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彼は反抗期です

 --吾輩は豹である。名前はロード・マッコリである。


 朝、目が覚めた。

 モフモフの高台の上で欠伸をする。隣に寝ている橙色の皮膚をした猿のメスが俺の皮膚を引っ掻いている。

 こいつは俺をここに捕らえている2匹の猿のうちの1匹。髪の長い方である。


「むにゃ…てめぇすき焼きにするぞ……こら……」


 スキヤキ?よく分からんが物騒な事を言って俺を脅しているのは分かる。

 ガリガリと爪を立て引っ掻いてくる猿の腕から逃れ、ツルツルして歩きにくい地面に降りる。

 狭くて入り組んだ白と黒の壁の隙間を歩き、頑張って前足で茶色の壁を開く。この不思議な俺を捕らえている空間は行き止まりだと思ったら道が開いたり、枯れることなく水の流れる白銀の滝があったり、凍えるような寒さの小さな氷棚があったり…とにかく不思議なのだ。


 開けたツルツルの大地に踏み込むと、永遠と水を湧かす炎吹き出す地面のある場所でもう1匹の猿が何かをしていた。

 余談だが、この水が沸いたり火が出たりする不思議な空間は『きっちん』と言うらしい。猿達が言っていた。


「あ、マッコリおはよう」


 黄金色の毛を生やした猿が俺の頭を激しく撫で回す。ちなみに俺の珍妙な名前はこいつらが付けた。


 ここはこの猿達の巣なのだが…俺はまだ子供だった頃からここに住んでいる。

 親の顔は知らない。

 ここに来てからずっと、この猿達が俺の飯を用意して、たまに水浴びさせて…つまり、俺の世話をしてくれているのだ。

 正直この不可思議な巣の中は狭くて退屈だがここにいれば空腹に悩まされることもないし、大人しくここに住んでやっている。


 昨日の夜は丸々太った豚をくれた。食べきれないほどだ。

 美味かった。

 あれの残りはたしか、猿達があの永久凍土の白き箱の中に仕舞っているはずだ。


 今朝も腹が減った……

 俺は飯を寄越せと黄金色の猿の体に擦り寄る。こうすると飯をくれる。


「はいはい、先に鳥さんにご飯あげるから待って」


 しかし今朝はあのピーチクパーチクやかましい鳥共が先らしい……

 まあいい。アレの開け方は知っている。勝手に頂戴するとする。


 後ろ足で立って『れいぞうこ』と呼ばれる不思議な白い箱の蓋をガジガジ爪で引っ掻いてたら、奥で鳥共の世話をしている黄金猿が「ダメよー」と叱ってくる。

 しかし俺は空腹だ。


 開いた。

 蓋を開けた『れいぞうこ』から極寒の風が吹いてくる。撫でるように体温を奪う冷気にふるふると筋肉を痙攣させながらあの豚を……


 ……ない?

 俺の豚が…消えた?


「風香おはよぉ…お、マッコリ、先に起きてたの?」

「レン、またマッコリが冷蔵庫イタズラしてるよ」

「はいはい」


 むんずっと俺の首をひっ捕まえて『れいぞうこ』から引き剥がす長毛猿。

 俺が豚を寄越せと牙を剥いて怒るも、ポケーっとした顔をした長毛猿は「んぁ?」と『れいぞうこ』と俺を交互に見た。


「あぁ…昨日の豚?私が食った。悪くなったらいかんぜよだからね…めんごめんご」


 ……なっ!?

 食ったと言ったのか?俺の肉を?

 俺の飯を横取りしたというのか!?またしても!?


「グルガァァッ!!」

「あーーーっ!こらーーっ!!」


 返せ!!俺の肉!!この意地汚い雌猿めっ!


 猿に猛抗議しながら上から押さえつける。俺の猫パンチを食らうがいいっ!!


 ……あ、爪昨日切られてた。


「めっ!!」


 いつの間にか背後をとった黄金猿が『ふらいぱん』なる石で俺の頭を後ろからぶん殴った。

 目の前で火花が散って、星が回る。こんなに腹を空かせた猫を殴るとは……


「マッコリ!おいたしたらダメでしょ?レンなんて食べたらお腹壊すよ!?」

「壊すか、腐っとらんわい」

「朝から暴れん坊なマッコリは朝ごはん抜きです!!」


 *******************


 ぐるぐると鳴り響く自分の腹の音を聞いていてもなにも楽しくない。

 ジンジン痛む頭を擦りながら不貞腐れる俺を放置し、アルパカを抱きながら自分らだけ飯を食う猿達……


 どうも最近、俺の扱いが酷い。

 叩かれる事が多いし、ことある事に飯を抜かれる。その上、ご馳走を横取りされる始末だ。

 俺が本気を出したらお前らより強いんだぞ?分かってるのか?


「おやおやどうした?浮かない顔をして」

「長老……」


 不貞腐れる俺を見かねてのっそのっそと歩み寄ってきたのはケヅメリクガメの長老だ。


 この猿達の巣にはたくさんの動物が居る。長老はその中でも最古参の1人だ。ここの連中は何かあればなんでも長老に相談する。

 俺もこの長老の事は尊敬していた。なので今朝あった出来事と、俺の腹の底で燻っている不満を相談してみた。


「…風香とレンが最近冷たいとな…」

「冷たいというか…別にかまって欲しい訳じゃねぇんだよ。ただな?俺への接し方があまりに雑というか……」

「2人の愛情が冷めてしまっているのではと…ふむ」

「違う」


 したり顔で相談を曲解してんじゃねぇよ長老。

 長老は硬そうな顔で目を細めて、「それは杞憂じゃよ」と言った。


「あの2人はここに居る全員の事を愛しておるよ…カラカルのぽよぽよも、無事に取り返したではないか」

「…だがヒクイドリのジョボウィッヂは居なくなったぞ?」

「ふむ…心無い人間に焼き鳥にされたのだ。あいつは良い奴だったのぉ……」


 ジョボウィッヂが帰ってこなかった日の猿達の顔を思い出す……

 確かにあいつらはここに居るみんなのことを考えている。それを疑ったことはない。

 しかし、古参の俺の扱いが雑なのは確かだ。理由は分かってる。


 あいつらはどんどん家族を増やしてるからだ。最近も『おきなわ』とかいうところから不気味な魚を連れてきやがった。

 あいつらは新入りの事にばかり時間を割く。そのせいで、俺達の世話が杜撰になっているんだ。

 俺はそのことを長老に指摘する。


「あいつらがどれだけ俺達を愛してようと、それは全体の話だ。新入りばかりにかまけて俺ら古参の世話にかける時間はどんどん減ってるじゃないか。長老だって、最近甲羅を磨いてもらってねぇだろ?」

「ふぅむ…確かにのぉ……」

「ワニガメのぺれすけなんて酷いもんだ…ずっと水ん中居るもんだから甲羅が苔まみれじゃねぇか」

「ぺれすけはそういう生き物じゃからなぁ……」


 長老に吐き出すにつれ、俺の中のモヤモヤしたものが新入りへの不満だったことに気づく。そして、言葉にして吐き出すとそれはますます肥大化していった。

 気づけば俺は唸っていた。


「このままじゃ…俺らの事が忘れられちまう」

「ロード・マッコリ……」

「あいつらが…あいつらが居なけりゃいいんだ」

「何を言う。ここに居るものはみな家族じゃ。馬鹿なことは言うな」

「……長老、ここは俺の家だ。我が家の秩序は俺が守ってみせる……」


 *******************


 新入り共が寵愛されて調子に乗るから俺達古参の扱いが悪くなるんだ。

 猿達が悠々新入り達と戯れる部屋を出てツルツルの地面に切られた爪を立てながら俺は移動する。


 猿達の巣は広い。

 俺が普段住んでいるのはあの場所だが、似たような巣がいくつもあるんだ。アリの巣は土の中にいくつもの空間があると言うがそんな感じだろう。


 俺が向かうのは1番最近入ってきた新入りの所だ。

 そいつは巣の中にいくつもの水溜まりがある不思議な場所で暮らしてる。


『へや』と呼ばれてるその空間に辿り着いた。

 ここでは水の中で暮らす奴らが住んでるんだ。

 入ってすぐに透明な硬い板、『がらす』に囲まれた水溜まりの中から「いらっしゃい」とマダムが声をかける。

 シルバーアロワナのマダム。この『へや』のまとめ役だ。


「奴は居るか?新入りだ」

「あら…ロザンヌちゃんになんの用?あの子は特別だから、いつもみたいにいじめちゃダメよ?」


 失礼な。俺が一体いつ誰をいじめたってんだ。


 勇んで『へや』の奥へ向かうとそこにある『がらす』で出来た巨大な水溜まりの中に奴はいた…


 そいつはヘンテコな奴で、猿の体から魚の尻尾が生えてる見たことない見た目の奴だった。

 しかもこいつは猿達と会話ができる。あまりにも他のやつと違うその見た目とおつむからみんなから距離を置かれてる。


『おきなわ』ってとこからやって来た『ザン』のロザンヌだ。


「よぉ」

「……?」


 少し窮屈そうに水溜まりの中で身を捩って『がらす』に手をつくロザンヌが俺を見た。

 猿みたいな見た目だが魚の尻尾が生えてるとおりこいつは水の外に出られないらしい。


 白色の皮膚にうっすら鱗が浮かび、水の中で青白い光を放つ頭の毛がゆらゆらと揺れている。腰の下から生えてる魚の尻尾は猿の体の方よりデカくて孔雀の羽根みたいに複雑な色が重なった、薄いヒレを広げてる。


 やっぱり不気味なやつだ……

 俺の野生の勘がなにやら妙な胸騒ぎを告げてくるが、ここで退いては古参の威厳もへったくれもない。


 このロザンヌ、どうやら相当珍しい奴らしく、猿達もえらくお気に入りだ。きっと天狗になってるに違いねぇ。

 ここでひとつ、立場ってもんを解らせてやらねぇと……


「お前、新入りだろ?俺はロード・マッコリだ。まず挨拶しろや」

「……?」


 こいつ……無視するとはいい度胸だな。


「てめぇ…ふてぶてしい奴だぜ。いいか、てめぇあいつらに可愛がられてるから調子に乗ってるようだがな?俺はここでは先輩だぜ?態度に気をつけな。さもねーと食っちまうぞ?」

「…………」


 俺の威嚇も虚しく右から左にスルーされる。なんなんだこいつは。俺が怖くないのか?

 俺が牙を剥けばみんなビビるってのに……


「おいこら。舐めてんじゃねぇぞ?」

「……」

「ほぅ、そうか……」


 威嚇ではない本気の敵意を向ける。

『がらす』の向こうでとぼけた面してやがるこのボケには1度、立場ってやつを解らせねぇとな…


 俺のこの牙でっ!!


 俺は跳び上がって『がらす』の縁に器用に飛びついた。上ががら空きな水溜まりの中でロザンヌの奴が相変わらずぼーっとした面で俺を見上げている。

 馬鹿が……『てれび』で猫に狙われる金魚を見たことがねぇのか?今てめぇがその状況なんだぜ?


「おいマッコリ」


 水溜まりの中に爪を伸ばした手を入れようとした時、隣の水溜まりの中から声がした。

 そこにはメガネカラッパのさん太郎が住んでいる。


 さん太郎は俺を咎めるような顔をしてる気がする。よく分からねぇ。分からねぇけど俺を止めた声はそんな雰囲気だった。


「やめとけ。その子は俺らの言葉が解らねぇんだ」

「あ?」

「それに新入りをいじめたらご主人様達にまたおしおきされちまうぞ?」


 言葉が解らねぇ?そんなの理由になるか。

 こいつは俺を舐めてる……

 自然界で捕食者として君臨する俺にはそれだけで十分だろうがっ!!


「関係ねぇぜっ!!あいつらだって俺の豚食ったんだ!!俺がこの魚を食ったって--」


「こらーーーっ!!!!」


 突然響いた大声にビクリと跳ね上がる俺の横っ面にまた『ふらいぱん』が……っ!!

 フルスイングされる『ふらいぱん』の破壊力が俺を水溜まりの中に俺をぶち落としついでに顔も平たくしやがった。


 なんてことしやがるっ!!俺は泳げねぇんだぞっ!?俺は今までの猫生で膝が浸かる以上の深さの水に入ったことがねぇ!!


「マッコリ!!目を離したらまた!!あんたこの前らんちゅうのぺぺけろ食べちゃったでしょ!!しょーこりもなくまた!!」


 長毛猿がぶくぶく沈む俺を見下ろしながらプンスカキレてやがる……

 いや……それより助けて……

 ヤバい死ぬ……


 息が出来ねぇ……苦しい……体の中の空気が口から泡になって飛んでいく。意識が朦朧としてきやがった……


 死ぬのか……?こんな、平和で安全なぬるま湯の中で……しかも……こいつらの手で?



 --レン!ちっちゃいね!可愛いっ!!

 --まだ赤ちゃんだぁ…子猫と変わんねーじゃん。毛皮取れねぇからおっきくするか。


 ……あぁ。

 これが……『そうまとう』ってやつなのか?

 そういえば……ここに来てからずっと、こいつらと夜は一緒だったな……

 色んな奴が来たけど、こいつらはいつも夜中に1人で寂しさに鳴く俺の側にいてくれた……


 なんだよ……

 変な意地張って……不貞腐れて……

 何やってんだよ、俺……


 …………ごめんなぁ。



「--ふにゃーっ!!」

「うわぁっ!!もう!水が飛んだじゃんか!!」


 突然上に押し上げられた俺が苦しさから悲鳴を上げながら手足をばたつかせると、呆れたような顔の毛長猿が俺を抱き上げた。

 しかし、どうして水面に上がってこれたんだ……?


 毛長猿に引き揚げられながら下を見たら、俺の背中に手を当てて押し上げるロザンヌの姿があった。

 俺を助けてくれたロザンヌは情けないずぶ濡れの猫を見つめて小さく笑った。


 ……何が古参だよ。だせぇなぁ……


「ううぅぅっ!!自分で上がってよマッコリ……重い無理」


 ロザンヌに苦笑を返す俺を持ち上げようとしてた毛長猿はあっさり引き揚げるのを諦めやがった。

 そのまま手が離れて……


 --ざぶんっ!!



 ……あの雌猿はいつか噛み殺す。


 *******************


「--なぁ、マッコリ今日も来てんのか?」

「なんでも、ロザンヌにあたしらの言葉を教えてるらしいわよ」

「ふーん」

「でも言葉が通じないから全く覚えないんだって」

「意味ねぇじゃんか。あいつ俺ら魚を食いもんとしか見てねぇから怖ぇよ。マダムから言ってくれよ。もう来んなって……」

「ふふ……それは大丈夫じゃない?」

「なんで?」

「……あの子は古参で、みんなの先輩だからよ」

「……は?」

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