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2年生のバトルロワイヤルです

『宣誓!僕達、私達は--』


 暑い日差しを遮るテントの日陰の向こうから、白く光る眩しいグラウンドを望めばそこには青春が広がっていた。


 救急箱を抱えた私はこれからしのぎを削る若人達を眩しそうに見つめながら、何時でも動き出せるように構えて開会式を見守っていた。


 今日は体育祭だ。

 頭のおかしい我が校の体育祭が何事もなく終わるなんてわけなく、養護教諭、葛城莉子は今日は一段と気を引き締めて……


「えー、皆さん、本日はお日柄もよく--」

「カァァッ」


 ブスッ!!


「きゃぁぁっ!!校長先生の頭にカラスがっ!!」「莉子せんせーっ!!」


 そらきた。

 今日は体育祭。

 狂喜乱舞の体育祭…


 *******************


 体育祭のプログラムは1年から3年の順で進行していく。その合間合間に学年合同のリレーとか部活動と同好会の競技とかが入る。


 最初のプログラムは大玉転がし。GANTZみたいな黒々とした、どう見ても金属製の特大大玉が各ブロックに送られていく。何事もないはずは無い……


「あれ、転がせるんですかね?莉子先生」

「無理だね。潰れる」


 この子は体育祭実行委員の右輪みぎわ。今日は救急テントのサポートをしてくれる。

 涼しげなショートカットに彩られた健康的な小麦肌が不安げに染まっている。


 さて、この殺人級大玉、とち狂った学校が今回は迫力のある大玉転がしをしようと言い出し用意したのだが……


『よーい、ドン!!』


 運営委員の掛け声と同時に大玉が…転がりださない。重くて動かない。屈強な運動部が何十人かかりで抱えあげようとするけれど……


「うぐわっ!」「ぎゃぁぁっ!!」「潰れ…ぎゃはっ!!ぐはっ!」

「大玉に潰されたぞっ!!」「誰かーっ!!」


 そら来ましたよ。右輪を連れて潰された生徒の方に向かう。海老みたいに潰された生徒達がもう瀕死。

 早速8人ダウンだ。


「…やっぱり、鉄球は無茶だったんじゃないでしょうか?校長……」「……これはこれで迫力あるじゃないか」


 抜けなかったカラスを刺した校長先生が1ミリも進んでない大玉を見つめながらとち狂ってた。




 --1ミリも転がらなかった大玉転がしが終わって次、1年のリレー。

 入場門から気合いの入った生徒達が入場してくる。「リレーは分かりやすくカッコイイ所を見せられる競技ですからね」と右輪。

 確かにそんな気がする。怪我がないように楽しんでほしいですね……


 よーいドンの合図と共に土煙が上がる。真っ白な目を刺す太陽光が切るグラウンドの土煙と共にスタートダッシュを決める1年生達が均衡した勝負を繰り広げる。

 いい勝負を繰り広げるデットヒート。必然観客も盛り上がる。私はリレーはそうそう怪我をする子も居ないだろ…なんてタカをくくってた。


「リレーは大丈夫ですね。まさかみんな一斉にコケるなんてことないだろうし…転んでも膝を擦りむく程度でしょうから」


 右輪もそんな感じだ。

 でも違った。



「--頼むっ!彼岸っ!」


 アンカーの番がやって来て僅差でビリを走るクラスにバトンが渡った。

 枯れ木のような腕でバトンを受け取ったその少年--まさか彼がソニックブームを発しながらグラウンドを爆走するとは夢にも思わない。


 でもした。


 轟く爆音。肉眼で確認できる空気を破る衝撃波。爆発する少年の走りが校舎のガラスもテントもふっとばした。

 走れメロスのメロスはマッハ11で走ったらしい。こんな感じだったんだろうか……


「うわぁぁぁっ!!」「ぎゃあぁぁあっ!!」「くばぁぁぁっ!!」「馬鹿な……っ!ぐはぁっ!!」


 悲鳴が後から飛んでくる大惨事。ゴールテープを粉々に引きちぎった彼岸三途君が更地になったグラウンドに仁王立ち。

 グラウンドは爆撃を受けたみたいなことになっていた……


「1着!」


 音速の衝撃波の中で踏みとどまりゴールを告げる実行委員の気合いに戦慄した。



『--テントが吹き飛んだので20分休憩を挟みます』



 我が校体育祭名物訳の分からないアナウンスを聞きながら負傷者の手当を急ぐ。まるで戦時中の看護婦学校の生徒にでもなったような気分。手際が洗練されすぎてもはやベルトコンベアの流れ作業並のスピードで手当をこなしていく。


「……ふぅ。一段落ですね、莉子先生」

「そのようだね…みんな命に別状がなくてよかったよ」


 バラバラに吹き飛んだテントの復旧作業に従事する実行委員や教師陣を眺めてたら災害復旧に駆り出される自衛隊みたいに見えてくる。

 そんな状況で手当を終えた私達は並んで腰掛けている。もう疲れた。


「今年は酷いな……まだ始まったばかりなのに医療品が底を尽きそうだよ」

「300人以上手当してまだ医療品残ってるんですね……」

「うちの学校は体育祭の時は自衛隊から医療品が支給されるからね」

「意味がわからないです…まぁでも、去年も地割れとか起きたし……」




 わずか20分で復旧の終わる脅威の手際の良さを見せつけられて再開。

 1年生の競技や玉入れなど、特に問題なく競技が終わっていく……


『続きましては、2年生によるバトルロワイヤルです』


 運営テントからNetflixでしか聞かないような狂気のゲームが案内され右輪と顔を合わせる。

 どう考えても死人しか出なさそうな不穏な競技が唐突に始まった。スケジュールにも書かれてないじゃないか。次は2年生の借り物競争になってるのに…

 なんて思う私を置いてけぼりに軽快なBGMと共に選手入場。

 近くに居た教頭に尋ねてみよう。


「あの、バトルロワイヤルってなんですか?」

「間違えました。まぁいいでしょう。楽しそうなんで…」


 間違えたらしい。何をどう間違えたのかこれ程説明が欲しい事もそうそうないだろう……


「まぁ、始まってしまったものは仕方ないか…」

「いいんですか!?」

「みんなやる気だ」


 入場して整列する生徒達は謎の気合と殺気を放って開始の合図を待ってる。

 この突然のバトルロワイヤルは最後の一人になるまで殴り合うんだそうだ。親御さんに見せていいのか…?


『位置についてー』


 位置ってなんだ?


『よーいドンっ!!』


 運営委員の合図と共に上がる怒号、足音、そして悲鳴。楽しい体育祭は一気に戦争と化した。

 我が校の生徒はやたら戦闘力が高い……


「死ねゴラァっ!!」「くらぁっ!!」「ぼけぇぇっ!」「お前かっ!!俺の杏仁豆腐食ったのは……」「俺がついてる……この戦いが終わったら、結婚しよう……」「ゆうじくん……」


 次々と積み重なる屍…教育機関で行われていいはずもない地獄の闘争はどんどんヒートアップしていく……

 ああ……包帯が足りない……


 猛者達の殺し合いの中で数が減り、幾人かの怪物達が蹂躙し始める。


「死にさらせぇっ!!うははははっ!!」


 ハイテンションでバケツから何かをぶん投げてる女子……雪玉の如く投げつけるそれは明らかに排泄物。この女子は間違いなく例の『脱糞女』…

 そんな脱糞女に男子を盾に迫る敵…糞の弾除けにするなんて控えめに言ってクズ。


「小比類巻君!!僕を裏切るのか!?」

「裏切ったのはお前だ…お前、カノジョができただと?しかもオーディションはやっぱり不合格でしただと?調子に乗るのもいい加減にしろよ?」

「小比類巻君!!僕のメガネがっ!!ウ〇コまみれに……っ!!」


 あぁ…可哀想に。感染症が怖い。


「来おったなウ〇コタレ男!!今日はまどろっこしいこと抜きに雪辱の恨み晴らしたるわっ!!」

「お前……自分で脱糞キャラは嫌だって言っておいてなにウ〇コ投げてんだっ!!」

「やかましいっ!!3度もウチに糞垂れさせやがって…おどれはウ〇コまみれになればええんやっ!!」

「お前……この間のあの展開からこの展開はないだろ……」

「死ねぇっ!!」


 殺意に濡れた糞が一直線に飛んでくるが、全てが手前のメガネ君に弾かれている。臭いで彼にもう意識はない。

 足でまといになったメガネ君を捨てて鬼畜少年が飛び出した。狂ったようにウ〇コを投擲してくるのを華麗に避けながら迫る。

 なんだ…私達は何を見せられてるんだ……凄く汚い雪合戦だ。


「楽しそうだね」

「どこがですか!?」


 増える怪我人を憂いつつカオスな状況に興が乗ってきた私の横で戦慄する右輪。

 運営テントで観戦する私達の目の前で脱糞女と鬼畜少年が激突--

 ……しかけて2人とも吹っ飛んだ。


 今度は何事だ?

 紙切れのように飛んでいく2人の飛距離に怪我が心配だ。しかしそんなことを言っている場合ではなかった。


「あははははっ!!」「我、無敵なり」


 なんかダチョウみたいなでっかい鳥を引き連れた2人組の女子が高笑いしながら戦場を蹂躙する。

 さっきの2人はあの鳥に蹴飛ばされたようだ。

 目にも止まらない速さで疾走する怪鳥が次々もみ合う生徒達を轢き飛ばしていく。


「莉子せんせー!!なんですかあれ!!」

「……あれはヒクイドリだね。ダチョウみたいに飛べない鳥だ。走るのに特化している」

「そうなんですかぁ……で、なんでヒクイドリが体育祭に?」


 そんなの私が知るものか。

 ヒクイドリを率いるのは長篠風香と田畑レンだ…多分あの子達が連れてきたんだろう。この子達は本当にトラブルメーカーだな。


「行け!!ジョボウィッヂちゃん!!」「蹴散らせーっ!!」


 ヒクイドリのキックは人を殺せる…いよいよ生徒の怪我が心配だが吹っ飛ばされた脱糞女と鬼畜君がグラウンドの端で糞を片手にまだもみ合ってるから、多分うちの生徒なら大丈夫だろ。


「……いやぁ、確かに面白いね。バトルロワイヤル」

「莉子せんせっ!?」


 ジョボウィッヂちゃんにぶっ飛ばされながらもピンピンしてる生徒達を眺めてると心配するのがアホらしくなってきた。こうなったら楽しく観戦するとしよう。

 隣から私の人格を疑う視線を感じるけど、この学校に何年も居ればこんなことではいちいち動揺しなくなるのだ。


 どんどん場外に生徒を蹴散らしていく時速50キロで爆走するジョボウィッヂちゃん。

 もはや止める術なしかと思われたその時、1人の女生徒が金髪をなびかせジョボウィッヂちゃんの進路に立ち塞がったではないか。


 あれは…この前インターハイで優勝してた陸上部の速水莉央。


「この現代のアタランテを前に、最速を語るなんておこがましいねっ!!」

「ぬぅ!?速水?」「別に語ってないし…しかし、今は敵同士!遠慮はいらないよジョボウィッヂちゃんっ!!」


 田畑と長篠がジョボウィッヂちゃんのケツを叩き焚きつける。「ケーっ!!」とけたたましく鳴くジョボウィッヂちゃんが問答無用で速水に襲いかかる。

 が、放たれた蹴りを華麗に躱し、挑発でもするようにポニーテールを振り回しながら速水が背を向けて走り出した。


「くそぅ!追うんだジョボウィッヂちゃん!!」「人間がヒクイドリに勝てるものか!!ジョボウィッヂちゃん!!やっつけろ!!」


 力尽きて倒れる生徒達の間を縫って速水を追いかけるジョボウィッヂちゃん。しかし見事な走りを見せる速水はジョボウィッヂちゃんをおちょくるように蛇行運転を繰り返し逃げ回る。

 信じられないが速水は時速50キロ以上で走れるらしい……

 まぁ、さっきマッハの走りを見た後だとイマイチ迫力に欠けるが…


「美夜…お姉ちゃんがついてるからね…」

「……今日ほどこの高校に入学したのを後悔したことは--あぎゃっ!?」

「美夜ーーーっ!!」


 途中手錠で繋がれた姉妹を雑に吹き飛ばしながらグラウンドを駆け巡る女子と鳥…なんか秘境の祭りでありそうな光景……


「ば…馬鹿な……ジョボウィッヂちゃんの健脚で追いつけないなんて……っ!」「負けるなーっ!!ジョボウィッヂちゃんっ!!」


 最早着いていけてない田畑と長篠が追走を諦めて棒立ちのまま声援を送る中、ハイになった速水は爆走する。


「あはははははっ!!私!風になってるっ!!」


 そのハイテンションぶりは最早前が見えてないくらいで、速水はジョボウィッヂちゃんを連れたまま運営テントに向かって爆走。


「待ちなさい……っ!ぎゃぁぁっ!!」「きゃぁぁっ!!」「うわぁぁぁっ!!突っ込んできたぞっ!!」


 ハンガリー・ホーンテイルを引き連れるハリー・ポッターの如く隣の運営テントに突っ込んで客席を突き抜けて、速水とジョボウィッヂちゃんはそのままどこかへ走り去ってしまった……


「ジョボウィッヂちゃん!?どこ行く--ぐはっ!!」「レン!?大丈--ぷぎっ!?」


 呆然として見送るしかない飼い主2人が後ろから一瞬で殲滅される。ポキッと首を折られた。えげつない……


 これどさくさに紛れて2,3人死んでるんじゃないだろうか……?


 田畑と長篠のクレイジーコンビを倒したのは、隙のない構えで周囲を警戒する短髪の女子。とその後ろで虎の威を借る狐をしてる女子…

 後ろの女子は有名人。学園トップの美少女、日比谷真紀奈だ。


 そして気づいたらもう立ってる生徒は3人のみ…日比谷と日比谷を庇うようにして立つ無駄に動きがカッコイイ女子、そして……


「うふん♡見つけたわァ…日比谷さん、あなたをここで亡きものにして小比類巻ちゃんのハートはあたしが頂く」


 とち狂ってる野球部エース、剛田剛君だ。


「そんなめちゃくちゃな話があるかっ!!凪!さっさとやっちゃえ!!」

「…日比谷さん、自分で戦おう?」


 体育祭で「自分で戦おう?」とか台詞の意味がわからん。そろそろ笑いが堪えられなくなってきた。


 プルプル震える私の見守る先で2人のただならぬ雰囲気がビリビリと大気を痙攣させている。


「日比谷さんを殺るのは私……あなたには手出しさせない」

「凪!?」

「いい度胸ね…その小さな体であたしに勝てるかしら?」


 戦う前から勝利を確信した笑みを浮かべ剛田が突撃する。図体に似合わずとてつもないスピードだった。

 迫る肉の壁に少女凪、なんの意味があるのか分からない手の動きで構えを取る。多分カンフー映画の観すぎだった。


「フォォォォォっ!!」


 しかし気合いの入り方が違った。多分普通に生きてる女子高生は一生出さない奇声と共にピンと伸ばされた指が動く。

 中国っぽい動きで貫手を放つ。片脚立ちに恐らく意味は無い。

 一体なんの信頼があるのか、後ろの日比谷は「やっちまえっ!!」とガッツポーズ。


 しかし剛田の筋肉は分厚すぎた。


「痛っ!!」


 あぁ、突き指した……


「あら大丈夫?気をつけなきゃダメよ?」

「くぅぅぅぅ……」

「凪ーーっ!!」


 気合いは本物でも耐久力は無かった。凪選手は自滅した指を抑えながら沈むように倒れていく。


 そして残された日比谷に勝ち目などあるはずもなく……


「……まっ、負けないっ!!私はいつでも完璧な美少女--」

「その気概は認めるわ。敬意を込めて熱いディープキスをしてあげ--」

「あ、ごめんなさい負けました」

「あたしのテクはすごいわよ♡」

「来るな来るな来るな!!降参!!やめてぇぇぇぇっ!!」



 ……こうして波乱に満ちた体育祭の1幕は幕を閉じたのだった……唯一の救いは学園一の美少女の唇は守られたことか……



『…えー、これより昼休憩を挟んだ後午後の部に参ります。昼休憩の前に午前の部を振り返って養護教諭の葛城先生から一言、どうぞ』

『……そうですね。盛り上がるのは結構ですが、皆さん怪我なく楽しみましょう』

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