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浅野姉妹の事件簿③

「ぎっくり腰だね」


『頼ろう会』の教室に駆けつけた莉子先生がヒィヒィ言いながら芋虫みたいにのたうつ信者達を診察した結果、ぽつりと呟いた。


「ぎっくり腰……?」

「無理な体勢で動き回ったからだろう」


 そう診察すると莉子先生は放心状態の信者達を他の先生達と運び出す。

 残されたのは私と美夜……それに骨原さん。ちなみに宮原君は信者達に踏みつけられて虎の毛皮みたいになってた。


「……おい」


 コキコキと首を鳴らす美夜が凄い形相でへたり込む骨原さんに迫る。体の小ささが災いしてどうも顔以外は迫力に欠けるけど、信者達を一斉に失った教祖様には悪魔か鬼にでも見えただろう……

 私は胸のざわめきを覚えて美夜に駆け寄る。

 美夜は感情の制御が下手くそ。怒りに燃える先輩に何をするか分からないから。

 みんなに許して貰う為に同好会に入ったのにこんなところで暴力事件なんて起こしたら本末転倒だ。


 でも私の不安を的中させる美夜が勢いよくポケットに手を突っ込んだ!


 まさか……ナイフ!?


 怒り心頭の美夜がポケットから取り出したそれを手に腕を振り上げる。ぼんやりとそれを眺める骨原さんと美夜の間に私が割り込む。


「だめーっ!」

「っ!?」


 大声を上げた私の口になんか生暖かい液体が流し込まれた。

 ものすごい臭いとねっとりした濃厚な不快感……舌に乗るそれに体が危険信号を発する。


 毒!?


「ちょっと姉さん!!邪魔しないでよ!!これから尋問なのに!!」


 いや……これは……


「……ぎ、牛乳?」


 それも…腐ってる?

 ものすごく臭くて不味い……腐った牛乳拭いた雑巾の臭いの正に腐ったのとこの臭いだ。

 うぇ……


「姉さん……私が何すると思ったのさ。姉さんは私の改心を信用できないんだ?」

「美夜……ごめん。でも人の口に腐った牛乳突っ込むのは改心したとは言えない……」

「ああ…姉さんだけは味方だと思ってた」

「凄く面倒臭いこと言い出さないで?お姉ちゃん、悪いことは悪いって言うって決めたんだから。学校に刃物と腐った牛乳は持ってきちゃダメだって何度も言ったでしょ?」

「腐った牛乳は初耳だよ」

「うぇぇ……」


 吐いた。


「うわっ!?汚っ!!」

「わひぃぃっ!?」


 勢い余って骨原さんの足にぶっかけちゃった。上履きに浸透する毒素に押し出された私の吐瀉物。


「おぉ……これが神の恵か…神はまだ私を見捨ててない。アーメン」


 そして先輩は変態だった。


「おい馬糞野郎」

「わひっ!?」


 どこか恍惚とした、熱に浮かれる骨原さんの髪をひん掴んで美夜が無理矢理頭を持ち上げる。あれだけ言ってるのに暴力的な手段に訴えようとする美夜の目に容赦はない。

 怖い目に遭ったしこの人が悪いことしてたのは間違いないけど……


 咎めようとする私と美夜が次の瞬間息を呑む。


 美夜が引っ張った骨原さんのロン毛がスポンと抜けた。

 ご開帳するのは蝋燭の火をゆらゆらと反射する見事なハゲ頭……


 ……え?ヅラ?


「うわぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!」


 次の瞬間、呆気に取られる私達の目の前でロン毛改めて煌々と光り輝くツルピカを振り回す教祖が発狂。

 血涙を流しながらハルマゲドンを目前にしたかのような絶望の表情を浮かべて天を掴もうとするように手を伸ばす。


「まさか……生贄を捧げられない私から髪の毛を奪い去るというのですか!?」


 ……え?これ抜いたの神様?


「1度与えた物を奪い取るなんて…なんという残酷な所業かっ!!あなたには慈悲の心はないのか!?」


 ……え?その髪神様から貰ったの?ヅラじゃなくて?


「おい」

「かひゅっ!?」


 段々現実に戻ってきた美夜がイラつきを口から零しながら抜け去ったロン毛で骨原さんの首をぎゅっと締める。


「こら美夜!!乱暴はダメよ!!」

「茶番はうんざりだ。神様なんて居るわけねーだろ?」

「ひゅ……っ、奇跡を目の当たりにしておいてまだ疑るというのか……」

「そんなことより生贄にした生徒はどうした?ここで何人も行方不明者が出てるのは知ってんのよ…吐け。てかお布施返せ」

「美夜!乱暴ダメだってお姉ちゃん言ってるでしょ!?」

「くふっ……知りたければ祈ればいい…」

「あ?じゃあ神様にお前の眉毛とまつ毛消滅させてくれるようにお願いするぞ?」

「馬鹿な!?…今の私からさらに毛を奪うと言うのか……!?苦し……」

「なんでも何とかしてくれるんだろ神様は?あ?嫌なら喋れ。舌引っこ抜いてケツにぶち込むぞ?」

「こらーーーっ!!!!」


 --ゴーンッ!!


 暴力はダメだって言ってるでしょ!?

 あんまり聞き分けのない妹の後頭部に消火器をフルスイング。車の振動で揺れる首振り人形みたいに美夜の頭がカクカクってブレた。

 目をひん剥いて抗議の視線を向けてくる妹に私はお姉ちゃんとして毅然として言い放つ!!


「死んじゃうでしょ!?暴力はやめなさいっ!!」

「私が死ぬわっ!!」


 *******************


 美夜にぶたれた。

 頭にたんこぶを作って半泣きの私をバックに鉄拳を握る美夜がツルピカ教祖にじりじり詰め寄っていく。

 ガクブルのツルッパゲ教祖はペラペラと舌を踊らせ始めた。


「生贄は神様に捧げた……本当だ。もう戻っては来ない……ひぃ……」

「まだ言うか?」

「本当だ……この学校には神様がおわすのだ!!」

「…ラストチャンス。答えなかったら腐った牛乳とゲロ吐きかけるぞ?」


 この人にとってはご褒美では?


「野球部のみつなんとかとかいう奴も生贄にしたろ?どこやった?おい。こら」

「野球部の信者なんて居ない!!嘘はついてない!!本当に神様はいらっしゃるんだっ!!」


 ブチ切れる美夜に顔を真っ青にしながら骨原さんはそう必死に主張する。私の目にはその姿が嘘をついているようには見えなかった。

 何より私達は神様とやらの神秘を目の当たりにしてる。この学校なら神様くらい居そうな気がする……


「骨原先輩、その神様の詳細を教えてください」

「姉さん、マジで信じてるの?」


 正気か?みたいな失礼な視線を横から受けながらも私は極力彼を怯えさせないように優しく問いただす。

 至近距離から私の目を焼く頭をプルプル震わせた骨原さんは私の問いかけに応えて詳細を語り出す……


「…神様は昔からこの学校に住んで居られる。姿を見れて声を聞くことができるのは神様に選ばれた者だけだ…私はある夏の日、屋上に居た……」

「嘘つけ、夏の日に屋上なんて居たら頭焼けるぞ?」


 美夜……


「私には当時悩みがあった……」


 見れば分かる悩みを語りながら彼は美しく輝く頭に手で触れる。抜け落ちた髪の毛を寂しそうな目で見つめて…


「私には生まれつき髪の毛がなかった…」


 生まれつき!?


「小中のあだ名は太陽……私は毎日屈辱に打ちのめされながら日々を過ごした。心無い言葉…好奇の視線…皆がいずれ辿る道だと言うのに……そもそも髪の毛がないことでこんなに傷つけられるのがおかしい。私が小学校高学年の頃--」

「やかましい、お前のハゲ自慢なんて知らん。要点だけ話せ」


 美夜…………


「……その日も私は心無い言葉に傷つき、屋上で1人悲しみに暮れていた…いくら勉強で好成績を出しても皆中身ではなく外見だけで判断する。そんな乾いた人生に私はもう生きるのを諦めようとしていた…」

「え?そんなことで?」

「こら、美夜」

「その時私の目に映ったのは今まで見たことも無い光景だった……それは今までなかったはずの鳥居だったんだ」

「「鳥居?」」

「そうだ…屋上に鳥居がいつの間にか現れていたのだよ……それだけじゃない。その鳥居の脇に佇む1人の少女を見つけた。雪解け水のようなするりと滑り込んでくる声、そして半透明で輝きを放った少女だった。一目見たいだけでそれがヒトではないと確信できた」


 この時点でもう普通に聞いてたら頭のおかしい人みたいな発言ばかりだった。

 うちの学校に鳥居なんて無いはずだしそこに半透明の女の子なんて居てたまるかって話だけど、私達は黙って骨原さんの話に耳を傾ける。


「その人は言ったんだ。包み込むような優しい声で、「どうして泣いているのですか?」って…私はその時のその声だけで多幸感に包まれ、不思議と心が癒されていくのを感じたよ…」

「姉さん、こいつちょっと女子に優しくされただけで好きになるタイプだ」

「美夜」

「こういうのがストーカーになるんだよね」

「こら」


 凄く悲しそうな顔で私達のやり取りを見つめる彼は「オホン」と咳払いをひとつ。そのまま話を続ける。


「私は彼女にそのまま自身の悩みを打ち明けました……すると彼女はこう言ったんです。「私はこの土地の神様です。あなたのような救われない心を救うのが私の使命だ」と……」

「こいつ、クスリでもやってんじゃない?」

「こら」

「そしたら……突然私の頭に黒々とした、さっきあんたらが引き抜いた髪の毛が生えてきたんです!!不毛の大地である私の頭にこんなに沢山の毛が……毛が……うっ…ううっ」


 抜け落ちた今は亡き髪の毛を1本1本拾い上げ嗚咽をこぼす骨原さん。私は無言で美夜の頭を叩いた。

 相変わらず信じてない顔の美夜。


「この私の頭に毛をはやしたんですよ!?これが神の御業でなくなんですか!?私は確信した!!この世には神が居ると!!」

「だからこの教団を立ち上げたんですか?」

「だってみんな髪の毛欲しいでしょ!?」

「大体高校生の頭には毛根があるんだよ」「こらっ!!美夜いい加減にしなさい!!傷口に豆板醤塗りたくらないの!!」


 骨原さんのメンタルが限界だ。

 私は泣きそうな骨原さんに肝心な部分を追求する。ズバリ、生贄とされた人達の所在。

 いくらこの同好会を潰しても居なくなった人達が戻ってこなかったら解決とは言えない。


「…その神様はお願いを叶えるのに生贄を要求したんですか?」


 骨原さんは頷く。頷くことによってピカッと頭が光る。懐中電灯よりも強力。校長や教頭にも引けを取らない。


「私にはずっと声が聞こえてました。対価を支払えばいくらでも願いを叶えると……その対価を用意するのに最も効率的だったのが同好会を立ち上げ、神様の御業を見せつけることで信者を増やすことでした…」

「それで?生贄になった人達はどこへ行ったんですか?」

「それは私にも分かりません……神様の下へ行ったんです」

「調子乗るなよ?髪の毛毟るぞ?」

「美夜、もうないから!これ以上毟る毛ないから!!」

「……あんまりだ……ふぇぇ、ぐすっ」


 あ、泣いちゃった。

 べそかく骨原さんの胸ぐらを乱暴に掴む美夜がものすごい気迫で迫る。情けない事にそれによりさらに号泣する骨原さん。頭の輝きとは対称的にその瞳は涙で潤んで曇ってく。

 なんだか可哀想になってきたよ……


「言え」

「私には本当に分からないんです!!神様の所にお連れしたら……皆霧に巻かれたようにその姿が……っ!」

「頭皮削るぞ?」

「信じてくださいっ!!」


 剃る毛もないのにカミソリを持ち出す美夜をもう1回バシッと叩いてから私は彼を慰める。

 反抗的な視線で抗議する美夜をとりあえず置いといて私はあくまで真剣に、彼に問いかけていた。


「その神様に会わせて……」


 消えたみんなを取り戻す為に--

 この学校の安全を守る為に--

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