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私は許さない

「……っ」


 頭の奥が針で刺されたみたいにずきんっと鋭く短く痛んだ。私の瞼は深い眠りの湖から無理矢理意識を持ち上げるように開く。


 まず視界を埋めつくしたのは緑色の不気味な照明に照らされた、コンクリート打ちっぱなしの冷たい壁に囲まれた部屋…

 鼻をつんと突く薬品種に私は顔を顰めてた。


「…なんだここ?」「え?なに……これ?」


 今だ半覚醒の意識に割り込んできたのは低い男の人の声と女性の声。どちらも不安に揺れていた。

 私が横を見ると中年のおじさんとロングヘアーの20歳くらいの女性が自分の置かれた状況に困惑してた。

 見知らぬ部屋に突然現れた3人……なにより2人…いや、私含め3人の首を壁と繋ぐ太い鎖と首輪…

 2人の姿に私は自分の首を触って目覚めた直後からの息苦しさの正体を知る。


 狭く冷たい部屋には扉がひとつと、私達が繋がれた壁とは反対側に置かれた小さなパソコン…のみ。


「…私達、監禁されてる?」


 私の零した呟きを拾った2人が顔色を一気に青くする。自分達の身に何が起きてるのか--それを不確かながら認識したことにより得体の知れない恐怖が湧き上がってた。


 そんな不安と恐怖を煽るように……


『--お目覚めかな?ゲストの諸君』

「っ!?」「ひっ!?なに!?」「パソコンの画面が……」


 私が指し示すパソコンの液晶が突然暗い部屋を映し出し、不気味な変声機の声と共に画面内に不気味なマスクを被った人が登場した。


『はじめまして。私はこけしくん』


 こけしみたいなマスクの人がそのまんまの自己紹介。


『君達ゲストをここに呼んだのは他でもない、この私だよ』

「てめぇ!!なにもんだこら!!これ外せっ!!」

『さて、なぜ君達がここに呼ばれたのか……疑問に思っている者も居るだろう?説明しよう』

「無視してんじゃねぇっ!!」「あの…私達の声は届いてないみたいですよ?」


 無視されてキレ散らかす強面おじさんを私が宥める。

 なんだか分からないけどこういうのはちゃんと聞いておかないとまずい気がする。静かにしてほしい。


『君達には今宵、あるゲームに参加してもらいたい』

「ゲーム…?」

『今君達は壁と首輪で体を繋がれている……それは確認してもらったね?さて、今君達が居る部屋にはこのパソコンと扉…それと……』


 こけしくんがそう言ったタイミングピッタリに、突然部屋の中央の床が開いてなにかが下からせり上がってくる。

 それは巨大なビーカーみたいな透明な容器に満ちた赤い液体と、その底に沈んだ1本の鍵…


『それは首輪の鍵だ』


 部屋に満ちる刺激臭…ただならぬ雰囲気に全員が息を呑む。


『扉には鍵はかかっていない……首輪の鍵はその中だが……もし鍵を使うのであればその容器の中の液体を全て飲み干すのが条件だ』

「飲み干す……だと?」「ひぃぃぃんっ」

『もし容器の液体が無くならない内に鍵を取ろうとすれば鍵は容器の底からこの部屋の下まで落ちてしまう。そうなれば君達は首輪を外す手段を無くすわけだ…』


 説明の合間に3つのマグカップがまた下から登ってくる。これを使って飲めと……


『さて、容器の中身だが、これはブート・ジョロキアやトリニダード・スコーピオン・ブッチ・テイラー、レッドサビナ等のエキスを抽出した汁だ』

「…………っ!!」

『2リットルある。飲み干せば死ぬ』


 とても簡潔かつ分かりやすい危険度の説明だ……


『部屋から脱出出来れば君達の勝ちだ…では健闘を祈るよ』

「おいふざけんなっ!!待ちやが--」


 強面さんが怒鳴り散らす声だけ虚しく残して、パソコンの画面は漆黒に包まれた……


 --かくして、私達の脱出が始まった。


 *******************


「くそっ!!外れねぇっ!!」


 自分の首を締める輪っかに必死に手をかけて四苦八苦する強面さんの声と、揺れる鎖の重々しい音が無音の室内に木霊する。

 充満した恐怖が重い空気のようにのしかかる中で、強面さんの必死の声は益々不安を駆り立てた…


「……無理そうですね」

「ふざけやがって!!あの野郎何が目的だ…?あんたら、なんか心当たりねぇのかい?」

「私は確か……コンビニ帰りに突然意識を失って……気づいたらここに。こんな目に遭う原因は皆目見当もつかないです」

「わっ!私だって…っ!!家で寝てたら突然こんな……っ!!嫌よ!!死にたくないっ!!」

「ぴーぴー喚くなよ!!」


 パニックになるお姉さんを宥める私を横目に強面さんは赤い液体で満ちた容器とその中の鍵を見る……


「……くそ、これを全部……」

「死んじゃうよぉ……」


 ガクガク膝を震わせるお姉さんの恐怖心も最もだよね……

 臭いからしてとんでもないもん…しかも2リットルて……明らかに私達を殺しにきてる…


「……でも、3人で分ければ……」

「はぁ!?おいふざけんなっ!!飲めってのかこれを!!デカいペットボトル約1本分だぞ!?3人で分けても致死量だぞ!!スプーン1杯で死ねるわっ!!」

「……でも、飲まないと鍵を取り出せません……」


 強面さんはその重たい瞼の奥の切れ目の瞳を巡らせて奥で震えるお姉さんを睨んだ。次に飛び出す言葉が何となく分かったから、私はお姉さんを庇うように前に出た。


「1人に押し付けようなんて…ダメ」

「……じゃああんたは飲めんのかよ?」

「……っ」


 強面さんの言ってることは正しい……

 小さじ1杯でも冗談抜きに救急車レベルだと思う……それをこの量……ほんとにヤバい。死ねる。地味に……


「……カップで掬って容器の外に捨てたら……?」


 大量の辛みエキスを前に尻込みしてたら奥で震えるお姉さんがぽつりとそんなことを言った。

 私と強面さんは顔を見合わせる……


「……やってみるか。容器からこいつが無くなればいいんだろ?」

「……え?でも……」


 嫌な予感がするなぁ……


 内心の不安をよそに強面さんは恐る恐る、手につかないようにカップで慎重に容器の中身を掬い、それを床へ--


 --バチィンッ!!


「うげっ!?」「きゃあっ!!」「おじさんっ!?」


 カップを床に向けて傾けたその時、空気が破裂するような短い音と共に強面さんの首の首輪が電気を放った。

 電流直撃の強面さんはそのままカクカクしながら床に倒れ込む。駆け寄る私の前で白目を剥く強面さん。


 その時見計らったかのような……というか監視してるんだろうけど……バッチリのタイミングでパソコンが付く。


『こけしくんだ』


 こけしくんだった。

 意識を取り戻した強面さんと3人、パソコンを睨む。


『忠告を忘れていたよ……容器の中身を捨てるのはルール違反だ。必ず飲みきるように……今後反則があった場合、今のように首輪から電流が流れるからね。回数を重ねる事に電流は強くなっていくから、ゲームを投げたり、反則したりということはおすすめしないな』

「なんだと……?ふざけやがって……」

『では健闘を祈るよ』


 早く言って欲しかった忠告を終えてこけしくんが姿を消し、部屋には重たい沈黙が再来……

 望みを絶たれた……


「……電流は徐々に強くなるって言ってたね……てことはいずれ……ひぃ……」


 自分の言った言葉にビビり散らかすお姉さん。

 でも……そういうことだよね。電流が際限なく上がるならいずれは……


「……くそ」


 *******************


 --容器を中心に座り込む3人……

 打開策も浮かばず、どう足掻いても『死』のこの状況……

 飲んでも死、ゲームを投げてもいずれ死、ルール以外の方法の脱出も多分死……

 私達の首には今まさに、死が手をかけてじわじわと締めてきてる……


「……誰かが飲むしかない」


 強面さんがぽつりとそう呟いた。同時に私達2人を見る……


「……な、なんでこっち見てるの!?いやぁぁっ!!」

「お前さっきからうるさいんだよ……お前のヒステリーが俺らに迷惑かけてるって分かんねぇのか?お詫びに飲め」

「ちょっと…いくらなんでも無茶苦茶です」

「じゃあお前飲め」


 強面の暴論に異を唱えると強面さんの矛先がこっちに来た。


「そ…そーよそーよ!あなた行け。辛いの強そうな顔してる……」


 と、小声でお姉さんまで……


 心に大きなショックを抱えつつも、折れかける心を何とか支え2人に訴える。


「……大丈夫。所詮は辛さ……死にはしない。3人で頑張って--」

「お前が頑張れ」「ええ、それがいい」


 ………………


「いや……3人で飲めば大した量じゃ--」

「やだよ」「あなた行きなさいよ。あなたふわふわした立ち位置からいい加減なことばっかり言ってんじゃないわよ?あなたみたいのが映画とかでは1番に死ぬの。セオリーに従いなさい?」


 …………………………


「……おじさん行きなよ。年長者でしょ?」

「ふざけんな、俺は甘党だ」

「私達若くて未来があるので…私なんてまだ10代ですよ?」「そうよ!あんたみたいな悪人面、どうせろくな仕事してないんでしょ!?社会のゴミ!!社会の為に死ぬべきよっ!!」

「ふ…ふざけんなっ!!俺は警察官だぞ!?」

「なら市民の為に」「どうぞ」


 まだ飲んでもいないってのに顔を真っ赤にする強面さん。しかし警察だろうがヤクザだろうがこうなってしまっては関係ない。私達は今等しく首輪に繋がれた囚われ人……

 こけしくんを逮捕することもできないのならせめて私達の為に散ってほしい。警察官の誇りにかけて……


「イッキ!イッキ!」 「早く飲みなさいよチンピラっ!!」

「くっ……!お前こそ、10代とか言ってたがどうせ親の金食い潰すだけの穀潰しだろ!!このニート予備軍がっ!!」

「……っ!?高校生ですっ!!女子高生にそんな言い方あんまりでしょ!?高校生なんだから親の金で養って貰ってもいいじゃないですかっ!!」

「黙れ!生産性の欠けらも無い社会のお荷物がっ!!俺が学生の頃はバイトかけ持ちして自分で学費を払ったもんだっ!!」「そーよそーよ!!上京した後の生活費も家賃も自動車免許の取得も親の金あてにしてんでしょ!?このニート!!」


 ……………………………………っ!!


「お前が飲め!この穀潰し!!」「援交JK!!汚物は消毒よ!!」

「……っ!じゃああなたは産まれてから1度も親の世話になったことないんですか!?くそお巡り!!」

「俺は今親孝行してる!毎月親へいくらの仕送りしてるか聞くか!?あ?」「ちなみにあたしは親の金で大学生活してるけどね!?」

「私だって自立したらしますぅ!!親孝行の可能性をここで摘み取るんですかぁ!?あなたが親孝行できるまで大きくなれたのは誰のおかげですか!?関わってきた全ての人達でしょ!?あなたが子供の頃大人に守ってもらったから大人になれたんでしょ!?今度はあなたが守ってくださいよ!!」

「黙れ!!俺には社会の為に成すべき使命がある!!」「そーよそーよ、お前飲め!」

「それは私達を守ることでしょ!?」「そーよそーよ!あんたが飲め!!」


 ……………………………………


 醜いデットヒートの間に挟まる茶々に私と強面さんはピタリと口を閉ざした。

 汗ばんだ互いの顔を見つめ合い、何かを確かめ合ってシンクロした私達の顔は一方向へ……


「……?」

「……」「……」


 私と強面さんが立ち上がってお姉さんを拘束したのは同時だった。



「いやぁぁぁぁっ!!乱暴されるっ!!助けてっ!!刑事と不良JKに犯されるっ!!いやーーーーーーーーーっ!!」

「黙れっ!!てめぇ安全なとこから喚くだけ喚きやがって……っ!」「折角庇ってあげたのになんですかこの人でなしっ!!」


 両腕を拘束して容器の前まで引きずって行ったお姉さんは「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!3人!!3人で飲もう!!力を合わせて……っ!」などとこの期に及んで勝手な言い分を喚き散らす……

 それが私達の中に微かに残っていた情けの糸を断ち切った。


「「てめぇが飲めっ!!」」

「ぎゃ--っ!!ごぼぼぼっ!?」


 *******************


 空になった容器の底に赤くなったお姉さんの頭が沈んだ頃……


 強面さんが恐る恐る摘み上げた鍵を首輪に差し込む。

 カチッという小気味いい解放の音色を耳に、重たい音と共に強面さんの首から首輪がするりと抜け落ちた……


「……っ!」

「……っ!!」


 強面さんが私の首輪を外す。

 解放された私の首……巨岩が両肩から降りたような解放感と安心感……


 私達は自然と抱き合っていた。


「良かったです……助かった……」

「ああっ!ああ……っ!さっきは酷いこと言ってすまなかった!!」

「こちらこそ……」


 容器に沈むお姉さんの屍はこの際無視しよう……


 生き残った余韻に浸るのも程々に、状況が解決したら次に湧き上がるのはふざけた誘拐犯への怒り。

 強面さんは額に青筋を立てながら今まで私達の命を握ってた首輪を拾い上げて睨みつける。この場にいないこけしへの憎悪を込めて……


「ふざけやがって……あの野郎、タダじゃおかねぇ…絶対豚箱にぶち込んでやるからなっ!!」


 と、怒りを込めて八つ当たるように首輪を引っ張った--


 --ポコンッ


 強面さんが首輪を引っ張ったら、首輪から伸びる鎖が張力を失い力なく床に落ちた。

 壁と繋がった部分は、強面さんの力で簡単に引き剥がされていた。


「……」「……」


 私も自分の鎖を引っ張った。そしたら簡単に壁と鎖は引き離される……


 視界の端に映るのは容器の中でくたばるお姉さん……

 頼むから開かないでくれと願いながら部屋の扉のノブを捻ると、こけしくんの言った通り、鍵はかかっておらずあっさり開いた……


 ………………


「……これ、鍵なくても出られましたね?」

「いや……電流が……」

「……こけしくん、部屋から出れればゲームクリアって言ってましたし、首輪を外して出ろとは言いませんでした。鍵を取るなら容器の中身を飲み干せとだけ……」


 だっておかしくない?ここまで用意した人がこんな……こんな肝心なゲームを成り立たせる部分でこんな……こんな杜撰な……引っ張ったら取れるて……


「やめろ……やめてくれ……憶測でものを言うな……」


 強面さんは現実逃避をしてる。

 だって……もし鍵が要らなかったなら、お姉さんは……


「……あんた、名前は?」

「……阿部です。阿部凪……」

「いいか阿部……この部屋で起きたこと…俺らがしたことは誰にも言うなよ?それがみんなの為なんだ……分かるな?」

「でも……」

「阿部、将来を考えろ」


 強面さんに力強く肩を掴まれ、必死の形相で訴えられる。その瞳から私は自分の犯した罪の重さを意識してしまった……


「……お姉さん、ごめんなさい」


 容器に頭を突っ込んで動かないお姉さんを置いて、私達は扉を出る。


 出られなければ、死んでたかもしれない。でもそれは誰かを犠牲にしていい理由にはならない……

 私達は許されざる間違いを犯した……

 どうしてあの時……ちゃんと確認しなかったんだろうか……?

 悔やまれるばかりである。


 --私はこの十字架を墓まで持っていく。

 これは私の弱さだから……ごめんなさい。その代わりお姉さん、あなたの仇、必ず討つから……

 こけしくんは必ず私達が捕まえるから……


 --固い決意を胸に、私は進路希望調査票に『警察』って書きました。

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