浅野姉妹の事件簿⑤
開け放たれた屋上への扉から飛び込むのは強い夕日のオレンジの光。日が傾きすっかり薄暗くなった空にはどこか禍々しい雲が渦巻くようにかかってる。
これから起こる出来事を暗示するような、ちょっと不気味な夕空……
扉を破り侵入した狼藉者達を迎える屋上。見慣れた……と言うほど足を運んだこともない、というか初めて入ったかもしれない。
当然、私達の視界には鳥居なんて見えない。
網膜を焼く強い夕日に目を細めながら屋上に出る。美夜が骨原さんを前に引っ張り出した。なんか眩しいと思ったらそういう事か。
「ほら、さっさと神様呼べ」
「あぁ…神よこの狼藉者と私は一切関係ありません…どうか私を救っ--」
「おい、下の毛全部剃って頭皮に移植するぞ?」
美夜のよく分からない脅し文句にビクビクしながら骨原さんが神様もとい、この地に昔から宿る邪神に祈るように両手を重ねた。
秋のどこか寂しさを感じさせる風が吹く。私達(1名除く)の髪の毛を撫で揺らす風が骨原さんの祈りを攫うように通り過ぎた。
「…なにも現れないじゃないか」
と、柴又さん。
脂汗をダラダラ垂らす骨原さんに「なにか聞こえますか?」と尋ねる。
返ってきたのは絶望に染まった泣きそうな顔だけ。
「……やっぱりこいつのでまかせでしょ。私は最初からおかしいと思ったんだよ。姉さん」
「美夜……」
「腰痛撒き散らす神様なんて居てたまるか。やっぱりこいつが生贄をどっかに隠したんだ……最悪海外にでも売り飛ばしたか……」
「美夜……」
あんまりな言い方をする美夜に「そんなことする訳ない!」と骨原さん。なんだかこの人が可哀想になってきた…
「確かにそれは飛躍しすぎだ美夜君。おい骨原君、神様に出会える条件みたいなものはないのか?」
条件……そんな条件満たせば会えますなんて安っぽい神様居るかな……?
案の定柴又さんの問いかけに骨原さんは「知らない……知らない……」の一点張り。
骨原さんの話を信じるなら彼が神様と出会ったのは本当に偶然。
しかし困った……
骨原さんを髪の毛と共に見事に見限った神様はすっかりそっぽを向いている。こうして佇んでても何かが起こる気配もないし……
やっぱり無茶だったんじゃないだろうか。私達の手で全てを解決するなんて……
途方に暮れて夕焼け空を仰ぐ私。
そんな私達が背にした屋上の扉が静かに軋みを上げる。
風で動いた?そんなに軽くないよね?
振り返った私達。
屋上への扉から踏み出されるのはスラリと伸びた美脚。
屋上へ突然姿を現した次なる侵入者は、燃えるような空の下によく映える美しい女生徒だった--
*******************
--私は可愛い。
日比谷真紀奈、高校2年生。世界一の美少女。
世界一美しく可憐な私……そんな私には使命がある。それは世界中から向けられる好意を受け止めること。
“一応”、“今のところ”は私は誰のものでもない。そして私の美しさは世界中で共有されるべきもの。
そんな私ですから?我慢出来ずに私にアタックを仕掛けてくる老若男女、全てを無下にはしない。ちゃんと向き合って、丁重にお断りする。
でもね?フラれたって私の美貌を愛で、褒め讃え、敬服するのは自由。全生物の権利ですよ?
このように海のように深く広い慈悲の心を持つ私だからこそ、最近気になることがひとつある。
先日、私は熱烈なラブレターを貰った。
凪の奴は脅迫文とか言ってたけど、私の脚に対する並々ならぬ想いを綴ったその恋文に従って私はその日屋上に足を運んだ。
でもそこで待ってるはずのラブレターの送り主は居なかった。
というか、屋上に入れなかった。
屋上には厳重な封がされてたから。生徒が立ち入りできないように……
これを見て諦めたんだよ、と凪は言った。
でも私はずっと胸に引っかかりを感じてた。
幾多数多の告白を受けてきたこの日比谷真紀奈、あのラブレターにどれだけ熱い想いが込められていたのかはひと目で直感した。勢い余って名前と漢字を忘れるくらいの熱意だったから。
あれからその子からなんの音沙汰もない。
それがずっと心に引っかかってた…
無論、その子だけじゃなくて、私の元には日々大勢のチャレンジャーがやって来る。
告白に現れる人達の一人ひとりにラブレターを見せるけどみんな顔を歪めて「こんなキモイ手紙知らない」って言うの。
……もしかしたらあの日彼(彼女?)は私を待ってたんじゃないだろうか?
私が現れないものだからショックを受けて……
そんな突飛な嫌な想像が頭に浮かぶのは最近、学校に出てこない生徒が多発してるから。
自殺とか誘拐とか不穏な噂も出てる。
もし私のあまりの美しさが誰かの人生を大きく狂わせてしまったとしたら……
そんなふうに考えてたらパンケーキも1枚しか喉を通らないのです。
--が、そんな日々を悶々と過ごすある時、また私の下に現れた勇者が玉砕された後、私の見せるラブレターに対して興味深いことを口にした。
「同じクラスに日比谷さんの脚に異常にこだわりを持ってる奴が居るんだけど……」
この日比谷真紀奈、そのあまりの美貌故噂は尽きない。世の男子諸君が私の身体の美しさを噂してるのは知ってる。
私の脚を舐めたいその男子は野球部らしく、私は奴にコンタクトをとる事にした。本当は嫌だけどこの胸のしこりを取らないと…美の女神の化身たるこの日比谷、心だろうとできものができるなんて許せませんので。
野球部エース、剛田剛……
超高校級ピッチャーにして、私の恋のライバル(?)何言ってるか分からないけどこの男、心は女のつもりらしい。本当に何言ってんのか分かんない……
「……間違いないわぁ、三越ちゃんの字よ」
ミミズの這ったようなその字を見ても剛田はそう断言した。よく分かるな。仲間への愛が伺える……それともこの子普段からこんな個性的な字を書くのかな?
「そっか…その子今どうしてる?もしかして私にフラれたと思って自殺とかしてない?」
「相変わらずの自尊心ね。どうしてそこまで気になるの?あら?もしかして睦月ちゃんから心変わりした?」
「いや、ちゃんとはっきり断ってやろうと思って……」
「自殺の心配するくせに断りはするのね……」
なんだか複雑な顔をする剛田が次に告げたのは、なんと……
「彼、もうずっと学校に来てないの」
「……え?」
「体育祭の前よ。居なくなる前に病院だって部活休んで…それっきり。あたし心配だわぁ。あんなに可愛がってたのに……」
あんたが怖くて不登校になったんじゃないの?
飛び出しかける言葉を呑み込んでその居なくなった前日を尋ねると、私がラブレターを受け取った日だった。
私の中で嫌な予感が風船みたいに膨れ上がっていく……膨らんだ風船が胸を内側から圧迫してた。
*******************
屋上に現れたのは日比谷真紀奈さん。
学校一…かは分からないけど有名人だ。私でも知ってた。
「屋上、開いてるじゃない…それに、なんだか先客も居るみたいよ?」
あ、もっと有名な人が現れました。
あの人は剛田さん……一生に一度拝めるか否かの本物のオカマさん。美夜の顔が露骨に歪んだのが分かる。
屋上に佇む私達に不思議そうな視線を向ける日比谷さんの後ろでものすごいガタイの剛田さんが何やら「なるほどね…」とねっとりと意味深な呟きを漏らす。
そんな屋上への侵入者達に柴又さんが突っかかった。
「君達…屋上は立ち入り禁止だよ」
「あなた達だって入ってるじゃん」
「我々は許可を得ている」
反論する日比谷さんに堂々と嘘をかます。無理矢理こじ開けましたとは言えない。
ムッとする日比谷さんを制したのは剛田さんだった。彼のねっちょりした視線に身の危険すら感じた。相手オカマなのに。
「なるほど…あなた達が居るってことは、やっぱりなにかあるのね?美夜ちゃん?」
「……っ」
美夜がバツの悪そうな顔をした。私が無言で顔を覗き込むと美夜がなんだか不愉快そうに舌打ちしてから説明する。
「……行方不明のみつなんとかの調査、依頼してきたのこのオカマ」
みつなんとか……行方不明になった生徒の1人。でも、骨原さんは野球部の信者は居ないって言ってた……
「おかしいな……ここでまだこの日比谷真紀奈を待ってるのかと思ったのに…それかここに遺書でもあるのかと思ったのに……」
「三越ちゃんはそんなに馬鹿じゃないわよ。あなた、そのナルシズムなんとかしなさいよ。自分の容姿を鼻にかけてたらモテないわよ?」
「は?は???オカマ風情がこの日比谷に「モテないわよ?」ですって?」
?なんだ?なんの話だろ?
言い争う学園一の美少女とオカマ……
トンチンカンな光景に首を傾げる横で美夜は相変わらず決まりが悪そうに顔を伏せてる。
「どうしたの?」と心配すると美夜は「別に……」とぶっきらぼうに返した。
「……結局なんの手がかりも見つからなくて、悔しいだけだよ……」
美夜……
この子もちゃんと真剣にこの一件に向き合ってる……だからこそ、みつなんとか君の調査を依頼した剛田さんに合わせる顔がないんだ……
少しずつ学校のみんなに心を開いてきた美夜の頭をよしよしと撫でてやる。恥ずかしそうに嫌がる美夜に手を振り払われた。
「おぉ……学園トップ2の美少女が揃ってしかも姉妹のイチャイチャが見れるなんて眼福だ……」
美夜の隣で頭を光らせる骨原さんが訳の分からない戯言を口にする。
さっきまでの憔悴具合はどこへやら、顔を綻ばせて日比谷さんと何故か私達の方を交互に見つめて「ありがたや」と何度も手を合わせる。
「これも神の恵みか……」
「姉さんこいつ気持ち悪いから頭蓋骨割っても--」
おハゲさんに嫌悪感を示す美夜がまーた乱暴なことをしようとる。
その時!
『--そうさ、全て私の力なのだよ』
それは空から降ってくるみたいな声だった。
清流のように鼓膜に滑り込んでくるその声は音のない屋上に溶けるように消えていき、その神秘的な余韻だけを私達に残した。
不意に響いたその声はこの場の誰の声でもなくて……
もしかしてと背筋が粟立つ。
振り返った私の視線の先--
『……やぁみんな。そんなに思い詰めた顔をして、どうしたんだい?』
朧気ながらはっきりと像を結ぶ鳥居と、その脇に佇む半透明の少女が、とても神様とは思えないフランクさでこちらに微笑みかけていた。
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--神様。
骨原さんがそう形容したのも頷ける姿があった。
半透明で足は宙から浮き、青い燐光を漂わせた少女の佇まいはその場所だけ周りの気温が下がったような感覚に陥らせる。
漆黒の長髪は風を受けているようにふわふわと広がり、強い特徴はないが隙なく整った顔立ち。
幼い雰囲気を残した成長途中の少女は確かに人ならざるものだと見る者に分からせた。
ただ、その姿は邪神と呼ばれるような邪悪なものには感じなかったけど……
突然現れたその超存在にその場の誰もが言葉を失っていた。無理もない。
その中で1番に口を開いたのは骨原さんだった。彼はすがりつくように神様に擦り寄る。
「神様!!私の声を聞き届けてくれたんですねっ!?」
『そうだよ。可愛い女の子とイチャイチャしたいんだろう?沢山叩いてもらって良かったね』
跪いたまま涙を流す骨原さんを見下ろす神様は彼の下心と性癖をカミングアウト。美夜が私の服で自分の手を擦ってくる。
「キモイ」
「え?何するの……」
「ハゲのエキスが付いたから……」
『じゃあ、対価を貰おうか』
私の服にハゲのエキスが付いてる間に神様は実に明るい口調でそんなことを骨原さんに言い放つ。
「え?」と呆気に取られる骨原さんの体が神様の周りを漂う燐光に包まれその輪郭がぼやけていく。
『えい』
神様が指を一振。その瞬間骨原さんの姿が私達の視界--いや、世界から消失する。
あまりにも簡単に人1人が消え失せる現象にまたしてもその場の全員が固まった。
人の善悪を超越した神様は無邪気に笑いながらこちらに視線を向けてくる。穏やかなはずの目の形は瞳の中に捉えられる私達の背筋を凍らせた。
「…………神様ですか?」
私は乾いた口で舌に乗せた問いを投げかける。自分でも分かるくらい動揺に揺れた掠れた声……
『そうだよ。君達の願いを叶えに来たんだ』
なんて、胡散臭くかつ物騒な響きを含ませて神様は少女の様に笑う。人ならざる存在が人のように振る舞う様に異質な不気味さを覚える。
「骨原さんをどこにやったんですか…?」
『彼はここに居るよ。私と一緒にね』
と、神様は自分の薄い胸を手で押さえる。
「骨原さんが連れてきた生贄は……?」
『彼らもここだよ。私とひとつになったのさ。私は人の強い想いを糧に存在している。彼らの想いを対価に私は君達のお願いを叶えているんだよ』
そんな……
「ちょっとぉ……」
と、そこで割って入ってくるのはオネェ口調の剛田さん。
「さっきからなんの話してるのか分からないんだけどぉ?あなた誰よ?」
『神様さ。君のお願いも叶えてあげようか?』
「あたし達、三越ちゃんを探しに来たんだけど……」
神様と剛田さんの間に美夜が割って入る。
「みつなんとかはこいつに吸収されたんだ!!こいつの生贄にされた!!」
「……ちょっと何言ってるか分からないわ美夜ちゃん」
「だから!今聞いたろ?神様…てか、悪い神様なんだよこいつは!!」
剛田さんも日比谷さんも「は?」みたいな顔してる。
状況から置いてけぼりの2人にニヤリと笑みを浮かべる神様の舌が突然踊りだす。
『君は三越君を探しに来たと言っていたね?でも君の本当の願いはそうじゃないだろ?君はこの学校の全ての男子を味見したいと思ってる』
「え?」「え?」「あらん♡」
『具体的には○○○に×××して、△△△から◻︎◻︎◻︎、◇◇に♂♂♂から♀♀♀♀……』
語られた秘められた願望は狂気の沙汰でした。男同士で○○○からの×××なんて……戦慄を禁じ得ない。「あらヤダやめてよ」って頬を染める剛田さんが尚更恐ろしい……
「……キモ」
「あんた……むっちゃんだけじゃなくて全男子を……うわぁ……」
美夜も日比谷さんもドン引きである。
と思ったら。
『日比谷真紀奈さん』
「は?なんで私の名前を……?ふっ、なるほど私の美しさはそれほどの知名度って訳--」
『君は小比類巻君からお尻を××××××されたうえ、○○○〇されることを望んでいるね。それだけじゃなくて♂♂♂から♀♀♀に凹凸凹凸……』
「うわぎゃぁぁっ!?」
え!?♂からの♀に凹凸に凹凸!?そんな変態的行為を……!?
こちらもケダモノだった。
顔を赤くしながら悲鳴を上げる日比谷さんが「私の!!女神のイメージがぁ!!」とか叫んでる。
美夜もドン引きである。
と思ったら。
『浅野美夜、君はお姉さんが一緒にお風呂に入ってくれないことを不満に思っている』
「!?」「美夜!?」
『それだけでは無い。君はお姉さんと〇△◻︎してもらって×〇▽の上凸凸……』
「!?!?」「美夜!?」
そんなっ!!私の妹がそんなことを考えていたなんて……っ!美夜!!
「ごめんね美夜!!お姉ちゃん--」「やめろ近づくなっ!!」
なんで拒絶するの!?ああ、この麗しき姉妹愛!!
最後に神様は立ち尽くす柴又さんに狙いをすまし……
『……君はおっぱいが大好きだ』
「俺だけ雑!?」
『さぁ君達……叶えて欲しいことが山ほどあるでしょ?私が叶えてあげよう』
全員の心を暴き出した神様はその願望につけ込むように声高に私達を誘う。
『ただし、対価は支払ってもらう。君達の存在そのものでね……』
その瞬間、神様の顔が歪んだ。少女の形を保ったまま、とても邪悪に--
その瞬間理解する……やっぱりこの神様は良くない存在--
「消したみんなを返して!!」
声を張り上げた私の主張を神様は笑い飛ばす。
『彼らは対価として支払われたんだよ?三越君もだ…一目惚れした私と一緒に居たいという願いを叶えたんだ。君達はそんな彼の純粋な願いも邪魔するのかい?』
邪悪に笑う神様の隣で突然柴又さんが空に向かって「おっぱい!?」と叫ぶ。ドン引きである。
まさか……と思い彼を見ると、何も無いはずの空を掴んで「おっぱいがいっぱい……」ってうわ言を呟いてる。その体が青白い光に包まれて消失した。
柴又さんが消された……っ。
『さぁ…次は誰かな?』
「くっ!卑怯者!!今のおっぱいの幻覚かなんかだろ!!詐欺だ!!せめて現実で叶えろ!!」
美夜……そうじゃない。
私達のやり取りに「…え?マジで願いが叶うの?」と日比谷さんの目が光った。この人は目の前で何が起きてるのか分かってないの?目ついてる?
両腕を広げた神様が次に狙いを定めたのは剛田さん。彼の体が途端に青白く発光しだしその姿が霧に巻かれるように不明瞭になっていく。
「あらん♡」
彼もまた素敵な幻想を見てるのか恍惚とした表情で空を見つめてた。ついでに下半身のご子息も上を見つめてた。ドン引きである。
『どんな望みも夢も叶えよう…私はそうやって存在してきたんだから……君達を糧にね!!』
ぽやーっとしたままの剛田さんが為す術なく消えてしまった。剛田さんも取り込まれた。
どんどん吸収していく神様がそれまで纏っていたオーラがどす黒いものに変化していくのを感じる。
理不尽な奇跡の押し売り……そして存在の搾取。彼女は間違いなく私達とは相容れない存在……
男連中を片付けた神様は私達にじろりと視線を投げた。彼女ははじめから、邪魔者を消すつもりで……?
私と美夜が身を寄せ合い1人余る日比谷さんがどうしたらいいかとしどろもどろ。
そんな私達に容赦なく神様の手が--
『うっ!?』
神様の魔手が襲いかかろうとした瞬間、神様が頭痛を堪えるみたいに顔をしかめた。首をひねって苦しげな表情を浮かべながらうんうんと悶えだす。
一体なにが……?
『君はまさか…くそっ!吸収しきれない!?なんて強い自我なんだ!!あ♡あらん♡やだ…っちょっと……っ!くそっ!!この私を取り込もうと言うのか!?いやんやめなさいよそんな--ぬぅああああっ!?』
……?????
神様が1人で苦しみながら1人で格闘を始めたじゃないか。
神様が苦しむ度に半透明だった神様の体が点滅するようにはっきりしたり一層薄くなったり……
もはやここまで来たら何が起きても驚かない。
「やめろ」とか「いやん♡」とか「よせ!」とか「あらヤダわぁ」とか不安定な神様はとうとう頭を抱えてその場に伏せてしまった。
『た…助けて……私が……乗っ取られる!?私が……消える……あぁ……うわぁぁ……』
「か、神様!?ちょっと!?私とむっちゃんの凹凸♂♀がまだなんですけど!?」
空気の読めない日比谷さんと見守るなかなんと神様の体が燃えだした。
熱を感じない青い炎が私達の至近距離で脂ノリノリ焼肉みたいに火柱をあげる。燃え盛る炎の中で『うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!』と神様が断末魔をあげた!
「神様ぁぁぁっ!!」
「……姉さんこいつまるで分かってない」「願いを叶えてほしくて必死なんだね」
絶叫する日比谷さんと固唾を呑んで静観する私達の前で激しく燃えていた炎は徐々に小さくなって--
「……あらん♡ただいま♡♡」
炎のベールを剥いでそこからぬっ!と出てきたのは不思議なことにさっき消された剛田さんで……
「……あれ?」「?」「は?」
渦巻く空の雲は千切れ飛び夕暮れ空は燃えるようなオレンジだった。
鳥居はいつの間にか消えていた。
*******************
屋上から覗くグラウンド。そこは大混乱になってた。
突然どこからともなく消えていた生徒達が出現したんだから……
屋上まで聞こえてくる生徒達や教師のパニックの声。当事者の私達さえ何が起きたのか分からなかった。
その答えを知るのは--
「……剛田さん、あの、神様は?」
「あたしの中よ」
私の問いかけに返ってきたのは珍妙な回答。首を傾げるしか出来ない私達に剛田さんは説明を補足した。
「あたし、あの子の中に吸い込まれたみたいなんだけど、体が無くなってパニックになっちゃって…必死に外に出ようともがいてたら神様を抑え込んじゃって……」
「?」「?」「?」
「神様吸収しちゃったわ」
?
なんで吸収できるんですか?
「あたし、神様とひとつになったみたい。体からパワーが漲ってくるもの。でもね?体はあたしの意思で動くわ」
これ以上パワーが必要ですか?
てことは剛田さん、神様になりました?ピッコロですか?
「…神様の自我が奪われたから消えてた人達が返ってきた?そういうこと?姉さん」
流石私の妹。凄い呑み込みの早さだ。
神様になっちゃった剛田さん。浅黒い肌は光ってないし神秘的な雰囲気も感じないけど……
と、ここで夕日に瞳を煌めかせる日比谷さんが剛田さんに詰め寄る。
「……え?てことはあんたに頼んだら願い事が叶うの?いや、叶うんですか?叶えて頂けるんですか剛田様」
ゴマのすり方が雑かつ激しい。オカマ相手に自分の容姿を最大限活かして全身で擦り寄る。あの超ド変態な望みを実現させようとしてるのか……ドン引きです。
「あら、あなたの願いはもう叶えてあるわよ?」
と剛田神から爆弾発言!!いや、本当に叶えられるの!?
戦慄する私と美夜。この屋上がド変態SMプレイ会場に…?と戦慄してたのに合わせて階段を駆け上がってくる足音が……
勢いよく扉を開けて転がり込むその人影にぎょっとして振り向くと、坊主頭の男子が息を切らして立ち上がった。
夕日のせいなのか、それとも、胸に熱いものを秘めてるのか…彼の顔は真っ赤だ。
単に走ってきたからかも知らないけど。
「彼が三越ちゃんよ」
「「「え?」」」
そこに現れたのは消えていたという三越少年。
日比谷さんをするりと躱す剛田さんが私と美夜の背中を押しながら歩き去る。それとも入れ違うように三越君が日比谷さんの方に歩いていく……
「会いたかったんでしょ?うふ♡2人とも、存分に愛を語らってね♡」
「?」「?」
何を言ってるのか分からなかったけど、夕焼けに沈む屋上で向かい合う2人の男子というシチュエーションにこれ以上ここに残るのは野暮だって直感で思った。
だから、屋上への無断立ち入りにあえて何も言わないで美夜と剛田神と共に屋上を去る。
何となく、結果も分かってるから……
「あなたの脚、舐めさせてくださいっ!!」




