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あなたのあし、なめさせてください

 楽しい夏休みが終わってしまって、もうすぐ憂鬱な体育祭がやってくる。

 そして私は可愛い。

 私は日比谷真紀奈。最早名乗る必要もないだろう……


 日比谷真紀奈と言えば世界共通の美の最高値。いわゆる国連の定める『ビューテフルティー』の単位、『マキナ』は私が由来です。

 日比谷真紀奈を知らぬ者人の子に非ず…そう言っても過言じゃないこの私ですが、今日はそんな私のごくごく平凡な日常をお見せしよう。これ、有料級。



 --朝、憂鬱な1日の始まりに重たくなる足取りを叱咤しつつ登校。この日比谷真紀奈、家から1歩外に出たなら隙などあろうはずもなく、今日もまだまだ暑い日差しに白い肌から雫を滴らせながら、世界中の視線を釘付けにしつつエレガントな色気を振りまく。


 ああ……今日も可愛い、私……


 学校の玄関のガラス戸に反射する自分の美貌に目眩を覚えながら上履きに履き替えるべく下駄箱を開けると、そこには見知った光景が広がってた。

 芳醇で危険な魅力を放つ私の使用済み上履きの上に、ルーズリーフの切れ端がちょこんと置かれてる。

 これで手紙のつもりだろうか……


 世界中の人々をその色香で惑わす私の元に分不相応に想いを寄せる男子は少なくない。というか、大前提として全生命体は私に惚れてるのでこれはむしろ正常な本能に基づく行動……

 それを自制できてこそ人間なのだけど、私の美しさに直に当てられた人はその自制心を失ってしまう。

 そこでこうして無謀なチャレンジャーが頻発するわけです。


 でもこの深い慈悲の心を持つ日比谷真紀奈。そんなことで嫌悪感を示したりしない。むしろ、私の美しさで人々を喜ばせるのが使命なわけで、私に惚れるもの、不躾な視線を向けてくるもの、満員電車で体を触ってくるもの--どれも受け入れます。

 ええ、それが使命ですから。


 てなわけで、今日も私の元にラブレターが届きました。

 私がむっちゃんに想いを寄せていると(なぜかバレて)噂になりだしてからはあまりこういうことはなかったけど、まぁそれでも週8くらいでこういうことはある。


 さて今日は誰かしら?大人ぶった3年生か私とお近づきになりたい2年生か可愛いおマセな1年坊やか……



 --ひびやさん。

 あなたのあしを、なめさせてください。

 ほうかご、おくじょうで、まつてます。



 ……うーん。分かんない。


 *******************


「…………っ!?」

「今日は1枚だよ、凪」


 教室で朝からトランプでラピュタ城を作ってた凪にラブレターを見せたらすごい顔して固まっちゃった。

 凪はなぜか私宛のラブレターを見たがる。しかし、今日日ラブレターなんてそんなにこない。

 久々のラブレターに心躍らせる凪はその内容に愕然としたみたい。

 まぁ、オトコへの免疫の無い凪なら仕方ないだろうなぁ……


 何度もラブレターを読み返した凪は手紙を机に叩きつけて目をひん剥いてキレ散らかしてた。モテない女の醜いやっかみだ。


「なにこれ!?脅迫文!?」

「私への熱い想いを綴ったラブレターだけど?ただ差出人ないね。まぁ…行けば分かるか……」

「行くの!?はぁぁ!?」

「行くけど……?この日比谷真紀奈、向けられる好意には全力で応える女ですから?振るけどね?」

「そりゃ振るよね!?これが例え小比類巻君からであっても振るよね!?」


 なにぃ!?むっちゃんからの可能性!?

 それは考えなかった……でも、もしかしたらそういうこともあるのか!?

 こうしちゃいられない……もしそうならホテルとならきゃ……っ!


「日比谷さん!?ラブホを調べださないで!?馬鹿なの!?脚舐めさせるの!?」

「むっちゃんなら…」

「馬鹿だね!?日比谷さん馬鹿だね!?行かない方がいいよ!!これはラブレターとかじゃないからね!?久しぶりに見たよこんな狂気的な怪文書!!」

「大袈裟ね。この程度可愛いものでしょ。多少独創的ではあるけれどね?」

「独創性見いだせないよ!!全部ひらがななとこに狂気しか感じないし待ってますの「っ」が「つ」なのにも狂気感じるし何よりこれが学校の下駄箱に普通に入ってることに寒気を覚えます!!」


 ……凪、この子はもう少し異性との交流が増えた方がいいなぁ。


「これは先生に持っていこう?」

「なんで?可哀想じゃん。ラブレター公開されるなんて地獄よ?」

「地獄に落ちた方がいいよこの人は。日比谷さん、行ったら何されるか分かんないよ?日比谷さんに変質的変態的劣情を抱くド変態が待ち構えてるんだよ!?」

「大袈裟だなぁ……」


 これくらいのアプローチで狼狽えるなんて…

 私の脚なら誰だって舐めたいに決まってるじゃない。


 *******************


 --俺の名前は三越。高校2年の野球部員だ。

 誰に向かって話してんだって?もちろん、俺の恋路の結末を見届けるみんなにさ。


 丸い頭に生えた1ミリの髪の毛を残暑の籠る夏風が撫でていく。全身にまとわりつくような暑さに汗を滲ませながら俺は下校のチャイムを聞いていた。


 屋上--

 本来立ち入り禁止の屋上だが、屋上へ続く扉は古い鍵で施錠されているだけだ。針金で簡単に開けられる。『鍵開け同好会』に頼む手もあるが……

 まぁそんなことはいい。


 何も無い屋上に見つかったら説教くらうリスクを犯してまで来るやつはそう居ないわけで、街の遠くの方まで一望できる屋上で俺は1人静かにその時を待っていた。


 そう。俺の手紙を見たあの人--日比谷真紀奈が来るのを。


 夏休み、俺はずっと秘め続けた想いにケリをつけるべく南先生という人の人生相談室に足を運んだ。

 そしたら「あなたの想いをぶつけなさい」と言われた。


 俺は俺の胸の中で煮えたぎる想いをそのままぶつけた。

 日比谷への純粋な気持ちの発露…なんと書こうかと1晩悩んだラブレターには結局、飾り気のない文字が並んじまった。

 でも、キザなこと書くより気持ちが伝わるはずだ……


 俺の燃えるようなこの想いは、文字越しでも日比谷に伝わってくれたはずだ。あとは日比谷に直接この想いを伝えるだけだ。

 南先生は団子っ鼻でも大丈夫だと言ってくれた…てことは、数分後俺と日比谷は互いの脚を舐め合ってるに違いない。そうだろう?


 ああ……早く日比谷のあの白くて細くて柔らかい脚に舌を這わせたい……


 今や遅しと日比谷が来るのを待っていた。そんな俺の耳を遠くからノックするのは屋上へ続く階段を登ってくる何者かの足音……


「……来た」


 チンチャックを閉めて1ミリの髪の毛を櫛で整えて胸筋を張ってしっかり舌を湿らせる。

 このピアノの音色を彷彿とさせる軽やかな足音……間違いない。俺の真紀奈……


「あぁ?また誰かが屋上の鍵を開けとるなぁ」


 違った。

 あの声は……生徒指導の『ジェノサイド西岡』

 あの先公に校則違反が見つかると開かずの生徒指導室に連れていかれて壮絶なヤキを入れられるって話だ。あいつに見つかって無事に出てきたやつは居ねぇっ!!

 しかもあいつは野球部の顧問……

 今日は病院って言って部活休んでる俺が見つかったら恐らく生きては帰れないっ!!


 何も無い屋上で唯一隠れられそうな、なぜか屋上に設置されている鳥居の影に俺は素早く転がり込んだ。

 間一髪、タッチの差で屋上の扉が開け放たれ、顔の怖さが致死量の西岡が屋上に入ってくる。


「……誰も居らんなぁ」


 西岡は扉から出てくることはなく、奥の鳥居に身を隠した俺のは幸いなことに見つからなくて済んだ。


 助かったぜ……


 なんてほっとして気を抜いたその時だ。

 西岡は怒り狂いながら扉を乱暴に閉めた。と、同時に扉の奥で釘を打つような音が……


 嫌な予感がして俺が飛び出すっ!!

 扉に張り付いて外の様子を伺う俺の耳に分厚い扉越しに容赦なく釘を打ち付ける金槌の音が叩きつけられ、ビリビリと耳奥を震わせる音に思わず体を離していた。


『二度と悪ガキが入らねぇように…厳重に封をしとかねーとな』


 なんてくぐもった西岡の声が聞こえた頃には釘打ちの音は止み、足音が遠ざかっていくではないか。

 慌ててドアノブを引っ張るが扉はうんともすんとも言わねぇっ!!

 押しても引いても懇願してもビクともしない。


「……マジかよ」


 誰もいない屋上で、何も無い屋上に締め出されちまった……


 体当たりしても体が痛いだけだ。古いとは言え頑丈な扉がぶち破れる気配はない。

 怪物揃いの剣道部ならこんな扉小指でぶち破るんだろうけど……俺には無理だよ。


「やべぇって……日比谷が来るのに…じゃなくて!俺ここからどうやって出ればいいんだよぉっ!!」


 ああああっ!!と俺は1ミリの頭を抱えるしか無かった。脳みそも1ミリしか入ってない俺の頭ではこの状況を解決する方法も都合よく見つかるはずもなく……


 ああ、俺はここで誰にも見つけられることなく1人死んでいくんだなぁ……


『もしもし?』


 そんなふうに、20年にもならない紙切れのような人生の回顧録を頭の中で再生していた時--

 誰も居ないはずの屋上に透き通った声が響いた。


「……え?」


 その声はアルプスの天然水のように柔らかくてムレを逃がすメリーズのおむつみたいに優しかった。

 神秘的な響きに顔を上げて見た先には……


『こんな所で1人で嘆いて…どうしたの?』


 青白い燐光を全身に纏った半透明の女の子がふわふわと浮かんでたではないか……


「……あ、好き」


 *******************


「日比谷さん、屋上行けないよ」


 放課後、なぜか引っ付いて来た凪を連れて屋上を目指してみたら、屋上へ出る扉が木材で厳重に封印されているではありませんか。

 我が校では屋上は侵入禁止。入るには自力で鍵をこじ開けるか『鍵開け同好会』に依頼するかしかないんだけど……


「これじゃ無理だね……」

「良かったよ日比谷さん!これで変態と会わなくて済むね!!」

「……でも、待ってるんじゃ?」

「待ってるわけないでしょ?どうやってこの中に入るのよ」

「……そうだね」


 屋上に入れないんじゃ仕方ない。

 差出人もない事だし、このチェリーボーイは運がなかったんだなぁ。

 まぁこの日比谷真紀奈。来るものは拒まず華麗に玉砕させて見せますけど?この何者かが本気の本気なら、またラブレターを送ってくることでしょう……


「さ、帰ろう日比谷さん」

「パンケーキ奢ってね」

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