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迷子の迷子のジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世

 --私は可愛い。

 先日あまりの美しさから人間国宝に認定された私、日比谷真紀奈がそこを歩けば、熱狂の渦が入り乱れ、さながらキング・オブ・ポップのライブの如し……

 真の美しさとはただそこに存在するだけで特別なオーラを放ち、世界を震撼させるもの。

 世界は私の為にできている……世界は私でできている。そう言ってもいいだろう?ちょっとへりくだり過ぎたかな?まぁこのくらいにしとこ……


「今日も絶妙にムカつくこと考えてそうな顔だね、日比谷さん」


 隣を歩く凪から嫉妬の毒を吐きかけられる。リンカルスと共に往く今日は文化祭。

 しかも今年の文化祭はうちの学校が天文学的確率でぶっ飛んだおかげで愛染高校と合同です。


 お祭りと日比谷真紀奈……

 私の美しさを讃える為の文化祭……すなわち日比谷祭。


「今日の主役は私……あぁ、みんな私を見てる……アイラブ、人類……」

「ところで日比谷さん、この前あの気持ち悪いラブレターの人に告られたんだって?どうしたの?」

「フッた」


 気持ちは分かるけど身の程知らずですよ?


 ……さて、こうして人でごった返す校内をただあてもなく歩いてるわけではありません。


「むっちゃん…どこかな?」


 ゴタゴタした校内を出店に目移りしながらも、私はターゲットを探していた。


 去年はなんか微妙な感じで終わってしまった文化祭……でも今年こそはむっちゃんと一緒に回るの。

 そしてこの亀の歩みのようなむっちゃんの好意を前進させるの。この日比谷の魅力でねっ!!


「むっちゃんもいいけど折角だからなにか食べない?たこ焼き売ってるよ?」

「お金ない」

「バイト代はどこに消えたのよ…」

「バイト代はむっちゃんの大学進学の費用だから……」


 凪がなんか凄く悲しい目で私のことを見てる。こっち見んなリンカルス。


「たこ焼き奢るから食べよ?」


 さて、今日むっちゃんのハートを射止める私ですが、無策というわけではないですよ?

 まぁ本来ならこの日比谷真紀奈、小細工なんて弄さずとも誰のハートでも射止められるはずなんだけど、むっちゃんはなかなか告白してくれないので今回も策を打つ。


 その名も吊り橋作戦。


 吊り橋みたいな怖くてドキドキするシチュエーションに男女で置かれたら、恐怖のドキドキを恋のドキドキと勘違いするんだって。


 使い古された作戦?ノンノン。


 まず相手がこの日比谷真紀奈ですから?

 私と居る時点でもうドキがムネムネなはずだし、そのうえで吊り橋効果のドキドキでもう胸が大変ドキドキするんです。そんじゅそこらの女と一緒にしないでくれます?


 心臓が破裂しないようにだけ気をつけなきゃだけど……


 さてね、肝心の作戦なんですけど……



 --遡ること1時間前。


「ねぇ、お・ね・が・い♡」

「へへ…日比谷さんの頼みならァ……」


 校舎裏で怪しげに密会する男女。誰であろう私と…愛染高校の男子生徒。

 袖まくりしたたくましい腕、スキンヘッドの頭にはトライバル系の刺繍。

 見るからに悪そうなヤンキー…てか危ない人。

 れっきとした生徒なんだけど、流石は日比谷真紀奈。私の美貌は他校にも知れ渡ってる。


 作戦とはズバリ、私とむっちゃんがデートしてるところをこのヤンキーに襲ってもらう作戦!!

 これはビビるっしょ!?


 この無茶なお願いを聞いてもらう為に1日デートの約束までした…本来私は自分の美しさを武器にする峰不二子のようなマネはしないんだけど……私の美貌はそんなに安くない。

 しかし今回は特別よ!



 ……と、いうわけで。


「日比谷さん、たこ焼き食べたい……」


 ヤンキーにビビらせてもらおう大作戦!

 なんか動画配信者のネタみたいだけど……まずはむっちゃんを見つけることから始めないと……


「……ぐすん」

「分かったよ。買いますよ……」


 駄々っ子みたいに袖を引く凪に連れられて壊れたように「へいらっしゃい!!」って言ってたこ焼きをプスプス刺してる女子の屋台へ。

 うちの学校が出てた屋台だった。


「へいらっしゃい!!」「うちのたこ焼きは世界一!!」

「へー、世界一のたこ焼き屋だって。日比谷さん買おう!」


 中々の自信……後ろの生簀でたこを生かしてるレベルで気合いが違う。


「……まだお昼早いし、2人で分けようか。凪」

「そだね。たこ焼きひと船」

「へいらっしゃいっ!!」

「もういらっしゃってるよ」


 慣れた手つきでくるくるっとたこ焼きを船に6つ乗せる女子からたこ焼きを受け取る。立ち上る湯気がいい匂いを乗せて鼻の中に届く。鼻がピリピリするくらい美味しそう。


「へいらっしゃい!!」「まいどー」


 生地からはみ出したたこ足が禍々しいオーラを放ってる気がする。それくらい気合いが違うたこ焼きを凪と分け合いながら食べ歩きしようとした……


 時。


「うぇぇぇぇぇん」


 雑踏に紛れて耳を突く子供の泣き声。

 私と凪は同時に足を止めて顔を見合わせる。みんな気づかないのか無視してるのか…

 でも幼い子供の泣き声を聞き流す事はできなくて私達は声に引っ張られるようにそちらへ……


「ふぇぇぇぇんっ!!」


 そこには生徒の群れに呑まれる小学生くらいの少女が。


「ぶるぎょわあぇぇぇぇぇんっ!!」


 クセの強すぎる泣き声に私と凪は駆け寄った。


「お嬢ちゃん?どうしたの?」

「ほらほら、日比谷真紀奈だよー」


 泣く子も黙る日比谷真紀奈ですよー。


「どうしたの?迷子になっちゃったのかな?」


 陰キャのくせに子供に物怖じせず優しく宥める凪。背中をさすられて落ち着きを取り戻した様子の少女がえづきながらもコクリと頷く。


「ママと、はぐれた……」


 よく見たら日本人っぽくない顔……ハーフかな?


「そうなんだ。お姉さんが一緒に探してあげるよ。ね?日比谷さん」

「任せたまえ、君、名前は?」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」


 *******************


「迷子のお母さん探してます!」

「えっと……ジ……ジョン何とかちゃんのお母さん?どこですか?」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

「えっと……ジャン・アンピエール……う?」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

「ジャン・アンピエール・ルル……?うわぁぁぁっ!!凪っ!!覚えられない!!脳が焼けるっ!!」


 なんて長い名前なんだっ!!


 道行く人達に声をかけまくるけど「なんだこいつ?」みたいな顔で見られるっ!!手に持ったたこ焼きがどんどん冷たくなっていくのを感じながら私達は自力での解決を早々に諦めた。


「職員室に行って放送してもらお?日比谷さん」

「……そうだね。行こうか?ジャン……なんだっけ?」

「ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世」

「無理」


 ジャンなんちゃらちゃんの手を引いて職員室に向かう途中、不安からかジャンちゃんがふるふる涙目で震えだした。


「大丈夫だよ。きっとすぐ見つかるからね?たこ焼きお食べ?」

「……うん」


 たこ焼きを受け取ったけど容器の冷たさに微妙な顔をして手をつけることはなかった。現金な子だな……



 私達の学校じゃないから勝手が違って少し迷ったけど、無事に職員室まで辿り着くことが出来た。

 うちの学校より広くて新しい校舎にジェラシーを感じながら職員室の扉を叩くと直ぐに中から先生が出てきた。


「どうしました?」


 職員室の中はがらんとしてて中に居たのは出てきた紫のグラサンをかけたガタイのいいおじさんだけ。

 なんで室内でグラサン?


「あの、この子まい--」

「迷子だね?任せたまえ」


 まぁなんて察しのいい先生なんでしょう。


 強面のグラサンがジャンなんちゃらの手を引いてどっかに向かう。職員室の隣の放送室にやって来て慣れた手つきでマイクの操作を始める。


「おじさん……たこ焼き」

「今ママを探してあげ…は?たこ焼き?」

「要らない、あげる」


 まぁいくら冷めてるからって私達の目の前で……


「いらないよ。嬢ちゃん食べな」


 と、放送の準備をしながらすげない態度でたこ焼きを断るが、ジャンなんちゃらが「ふぇ…ぐすん」と涙ぐみ始めた。

 やれやれって感じでグラサン先生が仕方なさそうにたこ焼きを受け取った。善意であげたたこ焼きがたらい回しにされる光景は悲しくなるなぁ……


 面倒くさそうにたこ焼きを受け取ったグラサン先生を目を腫らしたジャンなんちゃらがじっっと見上げて見つめてる。

 無言の「食べないの?」コールだ。


「……いただくね」


 苦笑いと苛立ちを混ぜた笑みと共に冷たくなったたこ焼きを口に運ぶグラサン先生。怖い見た目に反して子供に優しい。

 掃除機のような吸引力で全てを平らげて「これでいいだろ?」とニッコリ青海苔の貼り付いた歯を見せて笑う。ジャンなんちゃらちゃんもニッコリ笑う。


「……たこ焼き代もったいなかったね。日比谷さん」

「お金返してもらおうか……」


 微笑ましいやり取りを見守って、ようやく放送室のマイクへ先生が口を寄せた。

 良かったねジャンなんちゃらちゃん…お母さんに会えるよ……


「えー、迷子のお知らせです。ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世ちゃんのお母さ……うっ!?」


 迷子放送の最中、グラサン先生のグラサンがずるっとズレた。同時に放送室に響くうめき声。


 なに?グラサンズレたら死ぬの?


 って思ったら次の瞬間にはグラサン先生がガクガク痙攣しながらその場にうずくまった。

 手足から徐々に血の気が引いて、脂汗が浮かぶ。ぐりんっと白目を剥いた先生は天井を仰いでカクカク震えながらゲロを吐いた。


「ちょっ…先生!?」

「やややややばいっ!!凪!!早くサングラスを戻すのよっ!!」

「いや…は?なんでサングラス?」


 床で跳ねる先生にグラサンをかけ直してあげるけど、手遅れだった。先生は容態を戻すことなくゲロゲロ吐き戻しながら震えるばかりだった。


「ひひひひ日比谷さんっ!!救急車!!」

「あわわわわもしもし!?救急車!?」

『いえ、こちら177でございます』

「せせせ!先生のグラサンが外れて死にそうですぅっ!!」

『……は?』


 *******************


 波乱の迷子放送は救急車が校内にやって来るレベルでの大騒動となり幕引きとなった。


 グラサンが外れたことにより瀕死の状態に追い込まれたこの男だけど、駆けつけた教員曰く「誰だ?こいつ」との事。

 これには私も凪も色んな意味でゾッとした。


 結局素性不明のグラサンさんは救急車に担ぎ込まれて病院まで旅立たれた。

 そして問題のジャンなんちゃらちゃんは--


「大変お世話になりました…ジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ三世の母のジャン・アンピエール・ルイホッコ・マッカンシー・モルケッチャロフ・ハルハルタン・ルイセルフ・L・アンジェリーナ・タナカ二世です。娘を助けて頂いて本当にありがとうございました」


 もう脳内回路が焼き切れそうな長さの名前のお母様ど無事再会出来ました。


「おねぇちゃん、ありがとー」

「いえいえ」「もうはぐれたらダメよ?」


 それでも、お母さんに抱きついてニコッと笑うジャン……長すぎて覚えられないちゃんの笑顔を見たら名前の長さも苦労も吹き飛んだ。

 やっぱり子供はいいなぁ……

 むっちゃん、何人くらいほしいだろうなぁ……


「……あ、むっちゃん探さなきゃ」


 忘れてたんですけど!?


「そんなことより日比谷さん。たこ焼きもう1回買おうよ。お腹空いちゃった」


 なんて横でくそ呑気なリンカルス。

 それどころじゃないのよ私は!吊り橋効果作戦を早く決行しないと……


 --グルルルルル…


 そんな焦りを否定するように私の中で品のない腹の虫が鳴る。

 この日比谷真紀奈と腹の音なんて……合わさってはいけない禁断の組み合わせよ?


 ……そう、こんな下品な音二度と出すわけにはいかないので、仕方なく私は凪と共にさっきのたこ焼き屋へ向かうことにした。


「ねぇ日比谷さん。いい加減日比谷さんから告白した方が早いと思うよ?」

「いやでもむっちゃんは私のこと好きなんだよ?」

「……誇大妄想ナルシストお化け」

「今なんて?おい凪、口が過ぎるとたこ焼きあんたに奢らせるよ?」


 全く…この私を前にちょっと失礼が過ぎるんじゃない!?私を誰だと思ってるの!?

 絶対凪に私のたこ焼き買わせてやる……ってブリブリしながらたこ焼き屋へ--


 ……たこ焼き屋は跡形もなく消し飛んでました。

 なぜ?

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