オカマだっていいじゃない
『只今より文化祭最終日を開催致します』
--異国のアナウンスと共に東洋人達が敷地内に溢れ出す。日本人とはとかく人混みが好きだと改めて思う。
……私はエージェント0033。
今回遥々東洋の島国にまで足を運んだのはある任務の為だ。
世界最強の傭兵、ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世の確保。
そして数々の00エージェントを沈めてきた日本人エージェント2名の抹殺…
メインターゲットであるジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世は昨日この学校にやって来ていた…
この任務、我が諜報機関最強の00ナンバーエージェント総出での任務となる。普通であれば楽勝…失敗など絶対ありえない…
しかし蓋を開けてみれば…
「昨日1日だけで0044、55、66、88、10が任務から離脱……」
「こんにちはー、焼き鳥どうぞ」
「……ああ」
謎の食中毒やら謎の三つ編み女やら至近距離からライフル射撃やら……
仕組まれているとしか思えない妨害により昨日潜入した精鋭が軒並み撃退されている。
……もはや認めざるを得ないだろう。
この国--ジャパンには我々をも凌ぐ怪物達が居る。
「……我々の作戦は漏れていた。もぐもぐ…そして狙い撃ちするようにエージェントがやられた…」
「そこのお兄さん、遊んでかない?30分1000円ポッキリ!」
「楠畑香菜や彼岸三途のみではなかった……この学校そのものが魔窟--奴らの巣の中だったのだ」
「可愛い子揃ってるよ?」
残りはこの私、0033とそして、我が組織最強のエージェントである0011。
あの男--0011は私が知る限り世界最強の男だ。奴は00ナンバーを与えられるより前から全ての任務を成功させている男……
流石に戦力過多だろうとバックアップに徹していたあの男がついに今日動く……
「調べによればジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世は今日にも日本を立つようだ……」
「遊んでかない?サービスするよ?」
「奴はここには来ない……ので、役割分担だ。奴の身柄は0011が抑える」
「行く?行く?」
「そして私は……ここでエージェント達の妨害を阻止する……抹殺対象である楠畑香菜と彼岸三途……この2人を仕留める…」
「はーい!1名様ごあんなーい!!」
「恐らく簡単な任務ではないだろう……死ぬかもしれない。しかし私は……え?」
決戦への決意を新たに歩いていると、突然法被を着た学生から引っ張られた。
なんだ!?早速刺客か!?くっ!!力強!?
「この……貴様らっ!!なんのつもりだっ!!私の邪魔を……」
「あらあらお元気ですねぇレインボーのグラサンのお兄さん。大丈夫、いい子が揃ってますよ」
男子学生…の皮を被った刺客が私を引っ張り込んだのは体育館横にぽつんと佇む体育倉庫……
あそこから…ものすごく嫌な気配がするっ!!
学校の体をしているがここはエージェントの魔窟。恐らくあそこは拷問部屋か何かに違いないっ!!私の鍛えられた第六感が命の危機を叫ぶ!
しかし拷問部屋に近づくとさらに3人学生のフリをしたエージェントが寄ってきて私を拘束する。
「は……離せぇっ!!」
まさかこんなに早く敵の手に落ちるとは…こいつらからは鍛え抜かれた精鋭特有のオーラが全くしない。己の力を完全に隠している。そうやって私に近寄り隙を伺っていたのだ。まるで肉食獣の狩り……
このままではまずい!私は自害用に奥歯に仕込んでいた毒入りカプセルに歯をかける。
……が。
情報を漏らすくらいなら死を--
そんな私の覚悟は噛み砕かれることなく目の前の光景に打ち砕かれた。
私は噛めなかった。
呆気にとられて開いた口が閉まらないのだ。
「あらんっ♡いらっしゃい」「まぁイケメンさん。食べちゃいたいわ…♡」「むふっ♡楽しく飲みましょう?」
私を待ち構えていたのはどう見ても男子学生……ケバい化粧とくねくねした挙動のこの世のものとは思えない恐ろしさの……
しかも皆坊主頭で日焼けした屈強な男達では無いか……
あぁ…もしかして私は気付かぬ間に命を刈り取られていたのだろうか……?
そうとしか思えない。てかそう思いたい。それほどに目の前の光景は地獄のような有様だったのだ。
しかし私はどうやら生きているようだ。
オカマ達にがっしりとホールドされた私はそのまま体育倉庫の内装をバー風にアレンジされた地獄に引きづり込まれる。
狭い倉庫内にはカウンター席と奥を仕切るカーテンがあり、見たところ私とオカマ達以外人の気配はなし。
ただ、奥から尋常ならざるオーラを感じるが……
これは……まさかゲイバー?
男達に促されるままカウンター席に腰を落とすとカウンターの向こうで屈強な高校球児風オカマが説明を始めた。
「お客さんこのお店初めてでしょう?ここはね、可愛い子とお喋りしながらドリンクを楽しめるお店♡も・ち・ろ・ん、それ以上のお楽しみもあるわよ♡懐に余裕があったら遊んで行って?」
……なんということだ。
これがこの国流の拷問だと言うのか?
確かに…並み居るオカマ達の汗臭さとビジュアルは強烈だが……
しかしぬるい!!
私はほくそ笑む。
私は過去の任務中敵の手に落ちカバと交尾させらせた男。もちろん情報は何も吐いていない。私は生き残った。
野生のカバに比べれば人間の男など……
しかも私は世界中で諜報活動を行う生粋のエリート…同性だろうが異性だろうが任務で手玉に取ってきたのだ。
所詮はジャパニーズ…この程度で責め苦になると考えているのならば、甘い。金平糖のように……
どうやら毒薬は必要なかったようだ…
と、安堵しているとメニュー表が差し出された。
書かれているのはどれも見たことも聞いたこともないようなドリンク…学校で酒を出すわけはないが…これは?
「では…このトロピカルゴールデンミックスを……」
こいつらに付き合う必要はないのだが、どういう訳かこの刺客達は直接的に牙を剥いてくる気がないようだ。
数的不利もある。ここは大人しく従っておこう……
私の注文に数秒で出てきたのは黄金色のドリンク……
私は毒が入っていないか警戒しつつ鼻をカップへ近づけたら--
「…っ、アンモニア臭。これなんだ?」
「言わせないでよ、恥ずかしい…あたし達のお・小・水……ミックスよ♡」
毒だった。
恥ずかしそうに黒い頬を染めてくねくねするオカマ。奴らの屈強なマグナムから放水されたアレをミックスしたと言うのか?
この世にこれほどの劇物が存在しうるのか…?私の認識は甘かった。奴らはあっさり牙を剥いてきた……
今まで数多の死線を潜ってきた私だ。死にも何度も直面した。私のメンタルはもはや命の危機程度では挫けない。
そんな私が自分でも気付かぬうちに逃げ出そうと席を立っていたではないか。
私はカバとだって交わった男……しかしそんな私を襲ったのは命とはまた別種の…尊厳とでも言うべきものだろうか?それが脅かされる恐怖だった。
「あらんお客さん、お残し厳禁よ」
カンガルーのように飛び出す私を抑えたのはカウンターから出てきたオカマ。丸太のような巨腕ががっちり私を捕まえた。
なんて力だ…っ!タンザニアで戦った殺人チンパンジーに匹敵する!!
「ぬぅおぉぉっ!!」
「あらんっ♡」
しかし私とて歴戦のエージェント。屈強なオカマを背負い投げて地面に叩きつけて下した…
かと思ったら投げ飛ばしたオカマは平然と立ち上がるし奥からもわらわら湧いてきた。そのプレッシャーたるや、ナイアガラの谷底に落ちた時迫ってきた滝の激流並……
「うっ…うわぁ……来るな!来るなぁぁぁぁっ!!」
……情けない話だが、この時私は恐怖していた。
それは当たり前のように自分達の小便をドリンクとして提供する、決して相容れることの無いこいつらの狂気。
そして、私の人として最も大切な何かが脅かされる恐怖--
あぁ…私はここで死--
「--何をしてるかぁっ!!」
その時だ!
体育倉庫の扉が開け放たれ、薄暗い地獄の釜底に光が差した。
その先に立っていたのは、腕に腕章をつけた複数人の学生の姿……
「『校内保守警備同好会』だっ!!ここで風俗店が出店されているとの情報が入った!!」
「あなた達!文化祭でなんて店出してるんですかっ!!」
「…………あらん」
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「……災難でしたね。もう大丈夫ですよ?」
「あぁ…どうも」
安全な場所まで連れて来られて暖かなお茶を女学生から渡された。それを1口喉に通すとさっきまでの緊張感が解れていくようだ。
あぁ…人の優しさを感じる……
オカマ風俗は学校の出店許可を得ていないとして摘発された。
……つまりあそこはエージェントの拷問小屋ではなかったのか?それともこの国のエージェントとこの学校は協力関係にはないのか?
なんだかよく分からなくなってきた。
そして私に付き添うこの双子の姉妹も分からない。
腕章に踊る『校内保守警備同好会』の文字。この学校の自警団……のようなものか?同好会とはクラブ活動のようなものではないのか?
未知のジャパン文化に触れて段々頭がこんがらがってきた私に双子は優しく接してくれた。
「大変でしたね。貞操の危機でした。昨日も強引な客引きで掘られた被害者が…」
「……奴らは、一体何者なんだ?」
「えっと……うちの学校の生徒でして…ちょっと変なんです、私達の学校は。ね?美夜」
「…この学校の関係者ならこいつも変かもしれない」
「あ、こら!なんてこと言うの!」
……変、か。
ジャパンのエージェントはそれほど巧妙に溶け込めているわけではないのだろうか。一般人に違和感を持たれる程度には……
つまり、我々の敵である刺客を見極めるには、『変な奴』を探せと……
危うくトラウマになりかけた私の経験が早速生きた。
落ち着きを取り戻しつつある私は周囲を注意深く観察--
……っ!?
私の横で仲睦まじくじゃれ合う姉妹……その2人の手首は銀の手錠にて繋がれていた。
…変だ。いや、おかしい。絶対に!
つまりだ……こいつらも…エージェント!?
ここで私はハッとした。
ここまでが奴らの作戦…っ!?
わざとらしく私に危害を加えそこを助ける事で警戒心を解き……
私はたった今口をつけたお茶を見る。
見た目や味に不自然な点はない。が、私を仕留めようと近づいた刺客ならばこれは恐らく--
「まさかぁっ!」
「っ!?」「は?」
私はお茶を投げ出してその場に立ち上がる。それを視線で追う2人。
私には分かる…この2人、ただものでは無い気配を秘めているっ!!間違いない。私のサングラスは強者を見抜くのだっ!!
「ど…どうしました?」「ほら姉さん…やっぱり変な奴だ」
口にホクロがある方が敵対的な視線!隠すことをやめた殺気がゾッと背筋をなぞった!
殺されるっ!!
私は懐に手を入れていた。
躊躇っている場合では無い!幾度と死地を超えて生き残った私の第六感が叫ぶ!!
「やはりここは……刺客の魔窟っ!!」
「……」「……」
私が懐から銃を抜こうとするのすら、2人はじっと見つめているだけだった。
私より遅れて動いても、私1人仕留めるのなど造作もないと……?
最高のエージェントたる矜恃が燃え上がる。
が、ヒートしたプライドはすぐに愚かな自身への戒めへと変わる……
猛烈な吐き気と立ちくらみ。全身の痛み……
…彼女らの余裕は私を迎え撃つ余裕がある事の表れ…ではなかった。
もう仕留めたという余裕……
やはり……あのお茶…………
「ぐはっ!…し、しくじっ……た」
プツリと途切れる意識は支えを無くした体とともに落ちていく。
消えゆく視界の中で私を見下ろす2人の顔は酷く冷淡で、残酷なエージェントの表情だった………………
「……え?だ、大丈夫ですか?」
「ほらみろ。大体まず格好からおかしいだろ」
「いやいや!痙攣してるよ!?大変!!一体何が……」
「詩音君!美夜君!新たな通報だっ!ズグロモリモズの焼き鳥を売っている店が見つかったぞ!!すぐに摘発だっ!!」




