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勘違いは怖いですね

 --今日も俺は竹刀を振る。佐伯達也だ。

 剣士に休息はない。常に戦いに備え日々の鍛錬を怠らない。

 戦いとは試合や野良試合のみに限らない。剣の道は己との戦い。日常のあらゆる出来事が剣士にとっては戦いなのである。


 そんな俺にとって師匠の存在は非常にありがたい。


 この前まで行き過ぎた正義を振りかざし恐怖を振りまいていた俺の師匠は、俺との戦いに破れ改心。今はこうして正しき正義の求道者として俺との稽古に精を出す日々だ…

 とはいえ、俺が一方的に叩きのめされるばかりだが…


「ぐぎゃっ!!」


 今日も高校の体育館で師匠--宇佐川先輩に殴り飛ばされ己の未熟さに恥じ入るばかりだ。

 俺がこの人に勝てたのは本当にまぐれだ。そう改めて痛感する。邪念の晴れた宇佐川先輩の強さは日を追う事に増すばかり……その強さと気迫は1人で世界征服できるんじゃね?ってくらい練り上げられている…


 しかし。


「……達也もまだまだだね。脇が見えてないよ。そんなんで来年のインターハイ、勝ち残れないよ?」

「はい……すみません…」


 練り上げられているのはどうも強さだけではないようだ。


 日々師匠との稽古に明け暮れる俺には師匠の変化が分かりやすく見えていたのだ。


 まず、スカートの丈が短くなった。脚を露出するようになった……気がする。

 それに……化粧もしている?ナチュラルメイクだが、以前より目鼻立ちがくっきりしている。

 そして何より……雰囲気。

 俺との決闘に敗れてから丸くはなっていたがここ最近は特に柔和な対応だ。分かりやすく言えば優しい…


 つまり…なんというか、女の子らしくなった。

 そんな気がする。



「……師匠、最近なんか変わったッスね」

「は?」


 休憩の時にびくびくしながらも俺は師匠に思い切って最近の変化について突っ込んでみた。

 こんなこと言ったら師匠の気性的にぶん殴られるかと思ったけど、師匠はやはり大人しかった。


「別に…変わってないだろ」

「いやいや、前は化粧とかしてなかったし…なんか、髪の毛も前よりつやつやだし…」

「え?キモイ……」

「違いますよ!なんか可愛くなったなって!!なんかあったんスか?」


 可愛くなった?

 馬鹿野郎…俺がそんな言葉を投げかけられるのはこの世にただ1人のはずだろう?

 千夜以外の女に『可愛い』なんて……


 ……やはり、あいつのせいなのか?


「……可愛く、か……」


 あれ?なんだか師匠、満更でも無さそうだぞ?


 似合わない師匠のモジモジした態度。違和感から体が痒くなってくる。そんな中で師匠はとんでもないことを口にしたのだ。


「……実は最近、彼氏ができて…」


 …………彼氏?

 彼氏!?

 あの宇佐川先輩に!?暴走族チームを何個も1人でぶっ潰して、ヤクザまで壊滅させたあの宇佐川結愛に彼氏!?

 まず柄じゃないし、想像できない…この人が男と一緒に楽しそうにデートしたり、夜更かしして電話したりとか……そういう光景…

 一体何者なんだ…この人のハートを射止めるなんて……


「それでまぁ、彼氏に恥かかせる訳にもいかないし?やっぱり可愛いカノジョのがいいに決まってるからさ。雑誌とかで勉強して化粧とか…聞いてる?」


 呆然として師匠を見つめてた俺に師匠が怪訝そうな顔をする。驚きで放心状態の俺を逆さにしたかまぼこみたいな目で睨みつける師匠がハッとした顔をした。


「……え?お前もしかして、私の事好きだった?」

「なんでそうなるんスか?彼氏ができた程度で調子乗らんでください」


 --スパコーンッ!!


 見事な張り手だっ!!勉強になります!師匠!!


「……女に恥じかかせるんな。そういえば他の高校に好きな奴居るんだっけ?お前…」

「はい…俺には心に決めた女が居ます」

「あっそ……頑張れよ」


 師匠…

 流し目でこちらを見ながら激励を送る師匠。これが恋人のできた女の余裕か。


 ……そうだな。

 いつまでもマイエンジェルを待たせる訳にはいかないよな。俺も男だ……

 千夜に告白……告白か……


 そんな近いようで遠い未来に想いを馳せていたら突然ポケットの中でスマホが踊り出す。

 サンバを踊る携帯のバイブレーションはメッセージの着信を伝えてくれていた。師匠に頭を下げてからメッセージの内容を確認する。


 メッセージはノアからだった。


 それだけで体が反射的に反応してしまう。それを理性で押さえつける俺の目に飛び込んだ文面に俺は仰天してひっくり返ってそのまま大気圏までぶっ飛んでた。


「達也!?おい!!どこ飛んでく気だ達也!!」



 --件名:今週ノ日曜暇デスカ?


 今度ノ日曜、オ出カケシマセンカ?


 *******************


「達也?今日早いね」


 日曜の朝、早朝に家を出た俺に声をかけたのは向かいの家に住むマイエンジェル……千夜だ。

 千夜は今日も可愛い……家の前の犬のウ〇コを片付けている姿ですら可愛い。これだけで1枚の絵画……


「おう…ちょっと約束があってな」

「約束ー?自主練じゃなくて?もしかして女の子だったりして?」

「なっ……断じて!!断じてないっ!!ないぞ!?何言ってんだ馬鹿!!」

「えぇ…あぁ、そっか……うん。なんかごめん……」


 すまない千夜。君に嘘をつくなんて…

 でも許してくれ。断じて他の女に目移りしている訳では無い。これは俺の中でケジメをつける為の戦いなんだ……

 この戦いから帰ったら、きっと君ともちゃんと向き合ってみせる…待っていてくれ、マイスィートハニー……


「でも、それじゃ誰と?なんか気合いが入ってるように見えるけど…」

「な……」

「いっつもジャージじゃん?今日は髪の毛セットしてるし、なんか香水まで……」


 違うっ!!断じて違う。決して女子と遊びに行くのに浮かれている訳ではない!!違うんだ!!


「違う……」

「え?なにが?ねぇどこ行くの?私にも言えない相手?」

「違うんだ……」

「だからなにが?」

「違うんだぁぁっ!!」

「あれ?達也!?」


 …すまない。君に背を向けて逃げる俺を許してくれ。千夜……




 --師匠との稽古中に突然届いたデートの誘い。正直、全く胸が踊らなかったかと言えば嘘になる。


 ノア・アヴリーヌ。

 俺と同じクラスのフランスからの留学生だ。

 初めて会った時からその優しさと可憐な容姿に俺の心は大いに揺れた。日本人離れした可愛さと、千夜と離れ離れになって別の高校に進学した精神的ショックに付け入るように、彼女の純粋さと魅力は俺の心に迷いを植え付けた。


 告白しよう。俺は彼女のことが気になっている。

 彼女が師匠にボコスカにやられたと聞いた時、その想いは確かな形を得て俺を動かした。

 断っておくが、俺が愛するのはこの世でただ1人……本田千夜だけだ。

 だからこそ今日俺はこのデートの誘いに乗った。


 なぜなら、ノアも俺に気があるからだ。

 間違いない。でなければ傷心の俺に寄り添ったり休日に2人きりで遊びに誘ったりしないはずだ。うん。


 出会いの順が逆だったなら俺は彼女を愛していたかもしれない。

 でも、俺の心には千夜が居る。

 だからこそ俺は己の弱さを断ち切り、このフラフラした気持ちにケジメをつける!!今日っ!!


 勇んで向かう俺の足取りには迷いはなかった。俺の決意を後押しするように、追い風が吹いている……


 *******************


 --待ち合わせ場所の駅前に着くと、真っ青な空によく映える眩しい白のワンピース姿が目に入ってきた。

 清楚で可憐な立ち姿にドキリとしつつも俺は平静を装って彼女の元へ向かう。

 俺の姿を見つけた彼女は金に輝く長髪を揺らして元気よく手を振ってきた。いつもは編み込んでいる髪の毛を下ろしている。俺の為にめかしこんできたのか……


 くっ!いかん…心が揺らぐ……


「佐伯クーン、コッチ」


 愛しの男を見つけて子供みたいに跳び上がるノア……呼ぶ声に誘われるままそちらに歩いていくと……


「こんにちわ」

「あれ!?」


 なんかもう1人居る!?

 ノアの後ろからひょっこり顔を覗かせる頭からワカメ被ったような幽霊を思わせる女。失礼な表現だがそんな感じ。

 ぼさっとした手入れのされていない長髪から除く三白眼の少女は、同じクラスの松田十和子。


 今日は俺とノアのデートなのに…なぜ?


「アア良カッタ……佐伯クン時間ギリギリダカラ船出チャウカト思ッタ」

「……ふ、船?」


 何が何だか分からない俺がぽかんとする横で「くくく……」と陰気に笑う松田がボソリと今回の目的を口にした。


「鯨……見に行くよ」


 …………く、鯨?




 --俺はなにかとんでもない勘違いをしていたんだろうか?


 俺らの街、北桜路市の中心地、港中央区は海に面している。

 そこから出航する遊覧船に俺達は乗り込んでいた。

 目的はそう……ホエールウォッチングだ。


 知らなかった……女子高生は休日に鯨を見るのか……


 ノアはメッセージではなにも言ってなかったから勘違いしていたが、今回は松田の付き合いでホエールウォッチングに行くので、『ついでに』呼ばれたようだ……


 ついで……

 いや、何をガッカリしてるんだ俺は…

 数多といる男から俺が選ばれたんだぞ?

 いや違う。取り越し苦労だったんじゃないか。どうやら早とちりしてただけのようだ…

 良かったじゃないか。不要に彼女を傷つけることなくこの気持ちにケジメをつけられるんだから--


「佐伯クン」


 海を眺める乗船客に混じり甲板で手すりに体を預けている俺の隣にノアが並んだ。

 青空と紺碧の海にマッチする輝く髪を潮風に揺らしながら恋する乙女のような目で俺を見つめてきたんだ。


「ゴメンネ?今日、急ニ誘ッテ。モシカシテ迷惑ダッタカナ?」

「いや!?全然そんなことないぞ…?」


「ソウ?良カッタ」と彼女は向日葵のような笑顔を咲かせる。


「コノ前ノ事デ心配デサ…」

「この前?」

「私ノ事デ宇佐川先輩ト喧嘩シタンデショ?」

「その事か…気にするな。俺が勝手にやったことだ」


 その時!手すりに置かれた俺の手にノアの指が触れたんだっ!!

 しっとり濡れた瞳が俺を真っ直ぐ見つめている!顔が赤くなるのが自分でも分かる!!この破壊力……


「私ノ事デ迷惑カケテゴメンネ?今日ハオ詫ビモ兼ネテ、佐伯クント遊ビタカッタンダ」


 --っ。

 今の台詞、語尾に♡マーク付いてたろ?

 分かる……俺には分かる。

 やはりこの子は俺に惚れている…じゃなきゃこんな破壊力が出せるか?否。


 いや浮かれている場合ではない。

 きっぱり言うんだ…今日、俺はこの気持ちにケジメをつける。愛する女とこれからを歩む為にっ!!


「……ノア、お前に確かめたい事があるんだ」

「ン?」


 キラキラと陽光を散りばめた海原をバックに俺がノアと向き合う。

 きらめく海を映す彼女の瞳に映る俺がその先を躊躇させる。

 これは……俺は恐れているのか?惜しんでいるというのか?彼女を突き放す事を……?

 俺には……俺には千夜が居る。


 葛藤…欲望…不安……

 全てがない混ぜになり俺の中を渦巻く。目の前の静かな海とは反対に、嵐の夜の海のように激しく……


「ナニ?」


 これは……俺との、自分との戦い。

 この先に待つマイエンジェルスィートハニーとの未来を掴む為に--


「あ、鯨見えた」

「エ?ホント松田サン。ウワッ、デッカイネ!佐伯クン!!鯨ダヨ!!」


 俺は……打ち勝たねばならんっ!!


 寄せられる想い……抱いた強い愛情……

 自分の恋と、純粋な恋する乙女の心の間で板挟みになる俺の心臓は今にも張り裂けそうだった。


 この胸の痛みは……

 師匠に殴られた時とも、彼岸に打ちのめされた時とも違う……

 この心臓の内側が絞られるような痛みは……


「ウワァァッ!尻尾?アレ尻尾?」

「近い……大迫力……くくくっ」

「佐伯クンッテバ!!見テ見テ!!」

「…近すぎる…くくくっ!」


 勝つんだ……

 どんなにノアが可愛くても…気になっていても……男が生涯愛せるのは、守り通さなきゃならない女は1人だろ?

 俺は……この世に産まれた時から、アイツを選んでいるっ!!


 --許してくれ!!ノアっ!!


「ノアっ!!」


 俺は隣に感じる華奢な気配に決意を新たに声を向けた。

 こんなに勇気を出したのは初めてかもしれない。

 だって……自分の事を好きでいてくれる女を振るなんて……


「ウワァァァッ!!」「危ないっ!」

「--お前の気持ちに応える事は…え?」


 俺の声と、ノアや松田の声が見事に重なった。

 綺麗に塗りつぶされた俺の本気の謝罪は虚しく虚を切り、俺の言葉に返ってくるはずのノアの涙の代わりに俺の頭上には大量の海水がぶちまけられた。


 全身びしょ濡れ。

 海面に大きく躍り出る鯨の巨体が打ち上げた水しぶきに俺の全身はとっても涼しくなってしまったではないか……


 俺の惨状など知りもせず、鯨のあげた飛沫を華麗に避けたノアや松田はその鯨の威容に大興奮だ。

 そしてずぶ濡れの俺は勝負パンツまでバッチリ丸見えだった。


「…佐伯君、ブーメランパンツ履いてるんだ」


 ズボンまでスケスケな俺に松田がボソリと一言。俺の勝負パンツをディスるようにぷッと笑いやがった。

 クソがっ!!こんなことなら生地の薄い短パン履いてくるんじゃなかった!てかズボンが透けるってどういうことだっ!!メーカーコラァァァっ!!


 パンツまでスケスケの俺の下半身に、松田の呟きに釣られたノアが自然と目をやる。


 ……ば、馬鹿な。

 こんな惨めな格好を、俺に惚れた女に見せると言うのか…?これから振る女に…?


 いや、いいのかもしれない。

 折角セットした髪もぐちゃぐちゃだ。

 乳首もパンツもさらけ出し、情けない格好を見せれば、もしかしたら彼女の心の傷も少しは浅くて済むかもしれないじゃないか…


 そうだ、それが男だ。

 ありがとう、鯨……


「…ノ、ノアっ!」


 --プルルルルッ


 改めて口を開いた俺の声を次に遮ったのはスマホの着信音。

 こんな時に誰だっ!と思ったらノアが慌てた様子でカバンからスマホを取り出した。

 取り出して彼女は実にサラリと……


「ゴメン、彼氏カラ電話ダ」


 --と、この世のものとは思えない非情な言葉を吐き出した。


 ……?

 …………???

 か、彼氏……?

 カレシ?

 カラシじゃなくて、カレシ?


「…か、彼氏が……居るのか?」

「エ?ウン。故郷ノフランスニネ」


 ぱぁっと無邪気な顔で笑った彼女のその姿は今まで俺が抱いてきた淡い幻想を杞憂と共に打ち砕きぶん投げながら心に釘バットの如く突き刺さった。


 くるりとあっさり背を向けて弾む声で彼氏とやらと電話を始めるこの非道な女の背中を俺はただスケスケの体で見つめることしか出来なかった……


 ……いや。何を言っている、佐伯達也。

 いいじゃないか……

 全てが杞憂だったんだ。

 誰も傷つかない結末ではないか?これで俺は……俺は千夜と…………


「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」

「……鯨が、し“くじ”った。くくっ…ぷっ!!」

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