よく分からないものを食べてはいけません
--私は可愛い。
「うぇ…おえぇ…」
「日比谷さんっ!?」「しっかりするんだ」
そう、ゲロを吐き散らしていようがその姿すら優美なマーライオン…便器とすら調和してみせるまさに究極の美的生命体……それが私。
今日は文化祭1日目。
口から逆流してくるバッタを全て吐き出していたらいつの間にか日が傾きだしてた。
むっちゃんごめんね……いくらなんでもバッタの天丼は気持ち悪すぎたよ……
「いや、峠は超えたな…一安心だ」
「いやそんな……ただ気持ち悪くて吐いただけだから…」
むっちゃんの前でゲロを吐くという醜態を晒しながらトイレを後にする私とむっちゃん、凪の3人。しれっと女子トイレに入ってきたむっちゃんに突っ込んではいけない……
「しかし日比谷さん、体調管理はしっかりしないとダメだなぁ……」
「君のせいでしょーが(怒)」「凪。いいんだよ」
校舎から出たら空はすっかり暗くなり始めてた。
寂しさを覚える初日の終わりの気配にぼんやり空を眺めてると突然凪が「あー…」とわざとらしく声をあげた。
「……私委員会あるんだった」
「委員会?」
「そうそう、私実行委員だからさ…日比谷さん、小比類巻君と残り回っておいで?」
……!?
私達の返事も聞かずに「じゃっ!」と颯爽と駆け出す凪。
凪は空気の読める女だ……私の要求を常に察して行動してくれるキング・オブ・マイ・ベストフレンド。
しかし今回ばかりは違うと思うよ!?
憧れの人の目の前でゲロ吐き散らかした直後に2人きりで放置って…はぁっ!?
この世の美の象徴たる日比谷真紀奈……あれほどの醜態を晒した後からのイメージ回復の術など知る由もなく…
「……」
「……ふぁ…ポチョムキン……」
カクカクと横を向くと眠たそうなむっちゃんが雲を引く空を見つめてあくびしてる。
えっと……えっと……
「……むっちゃん。あの--」
「なんか食う?」
「……っ!?」
むっちゃん!!この日比谷のあんな情けない姿を見たあとでも私のことを気にかけてくれるの!?
やっぱりそうなんだねむっちゃん!!むっちゃんはああいう女の子が好きなんだっ!!女の子のゲロに興奮するんだね!?
「食べる!!お腹空いたよ私…今胃の中全部出しちゃったから……」
「そーかそーか。うちのクラスの屋台でも食うか……」
…………え?
私の返事も聞かずにトコトコ進んでいくむっちゃん。女の子を即断即決でリードする男子は素敵だけど…
待って?うちのクラスの出し物って……
「あー、日比谷さん。ライブのダンス見たよー!」「かっこよかったー。特に最後の吹っ飛ぶ演出!!」
「キィィィィ…」
私とむっちゃんの来訪に笑顔を向けるクラスメイト達と、網の上で串刺しにされながらキューキュー言ってる赤黒い謎の環形動物……
モンゴリアン・デス・ワームの串焼き屋……
モンゴリアン・デス・ワームとはそもそも食材なの?実在するの?してるね。
膨れ上がった巨大ミミズが体の水分を飛ばされ苦しげに凶悪な顎を開閉させて鳴いてる。まさかの生きたまま……
この巨大ミミズの串焼きが今日どれくらい売れたのか凄く気になるところだけでど…いや知りたくないけど、終わりがけになっても自信満々に新たなモンゴリアン・デス・ワームを焼いてるクラスメイトに狂気を感じる……
「串焼き1本ちょうだい」
「え……むっちゃん、ほんとに?ほんとに食べるんだね?むっちゃん!?」
むっちゃんって去年鼻くそ味のポップコーンとか食べてたし、バッタの天丼とか買ってたしもしかして相当な偏食家……?
私とむっちゃんの並んだ姿になんだかクラスの女子が色めき立ち、「はいよ!サービスしとくよっ!!」とたっぷりソースを塗ってくれる。
むっちゃんからお金を受け取った女子が私にこしょこしょ話しかけてくる。
「日比谷さんやったね…ついにこの文化祭で小比類巻君を射止めたか?」
「は?」
「一緒に居たんでしょ?2人で戻ってくるなんてラブラブね!」
…去年の体育祭ら辺から私のむっちゃんへの恋心が噂話として学校に伝染してたのは知ってるけど…なぜバレてるのでしょう?忘れた。
全人類の美的共有財産である日比谷真紀奈に個人の恋人が居るなんてことになったら世界経済に大打撃を与えかねないショックなんだけど…まぁ、バレてるものは仕方ないと割り切ろうか……
そんなことよりモンゴリアン・デス・ワームが気になる…
「いや…ただ一緒だっただけだよ」
「またまた〜!!」「きゃ〜〜っ!」「これは男子ショック死!」
肯定もしないし強く否定もしないどこう。キャーキャー楽しそうな女子達より串焼きにされたUMAから目が離せない…
「はい日比谷さん、できたよ」
と、当番の生徒から串焼きを受け取ったむっちゃんが私の方へ湯気を立ち上らせるモンゴリアン・デス・ワームを差し出してきた。
…………食えと?
「日比谷さんってさ」
「え?」
「最初は苦手意識持ってたんだけど…なんか、優しいし根性あるしいい人だね」
…………っ!?
むっちゃん急にどうしたの!?
香ばしい湯気を上げるモンゴリアン・デス・ワームを私にずいずいと押し付けてくるむっちゃんは柔らかい笑みを一瞬浮かべて私を見てた。
突然なんの脈絡もなく褒められてでも嬉しくて顔が熱くなっていく…
「えへへ……そうかな?」
「うん、はい」
「まあ……日比谷真紀奈ですから?女性としての完成系ですから?」
「そうだね。お食べ」
「えへへ……♡急に照れるな…」
「どうぞ」
………………
「むっちゃん食べないの?」
「日比谷さんの為に買った。お腹すいてるんでしょ?」
「…………」
……へー、モンゴリアン・デス・ワームってこんな顔してるんだ…ワラスボみたい……
「……むっちゃん食べないの?」
「うん」
「えっと…半分こしようか?」
「やだ」
「…………」
あなたが食べようって言ったんじゃん!?むっちゃん!?
ついさっきバッタ押しつけといて今度はUMA!?この日比谷真紀奈になんてゲテモノ食べさせる気なの!?
というかこの文化祭はまとまなご飯出てないの!?奇食祭なの!?
あれ?もしかしてこれってそういうプレイ?私の嫌がる顔を見て喜んでる……?
と、ポジティブな方向に思考が向いて若干興奮し始めたその時!
「ようよう!なにイチャイチャしてんだよぉ!」
血管の浮き出たごつい腕をポッケに装着したガラの悪いスキンヘッドの大男が店の前で問答する私達の前に現れた。
腕や頭に彫られた刺青……あ、こいつは!
私が『吊り橋効果大作戦』の為にデート1回で頼んだチンピラ!!凄いタイミングで来ちゃった!!
『吊り橋効果大作戦』とは!
むっちゃんと2人で怖いヤンキーに絡まれるその恐怖で吊り橋効果を狙ってむっちゃんと今度こそいい感じになろうという作戦である!!
「てめぇらみてぇなのを見てるとむかっ腹が立つんだよォ。お?慰謝料払えやコラ」
「ちょっと!いきなり何よあんたっ!!」「帰ってよ!営業妨害よ!!」「日比谷さんに絡むとはなんだてめーっ!!」
つかつかと私達に歩み寄るヤンキーに勇敢にも野次を飛ばしたのは私のクラスメイト達。
お馬鹿かつ勇気ある彼らの厳しい言葉にヤンキーは一切怯むことはない。それどころか「あぁ?」と青筋を立てて睨みを効かせる。
この迫力…流石私が見込んだ男……
「黙ってろやてめぇら。顔覚えたぞ?後でお礼参りすんぞ?言っとくけどここらの悪そうなの全部俺のダチだからンな?」
なんとも三下臭いセリフだけど、クラスメイト達はそれで引き下がる。こら!世界の宝の大ピンチにあっさり負けるな!!私の顔に傷1個でもついたら人類の損失よ!?
「おいてめぇ!スカした面してんじゃねぇぞ?」
と、俺強いぞアピールが終わったところでむっちゃんに絡みにいくヤンキー。
いいよいいよ。中々の迫力。ここはひとつ私も演技派なところを見せましょう。
「ひっ…むっ、むっちゃん……」
怯えながらむっちゃんの腕に絡みつく私。こんな美少女に怖がられながら身を寄せられたならどんな情けない男でも吠えるもの……
そしてこの人は球技大会であのゴリラとすら張り合った男よ!!
「なんだてめー?この人に絡むなんざいい度胸だな?日比谷さんの度胸なめんなよ?この人はな、バッタの天丼完食した人だぞコノヤロー」
が、威勢よく反論したむっちゃんは虎の威を借る狐だった。
バッタ完食カミングアウトになんだか複雑な視線を向けてくるヤンキーと一瞬目が合う。
むっちゃん…そんな情けない啖呵切らないで……
「日比谷さん怒らせたらやべーぞ?あ?どーすんのこれ。キレてるよ日比谷さん」
むっちゃんはヤンキーにびびったのかふざけてるのかよく分からないテンションでしかし確かに私より後ろに下がろうとしてる!むっちゃん!!
……いや、冷静になるの真紀奈。
むっちゃんが怖がってるってことは吊り橋効果は発動してるのでは?
だとしたら攻めあるのみ。
「むっちゃん…怖いよ……」
ヤンキーとクラスメイトが見守る中私はむっちゃんを捕まえてさらにぎゅっと身を寄せる。
さぁ!むっちゃん!!ドキドキして!!
「バ…バッタだかなんだか知らねぇが、だからなんだってんだ?」
と、ここでヤンキーが怖くないぞアピール。自分を大きく見せる事でさらなる追い打ちをかける。それにむっちゃんも受けて立つ。
「あ?じゃあお前食えんのかよ?」
「バッタもテメーの脳みそもバリバリ食ってやるぜ」
野蛮な先住民の方かな?
するとむっちゃんはおもむろに手の中で湯気を立たせるこの世のものとは思えないグロテスクさの串焼きをヤンキーに向けた。
「じゃあ食ってもらおうか」
「えっ……」
モンゴリアン・デス・ワームの串焼きを使ってヤンキーを牽制するむっちゃん。
むっちゃん……やっぱり食えたもんじゃないと思ってたんだねそれを。どうして買おうと思ったの?どうして私に食べさせようとしたの?
串に刺されてぱっくり開けた凶悪な口がヤンキーに向けられて、彼の顔から血の気がどんどん引いていく。これを食えと言われたらどんな屈強な男もそうなる。
「……な、なんだこれ」
「モンゴリアン・デス・ワームの串焼き」
「モ、モンゴリアン・デス・ワーム……だと?」
「バッタがいけんならこれもいけるだろ?」
「……っ、くっ…まさかこんなにかたちでUMAの存在を証明されるとは……」
ほんとその通りだよ。
明らかに引きつった顔で串焼きから遠ざかるヤンキーの姿に今度はクラスの屋台からブーイングが飛ぶ。
「何よその反応!!」「うちの串焼きが不味いって言うの!?」「ふざけんじゃないわよ!!」「食え!!」
「いや……これはそもそも食い物……?」
「失礼な!!」「火ぃ通せば大体食えんだよ!!」
むっちゃんが串焼きを持ってジリジリ距離を詰める。拳銃でも突きつけられたようにヤンキーが後退する。
「こんなの……美味いわけ……」
「それは食ってから言いなよ。食えないってんなら後で何が起きても知らんぞ?」
「なんだと……?」
「モンゴリアン・デス・ワームは生が美味いんだよ……お前の家にダンボールいっぱいにプレゼントしよう」
むっちゃんの脅し文句が最低……
「くっ……それはもはや犯罪……」
「ちょっと!なんて言い方!!」「現地住民に謝れ!!」
大ブーイングと突き出されるモンゴリアン・デス・ワーム。なんだか不憫になってきた……
てかこれ、むっちゃんビビってる?
すごく涼しい顔してるよ?むしろヤンキーの方がモンゴリアン・デス・ワームにビビってない?
「どうした?日比谷さんですらバッタを食ったぞ?こんなのも食えんのか?腰抜けめ」
「なんだと!?だったらてめぇが食ってみろや!!」
「俺は食いたくないっ!!」
ああ……むっちゃんが私に串焼きを買ったのが嫌がらせだと発覚……
いいのよむっちゃん。私の嫌がる姿で興奮してくれてありがとう……
自分達の商品を拒絶され、クラスメイト達の大ブーイング。こんなの想定してなかっただろうヤンキーは顔をヒクヒク引くつかせてドン引き。
でもそこはヤンキー……そして彼には漢気があった。
「ここまでコケにされて……退けるかよっ!!」
私とのデートにあっさりなびくような男--まぁどんな硬派であろうが私に誘われて断れる男なんて居るはずないけど--そんな男でもここぞという時には漢を見せるっ!!
「食ってやらぁっ!!UMAがなんぼのもんじゃっ!!」
「いけーっ!やったれーっ!!」
むっちゃんに煽られ、周りの声援(?)を受けながらヤンキーが手に取った串焼きを口に運ぶ。
その様はまさにこの世の地獄……
ヤンキーがぶにゅっとした肉に歯を立てた瞬間--
「……うっ!?オロロ…………」
なんとヤンキー、白目を剥いて後ろに倒れた。
体は感電したかのように痙攣して、顔は青白く変色。ヤンキーの残せた爪痕は串焼きに刻まれた小さな噛み跡ひとつ……
……あ、食べなくて良かった。
一体何が起きたのか。明らかに危篤状態のヤンキーを目にむっちゃんが呟く。
「モンゴリアン・デス・ワームは猛毒や電撃を吐くらしい……」
……わぁ。
これ、売っちゃダメだぁ。
『--18時になりました。本日のプログラムは全て終了となります。全校生徒は体育館へ--』
最後の最後に救急車の赤色灯が照らす中、私達の文化祭1日目は終わった……
結局、ただ犠牲者を出し出店停止になっただけだった私の吊り橋効果作戦は担架で運ばれるヤンキー君の姿と共に幕引き……
当のむっちゃんは救急隊と教師が来る前に逃げるように姿を消したし……
む、むっちゃん……
日の沈む秋空に寂しさを溶かしながら、私はなんとも言えない気持ちを抱いて体育館に向かった……
これだけ手を尽くしたのに…………むっちゃんって、もしかして私に興味無い?
そんなありえない妄想に浸りセンチメンタルになるのも、秋の寂しげな夕焼け空のせいかな……
ちなみに私達のクラスの売上は串焼き1本分の480円だった。




