結婚してくれてもいいんだよ?
--私は可愛い。
究極の乙女たるこの日比谷真紀奈、今日は何してるの?と言うと今日は愛しの人とデートです。
メイドにフラれ、失意の中にいるむっちゃんをオトそうと奮闘中……いや間違い。全人類は生まれた時から日比谷真紀奈の魅力にオチてるのよ。
だから自信を持つの。私にオトせない生命体は居ない。むっちゃんの目を覚まさせるだけよ。
さて、お昼はカレーでした。美味しかったです。
「どうだったむっちゃん?あのお店インド人がやってるカレー屋さんなんだ」
「脱糞展の前にして欲しかったな」
視点が固定されどこを向こうとどこかを見つめたままのむっちゃんと複合施設内をしばらくブラブラ…
固定された視線の方向が真逆になってむっちゃんの首が180度回転しかけてる時私は「あれ?むっちゃん行きたいとこでもあるのかな?」と察する。
「むっちゃん、なにか気になるところでも?」
「サボテン見たいってずっとアピールしてたんですけど……」
サボテン……
またひとつむっちゃんの癖を理解した私はむっちゃんの要望通り1階へ。
サボテンいいよね。私も好き。緑色のとことか。今日からサボテン育てよ。
「サボテン屋さんなんてあったんだね。初めて知ったよ」
「嘘つけ、ランジェリーショップ行く前に知ってたろ」
「むっちゃんはどのサボテンが好き?」
こじんまりとした店内に並ぶサボテン達はなんだか一つひとつが人間みたいな存在感を放ってるように見える。これがサボテンの魅力。
一口にサボテンって言っても棘が毛みたいだったり、しっかりしてたり、薄っぺらかったり、いっぱい生えてたり色々だ。
むっちゃんはサボテンさん達に目移りしながら嬉々としてサボテンさんを物色。
……むっちゃん、楽しそうだな。
「むっちゃん、買ってあげるよ。どれがいい?」
「え?育てるのダルいし要らない。見るだけでいい…」
「名前はなんにしようか?」
「聞いてる?」
ああ…段々サボテンが愛くるしく見えてきた。我が子を持つとこんな感じなのかな?
むっちゃん、子供は24人くらい欲しいです。
店を冷やかしながらサボテンを突っついたり舐めたりしてるむっちゃんの隣に着いて回る。
何をするでも、会話があるわけでもない時間……だけどなんだか今日1番楽しいのは隣のむっちゃんのこんな無邪気な顔を見れたからかな?
…………今なら。
プラプラと揺れるむっちゃんの無防備な手にそっと自分の指を重ねた。
指と指が触れた時、お互いの手がピクッて反応して跳ねて、私の心臓もドキッてひとつ高く鳴る。
恥ずかしい話……この日比谷真紀奈、男の子と手を繋いだことなんてない。
でも考えてみたら至極当然。日比谷真紀奈の手に触れるなんて本当なら一体いくら払えばいいの?って話でしょ?
でも今日触れるのはむっちゃんの手だから……
サボテンから目を離さないむっちゃんの横顔を見つめながら、ゆっくりゆっくり手と手の距離を縮めて指先からそっと絡める。
……いきなり恋人繋ぎはアレだから普通に手を重ねてみた。
ドキドキしながら重ねたむっちゃんの手は思ったより細くて柔らかくて…あと温かい。
手の温かさは心の温かさと逆なんて聞いた事けど、好きな人と繋ぐ手の温度に勝るものなんて……
……今、私めっちゃ乙女してる。
これが普段夜になる度にAVを漁る女の休日……?いや、私は日比谷真紀奈。いつだって全力全開、史上最高の乙女よ。
………………てかむっちゃん、私が手を繋いでも嫌がることなくそのまま……
--こっ、これが婚約!?
むっちゃんは決してこっちを見ないけど、ずっとサボテン見てるけど……
それでもこの時間は私の人生で最良の--
「……日、日比谷さん…?」
私の夢の時間に亀裂を入れるのは私を呼ぶ震えた声。
私とむっちゃんが同時にそっちを見るのと合わせてむっちゃんの手が私の手から離れる。
この日比谷真紀奈の至福の時を邪魔するなんて……私の顔が曇るなんてそれだけで全世界の損失なのよ!?どこの誰だか知らないけどよくも邪魔を--
恋人(予定)の時間を邪魔する馬鹿野郎にキツい視線を向ける。私の目の前で青い顔をして立っているその人に私もまた「あっ」と気まずい顔を向けていた。
大柄で、スキンヘッドで、刺青してるヤンキー……
それは文化祭の時、『吊り橋効果大作戦』の為に私に絡むようにお願いしたヤンキー君……
その報酬とは私とのデート……
モンゴリアン・デス・ワームの串焼き食べて病院に送られた彼がそこに居た。
ヤンキーなのにサボテン屋に居た。
「日比谷さんじゃないか……そんな、嘘だろ……」
「え?…なんでヤンキーがサボテン屋に…?」
「いや、え?ダメなの?…じゃなくて、そんな…日比谷さんそいつ…確か文化祭の時の…」
私とむっちゃんを交互に見てヤンキー君は情けなくも女々しい表情を顔に浮かばせる。
まぁ……仕方ないか。
この日比谷真紀奈が男と手を繋いでるのを見てしまったんだもの……ショック死しなかっただけ彼の心臓はキャプテン・アメリカン並ってことになるかな。
しかしまずい。
私は知っている。この手の男は……
「あぁ…日比谷さん……あんた。俺との約束も忘れて……他の男と……ビッチだったんだ……」
「ちょっと、ビッチはやめてよ」
そんな尻軽みたいな……私が四六時中エッチなことでも考えてるって言いたいの?
「俺とのデートの約束はどうなったんだよ…しかも…そんな男と……」
「いや……だって君病院運ばれちゃってそれっきりだったし…第一私君の名前も知らないし……」
「なんだって!?知らないでそんな…俺は弄ばれたのか…?」
愕然としつつもすぐに敵意を激しく込めた視線を私の隣に向ける。ぼんやり私達のやり取りを眺めてたむっちゃんが「ん?」と自分に矛先が向いたことに反応を示す。サボテンを持ちながら。
「大体……それもこれもお前のせいだ。お前が変な串焼き食わせるから……」
「おいおいいきなり言いがかりはよせよ。誰だね君は」
「てめぇっ!!お前のせいで俺がどれだけの目に遭ったと……っ!!ふざけんなっ!!」
「串焼きは君が食べたんだろ?俺のせいにするな。日比谷さん怒ってるぞ?」
「覚えてるじゃないかっ!!お前またそうやって女の影に……日比谷!こんな奴の何がいいんだっ!!」
「馴れ馴れしく呼び捨てしないでよ」
段々頭に血が上ってきたヤンキー君が人目も憚らず声のボリュームをあげていく。上昇する声量と血圧にこめかみあたりの血管がピクピクしてる。
いよいよブチ切れたヤンキー君が固く拳を握ったままずんずんと荒い足取りで向かってくる。
「よくも俺を弄びやがって……っ!」
「……っ」
流石に恐怖を感じて体が強ばった--
その時!
「……止まれ」
……むっちゃんっ!!
私の前に出るむっちゃんの背中が勇ましい!!
ガタイ的にはヤンキー君の半分のむっちゃんがサボテン片手にヤンキー君の前に立ち塞がる。
目元までピクピクさせるヤンキー君がむっちゃんを見下ろして「あぁっ!?」と荒々しく威嚇。
私を背に庇ったむっちゃんは一切怯む様子もなく仁王立ち。
控え目に言ってかっこいいです。イきそうです。
「よすんだ」
「てめぇさえ……てめぇさえ居なければ…日比谷は俺のものなんだっ!!」
何言ってんだこいつ?
「お前が居なくなれぇぇぇっ!!!!」
ヤンキー君が握り拳を振り上げるっ!!
これには流石に「むっちゃんっ!!」と悲鳴じみた声をあげる。
でもとっても冷静で落ち着いたむっちゃんは大きく拳を振り上げて殴り掛かるヤンキー君のダルダルのズボンを的確に引っ張って出来た隙間に……
サボテンを突っ込んだ。
「あっ………………」
「……」「……」
膨らんだ股間を抑えたヤンキー君が中腰で情けない声と八の字の眉でこっち見る。
「………………あっ!あっ!?あっ……」
「……」「……」
動く度に悲痛なカオナシみたいな声をあげるヤンキー君をむっちゃんも私も商品をズボンの中に突っ込まれた店員さんも見守ってる。
「……………………イタイ」
*******************
「むっちゃん!ありがとう。守ってくれて……とっても……す、素敵でした…」
複合施設を後にした私達は並んで街中を歩く。デートが始まった時よりも縮まった肩の距離にむっちゃんの体温を感じながら、手に提げたサボテンとむっちゃんを交互に見る。
「えっと、サボテン。貰っていいの?」
「うん。知らん男のズボンの中に入ったやつだけど……」
むっちゃんの買った(弁償)サボテンをプレゼントしてもらった。うれちい。
「大事にするよ」
「うん。変な汁とか付いてないといいね」
「名前……むっちゃんにするね?」
「え?…怖」
ルンルンで街を行く私とむっちゃん。
そんな私達の視界にちらっと映った張り紙。むっちゃんは無視したみたいだけど私はむっちゃんのベルトを引っ張って急停止。
「ぐぎゃっ!?」
引っ張られたむっちゃんの腰と上半身がちょっとズレた気がしたけど多分気のせい。
「……貸衣装試着…バニー、メイド、ウェディングドレス……」
若干腰から下が前に突き出したむっちゃんを引き留めつつ私は張り紙の文字を目で追った。
路地の間に収まるようにぽつんと建つ写真館でなんかのキャンペーンなのかなんなのか、特別な衣装を着て写真撮影してくれるって書いてあった。
……バニーにメイドにウェディングドレス。
「むっちゃん」
「俺は写真苦手--」
「すみませーん!」
--小さな写真館で女性スタッフの用意してくれた衣装は実にレパートリーに富んで、ほんとにバニーガールとかメイド服とかウェディングドレスとか、あと男性用でタキシードとか海パンとサスペンダーとかもあった。
「男性の方は白ブリーフに靴下とマスク、女性の方は乳首シールとくたびれたステテコというコーディネートがカップルの方には人気でございます」
「えー?カップルだってよ?むっちゃん!それにしようか?」
「日比谷さんよく考えろ?写真は一生残るぞ?」
えへへ♡やっぱり?やっぱり私達カップルに見える?だよね?他のなんだと?ね?むっちゃん♡
「じゃあむっちゃん選んで♡」
「え?…………じゃあ……メイ………いや、ウェディングドレスで……」
……っ!!
むっちゃんからプロポーズ受けました。今夜はホテルに泊まります。子供は24人くらい欲しいです。
「え…いいけど?いいの?本番の楽しみにとっとかなくて…」
「?」
「いやー、心配だな。日比谷真紀奈のウェディングドレスなんて見たらむっちゃん、昇天しない?」
「??」
「彼氏様はどうなさいますか?」
「彼氏様では無いので撮りません」
むっちゃん凄く嫌がるから仕方ない。2人で結婚写真撮りたかったけど……
試着室のカーテンで外と内を隔て、目の前に用意された純白のドレスを前に自然と頬が緩む。
貸衣装とは思えないクオリティのドレス。女の子なら誰もが憧れる、女の子を1番美しく飾ってくれる正装。それがウェディングドレスなんだ。
試着室で店員さんに着せて貰いながら外に居るむっちゃんに声をかける。これが新婚…………
「むっちゃん」
「ん?」
「この日比谷真紀奈のウェディングドレス姿なんか見て明日大丈夫かな?明日死んだりしない?」
「しないしない。それくらいで死なない」
「ほんとかな…世界の均衡を崩しかねない私の写真を政府の人間が取りに来ない?」
「来ない来ない」
「でもさ--」
「はよ着ろ」
むっちゃん……待ちきれなくて下半身がムズムズしてきた?このままホテルにお持ち帰りされたらどーしよ……
焦らしてここで襲われたら流石に困っちゃうから私はカーテンを開けた。
試着室の前で立ってたむっちゃんと目が合った。むっちゃんが僅かに目を大きくして驚いたような、惚けたような顔をした。
その顔だけでおなかいっぱい♡
試着室の鏡で改めて自分を見る。
私の完璧な、女体の魅力を1000%内包した究極の肢体を包む純白の衣は、光沢があって所々が細かな刺繍で飾られてる。
丁寧に結ってくれた私の髪の毛がなんとも言えない美しい膨らみを作り黄金比の私の顔を引き立てる。
流石に貸衣装なのでやっぱり実際着てみたら本物との差は歴然……だけど写真撮影の衣装としては十分過ぎる。
私は改めてむっちゃんに向き直る。
誇張でも冗談でもなく……
むっちゃん。これは惚れたんじゃない?
この日比谷真紀奈を好きになっていいんだよ?
女の子がこんな姿を見せるのは、特別な人だけなんだよ?
お尻叩いてよ。
「えへへ♡どうかな?」
「……ん。綺麗」
……っ!!!!
き、綺麗………………
むっちゃんが私を褒めてくれた……
この日比谷真紀奈!!容姿を褒められるなんて日常茶飯事というかもはや私を褒めるのは全人類の毎日のルーティンと言っても過言ではなく、別に今更「綺麗」だなんて陳腐な褒め言葉に胸を踊らせるなんてことは--
たった一言、当たり前のセリフにこんなに胸が高鳴る……
それくらいむっちゃんは普段私に対して他の人とは反応が違う。
私とすれ違えば誰もが私を目で追う。
私が親しみを込めて微笑めば誰もが恋に堕ちる。
私が声を弾ませれば誰もが耳を澄ませ、手を差し出せばその手を握る。
誰もが私を可愛いと言う……
言葉で、視線で、仕草で……
むっちゃん……
あなたからその一言と顔を貰うのが、私にとってどれくらい特別か分かる?
私は試着室を一歩出てむっちゃんに身を寄せる。
褒めてくれた私をもっと見て欲しかった。店員さんが居るのも憚らず、小比類巻睦月のちょっとびっくりした目を見つめ返す。
「…………ウェディングドレスで寝盗られるの見られたい」
「え?台無し……」
むっちゃん、私を見て?
私今、今日一番可愛く笑えてるよね。




