世界そのものが外の世界の神々の娯楽ならば俺がおもちゃにされるのも仕方ないのかもしれない…
しかし…
外の世界の神々よ…俺達だって生きている。この世界で……
無限とも言える命を持っていても、俺達だって生きているし、死にたくないんだ!
俺達には自由はないかもしれない…
だからこそプレイヤーは俺達にしっかりこの世界で使命を果たさせる義務があるんじゃないのか?
この世界の外から決してはみ出すことのない俺の自我が、怒りが、俺の脚を石のように固くした。
それは全てをプレイヤーに握られた俺に唯一許された、俺からの意思表示--
『--サーバーメンテナンスのお知らせ。本日15時より1時間ほどサーバーメンテナンスを行います。5分以内にログアウトしてください』
チャット欄に流れた我らが創造神、『運営』からのお知らせに俺を含めその場の全員がピタリと石像のように固まった。
俺の強い思念が届いた--と思ったらプレイヤーからの操作の呪縛から一時的に解き放たれただけだった。
…良かった。もうあんな痛い思いはごめんだ……
束の間とはいえ死の痛みから解放された俺はその場でホッと安堵の息を吐いていた。
しかしその間頭の中を駆け巡るのはどこの誰とも知れないプレイヤーの底知れぬ悪意とライフポイントを削られ無為に命をすり潰される絶望と恐怖……
俺はもう、死にたくない。
いくら願っても俺にその望みを叶えるすべは無い…分かっている。
俺に出来ることと言えば、外の世界のプレイヤーがまさると和解するか、早くこのゲームに飽きるか…
--その時、俺の体が突然動き出した。
周りの勇者達も解き放たれたように動き出し忙しなく駆け回る。チャット欄にもプレイヤー達のやり取りの軌跡が流れ出す。
もうメンテナンスが終わったのか……
再びあの地獄へ--そんな俺の絶望の眼差しがあの魔境へ向かうのとは裏腹に、俺の体は装備屋に向かっていた。
なぜだ?まさるをいじめに行くのではないのか……?
そこで俺は気づいた。気づくと同時に目の前の絶望の暗雲に一筋の光が差す。
俺が気づいたのは俺の頭上に表示されたステータス欄…
そこの俺の所持金が5000Gにまで増えていた!!
産まれてから死んでしかいない俺に金などない。
これは神々が用いる『課金』という魔法の御業。何もしてなくても金が増えるのだ!!
突然増えた金と勝手に向かう装備屋…
ここから導き出される結論はひとつだろう。装備を買う。
つまり、プレイヤーに俺の心が通じたということだっ!!
強い装備さえ揃えれば簡単に死ぬことは無くなる……何より課金してまで装備を揃えると言うことはプレイヤーが本気でゲームクリアを目指しているということだ。
死の恐怖から解放された俺は安堵からか心の目からポロポロと雫を垂らす。
俺には涙を流す自由もない……
でも、いいんだ……これでようやく使命を果たせる……
『いらっしゃい、何にする?』
装備屋のおっちゃんの問いかけにプレイヤーは並ぶ高額な防具を吟味しているようだ。
高級防具からプレイヤーが選んだのは『本気坂48ライブTシャツ(会場限定)』だ。
『コラボ』とかいうやつで期間限定で購入できる高級防具だ。その防御力なんと1000。
防御力ほぼ皆無の『お古のカーディガン』とは比べ物にもならない性能を有している。
その上この装備には特殊効果『輝け100の命』が付いている。
これはライフポイントが0になってもライフポイントが100自動回復するという実質不死身になる特殊効果……強すぎる。
これで俺はもう死ぬことはないんだっ!!
アイドルTシャツと相変わらず武器は醤油さしだが、格段に強くなった俺は魔境攻略への決意とやる気をみなぎらせ--
その時だった。
突然俺の視界が暗転し、体を浮遊感が襲ったのは……
この感覚を産まれた時から知っている。
これは『ワープ機能』1度立ち寄ったフィールドに自動的に転送してくれるこの世界のシステムのひとつ……
とはいえ俺がまず攻略すべき品川はこの街を出てすぐ。品川に向かうのにいちいちワープを使うプレイヤーはほとんど居ない……
はずだった。
視界が晴れた俺の目の前に広がるのは灼熱の炎に埋め尽くされた駅のホーム……
初めて見る魔境の光景……そこらをウロウロしているザコ敵の姿。そしてそのLv……
『終電逃した社畜』Lv80。
『今夜は帰りたくないの』Lv70。
……ザコ敵でLv80だと?
馬鹿な……ここは一体……っ!
『お詫び--メンテナンス終了後から不具合によりヤマノテ最終地点『田端』に転送される不具合発生中。不具合解消までご迷惑をおかけしますがお待ちください』
チャット欄に流れてきた運営の言葉に戦慄する俺。
『田端』に転送される不具合だと……?
『田端』--それは秘境ヤマノテの最終地点。つまりヤマノテを攻略してきた百戦錬磨のプレイヤーが挑む最終ステージ。
なんてことだ……道理でザコ敵のLvが桁違いだ。俺はまだLv1だぞ?
突然の事態に浮き足立っている暇はなかった……
『次は〜田端〜田端〜』
気の抜けたアナウンスと共にホームに何かが滑り込んできた。それは巨大な口を開けた電車……
E235系、Lv120
推奨Lv100
~BOSS BATTLE~
……田端駅エリアボス。つまり…このゲームのラスボス……
おい、待ってくれ……俺はLv1の醤油さしだぞ?
『列車の遅れをお知らせします』
……っ!?なんだ!?まるで腰まで泥沼に使ったみたいに動きが重い!?
これは……移動速度を低下させるボスのデバフスキルかっ!?
バッドステータスの付与に身の危険を感じる刹那--
『アシッドブレス』
ボスの口から吐き出された紫色の息が俺の全身を包む。体を表面から溶かす激痛と体が溶けていく喪失感。
ぐわぁぁぁぁぁっ!?
移動速度が極度に低下してモロにそれを食らった俺を襲うのは生きながらに焼けただれ溶けていく筆舌しがたい激痛。
俺のライフポイント100は一瞬で溶けて消え……
--特殊効果『輝け100の命』
『おーっほっほっ!!本気坂は永遠に不滅ですわ〜っ!』
命を溶かし尽くされた俺はその場で死なぬことはなく、激痛が引いていくのと同時に装備効果でライフポイントが100回復した。
だが喜んでいる場合ではない。
むしろこれは……地獄の始まり。
『この人痴漢ですっ!』
ダメージ9600。俺のライフポイントが一瞬で消し飛んだ。
特殊効果『輝け100の命』
『おーっほっほっ!!本気坂は永遠に不滅ですわ〜っ!』
……っ!
一瞬で引き戻される俺の意識の目の前で、蘇った俺に容赦のない攻撃が浴びせられる。
『急病人の救護の為5分程停車します』
5分間の毒状態付与、毒ダメージ100。またしても俺のライフポイントは一瞬で尽きた。
『おーっほっほっ!!本気坂は永遠に不滅ですわ〜っ!』
……っ!また……っ。
俺は悟る。死んでも即回復するこの装備を着ている限り、俺は始まりの街に戻ることなく何度も……
……いやだ。
『人身事故発生』
体当たり攻撃、ダメージ11168。
ぐはっ……。
『おーほっほっ!!本気坂は永遠に不滅ですわ〜っ!』
『お客様終点です』
即死攻撃、ダメージ197650000。
--っ!!
『おーっほっほっ!!本気坂は永遠に不滅ですわ〜っ!』
……やめろ。
『車輌点検』
3分間ダメージ無効。
『列車の遅れをお知らせします』
『安全確認の為停車いたします』
移動速度低下、武器の特殊効果3分間停止。
『台風により運休』
風属性ダメージ8866。
『おーっほっほっ!!本気坂は永遠に不滅ですわ〜っ!』
『線路上で火災発生』
炎属性ダメージ24968、バッドステータス『火傷』、持続ダメージ1000。
『おーっほっほっ!!本気坂は永遠に不滅ですわ〜っ!』
『お客様終点です』
即死攻撃、ダメージ197650000。
…………やめてくれ。もう……
『お客様終点です』
即死攻撃、ダメージ197650000。
もう……っ!やめてくれぇぇぇぇぇっ!!
『お客様終点です』
即死攻撃、ダメージ197650000。
--トロフィーを獲得しました。『不死鳥』




