落ちたら死ぬぞ!?
--僕の名前は翔平。小学生だよ。
突然だけど僕には2人の兄がいる……
「肌寒くなってきたね……」
1人は圭介兄ちゃん。
アイドルになるとかとち狂ってパパとママの胃にストレスで穴を空けまくってる眼鏡7、本体3くらいの割合で生きてる兄ちゃんだ。
もう高校生だってのに電車で隣町まで行けないこの人にも最近カノジョができたんだって。世の中分からないものだ……
「……くっ、また僕の視力が下がっている……」
もう1人は大輔兄ちゃん。
大学生だけど学校に行ってるのを見たことがない。眼鏡8、本体2くらいの割合の兄ちゃんだ。
「えぇ…やめてくれよ兄さん、兄さんの視力が下がったら僕の視力も下がるんだから…」
ちなみに2人の兄ちゃんの視力はリンクしてるらしい。
この呪われし眼鏡兄弟が僕の兄ちゃん達。
--雲が尾を引く向こうで、藍色に沈みかける空の下。
僕ら3人はママからのお使いでスーパーから帰ってる途中だった。
僕らは仲のいい兄弟だと思う。
こうして3人で出かける機会も多い……しかし、圭介兄ちゃんにカノジョができてから大輔兄ちゃんが最近不機嫌だ。
大輔兄ちゃんが言うにはカノジョという存在は人生の毒そのものなんだとか…
特に学生のうちは作るべきではないって言ってた。勉強の妨げになるから……
でも学生の大輔兄ちゃんはほとんど学校に行ってない。
「……なぁ圭介、翔平。こうしてただ帰るだけってのも味気ないとは思わないか?」
と、キノコ頭を風に揺らした大輔兄ちゃんが突然こんなことを言い出した。帰り道にまで娯楽を求める大輔兄ちゃんはきっと人生暇なんだと思う。
「え?別に?」
「いいんじゃない?」
だから僕らはそう返した。けど内弁慶の大輔兄ちゃんは僕らにだけは我が強いんだ。
「ゲームをしながら帰ろう」
この人は言い出したら聞かない。
またか、と思いながらも僕と圭介兄ちゃんは渋々了承した。
「で?何をする?」
「兄さんが言い出したんじゃないか…兄さんが決めてくれよ」
これだ。言い出しっぺのくせに後は丸投げ…
「じゃあ兄ちゃん、僕の学校で流行ってるゲームしよう」
僕は自分達の足下を指し示してゲームを提案。僕らの足下にあったのは道路の白線。路側帯と車道を区切る区画線だ。
「兄ちゃん達もやったことあるでしょ?この線の外側はマグマ溜りね?線からはみ出したら即死だから」
「……今時の小学生もこんな遊びをするんだなぁ……圭介」
「翔平、遊びながら帰るのはいいけど、車には気をつけるんだよ?」
兄らしい忠告をしながら徐行で横を通り過ぎる車のバックミラーに弾き飛ばされる圭介兄ちゃん……しかし眼鏡が無事なら大丈夫なのだ。
「ふん…いいだろう。無事家まで焼け死ぬことなくたどり着けと……長兄たる僕が手本を見せてやろう」
「僕も得意だよ?アイドルレッスンで平均台乗るからね!」
……圭介兄ちゃん、やっぱり本気でアイドルになりたいんだ。
敬うべき兄の将来に不安な暗雲を感じながらも、僕らはこのゲームに興じることに決めた。
特に罰ゲームとかも決めずにゆるっと始まった訳だけど……
「……っ、おっと……おい圭介、押すな」
「押してないよ」
僕の後ろに続く2人の兄ちゃんはただ白線の上を歩くだけで必死である。
僕らはこれをしながら石ころを蹴飛ばし続けて家まで帰ったりするんだけど…運動神経鈍鈍の2人には酷かもしれない。
「くっ……!道が悪いぞっ!!気をつけろ2人ともっ!!」
「兄さん!カイジだよ!鉄骨渡りを思い出すんだっ!!」
大声出すのやめて欲しい…恥ずかしいから。思い出すってやったことないだろ鉄骨渡り。
小学生がじゃれ合いながら白線の上を歩いてるなら可愛げがあるけど小学生の後ろに続く半分大人が超真剣に買い物袋提げながら白線の上を歩いてるのは中々シュールな光景。道行く人や車からの視線が痛い……
言い出しといてなんだけど……やめときゃ良かった。
「くっ……くそっ!!」
「兄さんっ!!!!」
その時後ろから慌ただしい声と悲鳴が重なって何事かと振り向いた。
その先でまだ始まって数分も経ってないのに大輔兄ちゃんが早速白線から左足をはみ出してた。
……だけならいいんだけど。
「ぐっ……!!ぐあああああああああああああああああっ!!!!」
「兄さーーーんっ!!!!」
「ぐはぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!脚がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!!!」
やめてくれ兄ちゃんっ!!
突然絶叫して白線の上に転がる大輔兄ちゃんに周囲が騒然とする。
夕方の住宅街に響き渡る悲鳴……まるでほんとにマグマ溜まりに足を突っ込んだかのような苦痛の大絶叫。
大事なメガネをずり落としながら迫真の演技で左足を抑える大輔兄ちゃん。
……うわぁ、他人のフリしたい。
「兄さぁぁぁんっ!!」
「くそぉっ!!足が……僕の足がァァァァァっ!!!!!!!!」
「だ、大丈夫ですかっ!?」
のたうち回る大輔兄ちゃんと白線から落ちないように踏ん張りながら大輔兄ちゃんを案じる圭介兄ちゃんの気迫はとうとう通りすがりのサラリーマンを巻き込んだ。
「来るなぁっ!!」
「っ!?」
駆け寄ろうとするサラリーマンに大輔兄ちゃんが怒号を張り上げる。この人こんなに大きな声が出るんだってくらい大声だ。
あまりの勢いにサラリーマンも道の反対側で制止した。
「来るな…死ぬぞっ!!」
「……?」
「地面を見ろ!!焼け死ぬぞっ!!そこから……動くんじゃないっ!!」
「……??」
奇跡的に反対側に引かれた白線の上に居たサラリーマンに線からはみ出すなと警告する大輔兄ちゃん。
なんのこっちゃ分からない様子のサラリーマンもあまりの事態にその場から動けなくなった。
緊迫する現場--足を焼かれた大輔兄ちゃんとわけも分からず動けないサラリーマン。
「僕は…ここまでだ…」
「兄さんっ!!」
「すまない…これ以上は行けそうにない…」
「何言ってるんだっ!!家に帰るんだろ!?」
サラリーマン以外の人の視線も巻き込んで何事かと大きくなる騒ぎの中心で、大輔兄ちゃんは叫ぶ。
「行けぇっ!!お前達は家に帰るんだっ!!僕の分まで…っ!」
「……っ!!兄さんっ!!」
……どうしよう、すごくやだ。もし知り合いに見られてたらその場で練炭自殺する勢いでやだ。
ただの遊びなのにこんなに本気になれる兄ちゃん達は、やっぱりちょっとおかしい。
いや、ちょっとじゃない。
「行くんだっ!!」「お兄さんのことはあたし達に任せな!!」「なんだか知らんが……兄貴の思いを無駄にすんなっ!!」
わけも分かってないのに集まった人達まで熱に駆られて勝手に大輔兄ちゃんの事を引き受けてくれた。僕らに激励を飛ばす住宅地の皆様のエールに、圭介兄ちゃんは涙を呑んで立ち上がった。
泣いてた。ドン引きである。
「……翔平、行くよ」
「え?いや……大輔兄ちゃんは……」
「行くんだよっ!!」
目から涙を流しながら、圭介兄ちゃんは僕の手を引いてもう振り返らない…
周りの人達と、まだ動けないサラリーマンを置いて…
そして「行けっ!!行くんだぁっ!!」と叫ぶ大輔兄ちゃんを置いて……
僕らの家路は沈む夕日に赤く照らされ、眩しく輝いていた…
僕の視界が霞んでいたのは、圭介兄ちゃんのように泣いてるからではなく、ただ眩しいから……それは間違いない。
「ただいま……」
「おかえり、あれ?大輔は一緒じゃなかったの?」
帰宅後、玄関でママの言葉を受けてその場に崩れ落ちる圭介兄ちゃんの瞳から腹が立つくらい透き通った雫が落ちるのを見て、何事かとママが案じる。
「圭介……何があったの?」
「母さん……大輔兄さんは……兄さんは……っ!」
「圭介!?」
「ごめん……ごめんなさい……」
……………………
パパ、ママ。
どうしてこんな育て方したんですか?




